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EX06.聖女に扮した死神 ~バーシア視点~

「え!? リタキリアの危機を救ってくれたシィさまも、一緒にいた聖女さまたちもこの国を追い出されて消息不明ってホントなのお父さん!!」

「そそそそそそうらしいが首をゆさゆさするのはやめなななさいチハル!!!」



──それはかつて聖女様に見逃された事で命を救われたバンシーである私、バーシアが北の海近くにある森の中で、シィという私と同じバンシーの少女と出会ってしまった事による紆余曲折の末、リタキリアの村に住むチハルという女の子の家で暮らすようになってからまだ一月も経っていない頃の話。


 聖女様やシィたちが行方不明になったという話をチハルの父から聞かされたチハルが、驚きのあまりにとチハルの父の襟をつかみ、首を何度もガクガクと揺らした。それ脳震盪にならない? 大丈夫?


「チ、チハル……それ以上やったらオットさんが死んじゃうからやめたげて……」

「うん、わかった! バーシアちゃんがそう言うなら解放する!」


 このままではまずいと思った私は、チハルにそれをやめるようお願いするとあっさりと聞き入れ、チハルの父ことオットさんはチハルの魔の手から解放された。あ、でもオットさんダメそう。そのまま床に倒れちゃった。


「んもー、お父さんってば本当に体が弱いんだから」

「多分それ体が弱いってわけじゃないと思うわよチハル……」


 ちなみに、今床に倒れているオットさんはチハルの本当の父ではないそうだ。

 今から5年前、どうやら異世界から迷い込んだらしいチハルの事を保護し、そのまま養父となってくれたらしい。そして今、話を聞く限り、チハルは今16歳となったようなのだけれど、私の目にはどう贔屓目に見ても11歳ぐらいにしか見えない。


 ……この子、もしかして見た目成長していないのでは?


 そして、以前チハルに元いた世界に帰りたいか尋ねた事があったけれど、絶対にイヤと即答した。なんでも実の両親から虐待を受けていたらしくて、体の至る所に痣が残っているらしい。


──私って変に明るい風に振る舞ってるでしょ? これね、こういう風に笑顔でいないとますます殴られちゃってたせいで、もう治らなくなっちゃったんだ。えへへ。


 ……そんな事すらも笑顔で話したチハルの心は、とてつもなく深い闇を抱えているんだと私も感じてしまった。


「ねぇバーシアちゃん! それっていつの話なの!? 今すぐシィさまを探しに行かなくちゃ!!」


 などと思っていると災いの火の粉が今度は私に飛んできた。だけど私に対しては異様に甘いチハルは私の襟をつかんだりするような事はなく、何故か私を抱きしめながら尋ねた。

 普通に尋ねればいいだけなのにわざわざ抱きしめる意味はわからないけれど首をがくがくと揺らされないだけましよね……。


「こないだチハルがルベレミナへ買い物に行った時よ。その時私がリタキリアの外にいたの覚えてない? あれの翌日が多分いなくなった日よ」

「え!? あの日!? なんで教えてくれなかったの!? もしそれ知ってたらシィさま保護して手籠めにしたかったのに」

「手籠め言うな」


 チハルは、私がここで暮らし始める前にリタキリアで起きた怪物襲来事件の際、村の危機を救ったシィに一目惚れをしたそうなんだけど……シィに扇動された後で、北の森に隠れ住んでいた私を見つけるやいなや猛烈アタックをしかけて執拗に追いかけてきたあたり、なんというか猪突猛進というか暴走するとたちの悪い片鱗が垣間見える。


 まぁ、一途とも言い換えられるのでそこまで嫌というではないんだけどこんな風に、勘違いのまま文句を言われてるとわかっていたからチハルにはその事をあまり言いたくなかったのよね……。

 といか私というバンシーを前にしながら他のバンシーを気にかけているのがちょっと苛立いらだつなぁ……。私だけ見てほしいのに。


「……それに、私が思うに、シィも聖女さまももうこの国にはいないと思うわよ」


 最後に私がシィや聖女様たちと会った次の日、シィを斬りつけた男たちが何かわめきながら聖女はどこだと村の中を捜索していた。それによって私はあの3人がもうどこか遠くへ逃げてしまったんだと感じた。


 最後に、聖女様にお礼を言う事ができたので私はもう思い残す事は無くなったのだけれどチハルはどうも話を曲解してるのか国を追放されたと思い込んでいるようだ。うーん、相変わらずチハルは猪突猛進。


「チハルは勘違いしてるみたいだけれど、シィたちはきっと自分たちの意思でいなくなったんだと思うから探さない方がいいわよ」

「むー……でもー……」


 私が聞き分けのない子供を諭すようにチハルに対してそう言うと、チハルは何を思ったか私を今度は膝の上に座らせた。

 なんだか、私を抱きしめると落ち着くらしく、今は気持ちを落ち着けたかったのだろう。年齢の割に小さいチハルよりもさらに小さいこの体が憎い……。まぁイヤではないんだけど……。


 さて、こんなチハルに対して今ではすっかり懐いてしまっている私だけれど、勿論最初からこんな風にベッタリだったたわけではない。

 そもそも私は、元々殺されるはずだった所を運良く見逃してもらえて以来、人間と関わるのがイヤになって北の森に隠れ住んでいただけで、別に人間を殺す事に対して抵抗ができたというわけではないし、なんだったらしつこく絡んできたチハルに対してバンシーの力を使って大泣きして殺そうとした事だってある。


 だというのにチハルには何故か全く私の力が通じずあっという間にチハルにもみくちゃにされ……観念した私はチハルと一緒に住む事になった。


 バンシーという常に死が纏う存在なんて、人間に忌み嫌われる代表だからどうせすぐ追い出されるだろうという魂胆だったのに……リタキリアではシィのせいでバンシーは英雄扱い。そのせいで私はあっさりと受け入れられてしまったのだった。


 この時点で私の計画は崩れてしまい、もう後は野となれ山となれとばかりにチハルに対してとことん甘える事にし、その結果……いつの間にか私はチハルと両思いになっていた。


 昨夜もたくさんかわいがられてしまい、バンシーって人の温もりに飢えちゃっているチョロい性質の妖精なんだなぁって、チハルに抱きしめられながらそう思ってしまった。


 ……あ、誤解があったら困るから先に言っておくけど抱き枕代わりだから健全の範囲よ。まだ。



 ******



「というわけでバーシアちゃん、私、早速城に殴り込んで国を壊滅させようと思うんだけど」

「意味がわからないわよチハル……」


 オットさんからチハルがあの話を聞かされた翌朝、私が目を覚ますと既に着替えて何故か武装を始めていたチハルが突然そんな事を言い出した。寝起きでそれは流石に心臓に悪いわよ……。


「でも、聖女さまって前々からこの村に何度もやってきてたのを見かけたし、聖女さまってわかった後もしばらくは何も動きが無かったよね。なんでそれがいきなりバレたのかな。バーシアちゃん何か知ってる?」


 うーん……これを言ってしまったら、矛先がどこに向かうかすぐわかってしまう。

 だけどチハルの澄み切った目で見つめられてしまうと言わずにはいられない。


「密告したのは村長らしいと聞いたけど……なんでもシィとリッチの子を養子にしようとたばかった事が起因したみたい」

「へーーーーー。あの変態村長がねーーーー」


 あ、まずい。私のその言葉を聞いてやっぱり怒りのスイッチが入ったらしく、チハルの背後に燃えさかる蒼い炎の幻覚が見える。


「それにシィって聖女さまといたせいか、とても人に慣れていたでしょ。だから国の思惑と村長の思惑が合致したそうよ」


 国は他国へ攻め込む際の脅威として従順なバンシーとリッチの力が欲しい。

 村長は己の性的嗜好を満たす容貌のバンシーとリッチの少女を養女としたい。

 バンシーとリッチは討伐される対象だけれど、村長が身元保証人というていで養女にするという特例措置をれば、養女としながら国の兵器としても利用できる。


 そういった所だろうか。


 私の予測を聞いたチハルは、私の言葉を反芻するかのようにブツブツと何かを呟いていると、突然何かを閃いたかのように拳を高く掲げた。


「それじゃバーシアちゃん。まず私と一緒に村長のところへおもむいてボコボコサンドバッグにしてこよっか!」

「何がどうなったらそんな考えに行き着くになるのよ……」

「え? バーシアちゃんのバンシーとしての力でシィさまを追い出した奴らを根絶やしにする第一歩とするからだよ?」


 いや、それ極論過ぎない? 誰かチハルを止めてと思ったけれど……。うーん、この村中の誰もそれを止めない気がする。


 なにせ広い以外の特徴が無くて特産品も産業も何もないケダイカデ王国の北端に位置するこのリタキリア、そして南にあるルベレミナは交通の便の悪さもあってか扱いが非常に悪い。


 中心部であるブンシューチへ続く道は峠道の悪路で、怪物や山賊も頻繁に出没する。北にある関係で気温も低く、作物は他の村や町よりも不良である事が多いというのに他の村よりも税金が高い。

 税金に関しては村長が搾取しているからという噂もあるけれどその辺りはよくわからない。

 けれど、この2村の実情を王都まで出向いてその改善を嘆願した者が処刑されたという話もあって、この2村では国に対しての不信感と不満がつもりに積もっているのだ。その上、村民が国に対して悪感情を抱いている事を理解しておきながら国は他国へ戦争を仕掛ける事以外何も考えておらず、ハッキリ言ってしまえば、もうこの国に未来はない。


 ちなみにあまりの冷遇っぷりに嫌気がさして、海を挟んで北に隣接するノリナト帝国への併呑へいどんを希望する村民も中にはいたりする。

 ちなみに以前、その話を聞いたチハルは『まるでイトシロムラ・エッケンガッペイみたい!! やってほしいな!!』とわけのわからないことを言ってたけれど、多分前いた世界での言葉なんだと思う。


「ねーバーシアちゃん、何ボーッとしてるの? そこがかわいいんだけど話聞いてるー?」

「あ、ごめん。いや聞いてたけど……それは極論過ぎない? もう少し平和的に……」


 おかしいな。なんで私の方が人道的解決策を考えてるんだろう。私は人間じゃなくて、チハルの方が人間のはずなのに。


「えーやだー!! シィさまを追い出すような見る目のない奴らなんてこの手にかけなきゃ腹の虫が治まらないもん!!」


 あーまたチハルの駄々が始まった。こうなってしまうと手がつけられないのよね……。仕方ない、乗ったふりして適当な所で切り上げるように促してみるか。


「あーはいはい、行けばいいんでしょ行けば……どうせ村長の家まで行った時点で門前払いだと思うけど。だってあの村長って名前の通り……あ」


 ジットメーロ村長は警戒心がかなり強いものの、ジト目の幼子相手にはその警戒心が全くなくなる、ただ見た目だけで実年齢が高い場合はの対象外という噂があった。

 そして私の姿は……ジト目で低身長、さらにバンシーとして生まれてきたのが実はまだ12年ぐらい。


 しまった。完璧に村長のストライク圏内じゃないの私。

 チハルもその事に気がついていたのかあれこれ頭の中で作戦を巡らせている。


「さーてそれじゃぁ、バーシアちゃんを餌にしてジト目ロリスキー村長をおびき寄せて近づいてきた所をボコボコにしてから脅して私が聖女であると認めさせる。

 それから聖女に扮した私がシィさまを追い出した奴らを一網打尽にするべくバーシアちゃんと一緒にブンシューチへ行って……」


 待ってチハルがなんだか私まで巻き込んだとてつもない夢物語を語り始めた。そんな簡単に聖女になんてなれるわけないじゃないの。私は思わずチハルのその無謀な作戦を制止させようと口を開いた。


「何言ってるのよ落ち着いてチハル、聖女ってそんな簡単になれるものじゃないのよ……。聖女さまが使う光の壁とかそういった力、あれは生まれつきじゃないとその能力が備わってる人はまずいないのよ」


 噂では異世界から来た人間だけしか使えないと聞くけど……ってあれ? そういえばチハルって……。


「へ? 私、聖女さまが使ってたみたいな力使えるよ? ほら光の壁。」


 そう言うとチハルは私の目の前であっさりと光の壁を作りだした。


 ……どうしよう、開いた口が塞がらない。


「ま、まさかそんな……」


 あ、でもそういえばチハルって私のバンシーとしての力も通じなかったのよね。という事はチハルって本当に聖女なの……。この暴虐を体現したかのような性格で!?


「……バーシアちゃん、なんでそんな鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してるの?」


 チハルは気がついていないの? その力がとても貴重だって事に。


「だ、だって本当にチハルが光の壁使うんだもの……。その力があるって事はチハルが本当に新しい聖女様って意味だから……」


 そしてチハルが本当に聖女だという事は、同時に私はチハルと敵対する関係になる。

 聖女は国に仕えて怪物を退治する側で、私はその逆で討たれる側ということだから。


「へぇーそうなんだ。でも私が聖女って事は私が城へ潜り込んでシィさまたちを追い出した奴らを殲滅せんめつできる千載一遇の機会じゃん!!」


「何言ってるのチハル……。この国以外では重宝されるべき聖女がそんな泥をかぶる行為をしてはダメよ。それにチハルが聖女という事は、私はチハルと一緒にいてはいけない存在よ。私はあなたと相容れない立ち位置にいる存在だもの」


 というかね……私の聞き間違いよね。なんだか『殲滅』って恐ろしい単語が聞こえたのは。


「関係ないよそんなの! だってシィさまは聖女様と一緒にいたじゃん! そんな事言う奴らなんて黙らせればいいんだよ」

「チハル……。うん、ありがとう」


 チハルの暴走するけどまっすぐな所、私はチハルのそこが好き。


「ということでこの国の暗部は大掃除した方がいいよねやっぱり! ぃよっし、バーシアちゃん、作戦変更して一緒にまっすぐブンシューチに行くよ!

 私が聖女だと証明して、バーシアちゃんも従順な私のお供のバンシーだとわからせたら簡単にお城へ入り込めるに違いないよ!

 そして私が光の壁でシィさまを追い出した奴ら全員を逃げられないように光の壁で取り囲んだら、すかさず今度はバーシアちゃんが奴らにトドメを…」


「ちょ、待ってチハル。何トドメって? 一体何をしでかす気なの?」


 もうダメだ。今の『トドメ』という不穏単語で、さっき聞き間違いだと思いたかった『殲滅』もやっぱり聞き間違いじゃなかったようだ。だけど、また私は聞き間違いをしたのかもしれないという薄氷の期待でチハルに発言の真意を確かめる事にした。


「え? みなごろしだけど? こんな腐った世界に警鐘を鳴らす世界平和の伝道師が真実の愛を伝える感動的エクステンドリアリズムファンタスティック」

「……」


 もうダメだ。決定打となるみなごろしという単語まで飛び出した。後半は何を言ってるのかさっぱりだけどチハルがとんでもない事をしでかす気満々なのだけは伝わった。


 そして、その事を笑いながら話す割に目が笑っていない上、光を宿さずに深い闇の渦巻く瞳で虚空を見つめるチハルに対して、恐怖心に対してかなり抵抗力のあるはずのバンシーである私が非常に恐怖している……。


「さあ!  みっなごっろし!  みっなごっろし!」

「絶対チハルに逆らっちゃイケナイ……コワイ、チハルコワイ」


「あれれ? おかしいなぁ……どうしてバーシアちゃん震えてるの? あ、そうか! 寒いからなんだね! まだ春になったばかりだもん、仕方ないよね!」


 いや……あのね……全てチハルのせいなのよ。気づいて……。


「それじゃあたたかい格好したらすぐにブンシューチへ行くよ、バーシアちゃん!」

「ひぃぃ……」



──これは、のちに腐敗しきった政治を執っていたケダイカデ王国を崩壊させた人間とバンシーの少女2人が、のちに聖女王として新たな国の創設者として君臨し、安定した国家を築く第一歩となるのだが、それはまた別のお話。

 そして勿論、別の次元で現在、食後のお茶を飲みながらのんびりと過ごしているシィたち䋝片(おがた)一家にも全く関係の無い話。

イトシロムラ・エッケンガッペイは石徹白村越県合併で検索すると意味が分かると思います。


そして明日で後日談・番外編含めて最終回になります。

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