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44.形見のローブと果たされぬ約束

最後の日常回です。

「あれ、チーリのローブ、穴開いてる……」


 洗濯をしようとした私が、脱衣場で昨日私たち3人が出した衣類を持って外に出ようと運んでいると、洗濯籠の一番上に載っているチーリのローブに大きな穴が3つも開いている事に気がついた。

 それによく見ると端もボロボロにほつれている。


「これ、このまま洗ったらますます破けちゃうよね……。いいのかな」


 このローブはチーリのお気に入りらしく、洗濯や寝る時、そしてメイド服やゴスロリ服など、組み合わせが悪い時を除いてチーリはほぼ毎日身につけている。

 きっと私とティセに出会う前から身につけていた大切なものなのだろう。


 ちなみにチーリは先日8歳になった。ゆっくりではあるけれどチーリも成長しているのが見て取れて、姉としても嬉しい限り。


 そんな風に私が思っているとちょうどチーリを見かけたので私は声をかけてみて確認する事にした。


「ねぇチーリ、このローブ破けているし穴も開いているんだけど……多分これ洗ったらますますボロボロになっちゃうけどいいの?」

「そうなのですか、むー……これ以上ボロボロになったら困るのです」


 チーリが困った顔を私に見せる。という事はやっぱりこのローブは大切なものに間違いない。それも、肌身離さず持っていたいという意思もひしひしと伝わってくる。


 しかしこのローブの穴の開き具合に、大量のほつれ。それは暗にローブの寿命が近いことを示している。逆によくここまでっていたと、その頑丈さの方に私は感心してしまう。


「ねえチーリ、このローブが大切なのはわかるけれど、もう限界だと思うよ。そろそろ新しいローブにした方がいいんじゃ……」

「ダメなのです。このローブだけはどうしても残しておきたいのです」


 私が珍しいと思わず感じるほどに語気の強いチーリ。チーリにとってはこのローブに何かこだわりがあるのかな。


「どうしても……ってことは、このローブは大切なものなの?」


 私はチーリに聞いてみると……なるほど、確かにこれはチーリにとって手放せないものだと私でも思ってしまうものだった。


「なのですよ。チーリのこのローブは、ママが身につけていたもので、今ではママの唯一の形見なのです。だからこれだけは破れてボロボロになったとしても大切にしていたいです」


 そう言いながら洗濯籠からそのローブを拾い上げたチーリは、いつくしむようにそのローブを抱きしめた。そんなチーリの気持ちを考えると、確かにこのまま捨ててしまうわけにはいかない。


「そうするとそのローブはすぐ直さなくちゃいけないね。でないと穴がますます大きくなって、このままじゃ裂けちゃうよ」

「むー……裂けたら本当に困るです」


 私は縫い物をしたことがないけれど、恐らくこのローブは、今が直せるギリギリのところに違いない。となると今後もチーリが大切に使い続けるためにはすぐにでも直した方がいいのだろうけれど……よし、ここはあれだ。


「それじゃティセに直してもらおう。きっとティセならできるはず」


 困った時のおかあさん(ティセ)頼みだ。



  ******



「いいわよー。これならまだ直せるよ」


 私とチーリが、ちょうど部屋の掃除をし終わったティセにお願いをしに行くと、ティセはすぐさま承諾してくれ、裁縫箱と布を持ってきた。どうやらすぐに直してくれるらしい。


「よかったね、チーリ」

「なのです、ありがとうなのですティセママ。シィおねぇちゃんもありがとうなのです」

「それじゃすぐに直……あ、そうだチーリちゃん。

 この穴なんだけど近い色の布をぎするんじゃなくて、こうしてもいいかな?」


 そう言うとティセは、はフェルトを取り出して何かを作り始めた。


 ******



「はい修理完了ー。どうかなチーリちゃん。気に入ってくれると嬉しいんだけど……」


「すごいのです、ティセママの手は魔法の手なのです」


 蒼い顔のまま瞳を輝かせてはしゃぐチーリ。ティセから受け取ったローブには、先程まであったほつれは無くなり、穴も全て埋まっていた。

 そしてなにより……。


「ローブの穴が、チーリとティセママとシィおねぇちゃんの顔になったのです」


 チーリが穴を隠すために作ってくれたのは、フェルトで作られた私たちの顔のアップリケだった。

 器用だね、ティセ。


 受け取ったローブをチーリは早速身につけ始める。……あれ、私何か忘れているような。


「ママの形見に、ティセママとシィおねぇちゃんの想いが合わさった気がして、チーリはとても嬉しいのです。チーリ、このローブはずっと大切にするのです。

 本当にありがとうなのですティセママ、それにシィおねぇちゃん。チーリ、ティセママとシィおねぇちゃん、大好きなのです」


 そうお礼を言いながらくるりと私たちの前で一回転する笑顔のチーリ。

 その姿がとてもかわいらしくて、私とティセは思わずほっこりとするのだった。



 ……うん? やっぱり何か忘れているよね私?

 そしてその疑問はたった今ローブを直し終えたばかりのティセの言葉で気づかされてしまう。


「そういえばシィちゃん、お洗濯は?」


 しまった。完全に忘れていた。それに直したそのローブも洗濯するはずのものだった。

 ……まぁローブを嬉しそうに身につけているチーリから剥ぎ取ったら流石に可愛そうだから、ローブは今日洗わなくてもいいか。


 とにかく、他の衣類を洗濯しないと。


「ごめん。忘れてた。すぐに洗ってくる」


 私は正直に謝って、洗濯をするために洗濯籠を持って外へ。


「あー待ってシィちゃん。私も手伝うよ-」

「チーリも手伝うです」

「あ……ありがとう、ティセ、チーリ」


 私の洗濯し忘れという失敗もだけれど、先程のチーリのローブのように誰かが失敗したり困ったりすると、残りの2人が補ったりフォローをしてくれる。


 誰一人血は繋がってないけれど3人のこの結束の強い家族としての関係が私には本当に心地良くて……。



 私は幸せだった。

 ただ、幸せすぎてそれが逆に怖い事もあるけれど……。


 ……いいんだよね、私がこんなに満ちあふれた気持ちでいっぱいになっても。



 そして、できることならば、このままずっと……。



  ******



「──というわけで洗濯終わり。2人ともありがとう」

「気にすることないわよー」

「なのですよ。チーリもシィおねぇちゃんのおかげでローブ直せたのですからおあいこなのですよ」


 普段は私が一人で洗濯をしているのだけれど3人でやるとやっぱり早い。あっという間に洗濯が終わってしまった。

 しかしそれにしても……。


「ティセ、チーリ。すっかり外が暖かくなってきたね。おかげで洗濯物も外に干せたからいつもよりも気持ちよくなりそう」

「んー、そっかぁ。もう春が近いのねー」

「気持ちいい陽気さなのです」


 ついこないだまではあんなに寒い日々が続いていたのに、ここ数日の陽気さで教会の周りに積もっていた雪も雪もすっかり溶けてしまい、地面からは春の息吹が顔を出し始めていた。


 ティセの言うとおり、まもなく春がやってくる気配が感じられる。


「そういえばここから少し歩いたところに、春になったら綺麗に花が咲く木があるの。咲いたらみんなで見に行かない?」

「花を見に行くですか?」


「そう、綺麗に咲いた桜……春に咲く木の花の下に集まって、その花を眺めなら持って行ったお弁当を食べたりおしゃべりしたり。私が元いた世界にはお花見と言うんだけど、そんな習慣があったんだよ」

「へぇ、風流だね」


「まぁ……、花そっちのけでみんな食べ物に夢中になっちゃうんだけどね。私もそうだったよ」

「花の意味ないよねそれ」


「でもチーリ、お花見楽しみです」

「……うん、私も」


「それじゃ、咲いたらみんなでお花見行こうね」

「ん」

「なのです」


 ティセからのお花見のお誘いに頷く私とチーリを見て、笑顔になるティセ。

 そしてそのティセの笑顔を見た私もチーリも同じように笑顔を見せる。


 少し前までは、チーリにまで指摘されるほどに私の表情筋は死に体だったのに、今ではまるで息を吹き返したかのように、自然に笑顔をつくる事ができるようになっていた。


 それは、このティセとチーリとの3人での家族としての日々、バンシーであるにもかかわらず受け入れてくれたリタキリアとルベレミナの村人たち、そして、今世に繋がった前世の私とチセとの孤児院の日々、それらが綺麗に繋がった結果。



 ただ、大笑いができる程には表情筋はまだ動かせないし、何よりいまだにティセに嬉し泣きだってさせられていない。

 だけどきっと……と、綺麗に締めようとしたわけだけどそうはいかなかった。

 だって、私の視界にあるものが見えるんだもの。



「それでティセ……どうするのあれ?」

「……後で考えよう」



 私が指さしたのは……プール。

 去年の秋、〆として温泉代わりに入った後で掃除をするはずだったのだけれど、結局掃除をするのが面倒になり、雪が降る前にはなんて言いながら水だけを抜いて放置してしまった。


 その間にプールの中は時折降る雨によって流れてきた泥や落ち葉が溜まりに溜まってしまった上、雪までもが降り積もってしまい、結局掃除することができないままに春を迎えてしまったのだ。


 落ち葉で埋もれているそのさまは、落とし穴と見間違えてしまいそうな様相を醸し出しており、さらに、秋から冬までの雨と雪によって溜まっていた落ち葉は腐ってしまっているのが一目でわかるほどに、謎のてかりが葉の一枚一枚に見えてしまっている。


「あの中にうっかり落ちちゃったら……絶対ぬめぬめするわよね」

「うん、だけどそれ以上にさ……ほら、さっきから虫が湧き出してる」


これだけはどうしても見ないふりをしたかったのだけれど、夏になったら再び使う事を考えるとそうも言ってられない。さっきから腐葉土で越冬するタイプの虫が、この陽気に誘われて先程から次々とそのプールの中から這い出てきているのだ。


 やばいわあれ……。



「……夏に、プールを使う前には今度こそ必ず掃除しようね、ティセ」

「そうね……」



 ちょっと現実逃避をしてしまう場面もあったけれど、私たちはお花見が出来るであろう春を待ちわびるのだった。



 だけど私たちは……その約束を果たす事はできなかった。



 夏のプールはおろか、あと一週間もあればできるであろうお花見をする事すらも叶わなくなってしまうだなんて、この時の私たちは全く思ってもみなかったのだ。



 ……それも、永遠に。

次回から最終章に入ります。

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