35.少し遠出をしませんか
収穫祭のひと騒動から二週間が経過した。
あの危機を救った私は、心のどこかでその場では一旦歓迎されたものの、やっぱりバンシーは危険だからと排斥、または処刑しようとする動きが起きるのではないかと不安でいっぱいだった。
だけどそんな事が起きる様子はなく、私は心の優しいバンシーとして、ティセとチーリと共にリタキリアの村を救った英雄として称えられていた。そしてその噂はルベレミナの村にも伝播して、そちらからも感嘆の声があがり、私たちは正体を隠す必要が無くなる程に、村人たちに受け入れられたのだった。
それはきっとティセの喧伝があったからだと思う。
だけどティセはいいのかな……あれが一番得策だったとはいえ、城から隠れるつもりだったのに元聖女だと自分から明かしちゃったけど……。
そんなわけで、私たちはまたいつものような日常を取り戻し、もうすぐ傍まで来ている冬に向けて準備を始めていた。
そんな時だった。ティセが出かけようと私たちに話を振ってきたのだ。
「ねぇ、シィちゃん、チーリちゃん。今日、この後みんなでお出かけしたいんだけどいいかな?」
「どこへ? もう冬の買いだめはしたよね?」
「ちーりは もう いらないのです ふゆふく」
いつまで経っても冬服嫌いなんだねチーリ……そろそろ慣れた方いいと思うよ。
「えっとね、今日は買い出しじゃないのよ。西の方に用事があるの」
「……西?」
ティセと暮らすようになって1年半近く経つけれど、今まで私たちが出かけていたのは北のリタキリアと海、そして南のルベレミナだけで西に行くのは初めてだったのだ。
ちなみに東は山脈が列なっており、そこには危険な生物が多数潜んでいると噂が絶えない為、立ち入り禁止となっている。
「西の方って何があるの? 私、行くの初めてだけど……」
私の疑問は想定の範囲だったのだろう。私のその問いかけを聞くとすぐにティセが行く理由を教えてくれた。
「えっと、ルアンイジコっていう、廃町が西の方にあるの。廃町だけあってもうそこには誰も住んでいないんだけれど、そこに用事があって……」
「別に構わな……待って、ルアンイジコ?」
ティセの言葉に私は耳を疑ってしまった。
「そう、ルアンイジコだけど……どうかしたの? シィちゃん」
「あ……いや、なんでもない」
私はなんでもないとはぐらかしたけれど、心の中では激しく動揺していた。
その理由は、その町の名前に私は聞き覚えがあったから。
そしてそのルアンイジコという町は……生まれ直す前に、私が孤児院で暮らしていた町の名前だったから。
あの町がこんな近くにあった事を今まで知らなかった事にも自分で驚きだったけれど、それ以上に私には一つ気がかりな点があった。
「廃町になっているって一体どういう事なんだろう……」
******
「ほら、あそこがルアンイジコだよ」
森を抜け、ティセを先頭にして私とチーリが後ろからついていくように西に向けて暫く歩いていると、やがて遠巻きに建物が見えてきた。
それはティセが言ったとおり、私が暮らしていたルアンイジコで間違いなく、遠くからでも私が過ごした孤児院をはじめ、見覚えのある建物がいくつもあった。
「すげーです。廃墟群なのですよ」
「ホントだね。……そして本当に廃町なんだね。人の気配が全くしないや」
ティセから廃町になったと聞かされていたとおり、ルアンイジコはかつての賑わいは見る影もなく、建物があちこち朽ちている。そこにはかつて人の営みがあった事を窺わせる面影が残るのみだった。
そしてその朽ちた様子から廃町になってから少なくとも15年以上は経過しているように思える。
「それでティセ、ここに一体何の用事があるの?」
廃町なのだから人がいるわけがない。それを考えるとティセの用事は買い物ではないし、誰かに会うわけでもない。
では一体何の為に……?
私にはその用事がなんなのかわからず、ティセに尋ねると、ティセは、町のさらに西の方を指さした。
「用事があるのは町自体じゃなくてあっちの方だよ。こっちに墓地があるの」
「墓地……?」
******
ティセの後ろにつきながら、小高い丘の上を歩いて行くと、やがて墓地と思しき石や十字架が無数に集まった所に出てきた。こちらは町と違ってまだ人が訪れているのか、それなりに整備がされているようだ。
その墓地の中をティセがまるで導かれるかのように歩いて行くと、やがて、あるお墓の前で足を止めた。
それは普通の大きさの墓の横に、まるで子供が頑張って作ったようなこぢんまりとした小さなお墓がくっついている不思議なお墓だった。
「ここ?」
「そうだよ。ここのお墓に用があったの」
「目的はお墓参りだったのですかティセママ」
ティセの知り合いが眠っているのだろうかと、私とチーリが、なんとなく顔を見合わせていると、目の前にいたティセが私の方を振り向いて話し始めた。
まるで、何かを知っているかのような顔をしながら。
「……ここにはね、私がお世話になった人が眠っているの。私はこの町の孤児院で育ってね、ここに眠っているのはその時の院長さんのお墓。
そしてこっちの小さいお墓は……その時、私の友達だった子のお墓。まぁ友達のお墓には遺骨なんて入ってなくて、形見しか入っていないんだけどね」
……なんでだろう。私は今ものすごく動揺している。
思い出せなかった記憶の欠片たちがティセの言葉によってひとりでに疼き始めたようなそんな感覚が頭の中を駆け巡り、やがてそれは、私とティセを繋ぐ、ある可能性へと形を変えていく。
『私はもしかして……ティセの事を昔から知っていたのでは』と。
そう思ってしまった瞬間、心臓が早鐘を打ち出したと同時に変な汗を流し出す私に気づいたか気づかないのかは私にはわからないまま、言葉を続けるティセ。
「私の友達はね、人間じゃなかったんだ。でもその子は本当に優しくて、笑顔も可愛くて、私は大好きだった。だけどその友達は暴走した町の人たちの勘違いで殺されちゃったの。院長を殺したのはお前なんじゃないかって」
その話の流れに私は心当たりがあった。だってそれは……私の前世での最期の日の記憶だったから。
「その時に、その友達が私に託した最期の言葉がね、『ごめんね、今までありがとう……』だったの。
そしてその子は、首を落とされて血が噴き出た直後、光の泡になって消えちゃった。形見の品だけをその場に遺して。
……ねぇシィちゃん。シィちゃんはそこに遺されていた形見がなんなのか、もしかしてわかったりするのかな?」
私にそう尋ねるティセだったけど、その顔には『もうわかっているよね?』とハッキリと書いてある。
最期の言葉については、私の記憶が欠落してしまっているのか覚えていなかったけれど、形見となりえる、私が死ぬ直前まで身につけていて、生まれ直した時に失くなっていたものには覚えがあった。それは……。
「髪飾り……。青い花の」
その私の答えを聞いて確信したのだろう。私を見るティセの瞳が潤んでいくように私は見えた。
「そう、髪飾りがこのお墓に中に入っているんだ。そしてね、私はその子が死ぬ前に約束していたんだ。
『お土産買ってくるからね』って。
……はい、これお土産のネックレスだよ。似合うと思って買ったんだよ。……シーナちゃんに」
その言葉と共に私に手渡される色あせたネックレス。その時だった。
私の頭の中にかかっていた霧が晴れたかのように孤児院での記憶が今ハッキリと思い出されたのだ。
そして、ティセと名乗った彼女の綺麗な黒髪、私はそれをかつて孤児院で過ごしていた時に毎日、間近で見ていた。
どうして今まで思い出せなかったのだろう。
ティセは、ティセの正体は……。
「思い出してくれたかな、シィ……、いや、シーナちゃん。私、チセだよ」
孤児院でとても仲良しだった黒髪少女のチセ・オガタだった。