第21話【新技の昇龍】
両腕で豊満な胸を抱えるクレアが洞窟ハウスのほうに駆け寄った。戦いに巻き込まれないように安全な場所に避難したのだろう。
駆け足の彼女は背中が肌けて細い背筋が露わになっていた。その褐色の皮膚が僅かに汗ばみ長い白髪が少しばかり艶めく背中に貼り付いている。それが、なんとも官能的だった。堪らん……。
クレアに見惚れたグフザクが呟く。
「う、美しい……」
『んだんだ……』
クレアは俺の背後に回り込むと安全な場所まで移動した。そこで男たちの戦いを観戦する。
向かい合う漢は俺とアイツ。リーゼントヘアーのロカビリー風な冒険者、グフザクだ。
グフザクの装備は軽さを重視した革鎧である。武器は青白く輝く二つのダガーだ。そのダガーを逆手に構えて俺を睨んでいる。
俺とグフザクが鋭い眼光で睨み合う。二人の狭間の空間が歪んで空気が濁りを見せる。高温で熱しられた酸素が溶け出しそうだった。沸騰している。
『むむむむむッ!』
「ぬぬぬぬぬッ!」
こいつも欲しているのだろう。クレアのブラジャーを装着する権利を──。それは黄金や宝石より眩い極上の権利。絶世の美女が差し出す唇の温もりに等しいご褒美である。
これは俺とて譲れない。負けても譲れない権利だ。だから何をしてでも勝つつもりである。
おそらく眼前のリーゼント野郎も同感だろう。熱い瞳がそれを知らしてくる。
童貞の俺が美女のブラジャーを選んで付けれる。そんなミラクルチャンスは、この先の人生で永遠に来ないかも知れないビッグイベントだ。宝くじが十回連続で当選したぐらいには貴重な奇跡である。
故に譲れないのだ。負けられないのだ。死んでも勝ちたいのだ。負けても勝ちたいのだ。何が何でも勝ちたいのだ。とにかく勝ちたい。絶対に勝ちたい。
俺は両拳を握り締めると眼前に並べた。背中を屈めると脇を閉めて小さく構える。ボクシングのインファイタースタイルだ。頭を左右に振って困惑を誘う。
勿論ながら俺にはボクシングの経験は無いからただの真似事である。威嚇になればとやってみただけだ。
相手はスピードを生かした攻撃を仕掛けてくるタイプだろう。カチッと鳴ってから光速ダッシュで攻めてくる。そのダッシュは明らかに魔法で強化された動きだ。
その速度は敏捷度8の俺にはキツイ相手である。速度では勝てない。相性が少し悪いだろう。
だが、仕掛けは悟れていた。あのカチッて言う音がスタートの合図だ。ダッシュする直前に必ず音が鳴る。
だから来る瞬間が分かる。音の正体も何となく悟れていた。
逆手に持たれた二本のダガー。あれがマジックアイテムの正体だろう。
逆手に持たれたダガーの柄尻がスイッチになっている。親指でボールペンのように押すとカチッと音が鳴っているから間違いないだろうさ。
しかし、問題は、種と仕掛けが分かっていても相手の速度に俺がついて行けないことである。
それが大問題だ。そこを打開しなければなるまい。
ユラユラと幻惑的なフットワークで身体を揺らすグフザクが言う。その口元は笑っていた。
「コンパクトに構えたからって俺の速度に対抗できると思うたか、ゴーレム野郎」
俺は自分の拳と拳をぶつけ合いながら反論する。
『やってみなけりゃあ分からんだろ、ダサダサリーゼント野郎が!』
「誰がダサダサだ。この格好良いヘアースタイルが分からねえか!!」
『分かるか。こっちとらあ髪の毛もないツルッパゲだぞ』
「毛根が死んだのか?」
「産まれつきだ。ゴーレムになんか産まれなければ、今ごろフッサフサだったはずだわい!!』
「なんとも哀れだな!」
刹那、カチッと音が鳴る。
するとグフザクが瞬速のダッシュで攻めて来た。グフザクが5メートルあった距離を瞬時に詰める。
詰めただけじゃあない。俺の脇腹をダガーで切り付ける。そしてダガーが俺の木の肌を僅かに裂いた。
『浅いぜ!』
ダガーでは俺の体を切り裂くだけの破壊力が足りない。せいぜい表面を僅かに削るのがやっとである。
『ふっ!!』
俺の反撃。
打ち下ろしのストレートパンチがグフザクの頭を狙う。だが、カチッと音を鳴らすと素早いバックステップでグフザクが間合いの外に逃げて行く。ヒット・アンド・アウェイがウザったい。
打って逃げる。このアウトボクサースタイルの戦術が俺に取って難敵だった。パワータイプの俺では相性が最悪だろう。
しかし、諦めてなんかいられない。ご褒美が待っているのだ。ブラジャーが待っている。
「一撃で決められないなら、小まめに削り取ってやるぜ!」
言ったグフザクが再びカチッとダッシュしてくる。今度は俺の横を過ぎるようにダッシュした。そして交差する瞬間にダガーで俺の腕を切り付けた。
『畜生ッ!』
俺の肘に切り傷が刻まれる。浅いし痛くもないがウザったい。
更にカチッと鳴ると二刀のグフザクが背後をダッシュで駆け抜ける。
『糞ッ……』
愚痴がテレパシーに乗る。すると俺の背中をダガーの刃がなぞった。その傷の深さも浅い。
だが、いずれは来るだろう破綻。
大木を切り倒すのだって同じだ。斧の一振りで大木は切り倒せない。大木を切り倒すには何度も斧を打ち込まなければならない。徐々に切り口を広げて、いずれは大木を切り倒せる。小さなダメージでも積み重ねれば大木だって切り倒せるのだ。
故に、ダガーの小攻撃でもいずれは俺の体を破壊できるはずだ。
それにウォーハンマーで罅割れた肩から胸に掛けては現在の弱点だ。グフザクもそこを狙って来るだろう。
故にスピードと手数で負けている。
だが、パワーだけなら俺が勝っている。
一発大きな一撃が決まれば勝利の女神も俺のほうに振り向くだろうさ。その一撃が俺には望まれていた。
それでもグフザクが、その一撃を食らうほど間抜けには思えない。俺が勝つには、どうやって初弾をヒットさせるかだ。
「おらおらおら~、足が止まってるぜぇ!!」
グフザクがカチカチと言いながら光速ダッシュで俺の周囲を回っていた。高速移動と連続攻撃を繰り返す。
痛くはないが、ダガーがヒットする度にダメージが蓄積していくのが感じられた。体の間接がぐらつきだす。
「そらそらそらっ!!」
畜生が……。調子に乗りやがって……。腹立つ!
『どらっ!!』
俺は反撃のローキックを放った。下段を攻める。足を狙って機動力を奪う作戦だ。
だが、グフザクは軽いジャンプで俺の脛足を回避する。ローキックのような小技すら当たる隙は見当たらない。
「健を絶つぜ!!」
グフザクは俺の踵や膝裏、膝や肩を集中して切り付けてきた。間接の部位を狙ってやがるんだ。
「クソッ……」
ジョイント部分を狙われて動きが更に鈍くなってきた。これは案外と的確な攻撃かも知れない。
『ま、不味いな……』
あまり使いたくない作戦なのだが、やるしかないか……。
ここはボーナスポイントに頼る。新らしいスキルを獲得してピンチを打開する。
今俺が取るべきスキルは、この前習得可能一覧に記載されたばかりのスキルだ。
問題はボーナスポイントが足りるかである。
この五人が攻めてくる前のポイント合計は164点だった。それで暗視魔眼を取って100ポイント減って、残り64ポイントになっているはずだ。
そして、どんなスキルを取るにしろ、最初は100ポイント掛かる。だが、今俺は何ポイント貯まっているかが分からない。ステータススクロールで確認する余裕なんて無いからだ。
冒険者を三人倒しているから初期の64ポイント以上なのは間違いない。
三人倒して36ポイント以上稼げていたのなら、新スキルが取れるはずなのだ。しかし、一人倒して12ポイントずつ貰えているかは不明である。
「おらおらおら、足が完全に止まっていやがるぞ!!」
チマチマと攻撃を繰り返すグフザク。俺の体にダガーが連続でヒットする音が響く。
『畜生……』
賭けるしかない。ボーナスポイントが100点を越えていることに賭けるしかない。
俺は覚悟を決めてスキルを選択した。
『取るぜ、掴取技を!!』
「えっ?」
【新スキル、掴取技Lv1を獲得しました】
よし、獲得できたぞ。どうやらポイントは足りたらしい。
俺はスススッと手を伸ばした。その掌は流れるように進むと、自然な形でグフザクの奥襟を掴んでいた。
『キャッチ!』
「えっ、ウソ……。掴まれた……」
そうである。俺が獲得したスキルは掴むだけのスキルだ。
ただ掴む――。
それだけのスキルだが、剣を当てるように、拳を当てるように、掴みを成功させるスキルである。柔道やらレスリングの種目では、必勝に繋がるスキルであった。
しかも、ただ掴むだけではない。
『それぇ〜』
「ぐぅぇえええええ!!!」
俺はグフザクの奥襟を引っ張りながら引き寄せる。その勢いでレザーアーマーの襟元がグフザクの喉に深く食い込み呼吸を妨げた。
そして、空いている反対の掌でグフザクの顔面を鷲掴む。アイアンクローだ。
「うぎゃぁあぁあああッ!!!!」
悲鳴を上げるグフザク。俺の掌が自慢のリーゼントを押し潰したままに、こめかみを締め上げる。
基本筋力16に、握力強化Lv2で、筋力値は18まで増えている。そこに掴取技Lv1で握力は更に強化されていると思えた。実際には、握力だけは19に達しているのではないかと感じている。
これだけの握力ならば、昔のプロレスラー、フリッツ・フォン・エリック並ではないかと思う。
それだけの馬鹿力でアイアンクローに締め上げられているのだ。頭を万力に挟まれているのと同様の痛みだと思う。
「がぁぁあああああ!!!」
涎を散らしながら叫ぶグフザクがダガーの柄尻に有るボタンを押した。そこからの高速攻撃でダガーを幾度も振るう。俺の腕を何度も切り付けた。
しかし、速いだけで攻撃力はアップしていない。俺に与えるダメージは少ないし、この程度ではアイアンクローを外せない。
野郎も必死なのだろう。そして、この体勢が、この距離が、この状況が不味いってことも察しているはずだ。
「くそっ、放せやっ!!」
『や〜だよ〜。放すもんか〜♡』
いくら斬打を受けても俺は掴んだ額を放さない。強く掴んで逃がさない。メリメリと締め上げる。
このスキルは、スマートに相手を掴み取るだけのスキルじゃあない。掴んで放さないことが大切なスキルである。だから握力が物を言う。
『も~~う、逃がさないぜ~』
「ぐぐぅ……」
そう、もう逃がさない。
そう、もう放さないのだ。
だから光速移動も出来ない。回避も出来ない。
俺にアイアンクローで掴まれて固定されているグフザクの表情が青ざめていた。冷や汗をダラダラと流している。逃げれないからだ。
その表情を拝みながら俺は拳を背後に振りかぶった。パワーを溜めるように剛力を剛腕に流す。
『く~ら~え~!!』
そこからのフルスイングのボディーブロー。唸るパンチが突風を孕む。
鷲掴んだ額を引き寄せながら俺の木製パンチがグフザクの鳩尾を強打した。タイヤをバットでぶん殴ったかのような重々しい激音が庭先に轟く。
俺のパンチは革鎧程度で防げる威力じゃあない。この一撃で内蔵が捻れるほどのダメージだろうさ。
案の定――。
「ぐはっ!!!!」
腹を殴られたグフザクが涎を吹き出すと腹部を押さえながら背を丸める。その背筋が苦しみに震えていた。
それでも俺はアイアンクローを外さなかった。解放しない。
『まだまだ〜』
更にもう一度俺は拳を後方に振りかぶった。
『今度はアッパーカットだぜ!!』
俺は予告通り大振りのアッパーカットをグフザクの顎先に打ち込んだ。
下から上に突き上げるように拳を力強く振り切る。その拳は昇り龍。チャイナドラゴンが天に昇るよいに拳が打ち上がる。
そして、拳がヒットする瞬間に掴み手を放す。
更に踏み込んだ片足で、高く、真上に、大きくジャンプした。
その一撃は会心の強打。アッパーカットが炸裂したグフザクの下顎が歪んで上顎に減り込みそうに軋んでいた。数本の前歯が舞う。
『昇龍拳ッだ!!』
するとアッパーカットの威力にグフザクの体が風車のようにグルリと回転しながら宙を舞った。バク転のように縦に回転する。
一回、二回、三回――。
三回転してから落下した。そのままグフザクの後頭部が地面に激突する。一人バックドロップ状態だった。
その体勢のままグフザクは動かなくなった。気絶している。口や鼻から血を流しながら白目をむいていた。
『勝ったぜ!!』
俺は勝利を確信した。そして、勝利宣言の拳を威勢良く天に突き立てる。
『これでクレアのブラジャーを着ける権利は俺の物だぁぁあああ!!!』
念願のご褒美をゲットである。
───────────
⬛作者からのお願い⬛
───────────
面白かった、続きが気になる、今後どうなるの!?
……と思ったら【本棚】に加えてくださいませ!!
また、作品への応援お願いいたします。
メッセージ付きのレビューなどを頂けますと大変励みになります。☆や♡をください!
面白かった、つまらなかった、正直に感じた気持ちだけでも構いません。
何卒よろしくお願いいたします。
by、ヒィッツカラルド。




