第39話【地下の二階】
なんやかんやあったけど、俺とクレアはジャブホー迷宮の地下二階に進んでいた。緩やかにカーブを描く階段を20メートルぐらい下ると再び広いフロワーに出る。だが、一階と違って今度はゾンビの気配は感じられなかった。静かに湿っぽい空気が流れている。
長身の俺が周囲を見回しながら述べた。
『岩場をブロックで補強した洞窟みたいだな。なんか、ダンジョンらしくなってきたぜ』
そこはダンジョンと言うよりも洞窟にも近い構造だった。建造物半分、洞窟半分っと言った感じである。しかし、迷宮感には溢れていた。一人で歩き回ったら迷子になるかも知れない作りだろう。
屈み込んだクレアがでこぼこの床を手で触れながら探っていた。足跡を探している。
周囲を警戒しながら俺が問う。
『どうだい、クレア。何かの痕跡は残っているかい?』
クレアが床を見詰めながら返す。
「ええ、オーガの痕跡がはっきりと残っているわ。向こうに進んでいるわね」
立ち上がったクレアが闇の先を凝視しながら言ったが、その果てまではウィル・オー・ウィスプの光は届かない。迷宮を闇が阻んでいた。
俺の暗視魔眼も闇を払うことはできなかった。かなり広いダンジョンである。
『深いな……』
空気の流れを感じ取りながらクレアが述べた。
「ほんの僅かだけど、緩やかに下っているはね。たぶんこの奥にオーガゾンビが帰還しているはずよ。それに風の流れが巨漢の存在を知らしめているわ」
『そこに件のネクロマンサーも居るのかな?』
「そこか、その奥ね。まあ、気を緩めずに進みましょう。今度のオーガゾンビは先程のゴブリンゾンビとは強さのレベルが違うわよ」
『だろうね……』
オーガゾンビとは戦ったことはないが、生前のオーガとは戦ったことがある。はっきり言って、たったの一匹だったが強敵だった。
推測するに、身長は3メートル近く。体重は300キロは越えていたと思う。更には筋肉質で凶暴。パワフルで豪快だ。
その強敵なモンスターがゾンビ化して強くなっている。
体力が無限に上昇して、筋力は限界値のリミッターが外れた不死の怪物だ。知能が低下して、速度も衰えているが、パワーアップ要素のほうが高いだろう。
それが二体、このダンジョンの奥に潜んで居るはず――。
今度は無双とか言って余裕をかませないだろうさ。ゴブリンとは体格も筋力も桁違いだ。幼稚園児とプロレスラーぐらいの差が有る。
俺は背中の鞘からバスタードソードを引き抜くと片手に持ったまま奥に進んだ。ここからは危機に備えて俺が先頭で進む。警戒を引き締めるクレアは俺の背後で進むべき方角を指示していた。
残念だがクレアの美尻を追いかけながら冒険を楽しめないのが俺には無念だった。これは早く目的のオーガゾンビやネクロマンサーを見つけて始末しなければなるまい。
安全がある程度確保されれば、クレアも安心して俺の前を進んで歩んでくれるはずである。俺が彼女の前を進むなんて殺風景な進行は堪えられない。いつでもどこでも俺はクレアのお尻をガン見していたいのだ。
そんな僅かな願いを考えながら地下洞窟迷宮を俺たちが進んでいると、岩壁の陰から巨漢が揺らぎ出て来た。
3メートルの大きな影である。それは鬼の影だった。角も在る。そして、動いているが死んでいた。
早速ながらオーガゾンビの登場だ。
『出たな!』
「居たぞ、アナベル。例のオーガゾンビだ」
『見れば分かるよ』
距離にして15メートルほど先の岩陰から歩み出て来たオーガゾンビは俺たちに気付いているようだった。こちらを見ると大きな口をだらしなく開いて呻き出す。その叫びには生気が無い。亡者の叫びである。ウィル・オー・ウィスプの光で瞳が銀色に輝き、口から涎のように腐った鮮血が溢れ出ていた。その姿はおぞましい。
「うがぉ、がぁ、おがぁ!!」
『なんか、ビジュアル的にばっちいな~。真っ赤な涎を垂らしているよ……』
「胃に溜まった鮮血が、腹筋に押されて登って来ているのだろう。それが口から溢れ出ているのだ」
『分析しなくていいよ、クレア……』
「そうか?」
岩陰から姿を表したオーガがこちらに歩み出すと、その背後からもう一体のオーガゾンビも姿を表す。二匹居る。
『やっぱり二体目も同行してるな』
「そのようだな。探す手間が省けて結構ではないか」
『確かに――』
俺が剣を前に突き出すと、両手で確りと構えて見せる。クレアも腰からレイピアを引き抜いた。細身の剣を可憐に構える。今度はクレアも加戦してくれるようだ。
俺は迫り来るオーガゾンビを睨み付けながらクレアに訊いた。
『一人一体ずつ担当するか? それとも俺が二体を相手に立ち回るから、クレアは背後から援護に励むか?』
クレアが答える。
「その二択、後者のほうが効率的には正解だろう」
『同感だな』
俺とクレアの意見が一致したところで状況が変わった。二体目の背後から三体目のオーガゾンビが姿を表す。まだ、新手が居たのだ。
『あれれ、三体目が登場しましたよ。オーガゾンビって二体だけじゃあなかったっけ?』
確かに当主のバカ息子は二体だって言ってたはずである。これでは話が違う。騙された。詐欺である。
スマートな顎先を摘みながらクレアが難しい表情で答える。
「何か我々に、誤算があったようだな」
クレアの言葉は強がりにも聞こえた。だが、まだ三体目なら同時に相手が出来るだろう。敵が一匹増えたぐらいの誤差習性は効くはずだ。
『まあ、どうにでもなるさね』
「だな――」
オーガゾンビは生前よりスピードが大幅にダウンしている。それは、現在こちらに迫る移動速度からしても鑑みれた。
ならば、三体が相手でも移動を繰り返しながら二人で個別撃破を狙えば問題が無いはずだ。速度で掻き回せばこちらが有利に立ち回れるはずである。
『まあ、一体増えたくらいなら関係無いだろう。個別撃破で数を確実に削って行くぞ、クレア!』
「ええ、了解よ」
『よっしゃ〜、行きますか、クレア!』
しかし、俺が声を張った刹那だった。更に予想外の事が起きる。
クレアが答えるよりも早く更に奥の岩陰から四体目のオーガゾンビが姿を表す。
『ウソぉ~ん。四体目ですよ……』
「だな……」
流石のクレアも不味いと言いたげな表情を浮かべていた。流石に四対二はキツイと予想される。
だが、更に更に──。
岩陰から五体目のオーガゾンビが姿を表した。その姿を見た瞬間に俺はげんなりと肩を落とす。
『おいおい、もうヤバくねぇか~……』
「五体目か……。流石にこれはキツイな……」
流石のクレアも戦意を失い掛けている。
『五連ジャーは流石に不味いよね~』
「だな……」
俺とクレアがジリジリと後退を始めた。互いに逃げ出すタイミングを図っているのが分かった。
すると、更に岩陰から六体目七体目とオーガゾンビが次々と姿を表す。それだけでは終わらなかった。更に更に更にとオーガゾンビが追加で姿を表す。その数はあっと言う間に十体を越える。確認出来るだけで十二体は居るだろう。
『これは、不味くないか、クレアさんよ〜……』
「不味いのは間違い無いだろうさ……」
「ぐぅがぁぁあぁあがああ!!」
先頭のオーガゾンビが吠えた。
すると俺とクレアはクルリと体を反転させると何も言わずに走り出していた。逃走である。
『ひぃ〜〜〜〜!!』
俺は短距離ランナーのような綺麗なフォームで走りながらクレアに言った。
『何故にオーガ十匹がジャブホー迷宮を捨ててグラナダの村を襲ったか分かったぞ……』
低い姿勢の忍者走りで逃げるクレアが答える。
「ああ、私にも理解出来たぞ……」
そして、走りながら逃げる二人の台詞が重なった。
『「ゾンビの群に我が家を追い出されて新天地を探していたんだ!』」
たぶん、正解であろう。
とりあえず俺らは階段のある通路まで引き返した。そんな俺たちをオーガゾンビたちが食欲に溢れた表情で追って来る。その表情は生前のオーガたちよりも遥かに狂暴に窺えた。相当に飢えている。
『ちょっとマジで怖い!!』
「アナベル!」
『なにさ!?』
「いざとなったらお前が囮になって私を逃がせ!」
『えっ、そんな!!』
「ゴーレムがマスターの安全を優先するのは当然だろう!」
『確かに……』
確かにそうだが……。それはあんまりだ……。俺も一緒に逃げたいのにさ〜。




