41.親心と恋心
「あの、シィさま! これ読んでください!!」
「これは……ラブレター?」
これは私がティセとチーリと買い出しのためにリタキリアを訪れた、ある冬の日の一騒動。
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ことの始まりは、教会内に買いだめしていた食糧庫の備蓄が尽きかけていたのに気づいた事だった。
ティセの朝食づくりを手伝う為に私と食糧庫へ行った私とチーリは、その事をティセに告げる。
「ティセ、そろそろ食糧庫が空になっちゃうよ」
「もって2日分なのです」
私とチーリの言葉を聞いて『しまった!』という顔になるティセ。どうやら冬の寒さで買い出しに行くのは勿論のこと、備蓄を確認することすらも億劫になっていて、私たちに指摘されるまでそのことに全く気がついていなかったようだ。
危ない危ない、いくら今年はまだ昨年のような教会が埋もれるほどの大雪になっていないとはいえ、これでもし私たちが食糧庫を見ていなかったらどんな悲惨な目に遭っていたか。
とりあえず、今夜いきなり大雪が降り出す可能性だってあるので買い出しに行くのは早めに越したことない。
「ティセ、買い出しに行った方いいよ」
「チーリもそう思うです」
「そうだね、行かなくちゃ……。あぁ面倒だなぁ……、それじゃ2人とも、お留守番よろしくね」
まだ昨年のような大雪は降ってないとはいえ、当然のように雪は積もっていて、その中をリタキリアまで私やチーリのような子供の足で歩くのは容易な事ではない。
その為、ティセは私たちに気を遣って一人で買い出しに行こうとしたのだけれど、それをチーリが止めた。
「待つですティセママ。チーリも行くのです。一人で行って突然の吹雪になっちゃったら遭難するかもしれないのですよ」
「私もそう思う。だから私も一緒に行く」
私もチーリと同意見だった。なので、私もティセの買い出しに同行すると申し出た。
「そう、2人とも? それじゃ一緒に来てくれるかな」
「ん」
「なのですよ」
私たちの申し出を受けたティセが、それに応じてくれたので、私たちは玄関から出ると、3人でリタキリアの村まで買い出しに向かうのだった。
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「門番さんこんにちはー」
「おや、ティセちゃん。それにシィちゃんとチーリちゃんも。こんにちは」
「こんにちは」
「なのですよー」
先日の怪物来襲騒動以来、私とチーリは、自分たちが人外である事を隠さずに村へ入ることが出来るようになっていた。その為、前は顔を上げないように挨拶をしていたのだけれど、今ではちゃんと目を見て挨拶をしている。
そして、村の危機を救った事がきっかけなのか、正体を知った上で、村人が私たちに気さくに話しかけてくるようになり、さらには買い物をするとおまけしてくれる事も多くなっていたのだ。
『迫害されることを恐れずに人間のために行動してくれたとても可愛い心の優しいバンシーとリッチの少女、そしてその少女たちと心を通わせた聖女』。
村の間では私たちはすっかりそういう扱いらしく、別に望んでいるわけではないのに、何故か村へ行くたびに私たち3人とも村人たちにちやほやされてしまうのだ。
前世では有り得なかったことのオンパレードで……なんとも不思議な気分になってしまう。
そんな風に思いながら、私とチーリがティセと手を繋ぎながら村の中を歩いていると……、突然私は後ろから声をかけられた。
「あ、あの!シィさま!!」
様づけされた私が思わず振り向くと、そこには私より少し年上ぐらいの黒に近い茶髪の少女が立っていた。
村の中で二、三度は見かけたような記憶はあるけれどその少女と直接の面識はない。一体どういう理由で私を呼び止めたのか気になっていると……。
「これ、読んでください!!」
そう言いながら彼女が手渡してきたものは手紙だった。
「え、手紙? これってどういう…、あれ、もうあんなところに」
私に手紙を渡し終えると、彼女は私に有無を言わせないまま、恥ずかしそうに顔を覆いながらあっという間に走り去り、姿が見えなくなってしまった。
……雪道でそれは危ないと思うんだけど。
「……シィちゃん、それ何が書いてあるの?」
横でその光景を見ていたティセが私に尋ねてくるのだけれど……何故かティセが不機嫌そうな顔になっているように見える。一体どうしたのだろう。
「ちょっと待って、見てみる」
そんなティセを横目に中を開けて読んでみると、そこには熱烈な愛の言葉が羅列されていた。もしかしてこれは……。
「これ、ラブレター?」
あまりにも予想外なものを受け取ってしまって、思わず動揺してしまう私だったのだけれど、そんな私を尻目に、何故かティセはやっぱり不機嫌そう。
「むー……」
「ティセ、どうしたの?」
ティセの不機嫌な理由がさっぱりだった私は、困惑しながらその様子を窺っていると……。
「まだうちの娘にそういうのは早いです!」
「なんでティセが怒るの」
しまった、ティセが親バカになっているみたいで『娘はやらんぞ』と言い出しそうな顔になってしまっている。
というかそれはティセが決める事じゃないし、そもそも私は、今はティセの娘みたいなものだけど私はそもそも前世ティセの友達だったんだから見た目相応の年齢じゃないって事わかっているはずだよね?
そこまで私が考えていると、私ははたと気がついてしまった。前にティセは、私とチーリの母親になると決心したから、私に対して恋愛感情はもう無いものだと思っていたのだけれど、いざこうして私に対して恋愛方面の好意を向ける人が現れてしまうと嫉妬してしまうらしい。
すっかり大人になったと思っても、まだティセには意外と子供らしいところがあるんだねと、ちょっとくすりと笑ってしまいそうになる私だった。
しかし、それ以上に気になるのは、ティセと隣り合うように佇んでいたチーリだ。
「……」
私がラブレターをもらってからずっとチーリが黙ったままなのだ。チーリにしては珍しく、どこか不満、というか怒っている……いや、負けん気が強く出ているような、そんな顔をしている。
チーリはチーリで一体どうしたんだろう。
そしてその原因は、私たちが教会まで帰ってきてから判明する。
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「シィおねぇちゃん、話があるのです」
教会まで戻ってきた私たちが、普段屯している部屋に着くと、ここでようやく口を開いたチーリ。しかしいつもと様子が違う。
チーリの事を見慣れない人からすれば、確かにチーリは無表情に見えてわかりづらい。
しかし、チーリと長く接していると、意外と表情が豊かだとわかるのだけれど、今日のチーリには、珍しく闘争心のようなものが見え隠れしているように私は見えた。
そんないつもと異なる雰囲気に私が少したじろぎそうになりながらも、話って一体何だろうと私が思っていると……。
「シィおねぇちゃん勝負するですよ」
「へ? 突然何を言い出すのチーリ?」
突然私を指さしながら宣戦布告を始めたのだ。
私にはその訳がわからなかった。私は何かチーリの闘争心をかき立ててしまうようなことでもしでかしたのだろうか…。
「シィおねぇちゃんは今日ラブレターもらっていたです。それはつまりシィおねぇちゃんには子供が生まれるという事なのです。なのでチーリはシィおねぇちゃんと勝負したいです」
「ちょっと待ってチーリ、落ち着いて。それは飛躍しすぎ」
時々話が飛躍しすぎてしまうきらいのあるチーリではあったけれどどうしたらラブレターをもらっただけでそんな風に考えてしまうのか全くの謎だ。
そもそも勝負って一体何をするの……?
「チーリの言う事が全く理解できないけれど、具体的には何を勝負したいの……?」
「チーリとシィおねぇちゃん、どっちが先にティセママに孫の顔を見せるかでです」
横で子供らしい勝負事かなと他人事のように紅茶を飲みながらその様子を眺めていたティセもチーリのその言葉に盛大に紅茶を吹き出した。
まあ吹き出すのも当たり前だよね。
私も思わず何を言い出すんだとツッコミたくなったもん。
それから私は、興奮しきっているチーリを落ち着かせるために、ラブレターの件は断ること、そしてラブレターをもらっただけでは子供は生まれないことを一から説明する羽目になったのだった。
その説明のさなか『だってだって、チーリのパパは、ママに一目惚れしてラブレターを送ったら、ママもパパに一目惚れしてそれからすぐにチーリは生まれたって聞いたです』としきりに訴えていたけれど、チーリの飛躍しすぎた考え方はチーリの両親が原因だったんだね。全くもう……。
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後日、私たちがまたリタキリアの村へ行くと、手紙の主である少女を見かけたので、私はその気持ちには応えてあげられない旨を伝えて断った。
「ありがとう、でも私は家族……ティセとチーリの事以外は考えられないから、ごめん。
できたら私のようなバンシーやリッチを見かけたら、手を差し伸べて助けてあげてほしいな」
「は……はい! 私、がんばります!! ありがとうございました!」
そう私におじぎをすると、涙ぐみながら彼女はどこかへ全速力で走り去っていった。どこが凍っているかわからない雪道を全速力で駆け抜けるのは危険だと思うんだけど……まぁいいか。
「……ひとまずこれで解決だよね? ってティセ、今度は何その顔」
断った私が横にいたティセの顔を見てみると再び複雑な顔をしていた。
……なんで? 私断ったんだからティセがそんな顔になる理由、今度こそないよね?
「母親になるってもう決意したからあれだけど……やっぱりうらやましいなって思って。私、シィちゃんをシーナちゃんの頃からずっと好きだったから」
なるほど、昨日は私に対して恋愛での感情を向けた人がいたから嫉妬したのに対して、今日は母親となると決めたけれど、やっぱり心のどこかで私とそういう関係になりたかったという感情がごちゃごちゃになって自分でもどうしていいのかわからなくなっちゃったのか。
「全くもう、しょうがないんだからティセは……ほらティセ、しゃがんで」
「え? うん……」
私の言葉に戸惑いながらも返事をしながらしゃがむティセ。
よし、次はチーリにもお願いしなくちゃ。
「チーリ、私の反対からティセを抱きしめて。なんだか落ち込み気味だから」
「む、わかったですよ」
私の呼びかけに応じたチーリがティセに抱きつくと、目を丸くしながら驚いた顔をするティセ。そして私もティセに抱きつき、ティセの耳元へ小さく一言……。
「ティセは私たちの母親なんでしょ。その関係は恋愛以上にもっと深いんだから。でなければ、今。私もチーリもこんな風にしていないよ。……だから自信持って」
「ティセママ、よくわからないですけどチーリも大好きなのですよ。元気出すです」
「あ……えへへ。2人とも、ありがとう」
私とチーリに両サイドから抱きしめられたティセは、なんとも幸せそうな顔になっていた。
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そんな風にして抱き合う私たちを、近くにある建物の窓から眺める一つの影があった。
「グフフ……、ジトメヨージョ……オデ、ヤッパリ養子ニホシイ」
二度目の収穫祭の時にもいたような気がする片言の言葉の主。その主の正体はというと……。
「ソウイエバ、国ガ、リタキリアノ危機ヲ救ッタ者ヲ捜シテイルラシイト、サッチウースロー兄サンガ言ッテタナ。グフフ、コレヲウマク利用スレバ、オデノ……ヨウシニ……」
何を隠そうリタキリアの村長こと、ジットメーロ・リスキーであった。何か思惑があるらしい彼は私たちが抱き合う姿を見ながら怪しい笑みを浮かべていた事など、私たちが知る事は勿論できるわけがなかった。
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一方こちらは先程私にフラれた茶髪の少女。彼女は私たちの姿が見えなくなるまで走り続けた後、がっかりしたような顔で空を見上げていた。
「あーあ、フラれちゃった。まぁ仕方ないよね。遠巻きに見ていても思ったもん。シィさまと聖女様とリッチの子、3人で繋がりあっているように見えたし私が入る余地無かったもんあれ」
フラれた彼女だったけれど、それでもその表情は晴れやかだった。
何故なら、彼女には新たな目的ができたから。
「さあ、私はシィさまの助言通り、シィさまじゃないバンシーの女の子を見つけて仲良くするぞー! 信憑性のない噂だけど北の森にバンシーが潜んでいるって話があったよね。
ふふふ……この世界に迷い込んで大体5年、人外少女好きの鎺田千春16歳、がんばるもん! それで仲良くなった暁には……ぐへへ」
何か良からぬ妄想をしながら手をわきわきとさせるこの少女。実は彼女もまたティセと同じく廃教会にかかっていた異世界転移の魔法によって別の世界から迷い込んでしまった転移者で、さらには地下室にあった自転車の元持ち主。
そして、私がリタキリアを救った英雄でその事に惹かれたからではなく、ただ単に人外少女、特にバンシーが好きだからという理由で私に告白してきたという事実を私が知る術は今のところ無かったのであった。
あと十数回で終了予定なのにここで新たな登場人物です、はい。