38.時を越えて繋がって
再びシィ視点に戻ります。
「──それが、私がシィちゃんに出会うまでのお話。ごめんねシーナちゃん。私のせいだったんだ……。私があんな事言わなければシーナちゃんは死なずに済んだのに」
そこでティセの話が途切れた。
ティセは、私が死んだのが自分のせいだと言っていたので、あの頃のティセが、実は私に対して嫉妬していたり、窃盗団と裏で繋がっていたりみたいな、冷静になって考えるとそんなまさかと思うようなことが脳裏を過っていたのだけれど、勿論そんな事は無かった。
ティセは友達の私を自慢したかっただけだったのだ。ただ自慢をした相手が悪かっただけ。
そしてその事でティセが自分を責めてしまうのは違う、私にはそう感じられた。
「ティセ……いや、チセちゃん。違うよ。それチセちゃんは何も悪くないよ」
私はあの頃のように、ティセの事をかつて呼んでいた『チセちゃん』と、今の『母と娘の関係』としてではなく、『友達の立場』としてチセちゃんに話し始めた。
「それは結果的に運が悪かっただけだよ。だって、それは元を辿れば、収穫祭に行くのを断った私がそもそもの原因になるし、実際に悪いのは窃盗団だもの」
「だけど、だけど……」
罪の意識に苛まれているチセちゃんは、まだ自分自身を責めようとし続けている。このままじゃ埒が開かない。
そうなると、私にできることはこれぐらいしかない。
「大丈夫、チセちゃんは何一つ悪い事なんてしていないから安心して。だからお願いチセちゃん。自分を責めるのはもうやめて。私はあなたを恨んだり、怒ったりしていないよ。
それに……言い方は変になっちゃうけど、私があの日、殺されちゃったからこそ、こうして私は再びチセちゃんと巡り会えた。これは私が、記憶が残ったままのバンシーだったからこそできたんだよ。
もう院長は帰ってこないけれど、私はチセちゃんとこうしてまた一緒に過ごせる事だけで充分嬉しいな」
私は、そっとチセちゃんの事を抱きしめていた。もう自分自身を許してあげてほしい、そしてこれからは一緒だよという気持ちをこめながら。
「あ、シーナ……ちゃん……。うん……ありがとう……シーナちゃん」
私の気持ちに応えてくれたのか、同じように私を抱き返してくるチセちゃん。
よかった。これでひとまずチセちゃんの心残りが晴れたみたい。
「……ティセママもシィおねぇちゃんもチーリの事忘れて2人の世界に入ってないですか?」
抱きしめ合う私とチセの横でしゃがんでいたチーリが、普段からのジト目をさらにジト目にさせながら私たちを見つめていた。
「わっ、ご、ごめんねチーリちゃん! つい感情が乗っちゃって……」
「私もつい……。無視したわけじゃないからね。ごめんねチーリ」
私とチセちゃんがチーリに謝ると、やれやれという顔でチーリは立ち上がった。
「チーリは気にしてないので大丈夫ですよ。チーリにとっては2人の昔の関係よりも、ティセママがティセママである事と、シィおねぇちゃんがシィおねぇちゃんである事、それが大事なのです。
だって、2人ともお互いがそういう関係だったとわかったからってチーリを除け者にしたりしないなんてこと、チーリにはわかるですから。
……だけどそれとは別にチーリは後でティセママに言っておきたいことがあるですので、まずは2人の話に蹴りをつけてほしいのです」
そう言うとチーリはその場を離れ、墓地の中を探索しだした。
一体何だろう、チーリの言っておきたいことって……。
それはともかく、チーリの言葉に甘える事にした私は、一つだけ残っていたチセちゃんに聞きたいことをこの機に一緒に済ませてしまうことにした。
「ねえチセちゃん、チセちゃんはいつ、私がシーナだって気がついたの?」
その問いに対して、チセちゃんは、人差し指を顎に当てながら『うーん』と考え込んでから私に教えてくれた。
「それまでももしかしたらって思った事はあったのよ。死んで生まれ変わったって話してくれた事とか解体されたデリシャスベアーの首を見て失神したりとか。
でも、確信が持てたのはこないだの収穫祭の夜かな。シーナちゃんが礼拝堂で懺悔している言葉を聞いて、それでシーナちゃんなんだなって」
そうか、私が懺悔をしていたのを見られていたのか。確かにあの時、『院長』という言葉を口にしていたし、孤児院で過ごした事のあるバンシーなんて、この世界をくまなく探してもおそらく私ぐらいのものだからそれで確信したに違いない。
「そっか……」
私がチセちゃんの言葉を反芻していると、墓地の探索を終えたらしいチーリが戻ってきた。
「む、シィおねぇちゃん、お話終わったですか?」
「あ、うん。ありがとうチーリ。それじゃ次はチーリの番だね」
そう言いながら私がチセちゃんから離れると、今度はチーリが、チセちゃんの目の前に座った。それにしても一体何を話すんだろう……。
「ティセママ、ありがとうなのです。ティセママは命の恩人なのです」
「え? 突然どうしたの?」
いきなりのチーリの感謝の言葉。私は勿論のこと、チセちゃんもその理由がわからずに驚いてしまったようだ。
「さっきティセママは、命乞いしたリッチをかばって見逃したと言ってたです。それを聞いてチーリはわかったのです。ティセママは、チーリのママの命の恩人だったのです」
先程チセちゃんが話していた聖女での失敗談にあった見逃したリッチ。どうやらそれにチーリは心当たりがあるらしく、チーリは続きを話し始めた。
「チーリがまだ、パパとママと暮らしてた時にママから聞いたことあるですよ。パパに出会う前に隠れ住んでいた町で、リッチだとばれてしまった事があったそうなのです。
それで逃げようとした時に、運悪く聖女に見つかってあわや昇天の危機だったそうですが、その聖女はママを討伐するどころか、身を挺してかばってくれたそうなのですよ。
そのおかげで、ママは命からがら逃げることができたそうなのです。その後、ママはパパと出会って恋をして、結ばれて、チーリは生まれたのですよ。
さっきのティセママの話を聞いてチーリは確信したです。
……ティセママが見逃したリッチは、チーリのママだったのです」
そこまで言うと、チーリはチセちゃんに抱きつき、チセちゃんに向けて微笑んだ。
「……ありがとうなのですティセママ。
ティセママがチーリのママを逃がしてくれたおかげで、チーリはこうして生を受けて、今、ティセママと暮らせているです。
ティセママはチーリのママと、チーリの命の恩人なのです」
「あ……あ……」
そのチーリの言葉を聞いたチセちゃんは、目に涙を浮かべたかと思うと、あっという間に再び泣き崩れてしまった。
チセちゃんが歩んできた事によってできた数々の後悔と失敗が、結果的にこうして私たちの関係になっていたのだ。
この関係は、もう私たちにとってはかけがえのないものとなっていて、自分がしたことは決して間違っていなかったんだと、チセちゃんがそう思っているのが横で見ていた私にもわかってしまうぐらいにわかりやすい、チセちゃんの嬉し涙だった。
……あれ、おかしいな。私を嬉し泣きさせるはずのチセちゃんが、先に自分で嬉し泣きしてしまっている。
うーん……。それじゃ私は一体いつ嬉し泣きさせられればいいんだろう……。
******
その後、チセちゃんが泣き止むのを見計らってから、私たちは帰路につくことにした。
そしてチセちゃんとチーリと歩く私の頭には、前世で身につけていた青い花の髪飾り。
チセちゃんが『シーナちゃんこうして生まれ直してくれたんだからもうお墓の下に埋めたままにしなくていいよね』と言ってお墓を掘り返して、私の頭につけ直してくれたのだった。
……うーん、お墓は前世の私だからただ私物を取り出しただけという事になるのだけれど、何故だろう。なんとも変な気分。
そしてチセちゃんから教えてもらったけれど、この青い花の髪飾りを小さくしたような花がチセちゃんの元いた世界にあったらしくて、『私を忘れないで』という意味がある『ワスレナグサ』と呼ぶ花だそう。
……ごめんねチセちゃん。私はチセちゃんの事すっかり忘れてしまっていたよ。チセちゃんは私の事、忘れないでいてくれたのにね。
そんな風に少しチセちゃんに対して申し訳ない気持ちになる私だったけれど、ここで私はチセちゃんと決めておかないことがあるのに気がついたので、申し訳ない気持ちはひとまず横に置いておく事にして、それをチセちゃんに尋ねた。
それは私とチセちゃんとの今後の関係について。
「それで気になったんだけど、私はチセちゃんの事をこれからどう呼んだらいいの?」
正直私は悩んでいた。今世ではすっかりティセと呼んでいたし、もう母親という認識になっていたのに、ティセは私が孤児院で過ごしていた時に大好きだった友達のチセちゃんだと判明してしまった。
であるならば、私は前みたいにチセちゃんと呼んだ方がいいのかな、と。
「あー……ティセでいいかな。もう一緒に過ごして1年半も経って今更友達として、というのもどうだろうという気持ちもあるし、私はもうシィちゃんの母親になるって心に決めているから。
……そんなわけでシィちゃん! これからも私はシィちゃんに母親として認めてもらえるように頑張るからね! あと、嬉し涙は絶対に流させてみせるから!」
「あー……うん、がんばって、ティセ」
ひとまず私もティセと呼ぶことにしたけれど、私たちの関係が、すっかりぐちゃぐちゃにねじれてしまっている感覚に陥ってしまい、ちょっとどうしたらいいかわからなくなりかけている。
うーん……どうしよう。ティセの事をもうこれからはずっと『お母さん』って呼ぶ事にしようかなって思いかけていた頃だったのに……。
……嬉し涙を流す気には、まだなれないけどね。
活動報告にあるシィのキャラデザで頭につけている青い花飾り、
あれがかつてシィがシーナだった時にチセからもらった花飾りでした。