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49.廃教会最後の夜、上の空のチーリ

 ティセとチーリ、そして腕を斬り落とされたもののティセの聖女としての能力によって奇跡的に助かった私が、国外へ逃げようと話し合っている時に背後から話しかけてきた声の主。

 それはかつてティセが見逃したおかげで今も生きていられるバンシーの少女、バーシアだった。


 ティセにとっては予想外の人物の登場に、できたらティセとバーシアで何かしら話をする時間があればと私は少し思ったのだけれど生憎あいにく私たちには残された時間が少ない。なので私は直球でバーシアが口にした言葉について尋ねる事にした。


「バーシア、さっき私たちが国外にこのまま逃亡するのは危険だと言ったけれどそれはどうして?」


 私のその疑問を聞いたバーシアは、一瞬『あれ、わからないの?』という表情をした後、私の体に起きたある変化に気がついたようで、その理由を教えてくれた。


「えっと……、シィはもうバンシーじゃなくなったのよね。気配がもうバンシーのそれじゃないもの。

 そのせいで気がついていないのかもしれないけれど……こちらの様子をうかがっている気配が複数あるわ。どれもやる気は無さそうな感じだけれど、多分さっきの男たちの仲間であなたたちの事を見張っているわよ。

 馬がいる気配もあるからこのまま逃げようとすると追いつかれてしまう危険の方が高いから得策じゃないわ」


「あ、そうだったのか……そうすると一度森にある廃教会に戻った方が良いのかな……多分あいつらにはもうバレていそうな気もするし」


 バンシーの能力の一つである『的確に定めた相手を死なせる為に周囲にいる人の気配を感知できる能力』が私から消えてしまったのに、つい私はいつもの感覚で周囲に誰もいないと思い込んでしまっていた。そのせいもあって、さっきバーシアが傍まで来ていた事にも気がつかなかったのだ。


 まさかここにきてバンシーの力が無くなった事によるデメリットが出てくるとは。しかし落ち込んでばかりもいられない。折角助かった命、有効に使わないと。


「そうね……、となると将官と全ての兵士を教会へ引きつけて馬から引き離した上で光の壁とかで妨害しながら逃げる方法ぐらいしかないわよね……。馬はチーリちゃんの動物を操る魔法で、光の壁は聖女となったシィちゃんもきっと使えるようになったはずだから私とシィちゃんで妨害して……。」


 横で話を聞いていたティセはどうやって逃げるかについて逡巡しゅんじゅんしている最中だったけれど、やがて、兵士たちの引きつけた後の作戦を練り上げたらしいティセは顔を上げ、バーシアに向かってお礼を述べた。


「えっと、ありがとうバーシア……ちゃん? おかげで、大体の作戦が決まったわ。

 ……さっきの話しぶりを聞くに、シィちゃんとは顔見知り……なのかな。いつ会ったのかずっとシィちゃんといて気がつかなかったけど……」


 どうやらティセは私とバーシアでの接点が思い浮かばなかったようだ。まぁ無理もないか。


「あ、はい聖女様。シィとは北の海近くの森で何回か会いました」

「そっか……、あの時なのね」


 ここでどうやら、私とバーシアの接点が北の海へ3人で魚釣りに行った時だと気がついたようだ。


「あと、その頃は森に隠れて住んでいましたけれど、今はシィの陰謀によってリタキリアで人間の女の子と一緒に生活しています。今は一人でルベレミナに買い物に行ってますのでここにはいないですが……。あ、ちなみにその子が不思議な事に私の力を無効化できちゃう力を持っていたので安心して村で生活できているんですよ」

「へぇ、そうなんだ……って、無効化!? あ、と言う事はもしかしてその子が新しい……あー、なんだ。こんな近くにいたのね」


 バーシアの今の暮らしぶりを聞いたティセだったけれど、『無効化』という単語を聞いて何故か驚いた顔をしている。

 あれ、そういえば前にティセやチーリが教えてくれたような……バンシーやリッチが使う死や闇といった負の側面の強い力を無効化にしてしまうのが聖女の力で、それは異世界から来た人間しか使えないって。


 ということは、私に告白してきたあの茶髪の子はつまりティセと同郷の……。


「バーシアちゃーーーん!! どこー!!!」


 その時だった。どこからか今度は大声でバーシアを呼ぶ聞き覚えのある声がしてきたのだった。


「あー……、チハルがもう帰ってきちゃった。全くもう……すみません、アタシはもう行きますね。」


 そう言いながらバーシアは私たちの元から離れようと立ち上がった。その最中、バーシアは私の方を振り向きながら


「ねぇ、シィ。……案外、人間と仲良く生活するのも悪くないものね。最初、他の人間にバンシーだとバレないかヒヤヒヤ思っていたけれど、化粧で血色をよく見せたり、人間よりちょっとだけ長い耳や、燃えるように真っ赤な瞳さえ隠しちゃえば、簡単に人間に溶け込めるし。……ただまあ、バンシーとしてのアイデンティティは崩壊するけど」


 そう言いながら照れたように笑うバーシアの顔は、バンシーである事を思わせないほどに輝いて見えた。


「あ、いた!! バーシアちゃん何してるのー! おうち帰ろー!!」


 やがて、先程からバーシアを探している声の主であるチハルが姿を見せた。


「全くもう……、それじゃシィさようなら。流石にここでバンシーの力を使って兵士も何もかも死なせるわけにはいかないからアタシができるのはここまで、頑張ってシィなりの幸せをつかんでね」


 そこまで言うと、バーシアはチハルと一緒にリタキリアの村へと帰っていった。

 そしてバーシアたちがいなくなるのを見届けた後、私たちも一旦森の中にある廃教会へ戻る事にしたのだった。



 ******



 その後、廃教会まで戻ってきた私たち。そして恐らく今日がこの廃教会で過ごす最後の日。

 きっとここへ戻ってきた事もあいつらには丸わかりなのだろうけれど……、もうバンシーの力が使えない私には何人規模で私たちの動向を見張っていたのかはわからず、なんとも歯がゆい。

 だけど、まだバンシーとしての力が残り香のように残っていたのか時折突き刺すような視線を感じていたので、バーシアの言葉に従って、北へ向かわずにこちらへ戻ってきたのは正しかったようだ。


 そんなわけで、今の私たちに考えられる選択肢は2つ。


 あいつらの言葉に従うか、それとも、家族であり続ける為に抗うか。


 そして私たちは後者を取った。


 ティセはどうやら引きつけた後で北の国境まで逃げる方法は考えついたらしいけれど、まだ決まっていない事もある。それは教会まで将官や兵士たちをおびき寄せてから足止めをする方法だ。明日までになんとしてでもそれを考えなければ……。


「もしも私にバンシーとしての能力が完全に残っていたら、人の気配がわかるから全員引き寄せられたのかまだなのかとかすぐわかったんだけど……ごめん」


 人を死なせる能力は消えても、その能力だけでも残っていればまだ幾分楽だったかもしれないと思うと……、私はティセ達に無意識のうちに謝っていた。


「それはシィちゃんが謝る必要ないよ!

 シィちゃんがバンシーの力を失った事でまだ私たちは家族でいられるんだから」


 ティセの必死のフォロー。……なんだろう、その言葉で私の心がとても救われた感じになってくる。

 そしてどうやらティセは深刻に悩んでいるわけではないようだ。何やら思う事があるらしい。


「それにね、私、国の重鎮にだけ嫌われているだけで、実は一般の兵士たちには意外と人気があったのよ。

 戦闘時は一緒だったから私の事も実績もちゃんとわかってくれる人もたくさんいた。

 だから一部の取り巻きたちをどうすればいいかだけ考えればいい感じなの」

「という事は……?」


「見張りの中にも私の味方になる人がいる可能性は十分にあるという事よ。だから全員が相手とは考える必要はないの。一部の私を蛇蝎のごとく嫌う奴らだけを気にすればいいだけ」


 成程……、そう考えたら私も幾分気持ちが楽になった。

 そしてティセは、どうやら外国へ渡った後の事もわりと楽観的に考えているようだ。


「それに隣のノリナト帝国って、聖女を神聖視しているから私たちを丁重にもてなしてくれるわよ。

いやホントここの国ぐらいよ、聖女の扱いが雑なの……。

 私と敵対する兵士たちは行かせまいと追いかけてくると思うけれど、こないだチーリちゃんが覚えた動物と言葉を交わして操る魔法、あれで兵士たちの馬をうまく誘導すれば私たちは無事に舟のある浜辺まで行けるはず。

ねぇ、チーリちゃん、あの魔法があれば馬と会話して操る事できるわよね?」


「……」


 チーリの返事がない。というかさっきからなんだか心ここにあらずという感じでボーッとしている。

 反応を示さないチーリを心配したのかもう一度ティセはチーリに呼びかけた。


「チーリちゃん?」

「え、あ……できるですけど……」


 ……なんだろう、一体チーリは何を考え込んでいるんだろうか。まぁいいか。


「ちなみにだけれど、どうやって北の国境まで行くの?」


「えっとね、前に海に行く時に使ったでしょ、自転車。

 あれなら普通に走るよりも速く行けると思うし、馬に乗って追いかけてきても光の壁やチーリちゃんの動物と会話して操る魔法を使って妨害すればなんとか北の海まで行けるはずよ。

 だから今日中に自転車を地下通路の出口あたりに隠して……」


 確かに自転車なら普通に走って逃げるよりも、逃げ切る可能性は飛躍的に上がる。

 だけどまだ気がかりな事はある。それは……。


「だけど、あいつらいきなり夜襲して私たちをさらったりしない?」


 先程将官としたのは口約束だけだ。だから簡単にその約束を反故にされる可能性は考えられるのだけれど……ティセの話を聞くに、それも心配する必要はないらしい。


「あいつらはそこだけは律儀だからきっと明日来るわ。それに見たでしょ?村人たちからすごい反感の目を向けられてたの。あれじゃ卑怯な手は使えないと思うわ」

「そっか……。それなら大丈夫だね」



 その後、私たちは明日おそらくこの廃教会へやってくるだろうあいつらをどうやって足止めするかについて、作戦を練り続けたのだった。

だけど私とティセはその事に白熱していたあまり気がついていなかった。



 チーリがずっと上の空だったことに……。



 ******



 やがて将官たちを教会へおびき寄せて、足止めする作戦をようやく練り終えた私たちは、翌朝、将官どもを万全の態勢で迎え撃つ為に早めに寝る事にしたのだった。


「それじゃ、今日はもう寝て明日の為に力を温存するわよ。2人とも、おいでー」


 そう言いながらティセがベッドに潜り込もうとすると、ティセの服をちょいちょいとチーリがつまんだ。


「ティセママ、寝る前にお願いがあるのです」

「え? なに、チーリちゃん」


 突然のお願いに少し驚いた顔をするティセ。


「ティセママが持っていたお人形。チーリほしいです」


 今になってそんなお願いをするチーリ。一体何でこんな時に……?


「へ? 別に構わないけど……はい」

「ありがとうです。チーリ、この人形大事にするのです……ずっと」


 ティセから人形を受け取ると、嬉しそうな顔をするチーリ。

 とてもかわいらしい表情だったけれど……何故だろう。そんなチーリを見て、私は何故か急に不安な気持ちが心の奥に芽生え始めていたのだった。



 ******



「……」


 その夜。作戦会議を終え、私たちが早めの睡眠を取っていると、ベッドから体を起こす人影が一つ。


「どうしたらいいですか……チーリ、あきらめたくないです。でも……」


 それはチーリだった。

 チーリはベッドから降りると、私たちを起こさないように音を立てずに壁際に移動すると一人日課だった魔導書を読み始めた。

 普段のチーリからは想像もつかないほどに焦りの色が見える顔をしながら……。


 魔導書のある部分で手を止めたチーリは何度も何度もそのページを見返していたけれど、やがてチーリは何かを諦めたような顔をしながら読んでいた本を閉じてローブの中へと本をしまった。


「……仕方ないのです。ティセママとシィおねぇちゃんの為ならチーリは……」


 独りちたチーリは、今度はティセからもらった人形を抱きしめながらため息を一度ついた後、何かを覚悟したような顔をしてから再びベッドに戻り、私たちと一緒に眠り始めたのだった。



 この時チーリが決めた覚悟を私たちは翌日知る事となる。




 ……それは、とても辛くて、悲しい決断。

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