04.朝のお祈りと朝ごはん
「……ん、……どこここ」
翌朝、私の顔めがけて差し込む日差しによって、目を覚ました私が辺りを見回すと、そこは見覚えの無い部屋。
ここはどこだろうと冴えない頭をなんとか働かせた私は、昨日出会ったティセにこの廃教会へと連れて来られた事をやっと思い出した。
「あ、そうか……昨日私はティセに連れられてここに……」
「あ、シィちゃんおはよう」
声のした方へ顔を向けると、そこには私をここへ連れてきた張本人のティセの顔が目前にあった。どうやら先に起きていたらしいティセは、私を起こさないようにずっと抱っこしたままでいてくれたようだ。
「……もしかしてずっとこの姿勢で?」
「そうだよー。シィちゃんの安らかな寝顔、眼福でした……。あれだけでご飯3杯はいける」
「ちょ、すぐに離してティセ。そしてあっち行って。なんか怖い」
急に身の危険を感じてしまった私は、ティセの腕から逃れようと暴れ出す。
「大丈夫大丈夫。私は淑女だからシィちゃんから誘ってくるまで手出しはしないよ」
「だから、そういう事言うのが怖いの」
……もしかして私は、とんでもない人と関わってしまったのでは?
******
「さて、先に朝のお祈りを済ませてくるね。曲がりなりにも修道女の格好をさせてもらっている以上、一応ね。それが終わってから朝ご飯の準備をするから、それまで待っててね」
私を下ろしたティセが、廃教会内にあるらしい礼拝堂へ行こうとしたので、私はティセの袖を掴んで引き留めた。
「ん? どうしたのシィちゃん」
「私もお祈りする」
「え? シィちゃんもするの?」
私の答えが意外だったのか、目を丸くさせたティセが聞き返した。
「私も修道服を着てるし、ティセがやるなら私もそれに従う」
時々勘違いされるけど、バンシーはアンデッドの類ではなく妖精の一種だ。闇とか死に近い存在ではあるけれど、お祈りをしたからといって浄化したり昇天したりするわけじゃないので平気だったりする。まぁ流石に聖魔法で浄化させられるとなったら話は違うけど。
「そっかぁ。それじゃ礼拝堂はこっちだから行こっか」
差し出されたティセの手を取って、一緒に礼拝堂へと向かう私。歩きながらこの建物の中を明るい時に見直すと改めてそのオンボロぶりにますます気づかされてしまった。
なにせ廊下は木材が腐っているのか至る所で穴があいているし、雨漏りまで起きているらしく昨日の雨によってできたらしい水たまりも確認できる。
そして昨日の夜ティセが話していた誰もいないはずの部屋に聞こえる謎の声や黒い影、その気配も私には感じ取る事ができた。
気配は一つだけしか感じないことから、声と影は同じ主らしく、この廃教会の奥に潜んでいるのというのもわかった。
ティセとこのまま一緒に住むなら後でなんとかした方がよさそう。
……それにしても、ティセは一体どういう神経をしていたらこんな廃屋に住み続けていられるのだろう。
普通の人間なら一日も保たずに逃げ出していると思うんだけど……平然としていられるティセがちょっと怖い。
そんな事を思いながら廊下を歩いていると、どうやら礼拝堂に着いたらしい。
ティセと共に中へ入ると、礼拝堂は建物の内側にあるからか廊下や他の部屋に比べてかなりましな状態だった。
……こっちで寝泊まりした方いいのでは?
「それじゃお祈りしよっか。えっとやり方なんだけど……」
「大丈夫、知ってる」
「え、本当に?」
ティセが私にお祈りの仕方を教えようとしたけれど、私はその言葉より先に、神像の前に跪き、手を顔の前で合わせてお祈りを始めた。
「シィちゃん、本当にお祈りの仕方知っているのね……」
「まぁ……一応」
お祈りの仕方は孤児院にいた時に覚えたものだ。……そういえば孤児院に遺された他のみんなはどうしたんだろう、元気でいるといいけど。
それとティセはさっき、朝ご飯作るって言ってたけど一体何を作るんだろう……。
……とまあこんな風にどうでもいい考え事をしていることからもわかるように、心からお祈りしているわけではなく、私がしているのはお祈りをしているという形だけ。だって私にはよくわからないものだから。
だけど、私の隣で同じようにお祈りをしているティセは、私みたいなバンシーとは違い、元聖女なだけあって、きっと心の奥底から神に祈りを捧げているに違いない。
そんな風に思った私は、何かを祈りながらおそらく神への祈りの言葉をブツブツとつぶやくティセの言葉に耳を傾けてみると……。
「あーもう少し立派な家に住みたい。どこかの物好きが無償でポンとこの教会改築してくれないかなぁ……。あとシィちゃんが早く私のことをおかあさんって呼んでくれないかなぁ……」
……祈りの言葉とはほど遠い、ただの欲望垂れ流しだった。
なんというか私以上に俗物っぽいけど……まぁいいか。
******
お祈りを済ませると、私はティセに抱っこされながら教会内の食堂へと連れて行かれた。
私が抱っこされてしまったのは、おそらく礼拝堂から食堂へ続く廊下がひどく傷んでいて、私の体では飛び越せないほどの大穴があったからだと思う。
決して私を抱っこしたいからじゃないと思う。思いたい。
「それじゃぁシィちゃん。ちゃっちゃと朝ごはん作るから待っててねー」
「ん」
食卓に座らされて、返事をした私が見ているのは、朝ご飯を作るティセの背中。
聖女と聞いていたから料理の腕はもしかしたらダメかもと思っていたけど、手際の良い動きから、料理を作り慣れているというのが背中からだけでも感じられる。
それから10分ほど経った頃だろうか。ちゃっちゃという宣言通り、ティセはあっという間に朝ごはんを作り終えた。
「はい、できたよー! シィちゃんめしあがれ!」
「……いただきます」
前にも言ったけど私は食べ物を摂取する必要が無く、食事をする行為そのものが嗜好の一種だ。だから味なんて二の次だったのだけれど……。
「……おいしい」
生まれ変わる前の記憶も含めて、ティセの料理は私が生きてきた中で今までで一番おいしいと感じるものだった。
「よかったー! シィちゃんの為に作った甲斐があったよー」
私のために……。
その言葉を耳にした瞬間、私の胸の内が熱くなってくるのを感じた。今まで、化け物として討伐されてきたり、処刑されたりして、この世界にすっかり必要の無い存在だと思っていたのにティセは……。
「それで、どうシィちゃん? 嬉し泣きしそう?」
「……」
なんだろう。急に心が冷めた。
「するはずない」
「えー! ぐぬぬ……まだまだか! でも次こそはきっと……!」
私の反応を見て心底くやしそうな顔をするティセ、そして、それをちょっと面白いと思ってしまう悪い私であった。
……それにしても危なかった。ティセにはバレずに済んだけど私はちょっと目が潤みそうになっていた。
ティセが発した、空気の読めない発言が無かったら少しだけ涙を流したかもしれない。
元々バンシーという種族は、泣くことが当たり前になっているからか、涙腺が緩い。いや、緩いにも程がある。そのため、ちょっとした事ですぐ泣きそうになるのだ。
……まだ出会って1日も経っていないのに、ティセに対して既に劣勢になっているように感じるのは気のせいだろうか。