19.居場所
まだティセが目覚めていない程に早い時間帯。先に起きて、ボーッと部屋の隅っこに座りながらパン耳揚げをポリポリと食べている私の隣では、同じように先に目覚めていたチーリが、座って本を読んでいた。
「ふぅー、ようやく読み終わったのです」
「あ、読み終わったんだ魔導書」
チーリはそう言いながら本をパタンと閉じた。チーリは大体ティセが目覚める間のほんの少しの間しか本を読まない。その為、読み終わるのに今日までかかってしまったのだろう。
「そうなのですよ。一冊目しか読み終わってないですけど、少なくともこの本に書いている事はばっちしなのです。チーリは魔力が少ないから容易に使いこなせるというわけじゃないですけど、それでも魔力がいっぱいあったらどれも使えるはずなのです」
肌の露出具合に対しての思考回路以外は基本的に地頭がよいチーリ。その為、魔術書に書かれている難しい内容すらも難なく覚えたらしい。流石リッチと言うべきか。
「ちなみに、魔力がいっぱいあったらチーリはこの中のどの魔法を使ってみたいの?」
チーリが読んでいた魔導書には、リッチだからこそ使うような高位の魔法がたくさん記載されている。しかしその中でもチーリが真っ先に覚えたかったからこそ、この本を一冊目に選んで読んでいた、ともいうべき魔法があるはず。
私はそれに興味が出てチーリに質問してみた。
「そうですね。チーリは最初、この本の中にある転移を使ってみたかったのですよ。今は違うですけど」
「転移?」
意外だった。確かこの本には降霊術などの方法も載っているの見かけたから、てっきりチーリの本当の両親を呼び出すのかと思ったけれどそうではなかったようだ。
そうなると俄然そのチーリの真意が聞きたくなる私。
「ちなみにそれはどうして?」
「んーと……」
珍しくチーリが言い淀んだ。そんなチーリを私が不思議そうに見ていると、やがてチーリは重い口を開いた。
「チーリは、生みの両親が昇天してしまってからこの世界に居場所が無くなったと思いながら生きてきたのです。
なにせチーリはリッチとして生きるには魔力が少なすぎる半端者だったですし、人間からも拒絶されるような存在で、チーリはひとりぼっちでこの世界にはいらない子だったのです。
だから転移の魔法を使ってこんな世界から消えて、別の世界に行きたかったです。そこにはきっとチーリの居場所があるかもしれないと思ったのですよ。」
確かに5歳で両親と死に別れてしまった半分人外の血が流れている少女が生きていくには、この世界は厳しすぎる。それは転移の魔法で実際にあるかわからない別の世界に行きたいと願ってしまうほどに。
よくチーリが肌色を活用したがるのはそれでもなんとか生き延びようとして出てきた結論だったのだろうか。
「そう……」
……私は私で辛い目に遭ってきたけれど、チーリもまた、辛い日々を過ごしてきたんだろうという事に改めて気づかされると、なんだかこちらも気分が重くなってきてしまった。
「あわあわあわ。でも違うのです。今は違うのですよシィおねぇちゃん」
そんな私の沈んだ気持ちを感じ取ってしまったのか、慌てたように否定するかのように手を自分の顔前で左右に振るチーリ。
「それは過去の話なのです。ひとりぼっちだったチーリは、ティセママとシィおねぇちゃんによって、新しい居場所をもらえたです。ここはチーリがいてもいい場所だって教えてもらったです」
そう言いながら照れたように少し俯いてから、チーリは上目遣いにこちらを見つめると……。
「なので、チーリに居場所をくれて、ありがとうなのですシィおねぇちゃん。チーリはシィおねぇちゃんのこと、本当のおねぇちゃんみたいに思っているのです。今は眠ってるティセママにも勿論感謝してるのです」
そう言って私に笑顔を向けるチーリ。その顔はいつもの生気や覇気の無い蒼い顔ではなく、純真無垢な一人のかわいらしい少女の笑顔だった。
「ちなみにだけど読んでて気がついたです。チーリが使いたかった『転移』はこの本に載ってなくてとても残念なのです。この本に載っていた『転移』はただ場所を移動するだけだったです。失敗したです」
そう言いながら、おどけたように自分の頭を叩く仕種をしながら舌を出すチーリ。
ちょっとおっちょこちょいな所もあってなんともかわいい私の自慢の妹だ。
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「話を戻すですけど、転移の魔法とは別に、チーリは今使ってみたい魔法があるのです。その魔法は実在するかわからないですけど。あれば使いたいのです」
「えっと、それはどんな魔法?」
私が尋ねるとちょっと恥ずかしそうにしてなかなか教えてくれないチーリだったけれど、暫くすると、はにかみながらチーリは私に教えてくれた。
「……ティセママは優しくて、私も本当のママのように慕ってるですし、チーリおねぇちゃんも、本当のおねぇちゃんのようにチーリは大好きなのです。
だけど、ティセママは人間で、チーリは半分人間だけど半分アンデッドのリッチで、シィおねぇちゃんは妖精のバンシーなので、進む時間が違うのです。
……だから、みんなが同じペースで生きていけるように、チーリとシィおねぇちゃんが人間になれるような、そんな魔法があれば使いたいのです」
「それは……うん、できたらいいね」
私もすっかりティセとチーリとの親子姉妹のような関係が好きになってきていたし、チーリが話すような魔法があるのならば、私も人間になりたい。欲を言ってしまえば、2人と血の繋がった家族になりたい。
でも、人外が人間になるような魔法なんては一度も聞いたことはなく、空想上のものでしかないだろう。
そして3回も生まれ直したのに、3回ともバンシーだったことから、仮にまた生まれ変わったとしても、また私はバンシーとして生まれ変わるのだという事もなんとなくわかってしまう。
それはまるでこの世界の摂理のようなもので……つまり、私たちは永遠に同じペースで生きることはできない。
だけど、私はそう照れくさそうに言うチーリへ、それは無理な話だと伝えることがどうしてもできず、曖昧に同意することしかできなかったのだった。
「ちなみにチーリが露出の高い服を着たがるのはただの趣味なのですよ。なのでチーリは清い体なのです。チーリはこの肌色が武器なのですから有効活用したいのです」
「……まぁ、それはそうだよね」
清い体で一安心したけれど、そのアブノーマルな服装の趣味はなんとかして欲しいと思うよチーリ、姉としては。