21.海へと
本日と明日は2話更新予定です。
それは季節が春から夏へと移ろい始めたある日の事。
洗濯物を干し終えた私たちが教会内へと戻ると突然閃いたのかティセが私とチーリに話を振ってきた。
「そうだ! ねぇ、シィちゃん、チーリちゃん。ちょっとお出かけしない?」
ティセからの突然のお出かけのお誘い。しかしそれは私にとっては意外な事だった。その理由はというと……。
「お出かけって……買い出し? 昨日行ったけど買い忘れでもあったの?」
昨日、私たちは買い出しのためにルベレミナへ行ったばかりだったから。
なのでティセがそれを提案したということは、何かしら買い忘れがあったと言うことかと私は思ったのだけれど……どうも違うらしい。
「買い出しじゃないわよー。ちょっと遊びに行こうかと思って」
「遊びに?」
「ばけいしょんなのですか? なんと、そんな贅沢をチーリはできるというのですか?」
私たちが一緒に暮らすようになってから今まで一度も無かった遊びに行くという提案。
チーリはティセのその言葉を聞いた途端に蒼白した顔で目を輝かせた。
「あら、チーリちゃん乗り気ねー」
「そうなのですよ。チーリとても楽しみです」
そして私はというと少しでもバンシーだとばれるリスクは減らしたいのであまり乗り気ではない。ただ、今までの経験からなんとなくわかる。これは強制参加だと。
でも一応確認だけしてみようか。
「ちなみにだけど、これって私に拒否する権利は」
「ないわねー。というか正体ばれるとかは気にしなくても大丈夫だよシィちゃん。今日の目的地に人がいるのを今まで見た事ないから」
ほら、やっぱり予想通りなティセの回答だ。全くもう、本当に強引なんだからティセは……。というか人気の無い所へ遊びにって、一体何をしに行くの……。
私の中でわずかな不安感が芽生え始めていると、私の袖をつかむ小さな手。
「……シィおねぇちゃん、一緒に来てくれないですか?」
それは悲しげな瞳で私を上目遣いに見つめてくるかわいい妹ことチーリだった。
だめだってそんな目で見つめてきちゃ……断れないじゃないの。
私がそんなチーリにおろおろしていると、視界に入ったのは計画通りと言わんばかりに口角を上げているティセの姿。
ティセのやつ、図ったな。一目で『よしよし、これでシィちゃんも来るぞ』という顔してるじゃないのさ。
だけどお生憎様。私がそんな見え見えの作戦に乗るわけが……乗っちゃうよ。だってチーリが悲しむ姿は姉として見たくないもの。
というわけで仕方ない、私も行くことにするか。
「わかった。じゃあ私も行く」
「シィおねぇちゃんも一緒に来るですか? やったです」
私が行くと聞いた途端にぴょんぴょんと跳ねながら喜びを全身で表現するチーリ。何このかわいい生き物。青白い顔はそのままだけど。
あれ、でもそういえばそもそも何処へ遊びに行くのかという肝心の事をまだ私は聞いていなかった。ちょっとティセに聞いてみないと。
「ちなみにだけど遊びに行くって何処へ?」
「それはね、海よ!」
******
というわけで、教会を出て森を抜けた私たちがやってきたのはリタキリアからさらに2時間歩いた所にある北の海沿いで、ここがどうやら私たちが住んでいる国の北境らしい。
そして絶景であるにも関わらず誰もいない。
「わぁ……初めて見た。これが海……」
「あ、シィちゃん海に来たの初めて?」
「うん。海ってこんなに青くて大きいんだね」
海に来たのが初めてだったので私は思わず感嘆の声を漏らしてしまう。ちなみにチーリは私たちと暮らす以前に海へ来たことはあるそうだけれど、私たちと暮らすようになってから初めてで、さらに今回は遊ぶ為にここへやってきたので嬉しそうに浜辺まで駆け出していった。転ばないでね。
私が、驚きながら青い海を眺めていると、彼方に島と町、そして船らしきものが見えた。
「ティセ、海の向こうに島が見える。あそこは?」
「あー、あれは隣の国の島ね。ノリナト帝国のミウノレオという港町よ」
なるほど、海は海産資源も豊富だし、観光にも最適なわけだからああして大きな港町があるのか。……あれ? でもそれならこっち側にだって港町はあってもいいのでは?
ちょっとティセに聞いてみよう。
「ねぇティセ、どうしてこっちには港町が無いの?」
「あー……ここの海ねー、国境がかなりこっち側なのよ。昔戦争を仕掛けて敗れたからギリギリまでノリナト帝国の海域になっちゃった為に港町が作れなかったそうよ。
あとお国柄なのか海を魅力と思ってない傾向にあって、魚を食べる習慣もあまり無いの。だから割と海に近いルベレミナやリタキリアでも魚がなかなか売ってないのよ。売っていたとしても鮮度がいまいちだしね」
なるほど、そういう理由なのか。言われてみれば確かにどっちの村の市場でも魚介類はあまり見かけなかったので、その理由を聞いて私はすぐに納得できた。
ちなみに私たちが暮らしている国はケダイカデ王国という名前だとティセから教えてもらっていて、今私たちがいるのはその北端だそうだ。
そしてティセはこの国の名前を口にすることすらイヤなのか教えてもらって以来一度もケダイカデという名前を私は耳にしたことが無いので、それだけこの国に対して鬱憤が溜まっていると見える。まぁ……気持ちはわかるけど。
……そういえば、前世で私が暮らしていた孤児院がある町は一体何処にあるんだろうか。
地図は前世でも今世でも見た事が無いので何処にあるのかわからない。言葉が同じだからきっとこの国のどこかだとは思うんだけれど……。
それを疑問に思って私が考え事を始めていると、私の横にいたティセが腕を握りしめたかと思うと高く掲げた。
「さーてそれじゃぁ……釣りしよう! 魚が食べたくて仕方なかったのよねー」
「……ティセ、遊びに行くのを口実にして、ただ魚が食べたかっただけでしょ?」
「あはは、当たりー。だってリタキリアもルベレミナも微妙なのしか売ってなかったんだもの」
まぁ、魚は鮮度が大事だから別にいいけど。チーリは遊びに来たこと自体嬉しそうだし、私も海の青さに驚いたわけだから元は充分取れたと思うし。
「おぉー、今日はお魚さん三昧なのですか? チーリお魚さんあんまり食べたことないですので楽しみです」
先程まで走り回っていた浜辺からいつの間にか戻ってきていたチーリが興奮したように蒼い顔をさらに蒼くさせながら満面の笑顔になっている。……喜ぶと蒼い顔がますます蒼くなるって一体どういう理屈なんだろうか。全くわからないけれど可愛いから別にいいか。
「あら、チーリちゃん楽しみなのね? よーし、それじゃ私がいっぱいお魚釣っちゃうから楽しみにしててね!」
「やったです、ティセママありがとうなのです」
チーリの嬉しそうな言葉を聞いたティセは、一体何処に隠していたのか釣り竿を取り出して釣り針に餌をつけると、早速とばかりに海に向かって竿を投げた。
「ちなみにティセ、ここって何が釣れるの?」
「あー……知らないや。でも何かは釣れるんじゃないかなーって」
「無計画すぎる」
思わず呆れそうになった私だったけれど、そんな私の不安は杞憂に終わった。なにせすぐに獲物が掛かって釣り竿が大きく撓ったから。
「わ! もう釣れた! ……えいっ」
そしてティセが力任せに釣り上げたのは……ちょっとよくないものだった。
「あ、まずいわ。サンダーラブカだわ」
ティセが釣り上げたのはサンダーラブカという名を持つ、鋭い牙と電気というわりと厄介な攻撃を仕掛けてくる、巨大な魚の怪物だった。
さて、このサンダーラブカへの対処法はというと……。
「さ、2人とも少し離れましょ。暫く放置すればそのうち死ぬから」
放置だった。
まぁ怪物といっても所詮は魚、エラ呼吸なのだから陸地に揚げてほっとけばそのうち死ぬわけだ。
というわけで、釣り竿が海中に引き込まれないように固定した私たちは、攻撃の届かないところまで移動して、遠巻きにサンダーラブカを眺める事に。
すると、釣り上げた直後はあんなに大暴れしていたサンダーラブカが徐々に動かなくなっていく様子が見える。まぁ結局はエラ呼吸だし……。
ちなみにだけど、狩られたデリシャスベアーについては、見た途端に心臓が大きく鼓動を打ち、動悸にも襲われた私だったけれど、サンダーラブカに関しては別に……という感じだ。
多分、デリシャスベアーと違って、完全に食材としてしか見ていないからだと思う。魚類だし。
そんな風にサンダーラブカを眺めていたその時だった。私に備わっている『建物やその周囲に何人いるかわかる能力』で、ある事に気がつき、ティセとチーリには聞こえない程の小声で思わずつぶやいてしまった。
「あれ……? 私たち以外にもう一人いる……?」
それは私たち以外の誰かがこの近くに潜んでいる気配だった。そしてその気配がするのは私たちの背後にある森の中。それもこの気配の主は多分私と同じ……。
気になった私は、その森の中へ入って確認する事にした。
「ティセ、チーリ。私ちょっと森の中に入るね。すぐ戻るから」
「あ、わかったわー」
「うゆ、シィおねぇちゃん森の中へ行くですか? チーリも行きたいです」
チーリが私に着いてこようとした。その姿は親鳥の後ろを追いかける雛みたいでとても可愛いけれど今はちょっと困る。そんな困った私の姿を見たティセが見かねたのか助け船を……。
「ダメだよチーリちゃん、シィちゃんはお花摘みに行くんだから一人で行かせてあげて」
「なるほどです。それじゃシィおねぇちゃん気をつけていくですよ」
「……ん」
……助け船というのは前言撤回。チーリが思い留まってくれたのは助かったけれど、後でティセには文句を言うからね。
まぁ、今はそれについては後にするとして、私は森の中へ一人向かった。それは私の能力で直感した、この森の中に潜んでいる私と同じバンシーと会う為に。
続きは18時頃投稿予定です。