48.ここに爆誕、元バンシー聖女
お食事中の方はご注意ください。嘔吐表現があります。
体が光の泡となって散り始めていた私が、途切れていく意識の中で最期に見たモノは……私から散っていく光の泡を次々に摑んでは口の中へと放り込んでいくティセの面妖な姿だった。それ摑めるの?
「なにしてるの、ティセ!? 頭おかしくなった!?」
あまりにも予想外の出来事に、最期の時が目前まで迫り、あと数十秒も無いはずだった私の命が一時的に息を吹き返したかのように、意識と声の感覚を取り戻した私は無意識のうちに大声をあげてしまった。
だってこんなわけのわからない事態、ツッコまずにはいられなかったもの。
「シィちゃんをこのまま失うぐらいなら私はシィちゃんを体内に取り込んで、シィちゃんと共に生きる。私はシィちゃん無しでこの世界で生きたくないもの」
「チーリも、シィおねぇちゃんがいない世界はイヤなのです。だからティセママ、がんばってシィおねぇちゃんを取り込み尽くすのです」
「ばか……ばかだよティセ……」
だけど嬉しいな……、2人ともこんなにも私のことを想ってくれているだなんて。方法は明らかにおかしいし、チーリは止めるべきだと思うけど、こんなわけのわからない所はなんだか私たちらしいんだよね。
「もしまた生まれ変わって……それもティセの娘として、生まれ……変われたとしたら、今度こそ……ティセのこと、素直に『お母さん』って呼、ぶ、から……」
その言葉を最後に私は何も見えなくなった。おそらく完全に光の泡となってしまったに違いない。
手も足の感覚は勿論無いけれど、ティセの体内に次々と取り込まれたからか、ティセに温かく包まれている感覚だけがある。
「シィちゃん……」
ティセの体内だからかティセの声が聞こえる。でも、それも次第に聞こえなくなるだろう。
「あっ、待って。なんだか胸あたりが気持ち悪い……」
そりゃ私なんかを取り込んだもの、当たり前でしょ。
「待って、この気持ち悪さは…食べ過ぎとかじゃなくて…聖女としての力で……シィちゃんが……ぉぇ、ぅげぇぇぇっ!」
女性が出したらいけないような声がティセから発せられたその瞬間だった。
物理法則を無視したようにティセの口から、体が再構築された私が吐き出されたのだ。
「ティセママの口からシィおねぇちゃんが出てきたのです!」
「え、え、なんで……?」
慌てて自分の体を見てみると、完全には取り込みきれなかったのか、ほんの少しだけ身長が小さくなったようには感じたけれど、なんと切り離されたはずの左腕までもくっついている。
一体どうして……?
困惑する私だったけれどそれは私だけじゃない。チーリは勿論、私を吐き出したティセまでもがどういう事かという顔をしているように見える。
私は必死になってどうして自分が助かったのかを考えていると、自分の体の中である異変が起こっている事に気がついた。
「……私、もしかしてバンシーとしての力が無くなっている?」
対象を死なせたり、死期が近い人の前で泣いたりといったバンシーとしての能力は基本的には使わないようにしていた私だったけれど、それでも無意識に発動してしまう能力がある。
それは『建物やその周囲に何人いるかという能力』で、これは泣き声を向ける対象を的確に見極める為のものだったのだけれど、ティセの体内で体を再構築された事が理由なのか今は全くその力が使えないのだ。
さらに異変はそれだけではない。私の体の内側で、何か温かいものが溢れる感覚があったのだ。それはまるで、光に包まれたような……。
その時、私は今世でティセと初めて出会った際に教えられたある事を思い出した。
──私の聖女としての力には、物理攻撃以外の死に関するあらゆる術式や能力を完全に無効化したり、『体内に取り込んでしまった毒を浄化したりするものがある』らしいの。だから、シィちゃんも平気なのよ。
そこまで考えが行き着いて私はようやく理解した。
「もしかして私、バンシーとしての力を浄化されて、その上ティセの聖なる力でコーティングされて聖女になってない?」
死にかけて光の泡が散り始めたバンシーである私を、ティセが失いたくないからと次々に口の中へその泡を放り込んでいった。
取り込んだ結果、毒と判定された『死の気配』いっぱいであるバンシーの私を、ティセの肉体が本能的にそれに対抗しようと浄化を試みた。先程ティセが吐き気を催したのはこれが要因だ。
そして、バンシーとしての力を浄化すべく、次々に聖なる力が私に注がれた結果、ティセの体内で聖女の力が私へ分譲されながら体が再構築され、さらに明らかに物理法則がおかしい状態での再構築となった為、早く吐き出さないとティセ自身の身体が破裂して死んでしまうと危険信号を発した事により私はティセから吐き出され、その結果、副次的に元バンシーの聖女が爆誕してしまったのだ。
「……なんだそれ!?」
思わず虚空に向かって一人ツッコミをしてしまう私。
あ、なるほど……。確かに私はバンシーじゃなくなってしまったようだ。
なにせ前までは感情が乗らず、よほどのことが無い限り叫ぶことすらままならなかったのに今では『!?』といとも簡単に叫ぶ事ができてしまったから。
一人、この訳のわからない結果に呆然としていると、私を二方向から抱きしめてくる二つの影。それは、今世で私がもっとも大切にしたいと思ったティセとチーリで、胃液混じりで酸っぱいにおいがしているだろうにも関わらず私の事を抱きしめてくれた。
「よかった……よかった、シィちゃん!」
「チーリもうれしいです、シィおねぇちゃんが……死なないでくれて」
「二人とも……ありがとう」
私もまた、抱きしめてきた二人を抱き返したのだった。
******
「それでティセ、これからどうするの? あいつらの言葉に素直に従って私とチーリを引き渡すわけじゃないよね」
ティセの聖女としての力と、私に備わっていたバンシーの能力という決して相容れない2つの力によって、奇跡的に私は助かったけれど、まだ状況は好転しているわけではない。
私たちとティセを引き離そうとする者たち。彼らをどうにかしなければ私たちに未来はない。
「当たり前じゃない! もう私の中の活火山がでんでん太鼓を打ち鳴らしているほどに怒りが込み上げているもの!」
「何を言ってるのか全くわからないけれど言いたいことだけは伝わった」
どうやらティセはあいつらに一泡吹かせたいようだ。正直に言えば私も内心、腸が煮えくりかえるような思いだけれど、あいつらに報復するのはかなり難易度が高い。
何せあいつらの後ろについているのはこの国自体だから。
「でもどうしようかしらねぇ、あいつらが引き下がったうちにどこか遠い所へ逃げちゃおうか。私としてはシィちゃんとチーリちゃんさえいればいいし」
「それだったら今すぐの方がいいのでは」
「思い立ったが吉日ですか、チーリもそう思うです」
まぁ、一番妥当なのはこの国に見切りをつけて外国へトンズラすることだろう。海が隔てているとはいえ幸いにもここは北側の国境が近い。さらに先日、北の浜辺で舟も見つけていた。
そうなれば、今から北へ向かって舟に乗り込み、隣国であるノリナト帝国へ亡命するのが最適解だと私だけでなくティセとチーリも判断したようだ。
「ちょっと待ってください聖女様。今すぐにその作戦を実行するのは危険です」
その時だった。私たちの背後から聞き覚えのある声がしてきたのだ。
思わず私たちが声のした方を振り返ると……いつの間に来ていたのだろう、見覚えのある蒼白い顔をした少女が傍らに立っていた。
「あれ……、あなたは確かどこかで……」
ティセはその少女を見るなり、誰なのかは記憶にないけれど面識自体はあるというような様子だった。
そういえば私がその少女と会った時、どちらもティセは側にいなかったけれど、ティセのその反応からするに、やはり前に私がしていたあの予想は当たっていたらしい。
その少女は、私たち、特にティセに向けて軽く一礼をしてからゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「お久しぶりです聖女様……。覚えているかはわかりませんが、あなたが見逃してくれたおかげでこうして命を救われ、今も生きる事ができているバンシーのバーシアです」
それはバーシア……聖女として国に仕えていたティセが、トラウマによってバンシーをはじめとした少女型の怪物を倒せないが為に見逃した事によって結果的に命を救われたバンシーだった。