47.最期に言えた『だいすき』
本日2更新目です。
前回未読の方は1つ前からお読みください。
「ぎ……がっ……ぁぁぁああ!」
ティセをかばった事によって、兵士の振り下ろした剣は私の左腕を吹き飛ばした。
その衝撃に私は思わず叫び声を上げてしまう。
「シィちゃん!!」
「シィおねぇちゃん……!」
私に突き飛ばされたティセと、横にいたチーリが、ショックを受けたような顔をしているのが一瞬視界に入ったけれど、左腕を吹き飛ばされた反動で私は体勢を立て直すことができず、そのまま地面へと倒れ込んだ。
感覚が麻痺しているせいなのか、激痛どころではないはずなのに、何故か痛みを全く感じない。
だけど、遠くに転がっている私の左腕を見て、なんとなく悟ってしまった。
これは明らかに致命傷で……私はもう助からないと。
「ちっ、いきなり前に飛び出してきおって……。あのバンシーはじき死ぬな。折角こんな僻地までわざわざ赴いてやったというのにこれでは無駄足ではないか。なんとも愚かな奴だ」
蔑むような目で私を見る将官たち。私を見るその瞳は、私を人間扱いしている節は一切無く、ただ、バケモノが死の間際に蠢いているだけという認識しか持っていないようだ。
「シィちゃん! シィちゃん!! 待ってて、今すぐ回復魔法で……あ、ダメだ……シィちゃんには回復魔法が効かない」
「やだ……やだなのです。シィおねぇちゃん、死なないで……死なないでくださいです」
号泣しながら私の元へと駆け寄ってきたティセとチーリ。ティセは急いで回復魔法を唱えようとしたけれど、家族である私たちを唯一隔てている『越えられない壁』に気づき、詠唱しようとした手を止めた。
越えられない壁、それは『ティセは人間で、私はバンシー、チーリは人間とリッチのハーフである』という種族の壁。
その為、バンシーである私にはティセが唱える聖魔法系統の回復魔法は効かず、むしろ逆効果になってしまう。
だから今、私を救う手立ては何一つ無い。もう、私はこのまま死ぬだけ。
……でも良かった。私、ティセの命を救うことができたもの。
だからお願い、ティセもチーリもそんなに悲しそうな顔をしないで……。
そんな将官たちにとって、私の元へ駆け寄ってきて涙を流すティセとチーリの姿は、『偽物の家族ごっこ』として非常に滑稽に映っているのだろう、やれやれと呆れたように首を横に振りながら私たちに宣告してくる。
「とんだ茶番だな。……まぁいい。おい、そこのリッチ。お前はこっちに来い」
将官は、私の傍らで泣き崩れていたチーリの腕を摑んだ。
「ちょっ、やめて、チーリちゃんにまで手を出さないで……」
私が斬られたことで動揺した事が引き金となって先程までの強気が何処かへ行ってしまったのか、非常に弱々しげな様子で涙ながらに嘆願するティセ。しかし将官はその手を離そうとはせず、チーリの腕を摑んで無理矢理引き寄せようとしている。
「やなのです、離してくださいです。誰か助けてほしいのです。チーリ、痴漢にあっているです。やーです。チーリ婦女暴行されちゃうですよー」
「あ、こら! 人聞きの悪いことを言うんじゃない!!」
大声を出すのが苦手だからかなんとも情けない声になっているけれど、それでも頑なに抵抗するチーリ。
将官からしてみればただ化け物を連行するだけという感覚だったのだろうけれど……ぱっと見、ただの幼女誘拐だ。
「おい、見てみろよあれ……」
「ひどい、シィちゃんが……」
「村の英雄になんて事するの……」
チーリと将官がそんなやりとりをする最中、今度は私たちや将官のものでも無い声も聞こえ始めてきた。
……そうだった。ここはリタキリアを出てすぐの所だった。そんな場所でこんな騒動を起こしてしまえば何事かと村人が集まってくるのは無理もないことだ。
遠巻きに私たちの事を見ていた村人たちから小声が聞こえる。
「村の英雄を斬ったばかりか幼女まで誘拐しようとしているぞ……」
「最悪な奴……変態リスキー村長と同類かそれ以下だぜあれ……」
「きちょうなようじょが……」
リタキリアではティセもチーリも私も英雄扱いだ。それを突然斬りつけた将官たちに対しての村人たちの印象は勿論最悪で、非難する眼差しを将官たちへ向けている。
その上、チーリを連れ去ろうとしていることで、特殊性癖の犯罪者でも見るかのような白い目を向けられる始末。
この事態は将官にとっては予想外だったらしく、つい周囲で見ていた村人たちに対して怒号をあげた。
「な、何を見ている!! お前たちも牢屋に放り込んでやろうか!!」
暴君ここに極まれりといった感じで将官がわめき散らすと、流石にまずいと判断したのか遠巻きに見ていた村人たちは蜘蛛の子を散らすようにあっという間にいなくなった。
しかし、周囲の村からの彼らに対しての評価は地の底まで落ちたことだろう。その為、ここに留まることも、ここで無理矢理チーリを連行する事も分が悪いと判断したのか将官はチーリの腕を放し、ティセたちに高らかに伝えた。
「ふ、ふん、今日の所は引き下がってやろう。だが、明日こそそのリッチをこちらへ引き渡してもらおう」
そこまで言い終えると、将官は馬に跨がると兵士たちを引き連れ、そのままどこかへと去って行った。
周囲にいた村人たちも将官に脅されて逃げていった為、今この場所に残っているのはティセと、チーリ、そして……間もなく命尽きようとしている私の3人だけ。
命の灯火が消えようとしている私の側で、嗚咽とともにずっと涙を続けているティセとチーリ。
「やだ……こんなのやだよシィちゃん。だって、だって私、まだ、シィちゃんを嬉し泣きさせ……てないよ……。もうやだよ、2回も私からシィちゃんを奪わないでよぉ……」
ごめんね、ティセ。嬉し泣き……いつかはしてあげたかったんだけど……。
「シィおねぇちゃん、こうですか? こうしたら腕くっつくですか? お願いです、死んじゃヤです……」
そしてチーリ、吹っ飛んだ腕はくっつかないよ。だから回収した私の腕をくっつけようと何度も試したって意味はないよ。だからもうやめて2人とも。これ以上そんな悲しい顔をしないでよ。
そんな私の左肩からは絶えず血のような物が流れている。だけどこれは血ではなく、私の体を構成している妖精『バンシー』としての組織が噴出したもので、死ぬ時は前世と同じように光の泡となって散っていくはず。
ただ前世の最期と違うのは、前世が即死だったのに対して、今世はそうじゃない、つまり死ぬまでの間に別れの言葉を言えるぐらいの猶予が少しだけあるという事。
だから私は、薄れゆく意識の中、私は2人にどうしてもこの言葉だけでも伝えたいと口を開いて、息も絶え絶えに2人に微笑みながらなんとか言葉を紡いだ。
「ティセ……チセ、前世だけでなく今世でもありがとう。チーリもありがとう。……2人、とも、だいす、き……」
その言葉を最後に、私は声を出せなくなり、体の感覚が徐々に無くなっていくのを感じた。おそらく体が光の泡となって散り始めたのだろう。
だけど良かった……前世では直接伝えられなかった『ありがとう』が、ちゃんと言えたもの。
まだなんとか見える視界の中では、ティセとチーリが泣きながら何かを言ってるけれど、もう遠のく意識では何もわからないや。
だけど、もしまた生まれ変わる時が来たなら……今度は本当にティセのむすm……え?
死の時がもう間近まで私に迫ったその時、私はとんでもないものを目撃してしまった。