14.冬服を買わないと
私たちがこの廃教会の壁や穴を補修してから一週間が経過した。
壁の穴をあらかた塞いだことで、隙間風による肌寒さは感じなくなっていたけれど、窓の外に見える木々が赤や黄色に色づき始めているのを見るに、冬の訪れが近いのが感じられる。
「うーん、流石にシィちゃんとチーリちゃんの冬服、いい加減用意しなくちゃいけないわよね」
「特にチーリには一着と言わず数着必要だと思う」
そう言って、私とティセはチーリの方を見ると、チーリは何で自分を見てくるのかわからないとばかりにきょとんとした表情をしている。
「チーリはこのままでいいですけど。チーリは寒さに強い元気の子ですよ」
リッチの血が流れている特性上、真っ青な顔で元気だと言い張るチーリのしている格好は、出会った当初に着ていた、黒いローブと肌色面積が非常に大きい衣装。
そしてチーリは当初私が着る予定で、今はチーリの服となっているゴスロリ服以外におへそが出ないような肌の露出が少ない服は一着も持っていない。
流石にそれで冬はダメだろう。
「どう贔屓目に見ても冬におへそが出るような肌色の割合が多い服はダメだよチーリちゃん」
「そんな。冬はチーリのこの艶めかしき究極絶壁ぼでぃを活かせないままになってしまうですか」
チーリの肢体が艶めかしいかはひとまず置いておくとして、何故そこまで肌を出す事にチーリは相変わらずこだわるんだろう。
「だから6歳児がそういう事を考えないの。それに私も冬にその格好はダメだと思う」
チーリに対して、すっかり妹としての認識が強まっている私は、すっかり保護欲まで高まっていたので私もチーリに不可であると突き付けた。
おねぇちゃんは許さないよそんなアブナい格好。
しかしチーリは、なおも厚着になる事に対して涙目になりながら抵抗する。
「だ、だってだって、マフラーと手袋さえあれば充分温かいからこの格好でいるのも乙なモノなのですよ」
「たとえ半分人間じゃなくても6歳児がそんなマニアックな格好するとその手の人たちが喜ぶだけだよチーリ。ほらたとえばあれ」
そう言って私はティセを指さす。
「……え、私!? 流石に娘にすると決めた子たちに対してそんな邪念はそんなに湧かないわよ!」
まるで心外だとばかりに私に抗議するティセだったけど……『そんなに』って言ったよねティセ。
……聞かなかったことにしよう。
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その後、不服そうではあるものの、なんとか私とティセの説得にチーリが応じてくれたので、チーリの冬服も併せて買うことにした私たちは、私とチーリが人外だとバレないように着替えてからリタキリアの村まで行くことになった。
教会の外に出てみると、吹く風の中に冬独特の刺すような冷たさが含まれ始めていて、人間ならば早めの冬着確保が必要と思われるような気温。
そんな気温の中を元気の子だと先程熱弁していたチーリはというと、露出度の低い服に着替えさせられた事もあってかテンションがだだ下がりしているのが一目でわかる。
「チーリの……色気たっぷり生肌ぼでぃらいんを活かせない冬なんて……。チーリ、冬、嫌いです」
……私としてはチーリの肌色をこれからも活かさない生き方をしてもらいたい。
「だけど、冬服にだってかわいいのいっぱいあるよー、チーリちゃん」
「かわいいと色気とぼでぃらいんを両立できる服がチーリは欲しいのです……。冬服にはそれがなっしんぐなのです。悲しいのです」
このままだとチーリの負のデフレスパイラルは永遠に断ち切れそうにない。であるならば……。
「でもチーリ、私とティセとお出かけできるのは楽しいよね?」
私は冬服の話題からチーリを遠ざけることにした。すると案の定、チーリは先程までの暗い表情から一転してその顔をパッと輝かせた。……顔色は蒼いけど。
「そうですね。チーリ、冬服はいらないですけれど、みんなでおでかけはとても嬉しいのです。シィおねぇちゃんも楽しいですよね?」
「え、あ……。うん、楽しいかも」
真っ青な笑顔を向けながら私に問いかけるチーリ。顔色は蒼いながらもチーリのその純粋な笑顔を見た私は、自分の中の天邪鬼な部分が引っ込んでしまったのかチーリの言葉をそのまま肯定した。
…段々と私もこのチーリの少し不気味な笑顔に慣れてきて、それどころか逆にそれがかわいらしく思えるようになってきている。
世間にはシスコンという言葉があるそうだけれど、多分私がチーリと本当の姉妹だったらそうなっていたかもしれない。だって、チーリの笑顔、かわいいから。
「あ、シィおねぇちゃんが笑ってるのです。」
「本当だ! シィちゃんが笑ってる!?」
「え、あ」
チーリの指摘で、私はチーリの笑顔につられて無意識のうちに自分まで笑っていた事に気づかされてしまった。
口角が上がって微笑んでいるように見えた事はあったし、今の表情を満面の笑みと呼ぶにはまだまだ遠いけれど、それでも笑顔の範疇に入る表情になったのは、生まれ変わってからは初めてかもしれない。
「ぐぅぅ……シィちゃんを微笑ませるだけでなく、笑顔にするのまで再びチーリちゃんに先にやられてしまうなんて……!」
私のそんな笑顔を見てがっくりとうなだれるティセ。いやティセじゃ無理だって。露骨すぎるもの。
でも、ティセのおかげで今のこの生活を送る事ができるわけだから、まだ当分は無いけれど、ティセに対しても笑顔を向ける日がいつか訪れるのかもしれない。
……嬉し泣きは絶対にしないけど。
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そんなちょっとした騒ぎが落ち着いてから、私たちが再び村に向かって歩いていると……。
「そういえばシィちゃん、今更だけど聞きたい事があって……」
「どうしたの? ティセ」
何かを思い出したかのように突然私に尋ねてきたティセ。なんだろう。
「私とシィちゃんが出会った時、どうしてシィちゃんがあそこにいたのか聞いてなかったよね」
その言葉で私は、ティセと出会った時のことを思い返してみると……言われてみれば確かに答えていなかった。
ティセと出会った当初の私は、人間をもう死なせたくないから一人で森の奥に隠れ住もうと決めたばかりで、『放っておいてほしい』とティセの質問を遮っていたのだった。
その後も答える機会が無くて結局言えずじまいだったけれど、段々とティセに心を許し始めてきていた私は、それぐらいなら話してもいいかという気持ちになっていたので、ここでその質問に答えることにした。
「私は気がついたらあそこにいたの。バンシーは妖精の一種だからどこかで死んだとしても、また復活するの。復活するまでに何年必要なのか全くわからないけどね。
だから私は、『死んだから』あそこにいたの。そして、いつ死んだのかは覚えてない」
この時私は、ティセの問いに対して少しぼやかして答えた。『いつ』と言えば、収穫祭の夜だけれど、『正確な日にちや時間』まではわからない、だから私は覚えていないという事にした。
そして『どこ』で死んだかについては敢えて答えなかったし、孤児院にいたことについても触れなかった。
「……そう、ということはやっぱり初めて会った時に着ていたワンピースの血は……」
私のその言葉を聞いて、ティセは何かを考え込むようにブツブツとつぶやき始めたけれど、それはあまりにも小声だった為に、私の耳にまでは届かなかった。
「ティセママ、何か考え事ですか?」
横で聞いていたチーリが、そんなティセを不思議に思ったのか裾をちょいちょいと引っ張りながらティセに問いかけた。
「あ、なんでもないよ。それじゃ早くリタキリアの村まで行こっか」
……そんなティセの姿から、ティセはティセで私に対して何か秘密を持っているようだったけれど、私はまだそれを聞いてはいけない気がして、結局尋ねることはできなかった。