23.あっつい夏
本日2更新予定です。
「あー、あっついわぁー」
私がパン耳揚げを黙々と食べ、チーリが2冊目の魔導書を読んでいると、ティセが突然声を上げながら、くたっとテーブルに突っ伏した。
「どうしたのティセ……ってそうか。今日は気温が高いからか」
ティセが暑がるように、今日は朝から異様に気温が高い。その為、突っ伏したティセの体はその高温によって汗だくになっている事が、ティセからしたたり落ちる雫を一目見てわかった。
ちなみに私はバンシーだからかこういう暑さは平気だったりする。
「こないだまで春っぽかったのにすっかり夏色の気配なのですよ。そのせいでチーリもこの漆黒のローブに当たる日射しによって絶賛蒸されているです」
「いやチーリはそのローブ脱ごうよ……。というか、そう言う割には平然としているね」
「えっへん、チーリは強い子なのです。強い子なので外気温にはあまり体に影響は受けないのですよ」
蒸されていると言う割にケロッとして汗を掻いている様子も無いので、チーリにとってもこの気温は別に耐えられないほど暑いわけではないのだろう、多分。実際はどうなのかはわからないけど。
そんな、この暑さでも平然としている私たちへうらやましそうな眼差しを向けるティセ。先程からティセの体をしたたり落ちる汗によって、床に小さい水たまりができているのまで確認でき、なんだかものすごく気の毒に思えてきた。
「ねぇ、シィちゃん、チーリちゃん。2人ともこの気温よりも体温低いって事は無い? 低いならお願い抱きしめさせて」
「ティセが暑さでおかしなこと言い出した」
前言撤回。何唐突にわけのわからない世迷い言をほざくのかこの元聖女は。
「えー、だってシィちゃんってバンシーだし、チーリちゃんも半分リッチだから絶対に今の気温よりも体温の方が低いって」
どこかの国では外気温よりも体温の方が低い為、人間同士が抱きあって涼を取ると聞いた事がある。
チーリはわからないけど、少なくとも私は人間より体温が低いので、気温が非常に高ければ普通に人間を 抱くよりも私を抱いた方が涼しく感じるはずだ。
しかし残念ながら今日の気温はそこまでするほど高いわけではないのであまり意味が無い。
「ティセママごめんなのですよ。チーリは暑さにも寒さにも耐性があるだけで体温自体はわりと普通なのですよ」
どうやらチーリの体温は人間寄りだったようだ。
「私も。確かに人間よりは体温低いけど、流石にこの気温以下の体温って事は無い。そもそもそんな汗だくで抱きつかれたらとても迷惑」
私たちの返答を聞いて『そんなぁー』と嘆きながら再びテーブルに突っ伏すティセ。
そんな哀れなティセを見てなんとかしてあげられないだろうかと、私とチーリはティセが涼しくなる方法を考え始めた。
ちなみに先日行った海へ今度は泳ぎに行くという案は、ここから海まで歩くと3時間は掛かることもあって、そこへ行くまでにティセが溶けてしまうので、最初からこの案は消えてしまっている。
「お風呂入って汗を流すとかはダメなの?」
私はティセにまず一番妥当そうな案を提案してみたものの、どうもティセは乗り気でないようだ。まぁ、理由はなんとなくわかる。
「うーん、ここのお風呂は温泉でお湯が出っぱなしだし、それだと出た直後すごい汗かくからあんまりねぇ……」
気温よりも少し低めのお湯ならばまだ幾分ましだったろうけど、ここのお風呂は源泉掛け流しだ。そして湯温は外気よりも高い為、汗を流すつもりで入っても余計に汗が出るだろうというのは、提案した私も予想はできた。
「それじゃどうしようか、チーリは何かいい案ある?」
「んー、チーリも名案浮かばず暗雲立ちこめなのです。プールがあればよかったですけど……」
私とチーリが思い悩んでいると、チーリのその言葉に反応するティセ。
「そうよ、プール! プールに入ろう!」
確かにプールなら入っている間は気持ちいいだろう。しかし私はその案に対してそもそもの疑問がある。
「でもどこにプールなんてあるの? チーリが言ったように教会のどこにもそんなのがあるのを見たことないけど」
私の問いかけに対して、その疑問も当然だろうという顔をしているティセ。なんだろう、ちょっと腹立つ。
「これから作ればいいのよ!」
******
教会の建物から庭に出て、その中でも小高くなっている場所まで来た私たち。ちなみに教会自体は直したものの、庭については井戸などの生活に必要な部分を除いて、基本的に荒れ放題のままだ。
たとえば私の背丈以上に伸びた雑草が生い茂っていたり、物置として作られたと思われる煉瓦造りの小屋が崩れていたり。
いつかはなんとかしないと、と思いつつも面倒な気持ちもあってずっと放置している。
……だんだん私もティセに似てきたかも。
「それで、どうやってプール作るの?」
「そうね……、全く考えていなかったわ」
いきなりプールを作る案が暗礁に乗り上げてしまった。行き当たりばったりにも程がある。
私が、呆れてツッコむことすら出来ずにいると……。
「あ、そうだ光魔法! 光魔法の中に防護魔法といって、光の壁を作る魔法があるんだけどそれで……」
名案を思いついたとばかりにそう口にするティセだったけれど、横で聞いていたチーリがそれを否定するかのようなツッコミを入れる。
「ティセママ、魔法の持続時間はどれくらいなのです? 防護魔法なら多分短時間しか保たないと思うですし、維持し続けようとすると、多分ティセママの魔力が切れちゃうのですよ」
「あ……そう、そうだよね……ぐぬぬ……」
……なんというかこのままじゃ永遠にプールは作れそうにない、そう私が思っていると……。
「……地面に穴を掘って、それをプールにする」
「え、正気なの?」
そのティセの言葉を聞いて私は耳を疑った。だって、地面に穴を掘ったらそこにできるのは、多分ため池。それに、そんな所に水を入れても、土と混ざって泥水にしかならないと思ったからだ。そこに入るのは流石に遠慮したい。
だけど、ティセにはなにやらいいアイディアがあるらしい。
「大丈夫大丈夫。プール自体は簡単に作れちゃうわよ、チーリちゃんがいれば」
「わお、チーリ大抜擢なのですか?」
ティセの話を聞くにチーリが必須。ということはチーリの魔法でプールを作るのだろうか。
「そうだよー! あとでシィちゃんにも手伝ってもらうけど、まずはチーリちゃんの魔法が必要なのよ」
「ふむー、チーリがんばるです」
「ふーん……」
ティセに指名されて、目を輝かせながら胸の前で握りこぶしをつくって気合いを入れるチーリ。どうやらティセの役に立てることがチーリは嬉しいらしい……私は役に立てなくてがっかりしているとかそんなんじゃないから。
「で、チーリは何をすればいいですかティセママ」
「えっとそれじゃあ、まずはこの辺りに四角くくりぬいたような穴を開けて欲しいんだけど、浮遊魔法でそんな風に土を動かせるかな?」
「ドンとこいなのです。チーリならば可能なのです」
チーリが自分の胸をドンと叩いてから、持っている杖を振りかざしながら何か詠唱を始めると、ティセがお願いした通りに、土を真四角にくりぬいたかのように浮遊させ始めた。
「おぉ……、チーリちゃんすごい」
「確かにこれはすごい」
やはり魔法への探究心が飽くことの無いリッチの血が流れているからか、こんな程度の魔法ならお茶の子さいさいのようだ。しかし浮遊させた土を近くに投げ捨てると、チーリは疲れた顔をしながらティセに謝り出した。
「ティセママ、ごめんなのですよ。チーリは魔力が少ないので今日はもう魔法使えないです」
いくらリッチの血が流れているとは言えど、半分は人間の血で、さらにまだ7歳の子供の為、絶対的な魔力量が圧倒的に少ないチーリ。そんなチーリにとっては、この魔法が予想以上に負担だったようで、呼吸を乱しながら地面に座り込んでしまった。
「あ、ごめんねチーリちゃん。ここまでしてくれたなら今日はもう魔法使わないで見てるだけで大丈夫だよ。ありがとうね。」
「むふぅ、はいなのですよー」
そんなチーリの頭をティセが優しくなでると、それが嬉しかったのか目を細めてティセに向かって満足そうに微笑むチーリ。本当にかわいい妹だ。
顔色はびっくりするほど蒼いけど。
「さて、本当はこのくりぬいた地面の四方に、煉瓦や板を敷き詰めたりして、水を入れた時に泥水にならないようにしたいところだけど、今日はすぐにでも水浴びをしたいから、簡易的にこれを使うわ」
「あれ、それどこかで……あ、地下にあったよくわからない道具だ」
ティセがそう言いながら取り出したのは、この廃教会の地下室にあった部屋に置き忘れられていた青い布だった。
「正解でーす! ちなみにこれはブルーシートって言って、破れない限り水を通さないの。触ってみる?」
「チーリ触ってみたいです」
「私も」
どんなものなのか確かめたくて、ティセに差し出されたそのブルーシートを触ってみると、布にしてはごわごわと固いし、表面もてかてかしていて、なんとも不思議な布だ。
確かにこれなら水を通さないと思う。
「それじゃ、早速これを使って簡易プールを作るわよ。……そしてシィちゃん、これからはシィちゃんの出番だよ」
「ん」
一体何をすればいいんだろうと、内心ドキドキしている私。
「このブルーシートをくりぬいた所に敷き詰めてから私と一緒に井戸から水を汲みに行くよー。ちなみに何十回、何百回も往復しなくちゃ水がたまらないから覚悟しててね」
「う、うん……」
まさかの肉体労働だった。でもやると決めた以上仕方ない。
それから私とティセは、ブルーシートをくりぬいた穴に敷き詰め、ブルーシートが中に落ちないように外にはみ出た部分を石で固定してから、井戸から水をバケツで汲んできて湛水を始めた。
確かにティセの言ったとおり、このブルーシートは水を通さないようでいくら水を入れても泥水になる様子が無い。こんな便利なものあるんだね。
「すごいこのブルーシート。綺麗な水のまま」
「でしょー。あ、でもシィちゃんも無理はしなくて大丈夫だからね。疲れたら休んでいいよ」
「大丈夫、早く水を入れよう」
そう言いながら私がバケツを抱えて井戸の方へ何回か往復していると、後ろから声が聞こえた。
「シィおねぇちゃんにティセママ、待つのですよ、やっぱりチーリも水を運ぶお手伝いするのです」
一人だけ仲間はずれにされたみたいな気持ちにでもなったのだろうか、休んでいたチーリも途中から私たちに混ざり、井戸とプールを何往復もして水を運び始める。
今回一番の大手柄なんだから休んでてもいいのに。
まぁ、そこがチーリのかわいい所なんだけどね。
次回は19時予定です。