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33.脅威と対抗

 リタキリアの村で開かれている収穫祭を満喫している私たち3人。前世での辛い過去の記憶を抑えながら、私も祭りで浮かれる村の雰囲気を楽しんでいたのだけれど、その影でこの村にある脅威が迫ってきている事を私たちは勿論、村人も誰一人その事にまだ気がついていなかった。


 季節は秋。実りの秋でもあると同時に、動物たちが冬ごもりを始める季節でもある。

 そして冬ごもりを始めるのはこの国では討伐対象となっている動物型の怪物も同様だ。


 動物型の怪物の性質たちが悪いのは、食料を奪う為に人里めがけて降りてきて、食糧庫や家畜、さらには人間まで襲う点だ。


 そして今日、このリタキリアの村が一望できる小高い丘に位置する森の影から、一匹の怪物が、まるで嘲嗤あざわらうかのように口を開き、よだれを垂らしながら村の灯りを見つめていた。


『食料が食い放題だ、たかが人間風情が俺を止めようと束になってかかってこようが、俺の前ではただの棒きれも同然』とでも思っているように、その血走ったまなこをぎらつかせながら……。



 その異変に最初に気がついたのは私たちが最初に挨拶をしたこの村の門番だった。彼は仲間数人と交代制で門番をやっているのだけれど、基本的にくじ運が悪く、誰もやりたがらない収穫祭当日の門番をくじで決めた結果、一人負けしてしまったのだ。


「あーあ、せっかくの収穫祭だっていうのに今日は一日門番か。ついてねえや」


 収穫祭目的の来訪者は殆ど村の中に入っていったため、現在、彼の周りには、くじで勝って今日は非番となった彼の同僚が一人、冷やかしに来ていただけだった。


「こんな時に門番なんかしたって別に怪しい奴がくるわけがないんだよなぁ。あーついてない」

「まぁそう言うなって。仕方ないだろ。二、三十年前に適当な警備をしたせいで、窃盗団に狙われた事がきっかけになって捨てられた町が……」

「わかってるって。ああはなりたくないもんな。はぁ……だから俺はこうしてちゃんと……って、おい。ちょ、ちょっと待てよ……あれは……!!」


 同僚に冷やさかれる門番がため息をつきながら、ふと視線を森の方へと向けた時だった。彼の目は捉えたのだ。普通の動物とは明らかに異なる、邪悪な気配を漂わせた体軀たいくの大きい赤い獣が一直線に村へと駆け出してくるのを。


「まずい! イテマエジャッカルだ!!」


 イテマエジャッカル。それは怪物化した動物の中でも非常に獰猛どうもうで危険な存在だった。自分よりも遙かに弱い小動物などには全く目も向けずに、人里の食料だけを執拗しつように狙ってくるという厄介な特徴を持っている。

 さらに、本能的に生かさず殺さずの範囲で人間を棒きれのようにボロボロに痛めつけるのが好みらしく、サディズムジャッカルの異名まで持っているのだ。


 そんな危険な怪物が村へと迫ってきているのを見つけるやいなや、門番は村に危機を知らせる鐘を鳴らしながら叫び、同僚もその姿を視認すると、慌てて予備の防具を身につけ始める。村を守るために。


「緊急事態!! 緊急事態!! 怪物が攻めてきたぞ!」


 門番が鳴らした鐘の音に応えるように村のあちこちから応答を示す鐘の音が返ってきたが、応援にすぐに駆けつける事は当然できるはずもなく、現在その怪物と戦う事ができるのは門番とその同僚の二人だけ。彼らは必死の思いでなんとか時間を稼ごうとしたのだが……。


「ぐああああっ!!」

「うひゃあっ!」


 体軀の大きさの線でも戦力の線でも不利と無謀以外の言葉は無く、それは気合いなどではどうにもならない。怪物の体当たりによって二人は弾き飛ばされてしまい、そのまま怪物の侵入を許してしまうのだった。



 ******



「うわぁあああ!!! 助けてくれぇえええ!!!」

「きゃあっ!!」


 先程まで村中に満ちあふれていた陽気な雰囲気がまるで蜃気楼だったかのように消え失せ、村はあっという間に恐怖の色一色に染まってしまった。

 慌てふためきながら逃げ惑う者、怪我をした者、恐怖で顔が歪む者、泣きわめく者。様々な悪夢が一度に村へ押し寄せてきたかのような惨憺さんたんたる状況だった。


 怪物がどこにいるのかわからないけれど、私たちもここを急いで離れた方がいい。そう思った私はティセに避難するよううながす。


「大変、ティセ、私たちも逃げなくちゃ……ティセ?」


 しかしティセは私の言葉が耳に入っていないのかその場を動こうとはしない。真剣な眼差しでこの事態を把握しようと目をみはっていた。


「ティセママ、どうしたのです?」


 私と同じように、全く動かないティセを心配したのかチーリもティセの頭をぽんぽんと叩きながら様子をうかがっている。それでようやく私たちに意識が向いたらしいティセは、私とチーリを下ろすと、私たちに背を向けながら謝りだした。


「ごめんシィちゃん。シィちゃんとチーリちゃんの事を考えたら避難をした方がいいってのはわかっている。

 だけどね、これでも私は元とはいえ聖女。こんなひどい光景を黙って見過ごすわけにはいかないの」


 そう私たちに言い終えたティセが何やら詠唱を始めると、ティセの体が蒼白く光り始めた。


「すごいのです、ティセママの体が発光してるのです」

「これが……聖魔法……?」


 私たちは、初めて見たティセの聖魔法に驚いていると、ティセは両手を天に掲げた。すると怪我によって倒れていたり、動けなくなっていた周りの村人の傷が次々と治り始めたのだ。おそらくこれが聖魔法の一つである治癒魔法なのだろう。


「本当にティセって聖女なんだ……」


 いつものちゃらんぽらんとした雰囲気とは全く異なる、まるで地上に降り立った女神のようなそのティセの姿に私とチーリが思わず感嘆の息をもらしていると、魔法を唱え終わったばかりのティセが、しまったという顔をしながら振り返ると、慌てたように私たちの肩を掴んで尋ねてきた。


「あっ! 2人とも体調悪くなったりしてない!? 大丈夫!?」

「うん、平気だけど……あ、そういう事か」

「どういう事なのです? シィおねぇちゃん」


 その慌てようから、なんとなくティセが思ったことを察した私と、まだわかっていない様子のチーリ。私はチーリにそれを駆け足で説明することにした。


「ほら、私はバンシーで、チーリはリッチだよね。どっちも闇とか死みたいな、聖魔法とは対極の位置にある存在じゃない。だから私たちにとっては聖魔法が毒になるかもって思ったんだと思うよ。それを間近で受けたわけだし」

「そう……ごめんね2人とも」

「なるほどです。でもチーリもシィおねぇちゃんもへっちゃらなのですよ」


 幸いにも私とチーリはどちらも平然としている。

 きっと2年近くティセと共に過ごした事によって、私とチーリは聖魔法に対して気づかぬうちに耐性がじわりじわりとついていたのかもしれない。


 だけどさ……。


「私たちの母親だと思っているなら、そこはちゃんと認識してないとダメ。私たちが死んじゃったらどうするの」

「うぅ、面目ないです……」


 まぁ、結果的に何も無かったわけだからこれぐらいで許してあげるけどね。

 それはともかくティセがこの状況を救うと決めた以上、私たちもこの事態を共になんとかしないといけない。


 ティセの治癒魔法のおかげで怪我人はいなくなり、そして死人が出てる様子もまだ無い。しかし先程から応戦している兵士が怪物に対して押されまくっている状況を見るに、この村の防衛体制ではおそらくジリ貧になってしまうのが火を見るより明らかだった。


「聖魔法で倒すことはできないの?」

「あの怪物……イテマエジャッカルって言うんだけど、あいつは聖魔法を使っても動けなくしたり弱体化させたりする事しかできないのよ。

 凶暴な性格の動物が怪物化したものだから、悪魔とかゾンビと違って、浄化してもその性格はそのまま残ってしまって私の力だけでは……。聖女として働いていた時もあいつに関しては他の兵士と協力してだったわ」


 そうすると動けなくしながら弱体化させた上で、とどめを刺す必要があるということか……。となると、もしかしたらリッチであるチーリが何かとどめを刺せるような攻撃魔法を覚えているのかもしれない。


「チーリは攻撃魔法を何か覚えてる? それがあればきっと倒せるはずだよ」


 しかし、私の言葉にチーリは首を横に振る。


「ごめんなのです、チーリは暮らしに便利、お役立ちみたいな魔法にばかり興味があったせいで、攻撃魔法はからっきしなのです」


 私は心の中で焦り始めていた。ティセが弱体化させてもとどめを刺す手段がもうこれ以上思い当たらないのだ。

 村の兵士が先程からがんばって応戦しているけれど、押されまくっている状況を鑑みるに、これでは勝ち目が無い。



 その時だった。ティセが私の肩を掴むと、こう懇願してきたのだ。


「多分この状況を打破できるのは……シィちゃんが持っているバンシーの力だけ。

 お願いシィちゃん! バンシーの力を使って!」




 え? まってティセ。



 やだよ、わたし。それをつかっちゃうってことはつまり……。




 その言葉で、私は目の前が真っ暗になるような感覚に襲われてしまった。


 もう使いたくないと思っていたバンシーとしての力、それを1年以上過ごした事ですっかり心を許せるほどの関係となっていた母親の立場であるティセから求められてしまったから。


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