32.二度目の収穫祭
ティセが元いた世界に帰れるかもしれないけれど帰る時は私とチーリも一緒。そんな事を地下室で話した日から一週間が経過し、教会の周りに生えている木々も紅く色づき始めていて季節はすっかり秋の様相となっていた。
そんな周りの変化を眺めながら私とチーリが教会内の掃除をしていると……。
「さて、シィちゃんにチーリちゃん、掃除が終わったらお出かけするよー」
ティセが私たちにそう告げてきた。今現在、食料も日用品も充分にあるので少なくとも買い出しではない。では一体何処に行くというのだろうか。
「どこ行くの? 今日は別に用事無いよね」
「まさか冬服の魔の手再来なのですか。チーリお腹が隠れちゃう冬服いやです。断固拒否するです。めいどふくとごすろりふくの2着で勘弁してほしいのです」
そう言うなり、腕でお腹を隠すような仕種をするチーリ。そんなに嫌いなんだね、冬服……。
「あはは、冬服を買いに行くんじゃないよ。今日はリタキリアの村で収穫祭なの。それにみんなで行こうかと思ってね」
「あ、もうそんな時期か」
「なるほどなのです。それならチーリ行きたいです」
私たちが出会ったのは去年の夏頃。あれから2度目の秋を迎え、既にそんな時期になっていたようだ。
そして収穫祭と聞いて目を輝かせるチーリだったのだけれど、その表情はティセの言葉によってすぐさま暗転してしまう。
「ただ、今日は冬服を買いに行きはしないけれど、冬になる前に必ずチーリちゃんの新しい冬服を買うからね。
チーリちゃんの体格にはゴスロリ服もメイド服もサイズがもう合わなくなってきているもの。
そもそも年ごろの女の子が冬服を殆ど持っていないのはダメだと母親として思うし、それに冬に露出の高い服を着られると見ている私の方が寒く感じてしまうからです」
「そんな……ティセママは鬼だったのです……あんまりなのです」
一瞬で萎れた花みたいな顔をするチーリ。
ちょっとかわいそうに思ってしまうけれどこれは仕方ない。
だってチーリのその、肌色全開祭りみたいな服を冬に着られちゃったら、見ている私の方が本当に寒くなるもの。
それはいいとして、私は収穫祭に行くことに対して正直なところ、あまり乗り気では無い。収穫祭で殺されてしまった前世がある私からしてみれば、『収穫祭』という言葉自体がトラウマになっていて、その言葉を聞くたびに心臓の鼓動が早くなり、動悸まで起きてしまうからだ。
幸い去年の収穫祭は何事も無く平穏に済ませられたけれど、今年もそうだとは限らないわけで。
……だけど、今目の前で楽しそうにしている2人に対して、行きたくないと駄々をこねて水を差すような真似をするのはできることなら避けたい。そうすると答えはこれしかない。
「うん、私も行く」
私は、自分の心に嘘をつきながら、2人と一緒に行くと伝えたのだった。
******
森を抜けてリタキリアの村の方に向かって歩き出した私たち。
私の横を歩いているチーリは、収穫祭に行ける事が嬉しい反面、後日新たな冬服を買わなければならないというショックが大きいのか、嬉しさと悲しさが入り交じったようななんとも形容しがたい表情になってしまっている。
ちなみに本日のチーリの服装はゴスロリ服。チーリの場合、外へ出かける際にゴスロリ服を着ていると人さらいに遭いそうだからという私とティセの判断によって、リタキリアやルベレミナへ行く時にゴスロリ服を着ていた事は殆ど無かった。
しかし今日珍しくゴスロリ服を着ているのは、私とチーリが前にこっそりと読んだティセの日記にあったように、ゴスロリ服がチーリの体格に合わなくなってきたので処分するとティセから聞かされたチーリが、最後にゴスロリ服を着てお出かけしたいと、ティセにおねだりしたからだ。
肌を見せることを基本としているチーリであるにも関わらず、このゴスロリ服はお気に入りの一着となっていたようで、きっとこのゴスロリ服も幸せだったろう。元は私が着るはずだったやつだけど。
それはともかくとして、今私たちが歩いている街道には、目的が同じなのかリタキリアへと向かおうとする人々がいつもよりも多いように感じられた。
「うーん、去年よりも人が多そうだから、うっかりしてたらはぐれちゃうかも。2人とも、村に着いたら私の手を離さないようにね」
「ん」
「わかったのですよ。でも村に着いたらと言わずに、チーリはもうティセと手を繋ぎたいです」
チーリはそう言うと、すかさずティセと手を取ると、一緒に歩き出す。
……私もそうしよう。
「私も」
そして私もまた、チーリとは反対の、もう片方の手を取ってぎゅっと繋いだ。
「んふふ〜♪」
私たちに手を繋がれて、なんともご満悦そうな顔をするティセ。私たちと手を繋ぐのが本当に好きなんだね。まぁ私もティセとチーリの3人で手を繋いでこうして歩くことは好きだけど。
そして、そのまま3人仲良く手を繋ぎながら歩き続けていると、やがてリタキリアの入り口が見えてきた。
「やあ、ティセちゃん。シィちゃんにチーリちゃんもこんにちは」
「こんにちはー」
「ん」
「なのです」
何度もリタキリアの村を訪れるうちに、私もチーリも、門番さんをはじめとした村の人たちへ普通に挨拶を返せるほどにまでなっていた。
そして、ティセといる事によって、私はバンシーとしての能力が無効化されて暴発してしまう危険性が無くなっているという安心感もあってか、心に余裕が生まれていたのだ。
ただ、まじまじと私とチーリの顔を見られたら、燃えるように真っ赤な瞳で私がバンシーだと、そして普通の人間ではありえないぐらいの顔色の悪さでチーリがリッチだと気づいてしまう人がいるかもしれないので、目と目をしっかり合わせながら挨拶とまではいかないけれど。
それは兎も角、門番に挨拶を終えた私たちはそのまま村の中へ。
既に収穫祭が始まっていたらしく、村の至る所が人でごった返してしまっている。
「うわぁ…ちょっとこれは手を繋ぐだけじゃ2人とはぐれちゃいそう……。
ねぇ、今日はシィちゃんとチーリちゃんを肩車しても大丈夫かな? あ、ちなみに私、腕力と足腰だけは強いから2人同時の肩車はちゃんとできるからね」
ティセの言うとおり、村の中は驚くほどに人が溢れかえっているので、手を繋ぐだけでは人混みに揉まれ、気づかぬうちにみんなとはぐれてしまいそうだ。なので私はティセの提案に乗ることにして、私はティセの右肩に、チーリは左肩に跨がった。
「それじゃ立ち上がるから2人とも気をつけてねー」
「ん」
「はいですよー」
私とチーリが返事をしたのを確認してからティセはゆっくりと立ち上がった。普段よりも視線が高い位置になった事で、私と向かい合って肩車していたチーリの表情が見る見る変わっていくのが見える。
「すごいのです、すごいのですよシィおねぇちゃん。チーリよりも周りの有象無象が低く……同じぐらいに見えるのです」
「……まぁ、ティセ身長低いもんね」
ティセは年齢の割に身長がかなり低いので、ティセの肩車で漸く平均的な成人男性と同じぐらいの身長になるのだ。
その為、周りの人の頭頂部が見える程では無いけれど、それでも普段とは異なる視線から周りを見られる事が非常に新鮮なのだろう。ティセに肩車をされたチーリがとても嬉しそうにはしゃいでいる。
……それにしても、腕力や足腰に自信あるとかなんとか言ってたけれど、それでもよく私たち2人を同時肩車できるね。
まだまだティセには私たちが知らないことがたくさんあるんだろうな……。
******
それから、収穫祭を巡り巡る私たち。露店で食べ物を買って一緒に食べたり、アクセサリーを買ったりしながら収穫祭を堪能していると、どこからか大きな声が聞こえてきた。
その内容に耳を傾けるに、どうやらこの収穫祭開催に関しての挨拶のようだ。
「ティセママティセママ、あそこにいるのは誰ですか?」
「どれどれー?」
チーリが指さした方を見ると、でっぷりと太った男性が、演説台の上に立って何かをしゃべっている。おそらくこの男性が収穫祭開催の挨拶をしている人物なのだろう。
「あぁ、あれはリタキリアの村長よ。確か名前は……ジットメーロ・リスキーだったかな。ここから3日南へ歩いた場所にあるコトイオトの町長であるサッチウースロー・リスキーの弟ね。手腕はすごいと聞くけど、どっちも……その……まあそれは言わなくていいわね」
「何を言い淀んだのかすごい気になるんだけどティセ。ちゃんと言って」
「いや、それはちょっと私の口から言うのは憚れるなって……」
「言われないと逆に怖いって」
私が異様に気になって、さらには怖いとまで感じてしまったのには理由があった。
その理由は、私は何故かその名前を聞いただけで、嫌な汗がいきなりドバっと体を流れてきたからだ。
どうやらチーリも私と感覚になっていたらしく『おおう、まるでチーリは狼に狙われた生まれたての仔羊になったような気分になる名前なのです』と言うと眉間に皺を寄せ、震え上がりながら目をつぶってしまっている。
そして私は気がついてしまった。そのジットメーロとかいう村長が肩車されているチーリと私に気がついたかのような顔をした直後、『眼福』という表情に豹変したことに。
その表情を見た瞬間、何故か私とチーリの身体を悪寒が駆け抜けていく。
それは私たちの自意識がただ過剰なだけだったのかもしれない。しかし本能的にこれだけは感じてしまった。
あれは絶対に近寄ったらいけない人物だと。
「どうしたのシィちゃん、チーリちゃん」
固まったり、脂汗を突然かき出したりした私とチーリを見て心配になったのだろう、ティセが様子を窺うように尋ねる。
「あ、ごめん。なんでもない」
「な、なんでもないのです……。は、早く別のとこ回るのです」
「うん……? まあいいけど……」
チーリの言葉を受けてティセは演説台付近から離れ、私たちは漸くこの謎の恐怖の呪縛から解放されたのだった。
ちなみにこの村長、ティセの顔にも視線を向けて、一瞬『おっ』という顔をしたのに『残念、あれはハズレだ。見た目のわりに中年だ』という落胆顔に変わったのを私は見逃さなかった。
なんとも失礼なやつだ。ティセはこんなにも……か、かわいい私たちの母親なのに。
それから私はチーリと共にティセに肩車されたまま、収穫祭で浮足立つ村の中へと埋もれていった。
そしてそんな陽気な感情で満たされている村の雰囲気とは裏腹に、この村の近くでは、ある怪しい気配が今まさに牙を剝こうと近づいてきている事を私たちはまだ知らない。