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03.ティセの住んでいるところ

 ティセに連れられて私は森の中を歩いている。それにしてもティセはこんな森の中で一体どうやって暮らしているんだろう。

 私がその事を不思議に思っていると、急に辺りがひらけて一軒の建物が見えてきた。


 しかしそれは……どう見ても廃屋だった。


「いやいやそんなまさか。多分あれは関係ないはず……ただの通り道にあるだけの廃屋のはず」


 屋根の上には十字架らしきものがついているので、どうやら教会だったらしいその廃屋は、外壁は崩れ落ち、窓は割れ、屋根にはいくつも穴があり、どうひいき目に見ても人が住んでいるような環境には思えない。

 きっと、あれは本当にただの廃屋で、ティセが住んでいる建物はこの先にあるのだろう、そう思いたかった私の期待の花はあっさりと散ってしまう。


 ティセは立ち止まると、その廃教会を指さした。


「ほら、シィちゃん。あそこが私の住んでいる廃教会だよ」


 ご丁寧に指まで指して『廃教会』とまで言ってしまった以上、やはりあそこの廃屋で確定だろう。


「掘っ建て小屋の方がましだった……」


 こんなのに住めるなんて、ティセは一体どういう精神をしているんだろう。人間じゃない私の方が思わず頭を抱えてしまいそうになる。


「でもほら! 雨風ならしのげるし、2か月ぐらい前から誰もいないはずの部屋から声が聞こえたり、黒い影が見えたりするけど特に害も無いから安全だよ!」


「そこは気にした方がいいと思う」


 どうしてだろう。まだティセとの生活は始まってすらいないのに、来て早々いきなり不安になってきた。しかしそんな私の気持ちなんてつゆ知らず、ティセはなんだか張り切った様子で私の方を見ている。


「さて、まずはシィちゃんをお風呂にれないと。雨で体が冷えちゃっているだろうし、汚れちゃったよね」

「平気。バンシーだし」


 バンシーは妖精の為、雨に濡れて風邪を引くということは無く、汚れについてもそんなに気にするということがない。

 確かに、人間として扱われていた前世での生活ならば、周りの迷惑になる事もあって素直に従っただろうけど、今度はバンシーとして生きることを決意したから、入る必要性が特に無い。

 というわけで私は断ったのだけれど……。


「バンシーだろうと女の子が汚いままでいるのはだーめ! ほら行くよ」

「あー……」


 私のことを普通の女の子としてしか見ていないティセは、私がそんな状態でいるのがお気に召さないようで、私を小脇に抱えて廃教会に入ると、足取りもまっすぐにお風呂場へと歩を進めた。


「ほら脱がすわよ」


 そして、抵抗する余地すら与えられないまま脱衣場へ連行された私は、あっという間にティセによって素っ裸にされてしまった。


「ティセひどい……あ」


 全裸にされた私が、抗議をしようとティセの方を向いたその時、姿見すがたみが私の全身を映し出しているのに気がついた。

 そこに映し出された私は、肋骨が浮かんで見えるほどにガリガリに痩せ細っており、人間の子供ならば、誰が見ても栄養失調そのものという痛々しい姿。


 私はバンシーだからこれが普通なんだけど、そんな私の姿を見て何故かティセが凍り付いたような、悲しいようなそんな顔をしている。


「うーん…、シィちゃんはまず栄養をつけることが大事だね。もう不健康そのものだもの。あとでごはんいっぱい食べさせてあげるからね」


「いや、だから別に平気だって……バンシーってこういうものだし……」


 人間と同じものを食べる事はできるけど、それはバンシーにとっては嗜好しこう品と変わらないので、必要不可欠というわけではない。

 ……というか血色の良いバンシーだなんて聞いたことないし、正直そんな事をされてもありがた迷惑なんだけど、ティセはやっぱり聞く耳を持ってはくれないわけで。


「固定観念にとらわれちゃだめ。きっと体は栄養を欲してるよ」


「全くもう……好きにすれば」


 もうこの際、ティセが満足するまで好きにやらせておいた方が波風も立たないかとすっかり私も投げやり気味になってしまっている。


 それから私は、お風呂場の中へと連れて行かれた。ここも他の部屋と同様にボロボロだろうなと思っていたのに反して、意外にもどこも壊れている様子は無く、新築さながらだった。


「外観の惨状と違って、お風呂だけとても綺麗」

「そりゃそうだよー。お風呂というのは最も重要なんだよシィちゃん。だからここに住み始めて真っ先に直したよ」


 ……天井の穴や窓の割れを塞ぐ方が真っ先に直すべき箇所では。ちょっとティセの考えがわからない。


「お風呂よりも先に直すとこあると思う。天井とか」

「えー、お風呂だよやっぱり」


 ティセの優先順位の付け方が全くもって謎だけれど、ひとまずお風呂好きだというのだけは伝わった。そしてこのお風呂場、よく見てみるとお湯が絶えず流れ続けている。もしかしてこれは……。


「ティセ、もしかしてこのお風呂……」

「あ、シィちゃんも気がついたのね。そう、これ温泉なのよ。いやぁ、この廃教会の中に温泉があるだなんて、初めて見た時はものすごく気分が高まったのよね」


 ……温泉だけでそこまで気分が高揚するものなのだろうか。ちょっと私にはわからない。



「さてシィちゃん、まずは頭を洗うよー」


 そう言ったティセが私をお風呂場の椅子に座らせると、頭に何かをかぶせてきた。


「ちょっ、ティセ。頭に何かぶせたの?」

「え? シャンプーハットだけど」


 ……私、生まれ変わる前は孤児院で過ごしていたから、シャンプーハットなんてつけなくても平気だし、そもそも自分で頭を洗えるんだけど……。


「……つけなくて平気。というかティセに洗ってもらう必要も無い。自分で洗える」

「えーやだー! 私はシィちゃんの頭を洗いたいの!

 お願い! 一度だけでもいいからシャンプーハットつけさせて!」


 子供か。


「……わかった。もう好きにして」

「やった! シィちゃんありがとう! それじゃ早速……」


 すっかり諦めの境地となった私は、ティセにされるがまま、頭だけでなく全身までくまなく洗われてしまった。


「じゃあお湯流すよー。……うわぁ真っ黒。全く泡立たないよシィちゃん」

「……」


 ティセがお湯をかけるたびに私の体から流れていく黒い水。あまりにも汚れていたことに自分でも驚いてしまう。

 そして、こんなに汚かった私をティセが抱えていたということは、きっとティセの服まで汚れてしまっただろう。

 そう思うと私は急にティセに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 それから私は何度もティセに全身を洗われているとやがて黒い水から白い泡へと変わっていき、私の体はようやく綺麗になったようだ。


「よーし、ようやくシィちゃん綺麗になった! それじゃ次は一緒にお風呂に入ろっか!」

「……それはいいけど、これ深くない?」


 ティセと一緒に浴槽へ入ろうとした私だったけれど、困ったことに浴槽は結構深い上、お湯がかなりの量張り巡らされていて、浴槽の中で座ってしまうと私は顔を出せず、息ができそうにない。


「あ、ごめんシィちゃん。シィちゃんの大きさ考えてなかったわ。ほら、おいで」

「おいでって言う前から抱きしめているじゃない……」


 ティセに背後から抱きしめられながら、ティセの膝上に座らされてしまった私。これが一番合理的とはいえどうにも落ち着かないからすぐにお湯から出たい。

 そんな風に思っている私の考えをティセに察知されてしまったのか、その考えを潰すようなことをティセが言ってきた。


「ほらシィちゃん、肩までかって100まで数えて。これがお風呂に入るルールだよ」

「なにそれ」


 以前の孤児院でも聞いたことのある謎ルール。あれは、孤児院独自のルールかと思っていたけれど、どうやらわりと一般的であるらしい。

 私は知らないふりをして出ようとしたけれど、ティセは私の体を離そうとはせず、それはもうものすごい力で抱きしめてきていた。


「でないと体温まらないよー」

「もう……わかったよ」


 きっとティセは私が100数えるまで絶対にお風呂から逃がしはしないだろう。まだ数時間の付き合いで、そうに違いないと感じていた私は、言われるがまま肩までかって、律儀に100まで数えた。

 子供みたいな扱いが精神的に辛いけどがんばって耐えた私は偉いと思う。



 それにしても……久しぶりに入ったお風呂、温かかったなぁ。



 そんなこんなでお風呂から出て、体をタオルで拭いた私は、さっきまで来ていた服に着替えようとしたら……脱いだ服が無くなっていた。


「ちょっとティセ。私の服どこ。返して」

「あーあの服? 洗濯しようと思って水にけちゃってるよ。破れも直さないといけないからすぐには返せないわ」


 そう話すティセ。私はあの服しか持ってないのになんでそんなことするの。……実はティセは修道服を着た悪魔か何かなんかじゃないのかな。


「ティセひどい」

「え、なんで!? だってシィちゃんが着ていたあの服、ボロボロの穴だらけで汚れもすごかったじゃん!

 ダメだよあんなのそのまま着てちゃ! 病気になっちゃうよ!」


 だから私は病気になんてならないんだってば。そう何度も言ってるのにティセは聞く耳を持ってはくれない。


「あとで新しい服を買うからそれまでこれを着てね。この教会に残されていたものだけどちゃんと洗濯してあるから綺麗だよ」


 そう言って、ティセは私に服を寄越よこした。……だけどこれは……。


「修道服? ……バンシーが修道服着るっておかしくない?」

「と言いつつ着てくれるんだねシィちゃん」

「だって着るもの、これしかない」


 ひとまず仕方ないから袖を通したけれど……ぶかぶかだった。手が袖から出せない。


「はぁ……萌え袖シスターシィちゃんかわいい……」


 ……ティセが何か言ってるけどよくわからないからほっとこう。



  ******



 そんなしょうもないやりとりをし続けていたら、いつの間にか外はもう夜となっていた。

今日は新月。この廃教会には灯りと呼べるものは無いらしく、天井の穴や窓から差し込む星月夜ほしづくよともしびから外れた先は闇の世界が辺りを支配している。


 ……といっても人間ではない私の目には、真っ暗闇の中も普通に見えるけど。


「あー……ごめんねシィちゃん。シィちゃんにご飯も食べさせるはずだったんだけどこの暗さじゃ今日はもう料理作れないや。だから今日はこれで我慢してね」

「いやだから私は食べなくても大丈…もが」


 喋りかけていた私の口に突如広がる甘い味。何これ……サクサクとしておいしい……。


「わぁ、シィちゃんの顔すっごい輝いてる! ということはおいしかったんだね? いやぁパンの耳を揚げて砂糖まぶしたやつ作っててよかったー」

「あっ、べ、別にそんなわけじゃ……」


「いいっていいって。シィちゃんは素直じゃないけどやっぱり子供らしい側面もあってやっぱりかわいらしい……」

「うー……、ティセのばか」


 すぐさま否定しようとした私だったけれど、ティセはニヨニヨとする微笑みの姿勢を崩そうとはしない。

 くやしいけれどこれ以上反論できない。


「さて、それじゃもう寝よっか。といってもこの家、ベッドの布団が腐っていて使えないし、床も至る所に穴があるから壁により掛かって寝るしかないのよね。そして毛布も1枚しかなくて……」

「私は何も無くていい。バンシーだから別に風邪引かないし」


「というわけでシィちゃんは、私が抱っこして一緒に寝ます。これなら毛布も一枚で充分!」

「私の話全く聞いてないよねティセ……既に実行してるし」


 私の言葉はすっかり暖簾に腕押し。いつの間にかティセをまたぐように、向かい合う姿勢で抱っこされていた私は、あっという間にティセと一緒の毛布にくるまれてしまった。その布団から、ほのかに感じるティセの優しそうな匂い。


 そんな匂いと毛布の柔らかい肌触り、そしてティセの温もりを感じていると、あっという間に眠気に誘われ、段々と私のまぶたも重くなっていく。


「ティセ……あったかい。それといいにおい……」


 そんな私の言葉を聞いたティセは、私の頭を撫でながら優しい口調で……。


「シィちゃんはお線香……いや、おばあちゃんの家みたいなにおいするね」

「怒るよ」



 いい雰囲気が台無しだ。


 折角少しずつ溶け始めていた私の心が再び一気に凍り付いてしまった



 ……バカなのかなティセは。

 でも、悪い人じゃないって事だけは充分伝わったから許してあげる。



 それじゃおやすみ、ティセ。




本日最後の更新です。

明日以降は1日1更新で大体12~13時の間に更新をする予定です。

宜しくお願い致します。

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