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43.たかられチーリ

「ティセ、この皿欠けてるよ。このままほっておくと割れそうだから新しく買った方がいいよ」

「あー、そうかも。うん、あとで買いに行こうか」


 朝ごはんに使用した皿が一枚欠けていることに気がついた私が、ティセにその事を伝える平凡な日。


「ティセママ、ティセママ、お願いがあるです」

「あら、どうしたのチーリちゃん」


 先程まで魔導書を読んでいたチーリが、突然立ち上がったかと思うと、ティセの方へと向かうとおねだりを始めた。冬服を拒否する事以外ではあまりおねだりをしないチーリにしては珍しい。


「チーリ、今日覚えた魔法を使ってみたいですけどここじゃ使えないのです。なのでお外に行きたいのですよ」


 なるほど、さっきまで呼んでいた魔導書に書かれていた魔法を早速使ってみたかったのか。でも一体何の魔法だろう。


「んー、別に構わないけれど……ちなみにどんな魔法なのかなチーリちゃん」

ティセも、チーリが使おうとしているのがなんの魔法なのかは確認したいらしく、チーリに尋ねた。


「えっと、動物さんとお話して操る魔法なのです、この森、動物さんがいないし、前の収穫祭の時にシィおねぇちゃんが辛そうな顔してバンシーの力使ったのを見てチーリは思ったですよ。

 怪物でも元は動物ですからこの魔法を覚えればきっとシィおねぇちゃんはバンシーの力を使わずに済むですって」


 なるほど、チーリは私の為にその魔法を覚えてくれたのか。……チーリが私の事を気遣ってくれて、姉としてちょっと嬉しいな。



 ******



「……それで、このあたりでいいかな?」

「はいです、このあたりならきっと動物さんいっぱいいるです」


 チーリの要望に応えたティセが、私たちを連れてやってきたのは森を抜けて東にある山近く。このあたりは人の往来が無い為、動物の楽園となっているようだ。

 そして怪物化した動物もこの当たりを根城にしていることも多いらしく、怪物化した動物も対象と考えていたチーリにしてみれば絶好の場所だった。


「それじゃ早速唱えるですよー。……◆☆〒◎★」


 私とティセからほんの少し離れた場所に立っていたチーリが詠唱を始めると、早速効果が現れ始めたのか、近くのくさむらから兎が顔を出した。


「あ、ティセ見て、兎が出てきた」

「あら、ホントだわ。……すごいなぁチーリちゃんの魔法……」


 私も驚いたけど、それはティセも同じらしく感心したような表情でその光景を眺めている。


「それじゃ兎さんとしゃべってみるのですよー。∰≳⏄◒☠☘▣」


 するとチーリは、言葉じゃない言葉を兎に向けてつぶやき始めた。そしてその言葉に対してまるで相槌を打つかのように何度も頭を下げる兎。どうやら本当に言葉を交わしているらしい。

 やがて兎はチーリから離れると、何処かへと走り去っていった。


「ふー、魔法は無事成功したようなのです。ではもっと練習するですよー。もっといっぱい動物さんを呼び出すのです」


 最初は一体の兎を呼び出し、会話をすることに成功したらしいチーリは再び詠唱を始めた。

 今度はより多くの動物を呼び出すつもりらしい。


 すると先程と同じように動物が次々と顔を出した。しかしチーリは詠唱を止めることなく続けている。きっと最大何匹まで呼べるのか試しているのだろう。


 チーリの詠唱は続く。やがてチーリの周りを取り囲むように10……20……いや、もう何匹いるのかわからない程に無数の動物たちが集結していた。


「すごい……まるでチーリに従うようにいっぱい動物が……」

「まるでハーメルンの笛吹き男みたいね」


 聞き慣れない言葉がティセから出てきた。きっとティセの元いた世界でのお話か何かなのだろう。


「やったのです、いっぱい動物さんを呼べたのです。……あ、あれ? ちょ、ちょっと待つです」


 どうしたのだろう、詠唱を終えたチーリが何か慌てている。そんなチーリの顔はまるでプロポーズをしてきた相手にぐいぐいと迫られているような、そんな焦燥したような顔のように見えて……。

 もしかしてチーリの周りを取り囲んでいる動物たちは魅了の魔法までかかってしまっているのでは……となると、チーリにしてみればかなりまずい展開になってしまうのでは……?


 そして私の悪い予感は大当たりとなってしまった。


 その直後、チーリは周りを囲んでいた動物たちが一目散にチーリめがけて駆け寄ってきたのだ。どうやらチーリのの魔法は成功したようだ……いや、成功しすぎたが為にチーリは今とんでもない目に遭ってしまっている。


「ひー、愛情の押し売りなのですーーー」


 大声で叫ぶことが苦手なせいでなんとも間の抜けた悲鳴を上げるチーリ。

 まるで、無数の魚に群がられてしまった池に投げ入れた餌みたいに、あっという間にチーリは動物たちもみくちゃにされてしまった


「助けて、助けてほしいのです、ティセママー、シィおねぇちゃーん。うあーー。あいむりっち、あいむりっちなのですよーーーー」


 涙声で救難信号を出すチーリの声。


 姿がなかなか視認できないほどに多数の動物たちにたかられてしまっているチーリ。

 そして群がっているのは普通の動物だけでない、怪物化した動物も紛れていて、まるでチーリを愛玩するかのように何度もチーリをなめ回しているようだ。


「ちょ、チーリちゃん!? ど、ど、ど、どうしようシィちゃん!?」

「……私じゃ無理だよあの中からチーリを助けるの」


 私の目の前でいとも容易たやすく行われているおぞましき所業。一体どうすればいいのだろう……少なくとも私が助けるのは無理。

 いくらチーリを助ける為とはいえ、バンシーの力を使ってここにいる全ての動物を死なせるというのはあまりにも外道すぎる。


「わ、わかったわ、私が行く! チーリちゃん待っててね!!」


 そう奮起しながらティセは動物の集合体へと駆け寄り、次々と動物をちぎっては投げちぎっては投げを繰り返した。

 流石私とチーリを同時に抱っこ出来るほどに腕力に自信のある元聖女……。


 そしてティセによる懸命の救助のおかげで、ようやくチーリの姿が見えてきた。


 だけどそのチーリは、無数の動物たちにもみくちゃにされたおかげでぐったりとしてしまっている。

 最近では瞳にもハイライトが映えていたのに、今日に関しては死んだ魚のように目からハイライトを失ってしまったようだった。


「ちーり よごされちゃったのです はじめては てぃせままか しぃおねぇちゃんにって きめてたのに」


 いや落ち着こうねチーリ、チーリはまだ清い体だからね? そういう誤解を招く発言はおねぇちゃん感心しないよ。


「チーリちゃん、一体どうしてこんな事になっちゃったの?」

「魔法失敗した?」


 チーリの体を抱き起こしたティセと私はチーリにこの顚末てんまつの理由を尋ねた。

 私の予想では、魔法が不完全で会話をするレベルまではいけずに先程の事態に陥ってしまったと思ったのだけれど……実はそういうわけではないらしい。


「会話はできたのですけれど……、それ以上にチーリのこの『みわくのすれんだーぼでぃー』に魅了されて話を聞いてくれなかったのです。うおおお骨骨ボーンとか言われてしまったのです」


 みわくのなんちゃらはまず関係ないと思うけれど、チーリの発したある言葉で私は察してしまった。

 ハーフリッチであるチーリはリッチという種族という不死系の怪物の血が流れている。そしてチーリの母親は人間とほぼ同じ姿だと聞いたけれどリッチは骸骨姿の者もいる。

 ということはつまりチーリが無数の動物たちにたかられていた理由は……。


「……骨目当ての犯行」


 一部兎みたいな草食動物も混じっていた気がするけれどきっと他の動物の熱気に当てられちゃったんだろうね。



 ******



 東の山近くから森へと引き上げる私たち。ぼろぼろになってしまって動けないチーリはティセにおんぶさせられている。


「うーん、チーリちゃん。私としてはこの魔法はよっぽどの時以外は使わない方がいいと思うんだけど……」


 先程のおぞましき光景を見た以上、母親であるティセとしてはこれ以上この魔法を使うのは見逃せないのだろうけれど、どうやらチーリは諦めていないようだ。


「きょ、今日はたまたま失敗しただけですよ。魔法を唱える時間をちゃんと考えればきっと役に立つです。だからチーリはそのバランスを取れるようにこの魔法をこれからも練習して、ちゃんと使えるようになりたいのですよ」


 うーむ……、チーリのその諦めない不屈の精神と向上心は立派だと思うけれど、これでは私とティセの心が安まらないわけで……。


 チーリがそうしたいなら無碍むげに止めようとはしないけれど、この魔法を使うたびにハイライトが消えて死んだような魚みたいな目をするようになったら今度こそその魔法は使用禁止にするからね。お姉ちゃんとお母さん権限で。

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