EX07.桜咲くこの場所で(終)
私たちがチセの元いた世界へとやってきてから2年が経過した。
来たばかりの頃はあまりの生活様式の違いに慣れるのも一苦労だったけれど、今ではすっかりこの生活になじむ事ができた。
そして今日は小学校の始業式後初めての休日。
この長い連休を何して過ごそうかと考えていると……。
「ねぇシィちゃん、チーリちゃん。前にした約束、覚えてる?」
「約束? ……ってもしかしてあれ?」
「お花見ですかチセママ」
「そうよー。これからお弁当作ってみんなで行かない?」
私たちが住む町は、北国に位置するので桜が咲き始めるのがちょっと遅い。そのため、春の大型連休あたりにちょうど見頃の時期を迎える。
そしてこの世界にやってきたのもちょうど春頃だったのだけれど、最初の年はあまりにもドタバタしていた為何も出来ず、去年も色々あって出来ずじまい。
なので、2年越しで漸く約束していた花見をしようとチセが持ちかけたのだ。
「うん、いいよ」
「チーリも行くです」
「よーし、それじゃお弁当つくろー!」
そんなわけで今日の私たちは、近くの公園へお花見をしに行く事になったのだった。
******
「どう、すごいよねここ」
私たちがやってきたのはまるでトンネルのように桜並木が長く続く公園の一角。この近くには別の桜の名所もあるせいかこちらは人の姿もまばらで、3人でゆっくりとお花見をするのにとてもいい環境だった。
「チーリ感動したのです。あっちの方まで桜貝の絨毯が続いてるのです」
良かった、チーリもこの絶景に感動しているようだ。
「チセママ、シィおねぇちゃん。チーリ、ちょっとどれくらい桜並木が続いてるか見に行っていいですか?」
「うん、いいわよ。私たちはここにいるから迷子にならないように気をつけてね」
「わかってるですよー」
そう言うとチーリは桜のトンネルを一人駆けだしていった。
今、この場所にいるのは私とチセの2人だけ。
ふと、私はチセの方を見上げると……、桜色に包まれながら微笑むチセの横顔が柔らかく、そして美しく見えた。
そんなチセを見た瞬間、私は自分の心臓がドキッと脈打ったのを感じ、心の中で思っていた事をつい独り言ちてしまった。
「綺麗……」
「うん、本当に綺麗よね」
チセは桜の事だと思ったらしいけど……違うの。私が本当に綺麗だと思ったのは……。
「桜も綺麗だけど、チセ。『チセちゃん』も綺麗だよ」
「え!? あ、ありがとう、シィ…シーナちゃん……」
私がそう言うとチセは驚いた顔をした後、顔を真っ赤にさせた。多分私が突然『チセちゃん』と前世の頃のように呼んだのもあると思う。親子としてではなくかつての友達以上の関係で呼んだ事に気がついたのか、チセは私の事を照れながら前世での私の呼び名だった『シーナ』と返してくれた。
今の私の名前も椎那だけど、前世の方を指しているくらい私にだってわかる。
それは兎も角、チセのその照れた表情を見た私は、バンシーであった頃には気がつかなかった自分の感情に今になってハッキリと気がついてしまった。
同性同士の場合、今までの関係が壊れてしまう可能性だってあるだろう。でも、かつてチセは私に対してそう思っていたって教えてくれた。ならば問題は無いに違いない。だから私は……。
「ねぇチセ、聞いてくれる?」
「え? どうしたのシィちゃん」
チセに対しての私が持っていた胸の内を全てさらけ出す事にした。
「私ね、バンシーじゃなくなった今だったらわかるんだ。私もチセの事、孤児院にいた時から友達として以上に好きだったんだって。
親子としての関係になってからもう何年も経っちゃったけれど……もしもね、私が大人になった時にまだチセも私もあの頃の気持ちが残り続けていたら私は……チセに恋慕とかそういう意味で好きだって告白したいな。私、チセと恋人になりたい」
私は顔が火照るのを感じながら、恥ずかしい気持ちに蓋をしてチセへ自分の気持ちを素直に告白した。
私の告白を聞いたチセは驚いたように少し目を丸くし、やがて私の手を取りながら優しく微笑んだ。
「ありがとうシィちゃん。……でも、シィちゃんが大人になる時って私は45越えちゃってるよ? もうおばさんだよ。……いいの?」
自虐するように笑いながらそう返すチセ。謙遜の表れだと思うけれどそれは私には関係ない。生まれ変わってしまった為に年齢差はあれど私はチセの幼なじみだ。だから年は全く重要じゃない。
ちなみにもうおばさんだとチセは言うけれど八重美おばーちゃんを見る限り、少なくともチセの見た目は一生変わらないと思う。
「年は関係ないよ。私はチセがチセだから好きなんだもの」
「シィちゃん……」
私たちは戸籍上は母子だ。同性でもあるからそういった役所的な意味では決して結ばれる事はない。だけど、今の私ならハッキリ言える。
チセの事、愛してるって。
その時だった。私たちの目の前にあった桜の木の上から何かが突然姿を現したのだ。
「むー! シィおねぇちゃんばっかりずるいですよー!」
「ちょっ!? チーリ!? 一体どうやって上から!?」
「ぜぜぜぜ全部聞いていたのチーリちゃん!?」
それは私の最愛の妹であるチーリが桜の枝に足を引っかけて逆さまになった姿だった。いつの間に戻ってきて、桜の枝にぶら下がっていたのだろうか……。
そんなチーリは、木から降りてくると不満そうにほっぺを膨らませ、少しだけ目に涙をにじませながら私たちに抗議を始めた。
「チセママもシィおねぇちゃんもずるいですひどいです。チーリも2人の事大好きなのですのにチーリだけ仲間はずれにしてー。
というわけで、チセママとシィおねぇちゃんはチーリと勝負するのですよ。チーリは2人を落として2人の恋人になってみせるのです。」
「いやいやいやそれおかしいよね」
「おかしくないのです。チーリはシィおねぇちゃんとチセママ2人を堕としちゃうのです。チーリは本気なのですよ。その為だったらチーリは今すぐにここで2人を誘惑する悩殺ぽーずを」
「チーリちゃんやめなさいそれは、ここは公衆の場よ」
「あ、はいです」
びっくりするほどに真顔のチセ。確かに公衆の面前でそれはだめだ。チセの真顔を見たチーリは怖気づいたのかすぐに引き下がった。
「わかったのです。ここで悩殺ぽーずはやめるのですけど、家に帰ったらチーリは2人に猛烈アタックをいっぱいしかけるですから楽しみに待つですよ」
いや……うーん……まぁいいか。なんだかんだ私もチーリの事、大好きだし。まだ妹としてしか見てないけれど、今後によってはチーリの事も、チセのように恋慕的な感情が私の中で芽生えるかもしれないしね。
「だけどチーリ、私は難攻不落だよ。やれるもんならやってみてよ」
「わかってるのです、壁は高いから越えがいがあるというものです」
そんな風に私がチーリの謎の勝負を受けて立っていると、その脇にいたチセは何故かしゃがみながら両手をほっぺにあてて顔を真っ赤にしている。
「……で、チセは一体どうしたの?」
「え、だって、今、私すごく幸せなんだもの。シィ……シーナちゃんからも好きだって言われて、チーリちゃんからもそんな風に思われて、こんなおばさんを2人が親子としてじゃなくてそういう風に見てくれてて。あぁでもいいのかなこんな幸せがあって。私、今が人生で一番幸せの最高潮の気がする……」
何言ってるのチセ。まだ最高潮のわけないよ。
「……チセ、チセの幸せはまだここが最高潮じゃないよ。これからだよ」
「へ?」
きょとんとした表情のチセ。よし、今だ。
「よし、チーリ。今だよ。チセを両サイドから抱きしめてチセのほっぺにいっぱいキスしよう」
「むむ、合点承知なのです」
「へ!? ちょ、ちょっと2人とも!?」
私の突然の提案に、待ってましたとばかりに乗るチーリ。そういうチーリの意外とノリのいいところ、私大好きだよ。
即座に私とチーリはチセが逃げないように抱きしめ、むぎゅむぎゅちぅちぅ、むにゅむにゅちゅっちゅ。
「あわわわわわ」
間に挟まれたチセがすごく幸せそうな顔をしながらちょっと抜けた声を出している。
やがて私たちから解放されたチセは、桜貝の絨毯にへたり込みながら、少し息を荒くしながら先程まで私たちがキスをしていたほっぺを何度もさすった。
「えへへ……チーリちゃんの言うとおりだったね。私、さっきの瞬間、今までで一番幸せだったわ……。だってこんなかわいいシィちゃんとチーリちゃんから抱きしめられてキスもいっぱいもらえたんだもの」
そんな幸せそうなチセを見ていると、私もチーリも嬉しくなってくる。
きっと私たちの関係はこれからもこんな感じなんだろうね。家族でありながらそれ以上の関係みたいな。
なんて私が思ったその時だった。
ぐー。
いい雰囲気だった所に、なんとも情けないお腹の音が鳴り響いた。
音の発生源は一体どこかと思っていると……。
「……ごめん、せっかくいい雰囲気だったのに」
どうやらチセのお腹だったようで、先程までとは別の意味合いでチセが顔を赤くしている。
うん、それはそれでかわいらしいと思うよ私は。
「ねぇチセ、そろそろお弁当食べない? もうお昼も過ぎた事だし」
「チーリもおなかすいたです」
「あ、うん、そうだね。食べよう食べよう」
立ち上がった私とチーリは、一緒に立ち上がったチセの手をそれぞれ繋ぐと、お弁当を食べる場所を探すべく、満開の桜道を時々見上げたりしながら嬉しそうに歩いていったのだった。
そしてそんな私たちの幸せな姿を桜の木々が優しく、そして温かく見守っていた。
おしまい
番外編&後日談も含めて『嬉し泣きなんてしてやんない。〜泣きたくないバンシーと嬉し泣きさせたい聖女〜』、これにて完結です。お読みいただき、本当にありがとうございました。
よろしければ最後に評価や感想をいただけたら……。
次回作などはまだ未定ですが何か書きたいものが浮かんだらまた投稿しようと思いますのでその時は宜しくお願い致します。それではまた。