50.抗え!
翌朝、私たちは森の中にある廃教会の扉を開けっぱなしにして、庭の中の小高い部分に立ち、将官たちが来るのを待っている。
昨晩、私たちはこの状況を切り抜ける為の作戦を練り続けた。
足止めをする方法や、教会の地下通路からどこへ逃げるか、そして外国への渡航方法や、聖女の力を分け与えられたばかりでまだその光魔法を使いこなせなかった私への詠唱の仕方も含めて考えられるだけの事はしたつもりだ。
ティセは元々異世界人だし、私とチーリも別にこの国に思い残すようなことは無いので何もこの国に留まり続ける必要だってない。それならば、外国へと逃亡して3人でまた新しい生活を始めたっていい。
それに聖女はどこの国も喉から手が出るほどに欲しがる人材なのだ。ただこの国だけがおかしいだけで。
バンシーから聖女へと変化した私はいいとして、チーリがリッチである事だけが気がかりだけれど、三人が連携して、危機を救った事がある経緯を踏まえればきっと問題なく迎えてもらえるに違いない。
「うまくいくといいね、ティセ」
「そうだねシィちゃん。チーリちゃんも準備はいい?」
「……もちろんなのです」
そう決意をする私たちだったけれど、その中でチーリ一人だけはどことなく浮かない表情をしているように私には見えた。多分気のせいだと思うけど。
そのまま私たちが待ち構えていると、やがて、森をかき分けるように将官が兵士たちを引き連れて姿を見せた。
兵士の数は昨日よりも多い。しかし4人しかいない。
……いや本当にこの国の重鎮はおバカさんの集まりじゃないのかな……だって将官レベルの重鎮をたった4人でとか。山賊とかのならず者集団に襲われたら一発じゃないのかなあれ。
待ち構えている私たちが視界に入ったのだろう、将官が驚いたような顔をしている。
将官にしてみれば、昨日死んだはずのが私がこうしてピンピンしているのだから無理もないことか。
「なんで生きているんだ、あのバンシーは……。いや、あのバンシーからはもうその力は感じない……むしろこれは聖魔法の気配。まさか、バンシーが聖女になったというのか!」
どうやら私が聖女になった事はいきなりバレてしまったらしい。
しかしこれはまだ想定の範囲内。
「これはいい……。今から調教していけば怪物討伐にも役立つだろうし、ノリナト帝国へ侵攻する際の脅威としても充分使えそうだ。そしてあの偽聖女は今度こそ不要になる」
将官が企み顔で次々と今後の展望を膨らませている。明らかに脅威だった『泣き声を向けた対象を死なせるというバンシーとしての力』が無くなった以上、一体私の何がノリナトへの脅威になると言うのだろうか。聖女の力は基本的に癒すための力や闇や死の力に対抗するためのものであって、人間相手の戦争においてはそんなに役立たないのに。
「絶対にシィちゃんにもチーリちゃんにもそんな事させないわよ!」
ティセも憤る。まぁ母親として当然だよね。聞いている限り完全に道具扱いだもの。
「まぁ落ち着きたまえ元聖女よ、そこでお前にいい話を持ってきた。そこの化け物のガキたちにもいい話だと思うのだがな」
……私とチーリの事を「化け物のガキ」と呼ぶ時点でいい話の訳がない。バンシーではなくなってしまった副作用なのか、どうにも感情が乗りやすくなっていて、怒りがすぐにこみ上げてくる私だったけれど、それをなんとか鎮め、ティセとチーリと共に将官の話に耳を傾けた。
「国の戦力になると誓うならば、2人を養女として引き取りたいという申し出があった。リタキリアの村長であるジットメーロ・リスキーだ。
『ジットーメ! ジットーメ! ヨージョ! ヨージョ!』という熱烈なメッセージもいただいたぞ。意味はわからんがな。
どうだ、お前たちみたいな化け物のガキにすれば破格の待遇じゃないか。
そしてそのガキをこちらへ引き渡した場合、偽聖女ティセ、おまえにかかっている全ての罪を特赦で帳消しにし、さらには侍女としてジットメーロの屋敷で働けることも決まったぞ。どうだ、無能なお前でも役立てる職場があるんだぞ。素晴らしいだろう」
それを聞いたティセ、もう完全に怒り心頭だった。
「何それ! ふざけんじゃないわよ!!!
ジットメーロは、目が半開きなジト目の少女に欲情する変態で、さらには子供をさらっているという噂まである奴じゃない!!ついでに兄のサッチウースローも薄倖そうな少女に欲情する奴だし!
そんな奴に私の大切な娘を渡す気はさらさらないし、第一そんな奴を放置している時点でこの国は腐敗しきっている証拠になっているじゃないの!
第一私に正当な対価を払わなかったし、ゴミポエムを押しつけた上にでっちあげた冤罪を特赦とか何馬鹿なこと好き勝手言ってくれてんのよ!!」
うわぁ、薄倖そうでジト目、その特徴がどちらもある私とチーリが去年の収穫祭で本能的に感じた恐怖はそれだったのか。それだと本当に遠慮したいし、ティセがそれを私たちに伝えるのを憚ったのも頷ける。
「何を馬鹿なことを言う。これが我が国に昔から伝わる聖女への正当な対価だ、伝統を壊すような発言をしてもらっては困るな。
その上で、特別に陛下が自ら感謝の詩を贈ってやっているというのに。陛下の言葉は金貨数十枚にも価するものだぞ。それだけで通常の者ならば感激の涙を流すというのに、その価値を理解できないとはこれだから身分の卑しい者は……。」
「あんなバカ陛下の生ゴミポエムで腹は膨れないわよこのクソ将官! あとそんなクソ伝統捨ててしまえボケナス!」
もう怒りが収まる様子のないティセ、さっきから今までティセの口から聞いた事が無いような罵倒の嵐だ。
矢継ぎ早にやってくるティセの論う声にとうとう将官も堪忍袋の緒が切れたのか、持っていた剣を構え、刃先を私たちに向けてくる。
「もう許さんぞ偽聖女め!! いいからそのガキ共をさっさとこちらによこせ!!」
「絶対にイヤよ!!!」
「強情者め! お前たち! あいつを取り押さえろ!」
「「「「ハッ!」」」」
将官の命令と共に私たちめがけて突撃するべく足を踏み出した兵士たち……それに何故か命令したはずの将官までもが同じように足を踏み出す。
そしてその兵士たちと将官の足が地面についた瞬間だった。
「さあ引きわたsぬわぁぁああ!」
「「「「ぎょええええ!!!」」」」
彼らはそのまま……落とし穴へと落下した。
「やった! 今のうちに逃げるわよ!」
「ん」
「逃げるです」
落とし穴にはまって動けなくなっている将官たちの姿を見た私たちは急ぎ足で教会に向かって走り出した。
さて、私たちが一体いつの間に落とし穴を作ったのか。
実はこれ、夏につくったプールなのだ。
乗ったらすぐに壊れる板の上に薄く土や葉っぱを乗せてカモフラージュしていただけだったのだけれど、ものの見事に引っかかった将官と兵士たちはそのままプールの中へと転落していった。
そして季節は春。掃除しようとして結局しないままだったプールの中は、秋の間で溜まりに溜まった泥や腐った落ち葉で中は非常にぬめっていて、さらには越冬しようとした虫のオンパレード。そんな所に落ちてしまえば地獄絵図さながらになるのである。
じっくりと見ていたのならばすぐにその落とし穴があると気がつくはずなのだけれど、ティセはわざと怒らせて将官の理性を狂わせていたのだ。まぁ、こうも見事に引っかかって驚くほどに単純な将官たちに逆に驚いたよ私。
それは兎も角、これでほんの少しだけ猶予ができた。
急ぎ足で教会の中へと駆け込むと、走りながら詠唱をしていたティセと私がまずは光の壁の魔法を唱えて入り口を塞いだ。
効果がいつ切れるかわからないし、魔法を無効化する道具か何かを将官たちが持っているかもしれないけれどそれでもこのおかげでさらに猶予ができる。
しかしまだまだ時間は足りない。急がないと。
私たちは、地下通路のある小部屋を目指して、ティセの元いた世界の道具で、地下室に山ほどあった『カラーコーン』をあちこちに設置した廊下を走り抜けるのだけれど、実はこの廊下にもある仕掛けが施してある。
この廊下は新しい板で補修したとはいうものの、私たち3人が同時に乗ったら確実に割れてしまうほどに耐久性が無い。
元々、直した箇所がすぐにわかるようにと色は敢えて塗り直していなかったのだけれど、今回は逆に落とすのが目的。
なので私たちは昨日のうちに色を全て塗り直して廊下一面中を一色にし、見分けがつかないようにしていたのだ。
そんな廊下を、重い鎧を着込んだ兵士が走ってきたらどうなるか。
そう、床が抜けるのだ。
兵士たちの足止めにとだけ考えていたのだけれど、なんと将官までもが重い鎧を着込んでいた。それによって、足止めできる時間がさらに増えたのだ。
カラーコーンは万が一を考えてそこが直した場所とする目印として、ティセに前に教えてもらった使い方の通りに設置したもので、その脇を通過するたびにティセがカラーコーンをなぎ倒していくように決めていた為、これでもうどこが抜けるのかもう誰にもわからない。
「ほら、急いで2人とも!!」
私たちは全力で地下通路への入り口がある小部屋へと走り抜けるのだった。