29.地下の小部屋とティセの秘密
お昼から夕暮れに差し掛かる頃、おやつとして取っていたパン耳揚げも食べきってしまって、すっかり手持ち無沙汰となっていた私は、ティセの夕飯づくりを手伝うまでの間、することもないからと教会の中をうろうろしている。
「それにしても、この教会も随分綺麗になったね。初めてやってきた頃とは大違い」
今では補修もされて、それなりになっている教会だけど、ティセに初めて連れてこられた当初は天井にも床にも壁にも穴があいていて、誰が見ても廃墟としか言い様がない程の酷いありさまだった。
その後、家族の一員として私たちと生活するようになったチーリが、腐った床を踏み抜いて床下にはまってしまったなんてこともあったけれど、みんなで補修や掃除をしたことによって、今では何処を歩いても穴に落ちる心配も無くなっていた。
まぁ、簡単な補修しかしていないから重量がありすぎるものを乗せたりすると、補修用の板ごと床が抜ける気はするけど。
「そういえば、前々から気になっていたあそこに行ってみようか」
急に思い立った私がいそいそと向かったのは、チーリが当初潜んでいた小部屋。
この小部屋には教会の地下と続く隠し通路と出口があって、チーリはその出口から地下通路を通ってこの小部屋に入り込んだと教えてくれた。
「えっと、確かチーリはこの辺りの荷物を避かしてたけど……あ、これか」
隠し通路への階段を見つけて地下へと降りた私が真っ先に向かったのは、この地下通路の中でもとりわけ異質な、強大な魔力の残滓が感じられた地下の一室。
「それにしても、なんでこんなに魔力が溢れているんだろう……」
誰が何の目的で、何の魔法を使ったのかも全くわからないあの小部屋。
しかし、未だに魔力が吹きだまりのようになっている事から、非常に高度な魔法が使われたことだけは魔法を使えない私でも感じられた。
やがて、その小部屋まで辿り着いた私がそっと重い扉を開けて中を覗き見ると、私はある異変にすぐ気がついてしまった。
「あれ? この部屋にあったよくわからない道具、なんだか増えていない?」
そう、前覗いた時よりも物が増えていたのだ。
「誰かがこっそりと入って捨てに来ている……いや、それなら私が気づくはずだし」
バンシーという種族の特性だと思うのだけど、私は死ぬ対象を的確に見極め、その対象の前で泣く為に、建物やその周りに何人いるかという気配を感知できる力を持っている。
しかしこの廃教会で過ごすようになってからは、この教会の周りにはティセとチーリ以外の気配を感じた事は一度たりとも無かったのだ。
「ということは、勝手に道具が増えていっている? でもそんな事ってあるのかな……」
生物じゃないのだから勝手に道具が増えるなんて事はあり得ない。もしかしたら道具を複製できる魔法があるのかもしれないけれど、この部屋にある道具は見た目がそっくりなものは多くあれども、色に形、傷の一つ一つまで全く同じいうものは見当たらない。
「うーん、一体どういう事なんだr……え?」
その時、私は目撃してしまった。
部屋に落ちている道具を見ていた私がふと見上げると、目の前の空間が突如裂けて大きく開き、そこから得体の知れない道具が落ちてくるのを。
「魔法の効果がまだ残っているの?」
使用後の残滓が残っているだけと思っていた魔法が、実際にはまだ作用し続けている。
その事実に驚きを隠せない私の目の前で、その空間の裂け目は徐々に小さくなっていき、やがて何も無い空間へと姿を戻し、再び小部屋に静寂が訪れた。
「何も無い空間がどこかに繋がって、道具が運ばれてきた。そうするとこの部屋で使われていた魔法は……転移?」
私がそう独り言ちたその時、この教会の小部屋から地下通路へ誰かが降りてくる気配を感じた。
建物内の気配が増えた様子はなかったので、おそらくティセだと思うけれど、こんな所へ一体何をしに来たんだろうか?
ひとまず私は気づいてない風を装って、小部屋を覗き込んでいる姿勢のままでいると、気配の主が私へ声をかけてきた。
「あれ、シィちゃんこんな所で何してるの?」
私の予想通り、地下にやってきたのはティセだった。私は今気がついたような顔をしながらティセの方を振り向いて正直にここへ来た目的を話し、逆にティセの目的を聞き出すことにした。
「えっと、この部屋の魔力が気になってだけど……ティセこそなんでここに?」
「えっと、私もちょっと気になることがあったのよ。
というか、私が声をかける直前にシィちゃんがこの部屋を覗き込みながら驚いた顔になったのが見えたけど……ということは見ちゃったのかな? 道具が勝手に増えるところ」
どうやらティセはこの部屋に起きている現象について既に把握していたらしい。
「見ちゃったけど……もしかしてこの部屋、転移の魔法が生きたまま? それに、一体何処に繋がっているの?」
「うん、多分。だけど一方通行っぽいのよね。道具が減ってる様子は無いし。
だけど何処に繋がっているのか手がかりになりそうなものはあるのよ。……これ見てくれるかな?」
そう言いながらティセが私に見せてくれたのは、前の冬、ここを訪れた際にティセが拾って持ち帰った、この国の言葉では無い、どこか異国の文字が書かれている人形だった。
「この人形に文字が書いてあるでしょ? あの時は外に出ることを優先させちゃったから言えなかったけれど……私、この文字読めるのよ。そしてこのあたりに落ちている道具も大半は見たことあるし使い方も一部はわかるの。夏にプールを作った時に使ったブルーシートみたいにね。他にも例えばそこにある赤いとんがり帽子みたいなあれはカラーコーンといって、注意を促す為に設置したりするの」
ということは、ティセはこの国の出身ではないという事になるのだろうか。
そういえば前に故郷がどこだかわからなくて両親とも生き別れたと言っていたし、この国では殆どいない黒髪の人が故郷には多くいるとも話していたわけだから、外国出身ならばそれも充分頷ける。
「ということは……ティセは外国出身だったんだね。それじゃ、この人形にはなんて書いてあるの?」
そう私が尋ねると、ここでティセは何故か言いづらそうな表情に。
何かまずい事でも書いてあるのかなと私が思い始めていると、やがてティセは重たい口を開いた。
「えっとね、この人形に書かれているのは……私の名前。
……この人形ね、今から20年ぐらい前にここに落としてしまっていた私物なの。私はね、別の所からここに散らばっている道具のように、どこからか飛ばされてこの小部屋に迷い込んだんだ。
こないだここで人形を拾ったのと、ここから外に出た時に見覚えのある景色が広がっていた事で思い出したの。ここがその場所だったんだって」
そういえば、教会が雪に閉ざされた時に、この地下通路の出口から外を見回したティセは、まるで周りの景色を見たことがあるような顔をしていた。
という事は、転移の魔法によってここに迷い込んだ時に、教会の方には行かずに地下通路を通って外に出たという事だったのだろうか。
「ということは、ティセはさっきあった空間の裂け目の先に繋がっている国から、周りに散らばっている道具と同じように迷い込んできたということなの?」
「うーん、まぁそうなるかな。ただ一つ補足をするとすれば、私が住んでいた国は、この世界には無いのよ」
「世界……?」
それってどういう意味だろう。滅んだのなら滅亡したという言い回しになるだろうし、わざわざ『世界』と言うことから推測するに、まるでティセの住んでいた国は『最初から存在しないような』そんな言い方だった。
首を傾げている私を見て、ティセが言いづらそうにしながらも私に教えてくれた。
「私ね、異世界からこの世界に迷い込んでしまったの」
一応……。
メインキャラではあるものの主人公ではなく、また、作品の致命的なネタバレにもなってしまう為、ガイドラインの設定基準に従って『異世界転移』をキーワードに設定しませんでした。