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EX03.パン耳揚げ禁止令

チセの世界へやってきたシィたちのその後のお話です。

本来ならシィは椎那、チーリは智衣理と改名後の名前にするところのですが、混乱を招く可能性があるため、

シィはシィ、チーリはチーリの表記のままとさせていただきます。

 私とチーリが、チセの元いた世界に暮らすようになってから1年以上が経過し、大分この世界での生活にも馴れてきたある夏の日の事。

 今日はチセのおかあさん、つまり私たちのおばあちゃんにあたる人のところへ顔を出しに行く日だった。


 麦わらと白いワンピースという元バンシーの私にとっては最高にハイになれる格好をしておばあちゃんの家へ向かう私の傍らにいるチーリの格好はというと……。


「ちょっとチーリ……なんでこんな暑い日にそんな格好するのかな……」

「むー? なにもおかしくないと思うですけどシィおねぇちゃん」


 そう言いながら私の前で一回転をするチーリは、前いた世界でも身につけていたような黒が基調のゴスロリ服に前から使っていた黒いローブ、そして和傘。


 真夏に黒だらけってどうなんだろうか。

 そして何より和傘の組み合わせがちぐはぐすぎてわけがわからない。


「奇抜すぎるし何より汗だくじゃないのさ……」


 こちらの世界に来てからは魔力が無くなってしまった事もあって、もうリッチとはもう呼べなくなってしまったチーリは、身体も普通の人間とほぼ同じで現在脱水症状が疑われるレベルで汗だくになっている。

 前までいた世界で非常に暑い日があった時でも汗だくにはならずに済んだのはおそらくリッチとしての種族補正があったのだと思う。

 ……相変わらず顔色は蒼いままだけど。


「そんなに汗かくならもっと過ごしやすい格好をした方がいいんじゃないのかな」


 それこそお腹を出したがっていたチーリお得意の臍出しルックとか。


「汗だくなのは仕方ないのですよ。おしゃれは我慢なのです。見た目の為ならあらゆる機能を排除するのも致し方ないのです」

「我慢するおしゃれって一体何なのさ……、そもそも今の格好おかしいって……」


「チーリ気がついたのですよ。お腹を出す格好は……この世界では危険だという事にです。欲望の目線をひしひし感じるから危機を感じて今は避けているのです」


 多分ね、それこの世界に来てからだけじゃないと思うよ。前いた世界でも向けられてたよね、ジットメーロとかに。


「でもあと少しでばっちゃの家に着くからそれまでの辛抱なのですよ。そしたらエアコンでお部屋がカンカンキンキンに違いないです」


 私たちが元いた世界には影も形もなかったエアコンをはじめとした文明の利器。

 その存在を知ってから、すっかり私たちはこちらの世界の現代っ子そのものである。


 そんな事を駄弁だべりながらおばあちゃんの家に向かうと、私たちが来るのを待っていたのか家の前でチセのおばあちゃんが私たちを待っているのが見えた。


「ばっちゃー、来たですよー」

「こんにちは、おばあちゃん」


 私たちがチセのおばあちゃんに声をかけると、チセのおばあちゃんは私たちに手を振ってくれた。


「きゃあ、あいかわらずしぃちゃんもちぃちゃんもかわいいねぇ。」

「ん」

「はいですよー」


 私を『しぃ』、チーリの事を『ちぃ』と呼ぶこの人がチセのおかあさん、八重美やえみおばーちゃん。

 ちなみにだけれど私とチーリは初めて八重美おばーちゃんを見た瞬間わかってしまった。チセと確実に血が繋がっている人だって。


 その理由はまず見た目。八重美やえみおばーちゃんは今年56だと聞いていたけど見た目が若々しい……いや、若すぎた。大学生くらいに見えたので最初はチセのお姉さんかなと思ったのに56歳で母親だというもの。そして身長はチセと同じくらい小さい。だからこれは遺伝だなって一目でわかってしまったわけだ。


「外は暑かったでしょー。ほら、エアコンつけてるからそこで涼んでね2人とも。ほら、おやつも用意してるからおあがり」


 八重美おばあちゃんに促されるまま家に上がった私はすぐさま涼を取るべく居間に向かい、すぐさまくつろぐ事にした。

 同じく居間にやってきたチーリはおじいちゃんの本棚を眺めている。何か気になる本でもあるのだろうか。

 そんな風に思いながらふとテーブルに視界を移すと……。


「あ」


 私はおやつの入ったお茶請けにあるものを見つけて思わず目をみはってしまった。


「パンの耳を揚げたモノ……!」


 それは私の大好物の正式名称がよくわからないパンの耳を揚げて砂糖をまぶしたモノ。その存在に気がついた私はまっしぐらにテーブルに向かうと他のお菓子には一切目も向けずに、とりつかれたように一心不乱にパンの耳を揚げたモノをもくもくとほうばりはじめた。


「……」


 ちょっとや八重美おばあちゃんが引いているのが見えるけれどこれはもうやめられないし止められない。もう誰も私を止める事など出来ない。



 ******



「おかーさんこんにちはー。シィちゃんとチーリちゃん来てるんだよね? 迎えに来たよ-」


 一時間ほどすると、学校が終わったらしいチセもまたおばあちゃんの家へとやってきた。

 ちなみにチセは部活はやっていないので、大体4時ぐらいには学校からおばあちゃんの家までやってこられる。


「あ、チセおかえり。ちょっと聞きたいんだけど……しぃちゃんの事でね」


 八重美おばあちゃんがなにやらチセと話をしている。


「しぃちゃんってパンの耳を揚げたものがあると、まっさきにそれを食べ続けるけれど……あれは中毒か何かかい?」

「やだなぁ、そんなわけないでしょ。シィちゃんは昔から好物だったんだよあれ」


「安上がりだから経済的にはいいけれど……どんな高いおやつよりもまずはこれを食べたがるってどれだけ酷い食生活だったのあんたたち……」


 ちなみに、この中で一番酷い食生活を送っていたのは紛れもなくチセ。聖女時代は仕事でおもむいた町や村でごちそうになる以外、15年間ほぼ毎日りんごとパンの耳だけだったって言ってたし。


 それはさておき、心配したように頬に手を当てる八重美おばあちゃん。うーん、そんなに騒ぐ事かな。ただ単に私はこれを食べたいだけなんだけど……。

 そんな風に思っていたら八重美おばあちゃんの口から恐ろしい言葉が飛び出した。


「しぃちゃんは暫くあのパンの耳を揚げたものは禁止した方がいいんじゃないの?

 カロリーも高いだろうし、栄養のバランスも悪いわよあれ。それに今はまだ育ち盛りだからいいけどあればっかり食べ続けたらあっという間に肥満体型よ」


 そ、そんな!

 私は2人が相談しあう声を聞いた途端、慌てて2人の元へ駆け出した。


「ま、待っておばあちゃん。食べる量減らすから。だからお願い、禁止は勘弁して……」


 必死になって禁止にしないよう懇願する私。


 その甲斐あってそれ以降、パンの耳を揚げたモノは一日4本までという決まりになったのだった。

 ……禁止されなかっただけでもありがたく思わなくちゃ……うぅ、パン耳揚げぇ……。



 ******



 そんな私たちのやりとりをよそに、部屋で一人黙々と本を読みふけるチーリ。

 ハーフリッチから人間になっても知的探究心は相変わらず健在なようで、先程から辞典を片手に難しい本を読みふけっている。


「むー、下総しもうさに住んでた『とや』って名前の子は8歳で安産だったですか。この世界は広いですね。下総しもうさってどこで元号が文化っていつ頃の事なのかわからないです。調べてみるです」


 チーリと出会う前の、ティセと名乗っていた時のチセと共に初めて買い物へ出かけたリタキリアでチセが唐突に切り出したあの会話……。



──ちなみに私の故郷では数百年前に8歳で子供を産んだ記録があったらしいよ

──……鬼畜の国か何か?



 ただの場つなぎの冗談だろうと思っていたあの話の真相をチーリがちょうど今まさに読んでいる事を結局私が知る事はなかった。

 当然のことながらそれを聞かされたのはチーリがまだ私たちと出会う前の事で、私がチセからそんな話を聞いていた事なんてチーリが知っているはずもなく、ただ読んでいた本の一項目として捉えながらわからない言葉の意味を調べ終えると、次のページへと移っていったのだった。

ここでまさかの第7回の伏線回収でした。

ちなみにチセが故郷と言ったのは日本という意味でそのあたりの出身という意味では無いです。



参考文献:1977年中央公論社刊行『未刊行随筆百種8』所収【真佐喜のかつら(記:青葱堂 冬圃)】

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