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EX05.一度限りの邂逅

前作『人型モンスター転生少女『ミノリさん』の義娘子育て記録』(https://ncode.syosetu.com/n5559gj/)の登場人物が出てくる為、そちらを読んでいることが前提のお話になります。未読の方はご注意ください。

 その日は土曜日で学校がお休みで私とチーリ、それにチセが自宅でくつろいでいた時だった。

 押し入れを開けたチーリがなにやら驚いた顔をしながら私たちの元へとやってきた。


「大変なのですチセママ、シィおねぇちゃん。押し入れに空間の裂け目みたいのがあるのです」

「え?」


 空間の裂け目という言葉で私たちは、異世界転移の魔法の事が頭をよぎった。

 という事は、またあいつらが異世界から聖女を連れてこようとしている……?

 そしてもしそれが真実ならば、今も向こうの世界に残っているバーシアやチハルに何かあった可能性が考えられる。そのせいで私の心がざわつきはじめた。チセもまた私と同じ心境なのか動揺した顔をしている。


「もしかして、またあっちの世界に繋がっているの……ってチーリなにしてるの!?」

「ちょっ、チーリちゃん!? 危ないよ!」


 一方チーリはというと、何を思ったか空間の裂け目に頭を入れて中を覗き込み始めたのだった。

 このまま吸い込まれたら大変だと私とチセは慌ててチーリの体をつかんで、中に引き込まれないようにした。

 そんな慌てる私とチセに対して、当のチーリは……。


「違うみたいですよ、見た事のない森と家があるです、あ、どうもです。あなた誰ですか? チーリは生首じゃないですよ。チーリはチーリと言うですよ」


 空間の裂け目に頭をツッコんでいる為にまるで首無し状態となっているチーリだったが、どうやら裂け目の向こうに誰かを見つけたらしく何かを会話している。そしてどうやら裂け目の向こうではチーリの生首が宙に浮いている状態になっているようだ。絶対怖いってそれ……。


「チーリ……一体誰と会話しているの?」


 私とチセがそう疑問に思っていると、空間の裂け目からチーリが顔を戻した。よかった、なんともなかったようだ。

 安堵する私たちをよそに何故かチーリは興奮気味の様子。


「シィおねぇちゃん、チセママ、この裂け目は向こうに行ってもちゃんと戻ってこられそうですよ。だからちょっとだけ一緒に行くです」


 どうやら向こうの世界に興味が湧いたらしく、行ってみたくなったようだ。なるほど、元リッチであるチーリの知的探究心が目を覚ましたのか。

 だけどこの裂け目に飛び込むのは勇気がいる。戻ってこられるとチーリは言ったけれど万が一帰ってこられなくなったら……といった不安要素があるわけだから。さてどうしよう……。


「……チセ、どうする?」


 こんな時は困った時のチセ頼みだ。


「うーん……、まぁチーリちゃんの言葉を信じて行ってみてもいいんじゃないかな? 帰ってこられなくなったら……まぁそれはそれで」



 ******



 結局空間の裂け目の中へと入った私たち。

 そこはチーリの言葉通り見た事のない森と家、そして小川があった。一体ここはどこなんだろうか。


「うん……本当に知らない所ねぇ……って、あれ? チーリちゃんどうしたのその格好!? 前の世界っぽい姿になっちゃってるわよ!?」

「なにがですチセママ……って、チセママもシィおねぇちゃんもどうしたのですか、チセママは修道服に、シィおねぇちゃんは白ワンピになってるですよ?」


 チーリの言葉を受けて私たちも慌てて自分の姿を確認してみると、確かに前までいた世界で着ていたような白いワンピース姿になっていた。でも私は前までいた世界では修道服を着ていた割合の方が多かったはずなんだけどこれは一体どういう事なのだろうか。

 そんな風に、服装が変化した私たちが驚きながら互いを見合っていると……。


「えーっと……こんにちは?」


 私たちの背後から疑問符を伴った声が……。しまった、そういえばチーリはこの声の主に呼ばれたんだった。

 改めて声のした方へ私たちが振り返ると、そこにはウェーブ掛かった金髪で、大体18歳ぐらいと思しき女の人が立っていた。おそらくこの人が空間の裂け目を作った張本人であろうか。そんな風に私が思っていると……。


「ちょっとトーイラ、大きい声上げてどうしたの……って誰!? どうやってここへ!?」

「奇妙奇天烈現象」


 すると今度は、マントを身に纏った褐色肌で耳の長い女の子と、黒い長髪で頭にローブを纏った女性が家の影から姿を現し、私たちを視認した途端に驚きの声をあげた。

 黒い長髪の女性はなんだか変な口調だけれど、多分それが驚きの声なんだよね……?


「あ、すみませんお邪魔してます……。こちらの金髪の方にどうやら娘が呼ばれたみたいで……」

「えっとねママ、私が転移の魔法を練習していたら失敗しちゃって知らない何処かに繋がっちゃったみたいなの。さっき大声上げちゃったのはそっちの子がその裂け目から顔だけ出した事で生首が宙に浮いてるように見えちゃって……」


 まぁ……そりゃ驚いて大声上げるよね。突然宙に生首だもの。チーリは顔色も悪いから尚の事。


「え、そうだったの、えっとトーイラさん、うちの娘がごめんね」

「ごめんなのです」

「あ、いえ、こちらこそ魔法に巻き込んだみたいになってしまってごめんなさい」


 遅れて姿を現した2人に事情を説明した『トーイラさん』というらしい金髪の女性と、驚かせたことを謝るティセとチーリ。

 そして『ママ』という言葉を含んだ説明を聞きながら褐色肌で耳の長い女の子が相槌を打っていたので、恐らくこの人が母親なのだろう。

 見た目だけなら13,4ぐらいと3人の中で一番若そうに見えるけれど、その長い耳から人間ではないのが明らかで、おそらく見た目通りの年齢ではなく、さらに異種族である事も同時にわかるので義理の母子ということだろうか。

そして黒い髪の女性は、トーイラさんと同い年ぐらいに見えるので友達か姉妹という所かな。


「まぁ、誰も怪我とかしなかっただけよかったという事でいいのかな。えっと、娘が魔法で巻き込んじゃったみたいでごめんね。えっと……あなたとあなたが10歳ぐらいで、あなたは私の娘たちと同じぐらいかな?」


 ティセとトーイラさんの話を聞いた上で、軽く会釈をしながら謝罪する褐色さん。

『娘たち』と口にしたので、きっと私たちとは逆の構成の血が繋がっていない家族という事になるのかな。


 それにしてもすごく誠実そうな褐色さんだけれど、一つだけ大きな勘違いをしている。


「あ、すみません……私、35です……」


 それはチセを子供だと思っている事だ。……まあ仕方ないよね、よくて中学生にしか見えないもの。

 チセはものすごく申し訳なさそうに訂正した。


「え?! 年上!? ご、ごめんなさい。てっきり16歳ぐらいかと……」

「あ、いいんです。よくそう思われるんで……」


 自分よりも年上だと聞かされてすぐさま謝る褐色肌の人だったけれど……今度はトーイラさんと黒髪の女の人が誰に向けているのかわからない謎の援護射撃を始めた。


「だけどママもあんまりそれ言えないよねー」

「成長する兆しなしの我が母自慢」

「ちょ、2人とも!? …いやわかってるよ私もかれこれ10年以上この姿のままだって…あ、私通算29です。そういえば名前名乗ってなかった……私ミノリって言います」


 軽く目に涙を浮かべながら私たちに『ミノリ』と名乗って自己紹介をする褐色肌さん……『通算』って一体どういう意味だろう。

 私はそこに引っかかったけれど、チセは別の部分に引っかかりを覚えたようで、名前を聞いた途端、『あれっ?』という表情に変化した。


「なんだか日本人みたいな名前……」

「え!? あなた日本知ってるの!?」


 チセがその疑問をポツリと口にすると、ミノリさんが驚いたように声を上げた。


「ええっと、はい。私日本人なので。私、䋝片(おがた)知世ちせって言います」

「あ、その名前は確かに日本人だ…。私、隠塚おんづかミノリって言います。こんな姿をしているけれど私は元日本人で、17の時に日本で死んだはずが何故かこのゲームの世界へ転生したようでもう12年経って……。

 そしてこっちの金髪の娘がトーイラで。黒髪の娘がネメでどっちも私の大切な娘だよ。あともう一人、娘のお嫁さんが家にいるんだけど…今は家事をしてるから出てこられないかも」


 なるほど。通算というのは前世から通算という事か。

 私もバンシーとして数度生まれ変わっているから最初の頃から数えて、と同じ事なのかな。もう私自身は通算で何歳なのかわからないけれど。


「あーここってゲームの世界なのね……。という事はこの格好はこのゲームでの装備品なのかしら」

「えっと多分。私にはゲームウインドウが見えてるんだけど、チセさんが身につけているものは全てゲームに出てくる道具名になってるから…チセさん自身は【認識】されてないようだけど」


 ゲームの世界だとミノリさんから聞かされたチセは改めて自分の姿を確認している脇で、ネメさんとトーイラさんが『あの子たちは【認識されちゃう】から迂闊うかつに魔法使わない方がよさそう」と耳打ちしているのが小さく聞こえたけれど……【認識】が一体何を意味しているのかちょっと私にはわからない。

 それはひとまずいいとして、大事な事を忘れてるよチセ。


「チセ、まだ私たちを紹介してない」

「あ、そうだった。ごめんシィちゃん、チーリちゃん」


 そう、私たちをまだミノリさんたちに紹介していない。なのでここで改めて私とチーリはミノリさんたちに自己紹介を始めた。


「私はシィ、元はバンシーで今はこっちのチセの娘」

「チーリはチーリなのです。おなじくチセママの娘で、元は半分リッチだったのですよ」


 私たちが、チセの娘であると名乗ると構成は逆ではあるものの他種族を育てた事に何か思う事があるのだろう。感慨深そうな表情になったミノリさん。

 そして、ミノリさんは私とチーリに目線を合わせるようにしゃがむと、微笑みながらゆっくりと私たちの頭をなではじめた。


「そっか。うん、チセさんも育児頑張ったんだね。2人ともとても幸せそう。シィちゃんもチーリちゃんも幸せなんだよね?」

「……ん」

「……なのです」


 あ、どうしよう……、私たちをなでるミノリさんの手がすごく優しいし表情も柔らかいので思わず目がとろんとしてくる。一緒になでられていたチーリもまぶたがゆっくりと下がっている。何この魔性の手……やみつきになりそう。


 そんな堕ちそうになる私たちを引き留めたのはミノリさんの娘たち。


「もう、ママってば本当にたらしなんだからー。天然なのか知らないけれどそうやるとすぐ他の子たちも懐いちゃうよー」

「お母さんの母親力、大海より広し。されどその享受は私たちのみ希望」


 ちょっと嫉妬のこもった声を聞いて、慌てて私たちの頭から手を離すミノリさん。

 危なかった。本当にあと少しで堕ちるところだった……。



 ******



 その後も少し雑談をした私たちだったけれど、あまり長居をするのも危険だと判断したらしいミノリさんがここでお開きにしようと話を遮った。


「さてと、つい楽しくて長話しちゃったけれど、このまま長居するのは危険な気がするからあなたたちは早めに元の世界へ戻った方がいいと思うよ。あなたたちにはちゃんと帰る場所があるわけだから帰れなくなったら困るよね?」


 確かにここは異世界だ。そしていつ空間の裂け目が消えるかもわからない。ならばミノリさんの言葉通りにそろそろ帰った方が無難だろう。


「それじゃね、ミノリさん、トーイラさん、ネメさん。もう会えるかわからないけれど」

「うん、私も久しぶりに日本の事が聞けて嬉しかったよ。ありがとうチセさん。そしてシィちゃんにチーリちゃんもバイバイ」


 小さく手を振るミノリさん。


「ん」

「バイバイなのですよ。またいつか会いたいです」


 そして私とチーリは空間の裂け目を通って先に元の世界へと帰った。次はチセの番……だけれど、何か思う事があるらしいチセは、片足を裂け目に入れながらミノリさんの方を振り返りながら口を開いた。


「えっと、ミノリさん。あなたも一緒に日本に帰りますか? 多分今だったら一緒に行けると思うけど……」


 チセとしては、姿が変わっても同郷人であるミノリさんの事が気になったらしく、一緒に帰らないかミノリさんに尋ねたのだけれど、ミノリさんは目を伏せながら首を横に振った。


「うーん……私はいいかな。姿がもう前世と異なるし、それに娘たちを置いてはいけないよ。

 娘たちと一緒に行く事もできるだろうけれど、ネメの結婚相手は魔力を定期的に供給されないといけない子だから、魔力が無い日本では恐らく生きていけないから引き離しちゃう事になっちゃうよ。

 私の両親や故郷を娘たちに見せたいって気持ちはあるけれどそれでこっちに戻ってこられなくなったら元も子もないしね」


「そっか……それなら仕方ないわね、えっと、ミノリさんさようなら。またいつか」


 ミノリさんの事情を聞いたチセはおとなしく引き下がった。

 もうミノリさんたちとは二度と会う事はできないだろうけれど、それでもまたいつか会いたいという気持ちを込めて『いつか』と口にしながら。


「うん、さようなら。久しぶりに同郷の人に会えてうれしかったよ」


 ミノリさんの言葉と手を振る姿をチセが確認してから空間の裂け目を通じて元の世界へと戻って暫くすると、やがて空間の裂け目は何事もなかったように消え失せた。


 そして私たちが帰った後、家事をしていた為に姿を見られなかったネメさんの嫁であるもう一人が顔を出した。


「お姉様―。何か聞き覚えのない声がしたんですけど、誰かいたのですか?」

「あ、シャル。実は今さっきまで…」



 ******



 ミノリさんたちが住む世界から元の世界に戻ってきた私が時計を見てみるとちょうど1時間。時間の流れは同じだったようだ。そして……。


「よかったぁ……無事に元いた世界に戻ってこられたわ。……格好も元に戻ってるわね」


 チセの言葉で改めて自分の姿を確認すると、行く前の姿に戻っていた。ゲームの世界だと言っていたので服装に関して何かしらの制約があったんだと思う。でもなんで私は修道服じゃなくてワンピースだったんだろう……まぁいいか。


 それにしても……。


「ミノリさんって17から子育てしてたんだよね……高校生ぐらいからかぁ」


 17歳というと今チセが通っている学校の生徒とほぼ同じぐらいで、まだ娘がいるような人が殆どいない年齢だ。それなのにあの母親力……。


「あの2人は出会ったその日のうちにミノリさんに懐いたらしいから多分ミノリさんはチセよりも格段におかあさんぢからが強いんだと思う。私も多分あの人が母親になるって言ってたらすぐ心開いてた気がする」

「チーリはチセママも充分おかあさんぢからあると思うですけど、ミノリさんはそれ以上にあるです。あれは母なる大地とか母神とかそういう次元なのです」


 私たちが率直な感想を呟くと、何故かチセが慌てだした。


「ちょ、え? シィちゃん!? チーリちゃん!!? そんな、あんまりだよー!! 私だってがんばって母親になろうとしてきたのに!」


 涙目になるチセ。


 クスッ、チセってば、冗談だよ。

 私にとってのお母さんはチセだけだからね。



 ******



 私たちがそんな風に笑い合ってるのと同じ頃、私たちが去った後のミノリさんたちの世界ではトーイラさんとネメさんが2人で何か話し合っていた。


「あの子たち、元々はモンスターのバンシーとリッチだったから敵として認識されて敵一覧に名前が出ちゃったんだね」

「とても友好的だったのにこう出るんじゃやっぱり迷惑。このゲームウインドウ」

「ホントにねー」


 どうやら人間であるチセはモブとして、私とチーリはゲームの敵モンスターとして認識されたらしく、そのせいで私は修道服ではなくバンシーのデフォルトの姿であるワンピース姿だったのだろう。


 勿論、私たちは2人がそんな事を話している事を知る術はなかったのだった。

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