24.森の中の小さなプール
本日2更新目です
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朝からの高温に耐えきれなくなったティセが、庭にプールを作ると言い出してから1時間が経過していた。私たちは只今プールに水を満たすために井戸とプールの間を何度も往復中。いやこの水の量大変だって。
それでも頑張りながら注水を繰り返していくと、私たちが浸かれるほどには水が溜まってきたようだった。
「ねぇティセ、そろそろいいんじゃない? 流石にそろそろ疲れた」
「うーん、あと10往復!」
「ティセママが鬼教官みたいなのです」
チーリが、蒼い顔を更に青ざめさせながらポツリとつぶやく。
うん、私もそう思う。
それからティセの指示通りに10往復して水を入れ続け、ようやくプールが完成したのだった。
まぁ、見た目としてはプールと言うよりため池に近いけども。
「さーて! それじゃプールに入ろー!」
そう言いながら握り拳を高く掲げるティセ。私もチーリも流石に3桁に及ぶ回数を往復して汗だくになってしまったので入りたい。
でも、私たちがプールに入るには、根本的にあるものが足りない。それはというと……。
「だけど私、水着持ってない」
「チーリもなのです。チーリは肌が魅力の一つですけど、奔放では無いので水着は必要なのですよ」
そう、替えの服はたくさんあれども、プールに入る機会があると思っていなかったので私もチーリも当然水着なんて持っていない。
確かにこの廃教会は森の奥にあるので、私たち以外に人が来ることはまず無く、裸でも大丈夫といえば大丈夫なのだけれど、やはり万が一ということも考えると水着は必須だ。
というかチーリなら構わず脱ぎだすかと私は思っていたのだけれど、そこは弁えているんだね。
「ふっふっふ……」
すると、私たちの横にいたティセが突然笑い声を上げ始めた。
「シィおねぇちゃん、ティセママが急に不敵な笑みを浮かべ始めたです」
「どうしたのティセ。暑さで更に変になったの?」
私とチーリがそんなティセを困惑しながら見ていると……。
「実は! こんな事もあろうかとみんなの水着を既に準備していたのよ!」
「なんと。すげぇですティセママ。用意周到でチーリ感激なのです」
そんな私たちの疑問など既に対策済みだ、どうだすごいだろうと言わんばかりの顔をしてティセがこちらを向く。準備万端なのは確かにいいことだけど、だが待ってほしい……。
「……私からすると、私の与り知らぬ所で私とチーリの水着をこっそりと準備しているティセが怖いんだけど。サイズもぴったりそうだし」
大体プールを作ること自体今日決まったことなのに、なんでいつ着るかもわからない水着を用意してるの?
そう考えたら怖いよね普通。
「まぁまぁ、そんな細かいこと気にしないのシィちゃん。ほらこれがシィちゃん用の水着だよ」
「多分絶対細かくない」
私がティセから水着を受け取るのに躊躇していると、先に水着を受け取ったチーリが、間を取り持つように私に言葉を発する。
「ティセママは私たちのママだからこういう準備は先にしているですよ。ママたるものそれが当たり前なのですよシィおねぇちゃん。なのでシィおねぇちゃんも一緒に水着に着替えるですよ」
「チーリはちょっと素直すぎるよ……少しは疑ったりしようね。まぁ今回はいいけど」
チーリからそう言われると、私もいやとは言えず、ティセから水着を受け取ると、一緒に着替えるのだった。
あと私はまだティセの事を母親と認めたわけじゃ無いからね。
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「わぁ……、シィちゃんもチーリちゃんも水着お似合い! すごくかわいい!」
「ティセママも水着似合ってかわいいのですよ。メリハリ控えめでもそのスラッと引き締まっているぼでぃらいんで肢体に魅力いっぱい詰まりまくりなのです」
「一体何処でそんな褒め言葉覚えてくるのチーリは……」
チーリの謎の褒め言葉に少し頭が痛くなりそうになる私だったけど、確かにティセとチーリの言うとおり、私たちの水着姿はとても似合っており、ティセは本当に私たちにもっとも似合う水着を選んできたようだ。
……なんだろう、やっぱりそんなティセがちょっと怖いんだけど。
「それにしても、チーリとティセママとシィおねぇちゃんでこうして3人で水着になっていると、親子と言うより三姉妹みたいな感じにも思えて、それもまた良きとチーリは思うのです」
そのチーリの言葉を聞いて全員の水着姿を見直してみるとなるほど確かに。
私とチーリは見た目の年齢が近く、バンシーとリッチという死の存在が近い種族であるため、雰囲気も似ている。ティセにはそんな雰囲気は微塵も無いけれど、少し年上のお姉さんという容貌である為、それが逆に世話好きの姉らしさを醸し出しているので、他人から見れば仲の良い三姉妹にしか見えないに違いない。
しかし忘れないでいただきたい。この中に一人、ものすごい童顔低身長で慎ましやかな体型なだけで実際は今年34になる自称私たちの母親が紛れている事を。
そして私には気になっていることがもう一つ……。
「ねぇチーリ。その水着になると、お腹が見えてない分、露出度がいつもよりも少なくなってない?」
「んー、水着は水着なのですよ。普段の服とは路線が違うのでこれもまた良しなのですよ」
うん、やっぱりよくわからない。
「シィおねぇちゃん何を不思議がっているですか? 水着は水着の、肌色には肌色の浪漫があるのでヒャンッ!」
よくわからない事を力説しだしたチーリが、突然小さく悲鳴を上げた。
「え、どうしたのチーrふひゃっ冷たっ」
そして私も。なにせいきなり水がどこからか飛んできたから。
一体何が起きたのかと辺りを見回すと……。
「あ。ティセママが先にプールに入っているのです。ずるいです」
「ほら、2人ともおいでー。早く水浴びしようよー」
先にプールに入っていたティセが、私たちに向かって水をかけてきたのだった。
「よくもやったねティセ。いくよチーリ」
「なのですよー」
それから私たちは勢いよくプールに飛び込むと、水を掛け合ったり、誰が一番長く潜っていられるか競ってみたりと初めてのプールを堪能するのであった。
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ひとしきりプールで遊んで満足した私たち。陽が徐々に傾き始めるのに併せて気温も下がってきたようだ。
これぐらいの気温なら、ティセも汗だくになる事は無いだろうし、私とチーリも充分プールを楽しんだのでそろそろ出ようかと決めた時に、このプールについて私の中である疑問がフッと湧いたのでティセに聞いてみる事に。
「ねえティセ。このプール、夏場はいいけどそれ以外の季節はどうするの?」
「へ? 水を抜いて蓋をしておくだけじゃダメなの? 後で一旦プールの中にある水をチーリちゃんの魔法で抜いてから、注水用と排水用の配管を作るからこれからは楽に入れるようになるだろうし」
「その為に少し小高いけど、井戸よりは低い位置にあるこの丘に作ったですか。ティセママ流石なのです」
でも私が思った疑問点はそこじゃなかった。
「いや、それだと落とし穴みたいになっちゃって危ないと思う」
何せこのプール、周りが草で生い茂っている所に穴を掘る形式で作ってしまったので、非常に目立たない。
その為、この教会にやってきた誰かが気づかずにプールへ落ちて怪我をしてしまう可能性があったのだ。
そう私は思ったのだけれど、私の話を聞いたティセは別に構わないのではという反応。
「うーん、逆に罠らしくておいた方がいいんじゃない? 私たちはここにプールがあるとわかってるし、そもそも私たちしかいないこんな廃教会にやってくるような輩なんて絶対ろくでもないのに決まってるわよ。」
「乙女の園に侵入する不埒者なのです。成敗されて然るべきなのです」
「まぁ……、それもそうか」
言われてみれば確かに。こんな森の奥にわざわざやってくるような物好きは絶対に普通じゃない。
そして去年の状況から考えてこの辺りは雪が非常に多く、おそらく蓋は設置しても重みで割れてしまい、冬はあまり意味が無いのだろうけど、ほかの季節を考えるとそれでいいのかもしれない。
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そして翌日、一旦チーリの魔法で水を抜いてもらったこのプールは、近くで崩れていた小屋の煉瓦で中を敷き詰めたり、簡単に注水や排水ができるように樋を作ったりプールの底に小さい穴の通り道を作って排水できるように管を通したりして完成させ、この夏は大活躍を見せたのだった。
明日からは1更新に戻ります