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40.地下室整理

 雪が降り続いているとある日、私とチーリはいつもの部屋でくつろいでいた。

 私がおやつとしてパン耳揚げを食べ、その傍ではチーリが魔導書を読みふけるというよくある日常の光景。


──!


 そしてティセはというと……、実は先程から姿が見えない。

 地下通路にある小部屋を片づけたいと昨夜話していたので恐らく片づけに行ったのだろう。


──!!


 ティセが道具を片づけたいと考えたのもよくわかる。

 何せあの小部屋はティセが元いた世界と一方通行でつながっている事もあって、次々にモノが流れ着いてくる為、先日私たちが行った時点で既に物がたくさんあった。


──ィちゃーん!!!


 あの小部屋も地下通路も使わないというのならそのまま放置で構わないのだけれど、そういうわけにはいかない。

 去年の冬のように突然の大雪で正面玄関から出られない時がまたあるかもしれないし、いざティセのいた世界へ行くことに、それも急いで行くとなった時にあふれかえったモノに阻まれてしまって行けませんでした、なんてしょうもない事態に陥る事は避けたい。


──リちゃーん!!!!


「ねぇ、チーリ」

「なんです、シィおねぇちゃん」


──れかー!!!!


「さっきから、変な声が聞こえない?」

「聞こえるですね、地竜がお腹を壊してのたうち回っている時に発していそうなうめき声みたいです」


──けてー!!!!!


「……いやこれティセの叫び声じゃん。何かあったのかな」

「助けてって言ったっぽいです。シィおねぇちゃん、一緒に地下に行くです」


 ティセのSOSだと判断した私とチーリは、慌てて地下へ降りて異世界転移の魔法が作動し続けている小部屋に向かうと……ティセが道具に埋もれて動けなくなっているのが見えた。


「ちょ、ティセ大丈夫? 一体何があったの?」

「あ、よかったぁシィちゃんチーリちゃん来てくれたのねー……。いやぁここにある道具を片づけようとしたら雪崩が起きちゃって身動きが取れなくなっちゃったのよ」


 どうやら怪我はしていないようだった。……よかった。とりあえず早くティセを助けないと。



 ******



「助かったぁ……、シィちゃん、チーリちゃんありがとうね」

「いいよ、家族だからお互い様」

「ティセママ、無事でよかったです」


 道具の山から救助されたティセが私たちにお礼をしたけれど、それ以上にまずい事態になってしまっている。

 私とチーリがティセを助けるために物をあちこちにかしたせいで、地下通路まで足の踏み場が無くなってしまったのだ。


 こうなると片付けがティセ一人だけでは一日じゃ終わらなそう。

 …それならば。


「ねぇティセ、折角だから私も一緒に片付け手伝おうか?」

「チーリもお手伝いするです。めいどふくチーリいっぱいご奉仕したいです」


 私の横でそう喋るチーリの服装はメイド服。片づけは家事に含まれるからある意味メイド服は妥当なんだけどその言い方はちょっとどうかと思うよ私。


「え、2人ともいいの? それならお願いしたいな」


 というわけで、私たちの今日の予定は地下室の整理をする事で決まったのだった。



「それにしてもどうして今日急に片づけようと思ったの? いつでも異世界に行けるようにするため?」

「あー、それは考えてなかったわね。ブルーシート以外にも何か掘り出し物があるかもしれないと思ったのよ。使えるものがあれば使いたいなぁって」



 なんだ、そういう目的だったのか。……という事は、まだ暫くはティセとチーリと一緒に、この世界で家族として一緒に過ごせるんだね。

 …うん、ちょっと安堵しちゃった。向こうの世界に行くのは私にはやっぱり勇気が必要だから。



 ******



「──で、片づけを初めたのはいいけれど……これはダメだね」

「シィおねぇちゃんの言う通りダメダメのハラホロヒレハレなのです。

 使い方も何もかもさっぱりな異世界の道具ばかりですからゴミなのか不要品なのか廃棄物なのかチーリにはチンプンカンプンなのですよ」

「チーリ……、言ってる言葉が全てごみになってるよ」


 ……だけどチーリの気持ちもわかる。


 使えるものがあれば使いたいとティセは話したものの、異世界の言葉が読めない私とチーリでは道具本体に使用方法や名前と思しき文字や絵があってもさっぱりなので片付けが遅々として進まないのだ。


 そして、このあまりの進まなさはティセにとっても予想外だったようで……。


「あれ、これもしかして一日じゃ終わらない……? 流石にここの片付けにはそこまで時間かけたくないなぁ……ちょっと方針変えようかしら」

「方針?」


 ティセの発言の意図がわからず、顔を見合わせながら小首を傾げる私とチーリ。


「えっと、一個一個その都度判断するんじゃなくて、一旦全て廊下に並べるの。それから一つ一ついるかいらないかを私が判断して、そこで必要になった物を綺麗に掃除して再利用、いらない物はどんどん廃棄という感じにしようかなって」


 まぁ、確かにここにある道具がなんなのかを判定できるのはティセだけだからそれが一番早いかも。


「うん、それでいいよ」

「チーリもそれでいいです」


 一度方針を決めるとあとは早い早い。先程までは一体いつまで掛かるんだろうと途方に暮れていたのに、ものの10分でこの地下室にあったものを全て廊下へ並べ終えられたのだった。


「さぁ、それじゃいるかいらないか判断するわよー。ブルーシートみたいに便利な道具があるかも……。あ、もしチーリちゃんやティセちゃんが気になった物があったら遠慮無く言ってね」

「わかったのですよー。異世界の道具が手ぐすね引いて待っているのです」

「まぁ、私は……気になるのがあったらね」


 私はここの道具を有効利用しようとは考えていなかったので、とりあえずティセの言葉に軽く同意するに留める事にしよう。


「というわけでティセママ、これなんですか? 猫の顔がついてるです」


 どうやらチーリは既に気になる物があったらしく、ポケットから手のひらサイズの白い板を取り出してティセに見せた。ポケットにしまっていたのはおそらく他の物と一緒に並べてしまうと小ささゆえに紛れてしまうかもと判断したからだろうか。

 それは兎も角、ティセに見せているその板は右側になんだか毛がネバネバとしたような雰囲気のあるなんとも形容しがたい陰鬱そうな顔をした猫の絵、左側や上下には異世界の文字がたくさん書かれたものだった。


 何それ……?


「うわー……、ぬめねこ許可証。私が生まれるよりもっと前に流行ったおもちゃだわ。本当にここって何十年も前から繋がってるのね……」


 どうやらティセはその板について知っているようだったけれど、それ以上にこの異世界転移の魔法が遙か昔からかかっている事に改めて驚いているっぽい。


「それで、その板ってどうやって使うの?」

「え? あぁ、何にも使えないわよ。ただ携帯する事ぐらいしかできないわねーそれ」


 ……えーっと、それって一体何の意味が……なんて思っていると、その説明を聞いたチーリが何故かジト目を大きく見開きながら口をあんぐりとさせてしまっている。


「ちょ、チーリ、なんて顔しているの……」

「そんな……なんの役にも立たない道具がこの世に存在するだなんて……チーリ、ショックです」


 全ての物には何かしらの使い道があるはず。

 そういう考えによってチーリはこの板の存在意義について考えていたのだと思うけど、全く意味が無いと聞かされたチーリは、その根底を覆されたが為に何故か地面に膝をつくほどに落ち込んでしまった。


 いや、そこまで落ち込む事かな……ちょっとチーリの考えがわからないよ私……。


「えっと……チーリちゃんが欲しかったらもらっていいわよ?」

「いらないです」


 何の意味も無いものなら価値は無いとでも言うかのように、チーリは手に持っていたぬめねこ許可証と呼ばれた板をすぐさまいらない物を入れる箱へ放り投げてしまった。


「あ」

「どうしたの、シィちゃん?」


 しまった。思わず声を出してしまった。


「えっと、いや、なんでもない……」


 取りあえず否定しちゃったけど……どうしよう、私が陰気な性質のバンシーだからなのかなんだかあの陰鬱そうな顔をした猫に共感をしてしまったのかどうも気になる。



 ……ちょっと欲しいかも……あとでもらっておこう。



 ******



 それから、ぬめねこ許可証から始まったティセによる異世界の道具確認はその後もどんどんと続き……結果、ゴミだけが増えていったのだった。

 そして道具を判断するティセが口にする言葉は私とチーリにとっては聞き慣れないものばかり。


──ビョ、ビョータクン!? ゲームキっぽいけど知らないよこんなの!! そもそもこっちじゃ使えないわよ!


──あ、デンシレンジ! ……いや、だめだ、ここ電気無いんだ…ぐぬぬぅ。そもそもめっちゃ汚い……これフホウトウキしたやつでしょ……。


──えっと……、昔本で読んだような……タガマワシのタガだっけこれ……流石にこれは古いどころじゃなくて全くわかんない。


 こんな感じに自分だけが知っている数々の道具の名前を口にしながら一喜一憂するティセ。

 不用品が多いためにがっかりという表情の方が多かったけれど、それでもその表情もどこか柔らかだった。


「ティセママ、楽しそうなのです」

「うん、ティセにとっては懐かしい、元いた世界のものだからね。仕方ないと言えば仕方ないんじゃないかな」

「それもそうですねシィおねぇちゃん。ティセママが楽しいならチーリも楽しいです。……あれ?」


 普通ならば母親が娘に対して向けるだろう温かい視線を、何故か娘の立場である私とチーリが母親の立場であるティセに対して向けていると、チーリは視界に入ったある道具が気になったのかそれを手にし、その道具をティセに見せながら尋ねた。


「ティセママティセママ、これなんですか?」

「どれどれー? ……うわぁ、そんなモノまであるんだ。しかも袋に入ってるから新品なのね」


 どうやらティセも知っているものだったらしいその道具は小さい筒状のもので片方は固そうな部分、もう片方は渦を巻いているカラフルな道具だった。


「これは吹き戻しって言ってね、渦を巻いていない方を口にくわえて息を吹き込むと……」


 袋から『吹き戻し』と呼ばれた道具を取り出したティセが片方の先端を咥えて息を吹き込んでみせると、もう片方の先端が甲高い音と共に突然伸びた。


「わっ、先端が伸びたのです あと変な音がするのですティセママ」


 その光景に目を輝かすチーリ。興味津々と言った顔だ。


「これはね、こうやって遊ぶ笛のおもちゃよ。いやぁ懐かしいなぁ……幼稚園の夏祭りで買った吹き戻しをピーピー鳴らしまくってうるさいってお母さんに怒られた事あったなぁ……」


 元いた世界での出来事を回顧した為、なんともしみじみとした表情になるティセ。ヨウチエンというのはきっとティセが元いた世界の言葉なのだろう。


「チーリこれほしいです。チーリもらっていいですか?」

「いいよー」


 ティセの承諾を聞いたチーリは、嬉しそうな顔でそのおもちゃをポケットに忍び込ませた。


 ……それからも色々と異世界の道具を確認したけれど、どうやら大半が不要なもののようだ。


 あまりの不要品の多さにティセはぶつくさ言っていたけれど、それでも元いた世界の道具たちとの邂逅にちょっと嬉しそうな顔をしていたのだった。



 ******



「うーん……一つ一つ見ていったけれどあんまり成果がなかったわね。チーリちゃんが吹き戻しを気に入ってくれたからよかったけど。

 個人的にはこれがあったのが嬉しい収獲だったわ」


ピー。


 地下室にあった全ての道具をチェックし終えたティセは、さっきから夢中になって吹き戻しで遊んでいるチーリを嬉しそうに眺めながら、『これ』と呼んだ車輪が2つある道具に手を置いた。


ピー。


「ねぇティセ、その道具はどうやって使うの? さっき『ジテンシャ』って言ってたけど」


ピー。


 そんな私の問いかけに対して、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの顔をするティセ。そんな顔はいいから早く説明してよ。


ピーー。


「ふふふ……この自転車はこの世界で言うなら馬の代わりになる乗物なの。これに跨がってペダルをこぐと歩くよりも早く移動する事ができるのよ。少し錆びちゃっているけれどノーパンクタイヤっぽいしチェーンも外れてないしその上子供が2人乗れる部分まであって一番の掘り出し物だったわ」


ピーピー。


 なるほど、馬の代わり。確かにそれは便利そうだ。という事は、これに乗ってリタキリアやルベレミナへ買い出しに行く事も今後は可能になるのかな。


ぴぴー。


「ただ、問題があるとしたら私がいた世界と比べて道がかなり悪いからちゃんと走れるか不安なのよね。ま、後で試そっか。

 今は雪が積もっているから無理だけど、雪が溶けたら早速使おうかなー。とりあえずこれは後で出口に一番近いところに置いておこうっと。

 ……あ、この自転車名前っぽいのが書いてある。えっとハバ……キダ?

 これが前の持ち主かな。まぁいっか。ありがとうございますどこの誰だか知らないけれど前の持ち主のハバキダさん」


 そう独りちながら、ティセは自転車を地下通路の出口付近へと運んでいった。

雪が溶ける頃と言ったら……春になるのかな。


 うん、私もジテンシャに乗るがちょっと楽しみなのだった。


ピュイー。


 そして今ここに残っているのは私とさっきから取りつかれたように吹き戻しを吹き続けているチーリ。


ピー。


「……」


ピー。


 チーリ、ちょっとその吹き戻しうるさい。


 ……ティセの母親の気持ちがちょっとわかってしまった私だった。

投稿後10分ほど、タイトルの数字が41と間違っていました。40です。すみません。

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