06.リタキリア
本日2更新目です。前回未読の方は1つ前からお読みください。
買い物の為に森を抜け、ティセと会話をしながら歩き続けること大体30分。
漸く最初の目的地であるリタキリアの村が見えてきた。
「あ、シィちゃん。あそこがリタキリアの村だよ。歩き疲れたよね、後は私が抱っこしてあげるから」
「まだ疲れてない、大丈夫」
「まぁまぁそんなつれない事言わないで。ね?」
「……ん」
ティセには何を言っても無駄だと一緒に過ごす内に悟ってしまった私は仕方なく、ティセに向かって腕を伸ばし、私を抱っこしやすい体勢を取った。
すると私は、あっという間にティセに軽々と抱っこされてしまった。なんというかまだ出会って1日だけど、ティセに子供扱いされるのも段々と慣れ始めてきている私がいる。
……それにしてもティセは、ここに着くまでの間、私とたくさんおしゃべりしてくれたし、歩幅の小さい私に合わせて歩いてもくれた。本当に私のことを気遣ってくれていたんだと思うとちょっと嬉しかったりする。
そんなこんなでリタキリアの村の入り口まで私たちはやってくると、門番が私たちに向かって話しかけてきた。
「ティセちゃんじゃないか。わざわざコトイオトからおつかれさん!
……おや、今日はお連れさんもいるのかい?」
「こんにちは門番さん!! 今日はこの子と一緒に来ましたー! ほらシィちゃん、ごあいさつ」
「…こんにちは」
私はティセに抱きついたまま、門番の顔を見ないで挨拶をした。
血のように真っ赤な瞳を見ただけで、私がバンシーだとわかってしまう人もかもしれないから顔を見せない方がいいと思って。
「おや、ティセちゃんと違って随分人見知りな子だなぁ」
「あはは、ごめんなさい門番さん。
この子色々あってまだ私以外の人に慣れてないんですよー。村の中入りますねー」
門番へ挨拶を済ませると、ティセに抱っこされたまま私は村の中へと入った。
門番からある程度離れたのを確認すると、私は先程の会話の中で気になったところをティセに尋ねる。
「……ティセ、さっきのコトイオトって?」
聞き覚えの無い単語だった。
「あー、コトイオトはここから南へ歩いて3日ほどかかる場所にある町のことだよ。そこもここ数年の間に興された町だよ」
「私たちって別にそこから来たわけじゃ無いよね?」
何故そこから来たことにしたのか理由が私にはよくわからない。それを疑問に思っているのが顔に出ていたのだろうか、ティセはその理由を教えてくれた。
「あー、私がどこから来ているかごまかしているのよ。
正直に森の中にある教会から来たって言ったり、近くのルベレミナの村から来たってごまかしたりすると、私を追い出した城の奴らにも見つかりやすそうな気がしてね。
それだったら、ここから微妙に行きづらい所にある町から来たってことにしておけば、疑ってわざわざ確認しようとしてもある程度時間稼ぎにはなるだろうし」
……確かに、近くの村だとティセを知っている人がたまたまその村でティセの話題をする可能性がある。それで、その村にティセがいないとわかったら途端に怪しまれるに違いない。
正直に森の中にある廃教会から来たと言っても、それはそれで疑われるだろう。なにせあんな森の中にぽつんとある廃教会だ。何か良からぬ企みをしていると思われる可能性も充分ある。
それならば行けないことは無いものの、アクセスが微妙にしづらい町から来たということにしておけば、まだごまかしが利くし、疑われてもその間に逃げる猶予も得られるという事だろうか。
……なんだろう。わざわざそんな事をするティセに、完全犯罪でも目指しているようなそんな気配を感じるのだけれど、気のせいだと思いたい。
******
それはさておき、私はティセに抱っこされたまま、村の市場へとやってきた。
特徴が無いとティセから聞いていたからあまり期待はしてなかったのだけど、意外と市場には活気があるようで、右を見ても左を見ても人がそれなりにいる。そんなキョロキョロとする私を担いだまま、ティセはお菓子を売っている露店の前で立ち止まった。
「ティセ、どうしたの?」
「んー……」
時間的には、朝とお昼の間ぐらいで、人間ならば小腹がすき始める頃だから、何か間食でもするのだろうか。
「ねぇシィちゃん。何か食べたいのある? 『無い』というのは無しで」
間食を取るのは私だったようだ。それも拒否権が無いという。
……私は別に食べなくても平気なのに、とことん私に食べさせたがるティセ。まぁあんなにガリガリな姿を見たのだから気持ちはわかるけど。
「……じゃあ、あれ」
私は適当に目の前にあったおまんじゅうみたいなお菓子を指さした。
「あれね? すみませーん、そのお菓子一つくださーい!」
私が指を指すと、ティセはすぐにそのお菓子を私に買い与えてくれた。
買ってしまったものは仕方ないと、ティセに抱っこされたまま私はそのお菓子を食べ始める。
「どうシィちゃん、おいしい?」
「おいしいと思う」
「そっかー、よかった」
でも、これだったら……。
露店から少し離れたのを確認してから私はティセに小声で伝えた。
「だけど、昨日ティセが食べさせてくれたパンの耳を揚げたやつの方がおいしかった」
その言葉に最初、理解できなかったように顔をキョトンとさせたティセだったけど、段々と嬉しさが伝播していったのか、顔を紅潮とさせて満面の笑みを私に向けてきた。
「わかったよシィちゃん。家に帰ったら、あれを100本でも200本でも食べさせてあげるよ!」
「そんなにいらない」
少しは加減を覚えて欲しい。困ったティセだ。
******
その次に私たちが向かったのは服飾店。ここで当初の目的だった私の服を買うらしい。
「さーて、シィちゃんに似合う服はー……」
「これでいい」
面倒だった私は、手近にあった服をろくに見ずに適当に取ってティセに手渡した。
「……本当にこれでいいの?」
手渡されたその服を見て固まるティセ。着られれば別に構わないのだけれど何で固まったのだろう。
気になった私は自分が掴んだ服を改めて見直した。
「……ごめん、やっぱこれじゃないのにする」
私が手渡したのはウサギの耳と露出度の高いスーツ、リボン、そして網タイツがセットとなった『ばにいすうつ』と書かれたものだった。
なんでこんなものが簡単に手で掴める位置にあるの……何このお店こわい。
私が心の底から慄きそうになっていると、店の奥から店員さんがやってきた。
「あらー、仲の良い姉妹さんねー」
確かに、端から見たらそんな風に見えるかもしれないが私たちはそういう関係では無い。だって私たちは……。
「いいえ、娘です」
違う、娘じゃない。何を言ってるのティセは。
「え……」
ほら、ティセの言動に店員さんがドン引きしちゃっている。まあ仕方ない。だってティセはもうすぐで33だと公言しているけれど、見た目だけはどう高めに見積もっても10台半ば。
下手したら10歳ぐらいにだって見える。そんな人に7歳ぐらいの娘がいたとしたら一体何歳で私を産んだ事になるのか。
『娘』という言葉に固まった店員に対して、補足するようにティセは言葉をつなげる。
「正確には私が保護した女の子です。まだ幼いようなので私がこの子のお母さん代わりになっているんです。なのでこの子にしてみれば私がお母さんという事で……」
「まぁ……、そういう事だったのね」
ティセのその言葉で店員さんは私を孤児か何かだと思い、納得してくれたようだ。
実際は違うのだけれど私がバンシーだとバレたらそれはそれで大変なことになるので、この場をごまかすのにはそれが最適解に違いない。
その後、私は先程の失態を繰り返さないようにしっかりと服を吟味してからティセに渡した。
昨日お風呂に入るまで着ていた服と似たような飾り気の無い白っぽいワンピースだったので、ティセは少し不満そうにしていたけれど、こればかりは譲れない。
バンシーは白いワンピースに本能的に惹かれてしまうものなのだ。
なお、お会計をするティセの手には、それとは別に、私のサイズに合いそうなごてごてとした服もあったのだけれど、私はそれについては見なかったことにした。
多分あれがゴスロリなのだと思うけど私は見なかった。着ることもないはず。絶対に。
それから、会計を終えて私たちが店を出ると、ティセが何かを思い出したかのように唐突に語り出す。
「ちなみに私の故郷では数百年前に8歳で子供を産んだ記録があったらしいよ」
「いや、そんな事急に言われても……」
突拍子のないティセのその発言に、ただただ困惑することしかできない私なのだった。