36.トモダチ 〜ティセ視点〜
前回の続きから始まるシーンですが話の都合上、シィ視点ではなくティセ視点となっています。
「思い出してくれたかな、シィ……、いや、シーナちゃん。私、チセだよ」
その言葉を聞いて、驚いたような、混乱したような顔をするシィちゃん。無理もない。
だって、私もシィちゃんがシーナちゃんではと思う事が時々はあったけれど確信できたのはこないだ、シーナちゃんが真夜中に一人、礼拝堂でこっそり懺悔をしながらつぶやいた『院長』という言葉だったもの。
死んだはずの大好きだった友達がこうして目の前にいる。私は嬉しい気持ちでいっぱいになるのだったけれど、その前に私はどうしてもシーナちゃんに言わなくちゃいけないことがあった。
それは、私が犯したシーナちゃんに対しての罪。
私はそれをシーナちゃんに告白しようとした瞬間、体に力が入らなくなったようにその場に崩れ落ちて、そのままシーナちゃんに泣きながら詫びた。
「シーナちゃん、ごめん……ごめんね」
突然私が泣きながら謝りだしたから驚いたのだろう、シーナちゃんが慌てたような顔をした。一緒に来ていたチーリちゃんも心配そうな顔で私とシーナちゃんを見ている。
「なんで謝るの……?」
私の傍まで来たシーナちゃんが私と目線を合わせるように語りかけてくる。その瞳に映るのは困惑の感情。無理もない。私がかつての友達だと告げた瞬間、いきなり泣き出したんだから。
謝った理由を言うのは怖い。それを言ってしまうと、私は嫌われちゃうんじゃないかって心のどこかで思ってしまっているから。
だけど私は、言わなくちゃいけない。言わないままだと……私の罪は永遠に消えないから。
「シーナちゃんと院長さんが死んでしまったのは私のせい、私のせいなの……」
「それってどういう……」
私のせいだと言っても意味がわからないだろう。だから私は言葉を続けた。
「私の昔話……聞いてくれるかな?」
シーナちゃんが一瞬考えたような顔をして頷いたのを見た私は、今から23年ぐらい前、孤児院の収穫祭の日の出来事からシィちゃんに再び巡り会うまでの話を語り始めた。
******
それはルアンイジコで開かれた収穫祭二日目の夜。
収穫祭は、普段あまり町の人たちに良い印象を持たれていない孤児院の子供たちも参加してもいいことになっている数少ない行事で、私は参加できる事が嬉しくて仕方がなかった。
だけど私には一つだけ残念なことがあった。
それは、収穫祭二日目にも、私の一番の友達だったシーナちゃんが行けないことだった。一日目がダメでも二日目はシーナちゃんと……なんて思ったのに。
「シーナちゃんは今日も収穫祭一緒に行けないの? 残念……」
「うん、ごめんねチセ。私は体が弱いから、多分途中で倒れちゃうの」
そう言いながら、少し寂しそうに俯くシーナちゃん。シーナちゃんは私と同じくらいの見た目なんだけどすごい美人で、儚げな表情がとても大人びていて、私の憧れだった。
私に自覚は無かったけれど、もしかしたら私はシーナちゃんの事を友達としてだけじゃなく、恋愛の対象として見ていたのかもしれない。
それほどまでに、彼女のことが大好きだったのだ。
「……そっかぁ。それじゃ仕方ないね。でも待っててね! 私、シィちゃんにお土産買ってくるから!」
ちなみに私はその時既にシーナちゃんが人間では無い事を院長さんから教えられていて、種族がバンシーである事もわかっていた。
院長さんが私に教えてくれたのは、バンシーは基本的に人間から嫌われる種族なのに、バンシーであるシーナちゃんと私は仲が良く、さらに私が恋愛の対象としてシーナちゃんを見ていたらしい事を心配してのことだったのかもしれない。
──チセには先に話しておくが、シーナはね……バンシーなんだよ。それでもチセはシーナの事を友達だと言えるかい?
──言えるよ! シーナちゃんはシーナちゃんだもん。逆に聞くけど院長先生はどうなの? シーナちゃんが人間じゃないってだけで嫌いになる?
──そんな事はないよ。私も、シーナが人間じゃ無いとわかってからも、私はあの子の事をこの孤児院で生活している大切な子供の一人だと思っているよ。
──ほら同じじゃん! もし私のことを心配しているんなら大丈夫! 私、独り立ちする年になったらシーナちゃんと一緒に旅をしたり一緒に住んだりするのが夢なの。シーナちゃんの事、守ってみせるから!
ちなみに私は、院長さんにそう告げられる前から、11歳ながら自分の将来について考え始めるようになっていた。
私は元々この世界の人間ではない。気づいたらどこかの建物の地下に迷い込んでいて、そのまま外に出てさまよっているうちに保護され、あれよあれよとこの町の孤児院へとやってきたのだ。
言葉は通じるのに見たことの無い文字、私の世界には存在しない魔法と呼ばれるもの、それらだけで私はここが自分の住んでいた世界とは異なる別の世界だとわかってしまった。
どうやったら元の世界に帰れるかもわからない。だけどそれは言い換えれば、私を縛るものが何も無いという事だった。だから私は院長さんにシーナちゃんの素性を聞かされた瞬間に、ある夢を持った。
それは私が独り立ちできるようになったら、シーナちゃんと一緒に暮らすというものだった。
どこかの森の中に家を建てたりして、シーナちゃんがバンシーである事を気にせずに、のびのびと私と一緒に過ごしてもらいたかった。もしお金が足りなくて家が建てられなかった場合は、シーナちゃんを連れて、旅をしながら路銀を稼いだりなんてのもいいかも!
その日が来るのを私はずっと楽しみにしていた。
……そんな日は永遠に来ないだなんてあの頃の私は微塵も思わずに。
話は再び収穫祭の日に戻る。
私は、副院長さんと一緒に、シーナちゃん以外の孤児院のみんなを連れて町に出た。私は孤児院では一番のお姉さんだから、しっかりしなくちゃね。それに副院長さんも一緒だったから不安も無かった。
そして今日の収穫祭では、私だけじゃなく、孤児院のみんなも普段ならば持っていないおこづかいを持っていたのだ。
なんとなく参加した収穫祭初日に行われたこの町の美少女コンテスト、それで私は見事優勝を果たして賞金を手に入れたのだ。その賞金を私はみんなで山分けしておこづかいとして今日使おうと昨日のうちにみんなで話し合って決めていたのだ。
……だけど私は、この町で本当の一番の美少女を知っている。それはシーナちゃん。きっとシーナちゃんが参加していたら、シーナちゃんが一番だったのにな、残念。
正直なところ、私は自分が褒められるよりもシーナちゃんが褒められるのが好きだったのだ。
そんな今日は不在のシーナちゃんの事を考えながら露店を一軒一軒眺めていると……私はそこでとても綺麗なネックレスを2つ見つけた。
それは緑色をしていて、シーナちゃんに似合いそうだと直感した。
「すみません、このネックレス二つください!」
私は熟考する事も無くそのネックレスを購入していた。
私とシーナちゃんでお揃いにするんだ。ふふっ、シーナちゃんがどんな顔するか楽しみ!
…あれ?
その時、見たことの無い男の人たちが何やらこちらを見ているのに私は気がついた。どうしたんだろうと思って、私は自分からその人たちに話しかけてみた。
「こんにちはー! 今日は収穫祭に見に来たんですか?」
「お、おう、そうだよ。それにしてもお嬢ちゃんはかわいいね。流石この町の美少女コンテストで優勝した娘さんだけあるね」
どうやらこの男の人たちは私が美少女コンテストで優勝したのを見ていたようだった。
私をじっと見ていた所へ私の方から話しかけてきたから動揺したのかな? 一瞬、やべ!という顔をしちゃっていたし。
それにしても、面と向かってかわいいと言われちゃうとやっぱり嬉しくなっちゃうけれどこの町には私以上に美人な女の子がいるのを知っている私はついそれを宣伝してしまった。
「えへへ、ありがとうおじさん。でも私よりも友達のシーナちゃんの方が美人なんだよ! 体調が悪くて今日は孤児院で休んでるけど、シーナちゃんが町で一番の美少女なんだ!」
「おぉ、そうかそうか。孤児院にそんな美人さんがいるのか。さて、おじさんはこの収穫祭をもっと楽しまないと。それじゃあねお嬢ちゃん」
「うん、バイバーイ!」
そう言いながらおじさんは私に笑いながら手を振って去っていた。
……まさかそのおじさんたちが窃盗団、それも人さらいまでする一味で、最初は私を連れ去ろうと吟味していた所だったなんて思ってもみなかった。
『美少女コンテストで優勝した私よりも美少女が孤児院にいる』
私が滑らせた言葉によって、魔の手が私からシーナちゃんに移っただなんて……。
次回、重い話です。