28.プールの〆の有効活用
「ティセ、そういえば今年はもうプール使わないの?」
ルベレミナへの買い出しから戻ってきた時に、私の視界にたまたま入った教会の前に作ったプールを見ながら私はティセへ尋ねた。
今年も暑い日はプールを使って涼を満喫した私たちだったけれど、猛暑のピークは過ぎたのか段々と気温が下がり始め、一週間前を最後に私たちはプールを使わなくなっていたのだ。
「そうだね、今年はこれ以上暑くなる事はもう無いだろうから、使わなくてもいいかも」
「それじゃ水を抜いて掃除しないと」
「あー……掃除かぁ……」
「ティセママ、掃除と聞いた途端に顔からすっと表情が消えたです。」
「全くもう……」
掃除という単語に拒絶反応でも出たのか、ものぐさな性格がここぞとばかりに顔を出してきたみたいに、急にやる気をなくした顔をしだすティセ。その変化があまりにも露骨でチーリにまで指摘されてしまうティセに、私は思わずため息をついてしまう。
「ほら、まだ暖かい季節のうちにちゃんと掃除しておかないと。秋風吹く中でプール掃除をする羽目になったら大変だよ」
「チーリとシィおねぇちゃんも一緒にお掃除するですから早めにやるのですよー」
「うーん、わかっているけどー……あ!」
ズボラな性格なのがすぐにわかってしまうような模範解答をし続けるティセだったけれど、突然何かを閃いたように短く声を発し、私とチーリの方を向いた。
「どうしたですかティセママ?」
「最後に露天風呂のようにしてみたい!」
「露天風呂……?」
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「そんなわけでプールを露天風呂のようにして、今年のプールの〆にしたいと思うわ!」
基本的にはものぐさな性格のティセだけど、何かをやると決めたら行動が早く、あっけにとられている私とチーリの目の前でプールの水を抜くと、あっという間に軽く掃除までし終えてしまったのだ。
「すごいのですティセママ、行動力を体現したような存在になっていたのです」
「こうと決めたら早いのはいいんだけど……」
だけど、プールを露天風呂のようにするにはまだまだ解決しないといけない事がある。
「お湯はどうするの? ここ、お風呂からも距離あるよね」
「チーリの浮遊魔法でひとまず温泉のお湯を持ってくることはできるですけど、持ってくる間に多分ぬるくなるです」
「え? あー……」
ここは井戸から近い為、水ならば比較的簡単に持ってこられるものの、お湯となると教会内のお風呂場内にある源泉からは距離があるため、簡単に引っ張ってくる事も、浮遊魔法でお湯のまま持ってくるのも至難なのだ。
ティセはその点を考えていなかったようで、『あちゃー』という顔をしながら何かを考え始めている。
これは無理かな。私が徐々にそう思い始めていると……。
「そうだわ。チーリちゃんの浮遊魔法でお湯を運んでもらって、私はそのお湯を覆うように私が光魔法か聖魔法をかけるわ。これなら途中で冷めないに違いないよ」
「どういう事?」
「なるほどなのです。わかったのです」
私にはさっぱりその理屈がわからないのだけれど、どうやらチーリは理解したらしい。
いや本当にどういう事……?
「あー、そっか。シィちゃん魔法使えないからわからないのよね。えっと、掻い摘まんで説明すると、光魔法とか聖魔法って何故か熱を持っているのよ。だから、例えば治癒魔法をかけられるとその部分が温かく感じるの。それも力が強ければ強いほど熱くね。
だから、チーリちゃんが運ぶお湯を覆うように治癒魔法をかけると保温の効果で、湯温を維持したまま運ぶことが出来るのよ」
「へぇ、そうなんだ」
光魔法や聖魔法にそういう使い道がある事を初めて知って感心する私。しかしこれだけは言わせてほしい。
「だけどそれ絶対に使い方間違っているよね」
「気にしちゃダメだよシィちゃん」
「小さいことなのです。よくあることなのです」。
私の方がおかしいのだろうか。魔法が門外漢の私にはさっぱりわからない……。
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それからチーリとティセが、湯温を維持したままお湯をプールの中に運び込むと、私たちは一旦教会の中へと戻り、いそいそと服を脱ぎだす。
脱いだ後でバスタオル姿のままプールまでの数十メートルを歩かなければいけないのだけれど、プールに更衣室を作ってなかったのだから仕方ない。
……すぐに入れるように全裸のままプールまでダッシュも出来なくはないけれど、それは流石にね。私たち以外の気配が全くないとはいえ、奔放というわけではないし。
プールの縁まで辿り着いた私たちはバスタオルを取り去って完全に一糸まとわぬ姿になってから、すぐさまプールの中へと入った。
「あったかいです……」
「うーん、座ると周りが見えないけど、仕方ないかこれは」
プールの中で座れる湯量にしているので私とチーリは勿論のこと、ティセもプールの外に顔を出せておらず、露天風呂特有の周りの景色を楽しみながらなんという風情も勿論無く、私たちの視界にあるのはただの壁のみ。
まぁ、屋外でお湯の温かさを楽しみたいというだけであればこれはこれでいいのかも。
ちなみにお湯を運ぶ時にティセが使ったそのままだと私とチーリという死と闇に近い存在には悪影響が及ぶかもしれないから光魔法は私たちが入る時には解除している。
それにしても、お湯の中でくつろぐティセは非常に肌つやと張りがよく、触ると『キュッキュッ』という音まで響く。これで34歳だというのだから驚きだ。
しかし、やはり年相応なんだと思う事実がこの直後、すぐに起きてしまう。
「あ゛ーーー……」
「ちょ、ティセ……なんて声出してるの……」
お湯に浸かりながら、なんとも変な声をあげだしたティセ。見た目が15歳ぐらいの少女でも、そこはやっぱり年相応なんだねと、私は変に納得して改めてティセを見てみると、ティセがなんとも感慨深そうな目で私とチーリを見つめているのに気がついた。
「どうしたのですかティセママ? チーリとシィおねぇちゃんのことじっと見つめて」
どうやらチーリもティセの視線に気がついたらしい。
「あぁ、いやぁ2人とも出会った頃より随分成長したねって思ったらなんともしみじみと思えちゃって」
ティセのその言葉で私はチーリの方を見てみると、確かにチーリは成長している。出会った当初は私並にやせこけていたチーリは今ではすっかり健康優良児で、さらに少しだけど胸部も膨らんできているように見える。
身長もとっくに私を抜いているので、きっと来年にはもっと大きくなっているに違いない。
「なのですか? チーリはもっと大きくなって『ないすばでぃ』になれるですか?」
「なれるよー」
「そうなのですか、チーリ楽しみなのです」
チーリはティセからその言葉を聞いて素直に喜ぶのだけれど、私は逆に疑問符を浮かべてしまう。
だって、私は妖精であるバンシーなのでそう簡単には成長しないはず、なのに『随分』とは……?
「ティセ、私もなの? 私、バンシーだからそう成長しないと思うんだけど……」
「うん、してるよ?」
「シィおねぇちゃん、立派に成長してるのですよ」
にも関わらず、私が成長していると主張するティセ。さらにチーリもティセの言葉に同調してしまっている様子だ。
そんな2人の返答に首を傾げてしまう私に対してティセの口から放たれたのはあまりに残酷な言葉だった。
「横に」
その言葉で思わず真顔になった私は、慌てて自分のお腹を触ってみると……。
「つまめる……」
なんてことだ。
確かに、ティセと出会う当初に比べて、肉付きが良くなってきていた自覚はあったのだけれど……まさか警戒していた『ぷにぷに』の域にまで達してしまっていたなんて。
なんでだろう。バンシーとしてものすごく負けた気分になってしまう。
「え? どうしたのシィちゃん。なんでショックを受けたような顔をしているの?」
「魅惑のお腹をお持ちでどうしてそんな顔するのかチーリにはわからないのです」
私の心情に全く気がつかないティセが、焦りの色を隠せない顔で私を見てくる。
その横の『自称お腹ソムリエ』ことチーリも理解できない様子らしい。
これはまずい……ならば……。
私はある決意を胸に秘めながら、ゆっくりと立ち上がり、2人に宣言した。
「痩せる」
「えー!? 今のシィちゃんすごくかわいいのに!!」
「そんな。シィおねぇちゃんのその極上ぷにぷにすべすべお腹をなくすなんてとんでもないのですよシィおねぇちゃん。早まっちゃダメなのですよ」
私の宣言に驚きを隠せないティセと、ショックを受けたような顔をするチーリ。
いや2人とも、その反応おかしいからね? 私、バンシーだからね?
だから私は続けざまに宣言した。
「手っ取り早く運動して、脱ぷにぷに目指す」
「シィちゃんは……ぷにぷにが一番似合っているのに……」
「筋肉質のムキムキマッチョバンシーのシィおねぇちゃんが爆誕しちゃうのです……チーリショックなのです」
私の決意は固いから、と言おうとしたけれど……私は日和ってしまった。
それは直前にチーリが発した『ムキムキマッチョバンシー』という、不健康そうに痩せ細った体が特徴であるバンシーという概念を、『ぷにぷにバンシー』以上に覆してきたなんともおぞましき語句。
ちょっとそれは健康体過ぎてまずい。
なので私は決意した。
2人に気づかれない範囲に体重を減らして、ぷにぷにから遠ざかり、マッチョにも近づかない程度の体型になることを。