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37.トラウマ、そして邂逅 〜ティセ視点〜

引き続きティセ視点です。

残酷な表現に該当するシーンがあります。ご注意ください。

 今から23年ほど前の、ルアンイジコで開かれていた収穫祭。それが終わって、私たちはその余韻にふけりながら帰路につこうとしていると、孤児院へ収穫した野菜を時折持ってきてくれるご近所さんが慌てたような顔をしながら立っている。

 どうしたのかなと私たちが思っていると、ご近所さんは私たちに気がつくやいなや、顔を真っ青にしながら駆け寄って教えてくれた。


「大変だよチセちゃん! 院長が死んでしまった! 犯人はシーナらしいけど一体何があったんだい……?」

「え!?」


 それを聞いた私は、一目散に孤児院まで駆け出すと……そこには信じられない光景が広がっていた。


 衣服を破られ、その隙間から白い肌が所々見えるシーナちゃん。そして、見覚えのないナイフが頭に刺さって死んでいる院長さんに、何故か悶えて苦しみながら死んだような顔をした……さきほど会ったおじさんたち。


 私はこの光景が嘘か幻覚か夢だとしか思えない程に全く理解が追いつかなかった。


だって、シーナちゃんの細腕では、高齢の院長さんはともかく、この屈強そうなおじさんたちを殺せるわけがないもの。……()()()()を除いて。


 それは兎も角今はシーナちゃんの方が大事だ。私はシーナちゃんに駆け寄った。


「シーナちゃん!? なんでこんな事に……」


 私の声にはっとなったのかシーナちゃんが顔を上げた。


「あ……チセちゃん。この人たちが、孤児院には上物がいるって言いながら私を誘拐しようとして……院長さんが止めようとしたんだけど、この人たちにナイフで頭を刺されて死んじゃって、それで……私……」


 そんな……。


 なんてことだ。これじゃまるで私がシーナちゃんを誘拐させるように仕向けたみたいじゃないか。

 私が動揺を隠せずにいるその時だった。私の後ろにいた男の人が何かに気づいたように声をあげた。


「おい……お前のその真っ赤な瞳……もしかしてお前、バンシーなのか?」


 私の方を向いて話すために顔を上げてしまったことで町の人たちも気がついてしまった。


 シーナちゃんの、人間ではあり得ない、燃えるような真っ赤な瞳に。



 ……それからはあっという間だった。シーナちゃんは弁解の余地を与えられる間もなく拘束され、広場へと連れて行かれた。


 シーナちゃんを見つめる周囲の目に宿るのは、死を運ぶ妖精、バンシーに対する恐怖と憎悪。

 そしてシーナちゃんは全く抵抗をする様子も無い。もうこの後起きる運命を受け入れたかのように。


 このままじゃシーナちゃんが……! 絶対シーナちゃんは悪くないのに!!


 必死になって私はこの後起きるだろう悪夢を止めようとしたのだけれど……暴れようとする私は周りに抑えつけられて一歩も動くことはできなかった。


「やめて────!!!!!!!」


 私の必死の叫びも空しく……目の前でシーナちゃんは、首を落とされた。


 最期に、私の方を見ながら、

『ごめんね、今までありがとう……』と、

 悲しい笑顔と、声にならない声で私にそう伝えながら……。



 首を落とされたシーナちゃんは、赤い血のようなものが噴出したかと思うと、瞬く間に光の泡となって……私の目の前から消滅した。

 ようやく解放されて身動きが取れるようになった私は、一目散にシーナちゃんがいた場所まで駆け寄ったけれど、そこには私がかつてプレゼントした髪飾りのほかには何一つ遺っていなかった。


「シ、シーナちゃん……シーナちゃん!!! いや、いやああああ!!!!」


 私は今まで生きてきた中で最も大きな声で泣き叫んだ後、そのまま気を失ってしまった。


 これがただの悪夢で、目が覚めたら院長さんもシーナちゃんも死んでいなくて、今までと同じ日々がまた始まるに違いない。そうである事を願いながら。


 ……だけどそんな事は勿論なく、2日間も気を失っていた私が目を覚ましても、孤児院に2人の姿は、当然無かったのだった。


 その日を境に、私は自分の視界から色を失ったような感覚になっていた。


 この右も左も知らない世界に迷い込んだ私にできた、大好きな友達と、一緒に暮らしたり、一緒に旅をしたりする夢。それを願っていたのに、その友達はもういないから……。


 その後、私は副院長のサポートとして、孤児院のみんなを世話する為に孤児院に残り続け、最後の一人が養子となって孤児院を巣立ったのを見送ると、私は町を捨てて一人旅立った。


 ちなみにその頃には、ルアンイジコは窃盗団が安易に忍び込める程に警備がガタガタの町と不安視されていて、町の人は一人、また一人と去っていき、私が町を捨ててしばらくして廃町となったと風の噂で聞いた。


 そして、一人で旅をしていく中で、私の中に突然聖女としての力が芽生えた事によって、聖女として働くようになったのが私が15歳になった時の事。


 その日から私は『チセ・オガタ』ではなく、『ティセ・オーガッタ』として生きてきた。


 この国の人たちは基本的に私の名前をうまく発音できないらしく、当時の身分証にも『ティセ・オーガッタ』と書かれてしまったが為に。


 ちなみに、ルアンイジコの人たちがちゃんと私の名前を言えたのは、国の中心部から大分離れている関係で言葉が訛っていたから。


 その訛りがあったおかげで私は名前を間違われずに呼んでもらえていた事を私は後で知ったのだけれど、私は名前を間違われた時点で、もう自分の正しい名前を名乗る気にはもうなれず、以降私は『ティセ・オーガッタ』で通してきた。


 そんなこんなで、晴れて聖女となった私だったけれど、孤児という出自により、低い身分とされた私の扱いは散々で、まともに給金ももらえずにいつもひもじい生活を送っていた。

 こんなに雑な扱いだったのも後々、チーリちゃんから聞いた話で合点がいった。私は使い捨てだったんだなって。


 さらに私には、聖女としてある重大な欠陥がある事もすぐに判明してしまった。


 それは人間型の、とりわけ少女の姿をした怪物を倒す事がどうしてもできなかった事。


 その大きな要因は、言ってしまえばシーナちゃんだった。


 シーナちゃんはバンシーだったけれど、何も悪いことなんてしてない、私と同じように優しい心を持った大切な私の友達で、それなのに、理解されずに私の目の前で殺されてしまった。その事が私の心の中で大きな傷となっていたから。


 それからというもの、私はシーナちゃんと同じようなバンシーは全く討伐できずに逃がしてしまうのは勿論のこと、バンシーだけではなく、町に隠れ住んでいた、見た目は人間と殆ど変わらないリッチの少女が命乞いをしてきた時も、それをかばうように逃がしてしまうなどして、結果的に私は、女の姿をした化け物には甘々の役立たず聖女という烙印を押されたのだった。


 しかも人間というのは、悪い所だけはよく目立つ。少女型の怪物はそもそも滅多にいないし、基本的に動物や植物型の怪物が多く、それらならばほぼ討伐してきたのに、私はすっかりお荷物扱い。


 さらに新たな聖女が出現したらしくて、その為私の事が完全にお払い箱になったからと冤罪をでっち上げて追放しようとしていた事もわかると、私はもう我慢の虫が治まらなくなって、今までの正当な対価を持ち出して城から逃げだしたのだ。


 その後は、私は正体を隠しながら各地を転々としていたのだけれど、段々とこの世界で生きていくことに疲れてしまって、たまたま見つけた森の中の廃教会に逃げ込んでそこに一人、隠れて住むようになった。


 買い出しに行く時は明るく振る舞いながらも、何の為に自分がこの世界に迷い込んでしまったのか、それを考える力も、この世界でがんばって生きていこうという気力すら湧かないほどに。


 そんな風に心をくしたように生き続けて、3年近く経ったある雨の日に……私は森の中で一人のバンシーと出会った。


 その子はどこか見覚えのある顔つきだったけれど、この世の全てに絶望したような顔をして、目を離すとすぐに消えてしまいそうな姿。

 記憶の中にあるシーナちゃんとは表情も雰囲気も全く違っていたから、私はその時まだ、そのバンシーがシーナちゃんだとは結びついていなかった。


 だけど私は心の中である想いが湧き始めていた。


 もうシーナちゃんは帰ってこないけれど、他のバンシーの少女に手を差し伸べて助け、今度こそ守りぬけば、私はシーナちゃんにいつか許してもらえるのかなって。


 自分でもわかる、それは、今私の目の前にいるバンシーへ勝手に押しつけている自分勝手な罪滅ぼしだという事は。だけど、私はそれをやらないとまた後悔してしまうだろう。


 そう思った私は、手を差し伸べようと、雨の降る中で眠っているそのバンシーを膝枕していた。



 その時はまさかそのバンシー……シィちゃんが、23年の時を経て生まれ変わったシーナちゃんだったなんて思ってもみなかったな。

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