08.黒い影の主
昨日に引き続き本日2更新目です。
前回分未読の方は1話前からお読みください。
昨日と同じようにティセと同じ毛布に包まりながら眠っていた私とティセ。
「……ティセ、起きてる?」
真夜中、目が覚めた私はティセがまだ起きているか確認してみた。
「……」
どうやらティセはすっかり眠りこけているようだった。私はティセを起こさないように布団から抜け出すと、暗闇が支配する廃教会の中を一人歩き出す。
目的はティセから聞いていた、この廃教会に潜む、誰もいないはずの部屋から聞こえてくる声と影の主。それに会い、ここから出て行ってもらう為。
「気配がするのは……こっちの方か」
普通の子供は勿論のこと、大人も怖がるだろう廃教会に広がる闇の世界、だけど私は妖精で、それも人を死に誘うバンシー。だからこんな事で怖がるような感覚は持ち合わせていない。
これでこの気配の主を追い出せたらティセは喜んでくれるかな……いやいや、何を考えているんだ私は。これはただのティセへのお礼のつもりだけど、これでティセが喜ぼうが喜ばまいが関係ない。
私はそんな変な考えを振り払おうと、首を左右に数回振ってから再び歩み始めると、やがて怪しい気配を最も強く感じる小部屋の前へと辿り着いた。
部屋の中を覗き込むと、向こうも人ならざる者が迫ってきたと気づいたのだろう。息を潜めている様子が伝わってくる。
「姿を隠しても無駄。私には正体が見えているから出てきて」
「……わかったのです」
私の言葉に観念したのか、部屋の中に黒い渦が現れたかと思うと、それは段々と背中に杖を携えた少女の姿へと形を変えた。
「……リッチ?」
「うむなのです。正確には半分人間で、半分リッチのハーフリッチなのです」
見た目の年齢は私と大体同じか少し下くらいだろうか。
黒いローブを羽織っているわりにその下は露出度の高い衣装に身を包んでいる、私と同じように覇気も生気も感じられない少女がハイライトの無い瞳をこちらに向けている。
リッチとは、より高位の魔法や研究をし続けたいが為に、己の体をアンデッド化させた魔道士や賢者などの類だ。当然それはもはや人間と呼べるものではなく、化け物や怪物の部類に含まれる。
男性のリッチは体が骨になっている事が多いのに対して、女性のリッチは美貌を保ったままでいる事が多く、さらに女性のリッチの場合は、人間との間に子を宿すこともできるらしいので、今私の目の前にいるのは、そうやって生まれてきた見た目相応の年の少女なのだろう。
「そういうあなたは何用なのです? 人間じゃない気配がひしひしするですけど……」
私の顔色を窺うように、おずおずとした様子でハーフリッチの少女が尋ねてきた。
少女の瞳には少しばかりの恐怖心が浮かんで見えるけれど、今のところ、目の前の少女は私にとっては敵という認識だ。なので少しも心を許さない方がいいと私は判断した。
「単刀直入に言うと出ていって」
まどろっこしいことはしたくない。だから私は単刀直入にそう少女に告げた。
「それはつまりチーリに死ねということですか」
「そこまで言ってない」
このチーリという名前らしいハーフリッチの少女、少々考えが飛躍しすぎでは無いだろうか。そう感じていると、チーリは縋るような視線を私に向けながら懇願してきた。
「チーリはここを追い出されたらもう行くとこがなくて死ぬしかないのです。だけどチーリは死にたくないのです。お願いだから見逃して欲しいのです」
リッチもバンシーと同様に、死という概念がつきまとう存在で、人間からは討伐される対象に含まれているはずだ。
隠れる場所が無くなったら、リッチは人間に始末されるのを待つだけの存在になりかねないので気持ちはわかる。
だけど私はまだ彼女に気を許してはいない。
「でもあなたは今この廃教会にいる人間を驚かせて追い出そうとしている。自業自得」
「心外なのです。チーリは人間を追い出そうとしたことはないのです。多分それは寝言なのです」
一体どういう寝言なのだろうか。
……それにしてもこの少女は私への害意が無いどころから、どちらかというとむしろ私の方を怖がっているようにも見える。
これではまるで私の方が悪者みたいに思えてきて、どうしたものかと考えていると、背後から床が軋む音と共に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あー、あれ寝言だったのね」
私が驚いて振り向くとそこにはティセが立っていた。
「ティセ、なんでここに?」
「いやー、目が覚めたらシィちゃんいないもの。どこへ行っちゃったのか探しちゃったよ」
こんな暗闇で、さらに穴だらけの廊下を夜目が利かないティセは何の迷いも無くここまで歩いてきたというのだろうか。
……なんだかそんなティセを少し恐ろしく感じてしまうのは私だけだろうか。
「それで、あなたはチーリちゃんというのね。追い出したりしないから安心して。
でも、どうしてここに潜んでいたのかは教えてくれるかしら?」
「……わかったのです」
ティセの優しい声で心が解されたのか、チーリはここへやってきた事情を私たちに話し始めた。
「チーリは人間のパパとリッチのママとの間に生まれたのです。人間としての血の方が強かったのと、ママも、顔色が悪い以外は見た目が完全に人間にしか見えなかったので、普通に町で暮らしてたですけど、チーリが5歳の時に、チーリは重い病気にかかって死にそうになったです。
その時、死にたくない死にたくないと願い続けていたらチーリの体の奥底で眠っていたリッチとしての力が目覚めてしまったのです」
チーリは後天的に今の力に目覚めてしまったらしい。
「チーリがリッチとしての力に目覚めても、両親は大切に育ててくれたですが、半年前に事故に遭って、チーリを遺して二人そろって昇天してしまったのです。
……チーリが完全なリッチだったら、リッチとしてその後も安定して暮らせただろうし、人間だったら町に戻って孤児院にでも入れば良かったですけど、チーリは中途半端で何処にも行くとこがなくなったのです。それで必死に逃げ回って2か月前にやっとここを見つけたのです。
なのでこのまま見逃してほしいですよ。お願いしますです」
そこまで言い終えると、チーリは床に這いつくばりながら私たちに頭を下げた。その肩は震えているように見えて、私たちに怯えきっているのも一目瞭然であった。
リッチは、普通ならば強大な魔力を持っていると聞くけれど、チーリに関してはそこまで魔力を秘めている様子も無く、ただの弱々しい少女にしか見えない。
そんなチーリの姿に、かつて人間と共に孤児院で過ごしたけれど、結局バンシーとして処刑されたかつての自分の姿がどうしても重なってしまう。
自分は生きていてはいけない存在だ、それでもなんとか生き続けたいと願うこの幼い少女に対して、ティセは傍まで駆け寄ってしゃがみ込むと、背中をさすりながら優しく語りかける。
「土下座なんてしなくてもいいよチーリちゃん。あなたも一緒にいていいから。というか私たちと一緒に暮らそうよ」
「……いいのですか?」
その言葉に、ゆっくりと顔を上げるチーリ。
「全然構わないわよー。いいよねシィちゃん」
「……ん」
ティセがいいと言うなら私が止める筋合いは無いと思う。別にティセを取られたとか思ったりするわけでもないし。
「あ、ありがたいのですティセ、それにシィ。チーリは2人になら私のハジメテをあげてもいいのです」
いきなりとんでもないことを言い出した。
「え!? いいの!?」
「チーリもティセも落ち着いて。そして恥じらいぐらいは持って。どっちも」
生に固執しすぎるリッチだからこその特性なのか、それとも元々の性格なのか、どうもチーリは貞操観念が緩いようだ。
……というかそれに乗っかろうとするティセもどうかと思う。
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先程まで眠っていた部屋に戻ろうとする私たち。ティセの右手を私が、左手をチーリがそれぞれ繋いで歩く姿は、他人が見たとしたら仲の良い姉妹に見えるだろう。……まぁ両サイドとも人間じゃないし、真ん中は、間もなく33歳になるれっきとした大人の女性なので、実態は親子の方が近いけれど。
それはともかく、私たちの間に挟まれたティセは一人上機嫌だ。
「いやぁ、たった数日で娘が2人も! ……嬉しいなぁ」
「チーリはティセがチーリのこと、娘と呼ぶならそういう扱いで構わないのです」
ティセの感覚では、すっかり私たちはティセの娘という扱いになっているらしく、チーリもそれで構わないようだった。
しかしちょっと待ってほしい。私までそれに含まれているのはおかしい。
「ちょっとティセ。私はまだティセの娘になったつもりはないんだけど」
すぐさまティセに抗議する私。
「まだって事は……つまり、いつかはそうなってもいいって事だよね!?」
「……うるさい」
……失言だった。
今回から登場したチーリのキャラデザは活動報告にアップしています。