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26.眠れない夜

 夏から秋へと移ろい始めて非常に過ごしやすい気候となったある日の夜。そんな気温であれば夜もきっと寝やすいに違いないなんて思っていたのだけれど……そんな事は無かった。

 私はみんなで眠っていたベッドから1人、他人から見たら機嫌が悪いと一目でわかるような顔をしながら体を起こした。


「うるさくて眠れない……」


 ここが森の中だからなのか、虫の声が非常にうるさいのだ。


 本来、バンシーである私は、実際には睡眠を必要としない体だ。しかし生まれ変わる前は孤児院で規則正しい生活を送り、生まれ変わった今でもティセに合わせるように眠っていたので、今では寝ないとダメだと体が錯覚するようになっていたのだ。


 そして眠れなかったのはどうやら私だけではなかったらしい。


「みゅぅ……、シィおねぇちゃんも眠れないですか?」


 ティセを挟んで反対側に眠っていたチーリもまた体を起こして私に話しかけてきた。同じように寝たいのに眠れずに困ったような顔をしている。


「チーリも眠れないの? まぁそうだよね。虫の声がすごくうるさいもの」


 そして私と同じように、リッチは本来ならば睡眠のいらない存在だ。しかし人間の血が半分流れているハーフリッチの7歳児だけあって、夜になると眠くなるらしい。

 ちなみにチーリはまだ私たちと出会う前の、教会内の小部屋に隠れ住んでいた頃は、誰かに見つかる事におびえながらだったらしくて睡眠が不定期になっていたそうな。


 それにしてもこの非常にやかましい虫の声が連日続いてるものだから、私とチーリはすっかり寝不足みたいになっている。そんな私たちに対して、人間であるティセはというと……。


「……こんなにうるさいのによく寝ていられるよねティセは」


 そう、爆睡しているのである。


「この騒音をものともしないその姿勢にチーリは憧れるのです」

「……こんな事に憧れるのもどうかと思うよ、チーリ」


 確かにどこでも眠れるのは非常にうらやましいけれどこれに憧れてはいけないと私は思う。


「それにしてもこのままじゃチーリは体がたないのですよ。こんなに寝不足が続くとチーリ大きくなれないです」


 チーリは人間としての血も流れている事もあって、成長過程である今は特に睡眠が必要な時期のはずだ。このまま寝不足の日々が続いてしまうと体の成長にも影響が出るに違いない。


「というわけで、ここでチーリはとっておきの魔法を使うのですよ。読んでいた魔導書に載っていたのを覚えたですから早速使ってみるのです」

「とっておき?」


 一体それはどんな魔法だろうか。前に魔導書をチラ見させてもらった箇所に乗っていた魔法には使えそうな魔法は載っていなかったので、それ以外の部分に載っているか、それか今チーリが読みかけている2冊目の魔導書に載っている魔法なのだろうか。


「では、大発表するのです。それはなんと防音魔法なのです。この魔法は周りの音が一切聞こえなくなる魔法なのですよ。

 そしてチーリのよわよわ魔力でも2回かけられるぐらいに必要な魔力が少ないのです。なので、シィおねぇちゃんにもかけてあげるのです」


 そんな便利な魔法があったのか。確かにそれをかけてもらえたら寝やすくなる気がする。


「それじゃお願いしようかな」

「では善は急げなのです。早速唱えるのですよ」


 私のお願いを聞き受けて早速詠唱を始めるチーリ。あ、でも待って。その前に確認しておきたいことがあった。


「ちなみにこの効果はいつまで……ってもう聞こえなかった」


 既に防音魔法の効果が発動していたらしく、私の耳には何も聞こえなくなった。

あんなにうるさかった虫の声が全く聞こえなくなったのでこれでゆっくりと寝られると安堵した私は、チーリへ尋ねるのはまた今度にしようと再びベッドに横になった。



 しかし、私はこの直後に気づいてしまった。この防音魔法の恐ろしさに。



  ******



 それから10分ぐらいした頃だろうか。私は、再び体を起こしていた。


「……いや、ちょっと待って。これ静かになるのはいいんだけど、音が全く聞こえなくて逆に不安になってくる……って、チーリも聞こえてないか」


 無音になってようやくわかった。音が完全にシャットダウンされてしまうと、目を閉じた時に一切の情報が入ってこないので、何かが起きたとしても全くわからない。その為、これはこれで逆に不安な気持ちでいっぱいになる。


 私はこの状態が続く事に不安を覚えてしまったので、チーリに解除をお願いしたかったのだけれど、時既にに遅し。

 既に自分自身にも私と同じように防音魔法をかけたチーリには勿論私の声は届かないようで、いくら呼びかけても応答する様子がない。


「いやダメだこれ……やるんじゃなかった」


 布団の中で一人後悔している私は、朝になったらきっと効果が消えているに違いないと淡い期待を持って目を閉じてなんとか眠りについたのだった。


そして翌朝……。


「……どうしよう、朝になっても全く聞こえない」


 目を覚ましても相変わらず私の耳には何の音も聞こえはしないかったのだ。

 その事に気がついた私が絶望しそうになっていると、どうやらチーリもこの事態にようやく気がついたようで『しまった』という焦りの表情を浮かべているのが見える。


「これ効果いつまでなの……」


 ひとまず自分の声は伝えられるからと、その後、目を覚ましたティセに、私とチーリは防音魔法で音が聞こえなくなっているという事をティセの顔色をうかがいながら伝えてみた。


「……」

「……」


 表情を見る限り、ティセは『あーそうなのね』という顔をしたのだけれど、本当に伝わったのかすらもわからないのですごく不安になる。


「うぅ……、早く防音魔法の効果切れてほしい」


 そう私は願ったのだけれど、チーリは魔力の少なさに反して、リッチとしての血を含んでいる影響なのか効力が普通の人間が使う魔法以上に大きく、結局、防音魔法の効果が切れるまでに3日を要したのであった。


 私とチーリはこの3日間何も聞こえない状態で過ごす羽目になって、結果的にティセを何度も無視する事になってしまった。

 その度に私の視界に入ってきたのは、悲しそうに私たちを見つめるティセの顔。


 そんなティセに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった私とチーリは、防音魔法の効果が切れて、再び音が聞こえるようになってから一目散にティセに謝ったのであった。


 私たちが謝った時のティセの顔は、悲劇から解放されたヒロインのようなはち切れんばかりの笑顔で……それを見た私とチーリは心の中に刻みこんだ。



 防音魔法を使う時は時と場合を慎重に考えないといけない、と。



 本当にごめんね……ティセ。


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