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39.二度目の冬とお間抜けさん

 ティセの正体が前世で私が過ごした孤児院で一番仲の良かったチセちゃんで、さらにチーリの母親の命の恩人でもあった。

 その事実がわかった日から2日、私たちの生活が大きく変化した……なんてことはなく、いつも通りの日常が続いている。


 というわけで、私は今、教会内の換気をしようと窓の下へ脚立を運んで、これから窓を開けようとしているところ。


……うん、私、脚立を使わないと手が届かなくて窓開けられないの。 


ちなみに私より背が高くなったチーリでもこの窓は届かないんだけど、チーリは浮遊魔法が使えるので脚立を使う必要が無い。


 ……ちょっとチーリがうらやましい。


「あ、雪だ」


 そんな事を考えながら窓を開けた私が外を眺めてみると、空からチラチラと雪が空から舞い降りてきているのが視界に入った。さらに部屋に入ってくる風もすっかり冷たく、もう冬が目前まで迫ってきている事を実感させられてしまう。


「去年みたいに大降りしならなければいいけど……ってティセ?」


 去年の大雪を思い出しながら私が床へ降りると、これからお洗濯をするつもりだったらしいティセが、私の後ろでバケツと衣類を持ちながらうんざりとした顔で、今私が開けた窓から外を見ているのに気がついた。


「どうしたの? すごくうんざりした顔してるけど」


「そりゃぁ雪が降っているからよ。こう……雪が降ってるのを見ちゃうと、今まで気づかないふりをする事でなんとか耐えてきたのに、季節が冬だという現実を改めて痛感させられて気分的にも肉体的にも外で洗濯物を洗うのがきつくなってくるのよね。

 ……まぁ仕方ない事だけどね。それじゃお洗濯してくるねシィちゃん。チーリちゃんと一緒に私が洗濯を終えるのを待っててね」


 成程、確かに人間であるティセにとっては寒い中でのお洗濯は辛いのかも……。

 うん、それなら……。


 私は肩を落としながら外に出ようとしているティセを呼び止めて、ある提案をする事にしてみた。


「ちょっと待ってティセ、それだったら私がお洗濯やる。私、寒さは関係ないから水仕事大丈夫だよ」

「え、だめだよシィちゃん。それだとシィちゃんの方が負担になっちゃうじゃない」

「私は寒さにも耐性があるから平気。ここは適材適所」


 バンシーである私は、暑さは勿論のこと、寒さに耐性があるのだ。そもそもバンシーの格好と言えば、年中ぼろぼろのワンピース1枚が基本。

 それなのに寒がりのバンシーなんていたとしたら、ワンピース1枚で冬を越そうとするお間抜け種族が瞬く間に爆誕してしまうわけで。


「でも……」


 そこまで聞いて、まだ私にお願いすることを渋るティセ。娘だと見なしている私に対しての配慮だというのが伝わってきて、それはそれで嬉しいけれど少しは私を頼ってほしい。


 仕方ないなぁと内心思いながら、私はティセへ近づくとそのまま抱きついた。


「へ、なに、シィちゃん?」


 私に急に抱きつかれて焦っているティセならば、『私が上目遣いで、思わずティセが脊髄反射に返事をしてしまいそうな言葉を含みながら言えば、きっとティセはすぐさま承諾するだろう』というちょっと小悪魔的な思考をしながら、私は口を開いた。


「ここは私に任せてほしいな。ね、()()()()()()()()()。チーリと一緒に教会で私がお洗濯するのを待っててちょうだい」


「!? はひ!」


 ほら私の予想通り。『おかあさん』と呼んだだけでティセが脊髄反射で承諾しちゃったもの。

ちょろいなぁティセ……。でも、これは今後もティセが何かごねようとした時に有効かも。


 ……それにしても、ティセの正体が、私が孤児院で過ごしていた時の友達『チセ』だとわかった日から、私の性格までもが徐々に孤児院で過ごしていた頃の自分に引っ張られてきているみたいだと自分でも薄々感じている。


『母親としてなら母娘おやこの関係』として。『友達なら友達の関係』として。


 そんな風に、違う人物であるなら簡単に割り切れるのに、その役割がどちらも同一人物なのだから、私の中でぐちゃぐちゃになってしまっているのだ。


 その上、ティセは異世界人で、私とチーリを連れて元いた世界に帰りたいと思っている。なんというかここまでくると情報量が過多になってしまって何を言っているのか自分でもわからなくなってくる。


 ただ、少なくとも私の中には、ティセに対して恋愛感情のようなものは今のところ無い。それはどうやらティセも同じようで、昔は私に対して恋愛感情に近いモノを持っていたと話してくれたけれど、今では私とチーリの母親になると決意しているからか私と同じような感覚らしい。


 ちなみにチーリはというと、ティセに対して母親として慕う気持ちのほかに、実母の命の恩人でそれが結果的にチーリの命の恩人にもなっていた事によって、敬愛の念も持っているらしかった。

 そしてチーリにとっての私は、大好きな姉という感覚らしい。私もチーリについては本当に大切なかわいい妹という認識なので、似たもの同士といったところだろうか。



 そんな今のこの3人の関係が私には非常に心地良かった。

 願わくはこの生活がいつまでも続くように……。



  ******



 外に出た私が水仕事のために井戸を覗き込むと、薄く氷が張っているのが見える。もうそこまで寒い季節になっていたのか。


「わぁ、もうそんなに寒くなってるんだ。息も白いし。……うん、これはやっぱり私が水仕事をやるのが正解だった」


 私は桶を井戸に投げ込んで水を汲むと、井戸の傍でそのままお洗濯を始めた。

 ティセから聞いた話によれば、ティセの世界では、蛇口と呼ばれるものがあって、それをひねるだけで簡単に水が出てきたそうで、こんな風に洗濯物のためにわざわざ寒い屋外に出る必要も無いそうだ。


 ……確かにそれは便利そう。


 でもここにはそんなものは勿論無いので、夏は兎も角、冬の間は私がお洗濯を頑張ろうと、井戸の横で、次々と洗濯物を洗い続けた。

 そして30分程して私は全ての衣類を洗い終えたので引き上げようと洗った衣類をバケツに詰めて立ち上がろうとしたその瞬間、自分の体にある異変が起きているのにそこで初めて気がついた。


「ん……? なんだか体が動かしづらい?」


 洗い始めた時はなんともなかったはずなのに、洗い終えて教会に引き上げる頃には何故か体が動かしづらくなっていたのだ。


「一体どうして……って、もしかして、私、かじかんでいるの?」


 人間は、寒い環境下に居続けたり、冷たい水作業などをし続けたりすると、凍えて手足が動かしづらくなってしまうと聞いたことがある。

 私はバンシーだし、寒さも平気だからそんな事は起きないだろうと思っていたのだけれどそうでも無かったようだ。


「あー……でも冷静に考えたらそうだよね。私の方が体温低いんだから人間より体動かしづらくなくなるよね」


 人間と比べると遥かに体温が低いバンシーが雪まで降るような寒い中を30分も殆ど動かずに座り続けていたらいとも簡単にそうなってしまうわけで。


 それに気づいた時、私は自分の失敗をようやく自覚した。


「うーん……、これはちょっと失敗したかも。でもまだ体を動かせるだけよしとしよう。次からは気をつけなくちゃ」


 その後、動かしづらい手足でなんとか教会まで辿り着いた私は、ゆっくりとした足取りでティセとチーリのいる部屋へと戻った。


「ただいまティセ、チーリ。お洗濯終わったよ」


 私は部屋に入って、洗い終わった洗濯物をティセに渡そうとすると、心配したのかティセとチーリが私に駆け寄って抱きついてきた……のだけれど、反応がいつもと違う。


「シィちゃんおかえりー……ってシィちゃん冷たっ!!」

「おぉう、シィおねぇちゃんの体が冷え冷えでまるで氷なのですよ」


 そんなに冷たかったのかな。


「シィちゃん、寒さで体が動かしづらくなってない? 早くお風呂に入って体を温めてきた方いいわよ」

「まぁ、ティセが言うなら」


 ティセにも私が体を動かしづらくなっている事がわかってしまったらしい。

 恐らくそれは人間としての感覚だろうけれど、私にもその言葉は的確だったので、素直にお風呂に入ることにした私はそのままお風呂場へと一人向かったのだった。


 そして私は初めて知ってしまった。体がかじかむ以外に、もっとおそろしい事が私の体に起きてしまった事に。


「……かゆい」


 浴槽に入った途端、私は突然のかゆさに襲われてしまったのだ。


「あー……、これが霜焼け……しまった。これは本当に失敗した。すごくかゆい……」


 今世はおろか前世、さらに前々世でも体験したことのなかったこの強烈なかゆさ。

 私は薄着のまま、冬の屋外で長時間洗濯をし続けたことをここでようやく後悔した。



 先程までの『バンシーだから寒さなんて平気』という考えの甘さ。

 私はかゆさが取れるまで我慢しながら、浴槽の中で自分の考えの甘さを反省するのだった。




『寒がりなのにワンピース1枚で冬を越そうとするお間抜け種族』


 そんなのいないって言ったけど、似たようなのはいたね。


 雪がちらつく冬の屋外、寒さに耐性があるからって薄着で外に出て洗濯をした結果、体が凍えて動かしづらくなった上、お風呂に入って霜焼けに苦しんだお間抜けなバンシー。


 それは誰かって?



 うん、私の事。



 ……次からはちゃんと防寒着を着るよ。

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