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第46話【達磨の大使】

『くそっ、片目を破壊された……』


「アナベル、アーティファクトリペアで直すか?」


『それだとクレアの魔力が尽きるんじゃあねいのか?』


「ああ、底をつくな……」


『ならば、今は堪えよう』


俺は立ち上がるとバスタードソードを両手で中段に構えた。


通路の奥で座禅を組んでいる老人。


その相貌は垂れ下がった白い眉毛で目元が隠れている。


しかし、静かだ。


無表情である。


ただ、ジッと座禅を組んで瞑想にふけっていた。


その姿は眼前の俺たちが存在していないかのように【無】である。


その静けさにイラついた俺は怒鳴るようにテレパシーを飛ばす。


『ジジイ! テメー何者だ!!』


しかし、暫しの沈黙が流れる。


座禅の老人からは答えが返ってこない。


『無視かよ!?』


「無視だな……」


俺は半歩半歩と少しずつ前に進んで行った。


『無視するなら、無理矢理にも無視を解いてやる!』


そして、摺り足で近付く俺と座禅の老人との間合いは残すところ3メートルだ。


俺の身長とバスタードソードの長さから察するに、俺の攻撃範囲は2メートル弱だろう。


素手の老人より明らかに俺のほうがリーチ的には長いはずだ。


だが、スピードでは老人のほうが圧倒的に上だろう。


その速度は座禅の体勢から攻撃を打ち込んで来ても、俺より段違いで速い。


まともにスピードで競っては敵わないだろうさ。


このファンタジアの異世界に転生してきて初めての強敵だ。


しかもレベルが一桁違っている。


もしかして、これは負けイベントかな?


ゲーム的に言えば、絶対に負けるイベントなのかな?


いやいや、そんな馬鹿な話があるか!


俺は認めんぞ!


『ぬぬぬっ!!』


俺は再びバスタードソードを高く上段に振りかぶる。


今度は油断もない。


隙も見せない。


全身全霊で行く。


『今度こそ、斬る!!』


俺がテレパシーを凄ませ、半歩前に出た刹那である。


俺は座禅の老人をバスタードソードの間合いに捕えていた。


あとは攻撃にバスタードソードを振り下ろせば老人の頭をカチ割れると思えた。


リベンジだ。


直後──。


俺は複数の幻影を目の当たりにする。


それは、俺が半歩踏み込んだ刹那に老人が座禅の体勢から跳ね飛んで攻めてくる光景だった。


ファーストコンタクトと一緒で瞬速の強打に打たれるイメージである。


しかも、複数の幻に四度は打たれていた。


一つは、跳ね飛んできた老人が、俺の頭よりも高く跳躍してからの飛び足刀で、俺の頭部を蹴り砕くイメージだった。


一つは、斜め下から突き伸ばした右の抜手で俺の喉を四本指で貫き、その首を飛ばすイメージである。


一つは、中段下突き上げで、俺の鳩尾を拳で抉るように胴体を打ち貫くイメージだ。


一つは、掬い上げの下段前蹴りで俺の股間を蹴り上げ鎖骨ごと股間を完全破壊するイメージだった。


どれもこれも食らえば致命傷のダメージが予想できる超攻撃である。


『ぬぬぬっ!?!?』


その四つのイメージを同時に叩きつけられた俺はバスタードソードを振り下ろすのを中断して、後方に跳ねるように退いた。


逃げたのだ。


『くそっ……!』


「どうした、アナベル!?」


俺にすら悟れていた。


もしも、あのままバスタードソードで打ち込んでいたのならば、間違いなく、今見たイメージのどれかを、俺は確実に食らっていただろう。


否。


もしかしたら、今見たすべての攻撃を食らっていたかも知れない。


正中線に沿った四連の強打をだ。


老人との間合いから遠退いた俺はバスタードソードを下げた。


「どうしたのだ、アナベル?」


『駄目だこりゃあ……。もしも俺が打ち込んでいたら、一瞬でバラバラに粉砕されていただろうさ……』


イメージをぶつけられただけで分かる実力差。


まるで桁が違う。


これは、群れからはぐれた一匹のアリが、アフリカゾウと戦うようなものである。


この座禅の老人に勝つってことは、俺が異世界にゴーレムとして転生してきたことよりも非現実的だった。


俺は背後に立つクレアに言った。


『クレア、逃げよう。これは敵わないぞ……』


「私も賛成よ。こんな古びたダンジョンで貴方なんかと一緒に死にたくないから」


『クレア、やっぱり逃げるの中止ね。俺と一緒にここで死んでくれ!』


「断るわ。私は一人でも逃げるわよ」


『くそっ、なら俺も逃げるぞ!』


そんな感じで俺とクレアが踵を返そうとした時である。


初めて老体が声を放った。


「待たぬか、若いの」


掠れた萎れ声だった。


『待てるか、俺は逃げるぞ!』


「いやいや、待たれよ。そこのお似合いのカップルたちよ」


俺の動きがピタリと止まる。


『クレア、ちょっと待ってやろう。この老人は、おそらく俺たちが思っているほど悪人ではないのかも知れないぞ』


「アナベル、お前は単純だな。見てみろ、あのハゲ頭を、あれは悪人のハゲ頭だぞ」


老人が寂しそうに呟く。


「人を禿か禿じゃないかで判断するな……」


『そうだぞ、クレア。男ってヤツは、好きで禿げている野郎は一人も居ないのだ。皆、遺伝子の呪縛から逃れられないから禿げているのだぞ』


「言っている意味が分からんな、アナベル」


座禅の老人が萎れながらも威厳の溢れる口調で述べた。


「まあ、二人とも落ち着け。どうやら私が寝ている間に失礼があったようだな」


寝ていたのかよ!?


それにしても……。


『失礼って?』


「私は寝ている間に接近されると、自動で防御本能が働き他者に攻撃する悪い癖があってな」


『それはかなり悪い癖だな……。普通の人間なら片目を潰されるどころか顔を半分持っていかれていたぞ、あれは……』


「それも若いころ冒険者だったものでな。その時に身に付けたスキルでな。寝首をかられたり、強盗防止ようのスキルだ」


『なるほど……』


アメリカ人が枕の下に拳銃を隠して寝ているのと一緒かな。


「まあ、悪気があったわけではない。ところで貴様らは何者だ?」


『このダンジョンにネクロマンサーの捜索で訪れたものだ』


「ネクロマンサーとは、ワシのことかな?」


『あんた、やっぱりネクロマンサーなのか?』


「本職はモンクだが、冥府魔法も齧っているぞ」


『それじゃあ話が速い。このダンジョンを追い出されたオーガが近隣の町や村を襲って迷惑を掛けている。その調査に来たのだ』


「オーガだって?」


『そうだ、オーガだよ』


「ダンジョンの一階や二階のモンスターは壊滅させて、すべてゾンビ化させたつもりだったが、逃げ出していた者が居たのか」


『ああ、そうだよ。その逃げ出したオーガのせいで多くの死人が出た』


「その責任を取れと?」


『取れるのか?』


「取れるわけがないだろう」


『じゃあどうすんだよ?』


「いくらワシが伝説の冒険者と呼ばれていたとは言え、死者蘇生までは不可能だ。死んでしまった者たちの責任までは取れぬからな」


俺はバスタードソードの先端を石床に強く突き立てながらテレパシーで怒鳴った。


『あんたが責任を取れるか取れないかじゃあねえんだ。あんたがやらかした結果で死者が出てるんだ。俺は責任を取れって言ってるんだよ。あんただっていい大人なんだろ。だまって大人らしく責任を取りやがれってんだ!!』


「う、うぬ……」


よし、俺の偽善的な正論でジジイの腰が少し引けだぞ。


こっちのペースに持ち込めた。


武力ではジジイが上でも、話術では俺のほうが上らしい。


『そもそもが、なんであんたはここに居るんだ!?』


「い、いや、このダンジョンを攻略しようかなって思ってのぉ……」


『なに、一人でかよ?』


「当然だ」


おいおいおい、ここは難攻不落のジャブロー迷宮だろ。


冒険者が侵入して捜索できるのは、ここ二階までだってクレアも言ってたじゃん。


それを、このジジイは一人で探索するつもりなのか!?


えっ、バカ?


それともボケてるのかな。


『なあ、爺さん。もしかして、一人で三階を探索するつもりなのか……?』


「もう多少なら探索して来たぞ」


そう言うと爺さんは背後から一本のソードを取り出した。


「これが戦利品のマジックアイテムだ」


爺さんがスルリと鞘から刀身を引き出した。


その刀身が鞘から覗くなり眩く輝き出す。


その光は眩しく俺とクレアの目を眩ませた。


「眩しい!」


『なんじゃい、この輝きは!?』


「凄いマジックアイテムだ!!」


「ほほう、そこのダークエルフは見ただけで、この剣が業物だと分かるか」


クレアは手で光を防ぎながら言う。


「この輝きには眩しいだけでなく、光を浴びた者を誘惑する魔法が込められているぞ!」


『魅了魔法か!?』


「ほほう。ご名答だ」


爺さんは顎髭を撫でながら言った。


「二人ともなかなかの精神力だな。魔剣の光に心を奪われないで耐えているとわのぉ」


良かった!!


俺には魅了魔法無効のスキルがあってさ!


お陰でただ眩しいだけで済んでいる。


もしもスキルがなかったら、俺は馬鹿だから、間違いなく魔剣に魅了されていたはずだ!


それにしても、なに、このジジイは!?


いったい何者なんだ!?


もしかして、マジで達磨大使かよ!?



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