05.おでかけ
「というわけで、この森の周りには村が2つあるんだよ」
「そうなの」
朝食後、ティセは森の周りにある村について教えてくれた。
ティセの話によると、この森を基準にして、北側にあるのがリタキリアの村。ここは似たような村がたくさんありそうなほどにありきたりな村らしく、特に特徴が無いそう。
そして南側にあるのはルベレミナの村。ここも並レベルそのもので当たり障りのない村らしい。
どちらの村の名前も私は聞いたことがない。なのでここは、私が生まれ変わる前に住んでいたところとは遠い場所か、私が殺されてから生まれ変わるまでの間に新しく興された村なのだろう。
しかしそれにしても……。
「……なんでだろう。どっちの村もなんの面白みも無い気配がする」
不思議な事に名前を聞いた時点で何故か私はそう感じてしまった。
「おっ、シィちゃん勘がいいね!
この2つの村、数年前に興されたばかりなんだけど見事なまでに何にも無くてつまらないんだよね!」
つまらないと満面の笑みで言うティセ。
……なんでそんな顔をしながら言うんだろう。
まぁティセにとってはそれが面白い点なのかもしれないから触れないでおこう。そして私の予想通り、リタキリアもルベレミナも最近興されたばかりの村だったようだ。
「と、いうわけで! 今日はこの後服を洗濯してからシィちゃんを伴って、この2つの村へ行きます!」
「や」
私は間髪入れずに拒否した。
経験上、村の人に私がバンシーだとバレたら大変なことになるから……。
そしてバレてしまった場合、真っ先に迷惑を被るのはティセだ。まだ長い付き合いでないとはいえ、一応私に親切にしてくれるティセに私は迷惑をかけたくない。
そんな私の心情に気づいたのか、ティセは言葉を続けた。
「大丈夫だよシィちゃん。私と手を繋いでいれば、私の聖女の力でシィちゃんのバンシーとしての能力を無効化できるはずだから安心して村に入れるよ」
「でも……」
それでも私はやっぱり不安だった。
「シィちゃんが頑として拒否を続けるなら私にも考えがあるよ。シィちゃんが身動きできないように手足を縛ってから私がお姫様抱っこして村を練り歩きm」
「わかった、手を繋いで行く」
「えー、お姫様抱っk」
「手を繋いで」
なんとも恐ろしいことを言い出したティセ。私はそれ以上言わせまいと手を繋いでいくことを強調するように強く念押し。
全くもう、ティセは私が油断しているとすぐスキンシップ過多な事をしてこようとするから気が休まらない。
「ちぇー……。まぁ仕方ないか。でもこれから仲を進展させていけばきっと」
「仲が進展してもそれは無い」
******
教会から出た私はティセと手を繋ぎながら、まずは北にあるリタキリアの村へ行くことになった。
既に手を繋いでいるのは、村へ着く前に誰かと出会した時にバンシーとしての能力が発動しない為の保険であって、決してティセと手を繋ぎたかったからじゃない。そこ重要。
それはともかく、村まで着くには大分時間がある。私は場を繋げるためにティセに色々話を聞いてみることにした。
「ティセはあの森に住んでから何年ぐらい経つの?」
「んーと、住んでからもう2年は経つかな。数えてないから正確な日数はわからないけど季節は二巡したよ」
2年もあんなボロ教会に……。私は思わず耳を疑いたくなった。
言っちゃ悪いけどあの教会に居着いているらしい声と影の主。あれはあまり良くないモノで、ティセの体調にも今後悪影響が出るかもしれない。
なので早々に追い出した方がいいと思う。
……いやまぁそもそもバンシーと一緒に暮らそうと考えた時点でどうかと思うのだけど。
「あそこに2年も一人で住んでたって事は、本当は一人の方が気が楽なんじゃないの?」
「そんな事ないわよー、昨日から始まったシィちゃんとの生活。私すっごく楽しみなんだ」
「……」
ホントに意図せずにティセは私の喜びそうなことを的確に言ってくる。
……ダメダメ、うっかりしているとついニヤけそうになっちゃう。私は話題を変えるために別の質問を切り出すことにした。
「そういえばティセのその髪、黒い髪の人ってあまり見かけないけど、光が当たるとキラキラしてとても綺麗」
前にいた孤児院でも仲の良かった女の子が黒髪だったし、黒髪の旅人が買い物をしているのを見たこともある。
だから別に黒髪を持つ人がこの世界にいないというわけではないけれど、ティセの黒髪に関しては、サラサラしている上に光に当たると艶やかに輝き、本当に綺麗と思えるものだった。
「わぁ、ありがとうシィちゃん。城にいた時は私のこの黒髪に対して悪い印象を持つ人もいたけど、シィちゃんが綺麗と言ってくれるとそれだけで嬉しいなぁ」
私の言葉でパッと顔を輝かせるティセ。
「黒髪ってティセのお父さんもお母さんそんな感じだったの?」
「そうだね。私の両親だけでなく故郷にはいっぱいいたかな」
そんな場所があるのか。一体何処だろう。
「それって何処なの?」
「うーん……小さい頃に両親とも生き別れちゃったし、故郷を離れて大分経つから思い出せないなぁ」
「あ……ごめんなさい」
無意識のうちにティセの心にあるデリケートな所に触れていたのかもしれない。私は咄嗟に謝った。
「あ、ごめんごめんシィちゃん。なんでもないから大丈夫だよ! だから謝る必要なんて無いよ!」
私が謝った事を気にしてしまったのか逆に謝り返すティセ。それを気にかけてしまうあたり、やっぱりティセは優しい人なんだと思う私だった。
*****
「というか、今日はそもそもどうして村まで行くの?」
今更だったけど、よく考えたら村へ行く理由を私は知らない。
「んー? 昨日も言ったけどシィちゃんの服を買うんだよ」
私、元々着ていた服で充分なんだけど……、そう私は言いたかったけど、恐らくそう言ってもティセは聞く耳を持たないだろう。
「シィちゃんすごくゴスロリが似合いそう…」
ほら既に私を見ながら何かよくわからない妄想を始めているし。
というかゴスロリってなんだろう……。
でも、それよりも私はある疑問が湧いてきた。
「服を買うのはいいけどティセ、お金持っているの?」
あんな廃教会に住んでいるのを見る限り、ティセがお金を持っているとは到底思えなかったのだ。お金を持っているのならもっとまともな場所に住むか教会の修繕に使うはずだし。
「あー、それなら大丈夫。たくさん持っているから」
持っていた。
「一体ティセの何処にそんなお金が。あるなら廃教会建て直すかもっとまともな所に住むべき」
「いやぁ、おおっぴらには使えないもので……」
「……」
……なんでだろう。ティセの金の出所に犯罪のにおいがする。私は思わず変な目でティセを見てしまった。
「ちょ、シィちゃん!? そんな目で私を見ないでよ!?」
「……」
そう言われても疑いの眼差しを向けずにはいられないわけで……。
そんな私の疑いの視線にさらされたティセは、やがてそれに耐えきれなくなったのか堰を切ったように事情を話し始めた。
「だって私、15の時に聖女の力に目覚めて、それから14年間も聖女としてがんばってきたんだよ!?
聖魔法の使い手として怪物退治の前線に駆り出されて、失敗もいっぱいしたけど、それでも何度もこの国の危機を救ってきたんだよ!
それなのに中抜きでもされてるのかって思いたいぐらいに報奨が毎回大量のパンの耳とりんご1個と陛下のよくわからないポエム一句だけだよ! 他の奴らは報奨金を金貨でたくさんもらっていたのに!
私の身分が低いからって使い捨ての道具みたいにとことん冷遇されまくりだし、さらに無実の罪までかぶせられそうになったし!
だから私は完全にぶちキレて、自分で稼いだだろう正当な対価を確保させてもらった訳よ。適切だと思う額を国庫から…ナンデモナイヨ」
「絶対なんでもないなんてことはないと思うそれ」
怒りはごもっともだけど、それでは聖女の皮を被った泥棒になってしまうのでは?
ますます訝しんでしまう私だった。
今日と明日は12時頃と18時頃の2回更新予定です。