13.指ちゅぱチーリと教会補修
「ごちそうさまでした」
「なのですよ」
「はーい、おそまつさまでした」
朝の礼拝を済ませ、朝ごはんも食べ終えた私たち3人。
ティセは食べ終えた皿を洗い始め、チーリは再び読書。そして私はというと……特にすることがなく手持ち無沙汰となってしまった。
「……朝ごはん食べたばかりだけどいいか」
私はポケットに入れていた袋を開けて、中から『パンの耳を揚げて砂糖をまぶしたモノ』を取り出してかじりついた。
……おいしい。
朝ごはんを食べたばかりでこれ。内心それはどうなんだろうと自分で思ったりもするけれど、だってこれおいしいんだもの。
ちなみに、この『パンの耳を揚げて砂糖をまぶしたモノ』の名前がわからなかったので、ティセに尋ねた事があるのだけれど……結局よくわからなかった。なにせ……。
──パンの耳を揚げて砂糖をまぶしたモノはパンの耳を揚げて砂糖をまぶしたモノだよ? ラスクなんてこじゃれた名前なんてあるわけないよ?
そんな風に梨の礫だった上に、そう話すティセの目には光が宿っておらず、非常に恐ろしかったので私もそれ以上聞くことはできなかったのだ。
と、そんな事を考えながらパンの耳を……長いから、以下パン耳揚げと呼ぶことにしよう。
パン耳揚げを食べていると、チーリがこちらを見ているのに気がついた。
「シィおねぇちゃん、それなんですか? おいしそうです」
そういえばチーリは、私たちがこれを作った時にはまだ一緒じゃなかったから知らなかったんだ。
「チーリも食べる?」
「わー、やったのです。ありがとうシィおねぇちゃん」
血の気も覇気もない顔で喜んだチーリが私の方へ駆け寄ると、差し出したパン耳揚げを受け取……らずに直接かじり始めた。その食べ方はまるで齧歯類のよう。
「ちょ、チーリ。自分で持って」
私の抗議の声が耳に入らないのか、目を輝かせながら食べるチーリによって徐々に短くなっていくパン耳揚げ。
やがて私の指よりも短くなり、直接かじるのが困難な大きさになると、なんとチーリは私の腕を摑み、私が逃げられないようにした上で指ごとしゃぶりついてしまった。
舌で私の指からパン耳揚げを掬い出すように取り上げて自分の口腔に運びこむと、チュパチュパと音を立てながら私の指についた砂糖を綺麗になめ取るチーリ。
その表情はどこか恍惚としていて、なんというか6歳児がしていい顔ではなかった。
私がそんなチーリに困惑した表情を浮かべていると、この事態を遠巻きに見ていたティセは、驚いたような顔をしたかと思うといい笑顔を私に向けてきた。
「待ってティセ何その表情。そんな事よりチーリを引き剝がして。6歳女児が『女の顔』しててこれ以上はまずい」
私がティセにチーリを引き離すようお願いするけど、当のティセは相変わらずニッコリと素敵な笑顔。なんでだろう、すごく腹立つ。
「ちょ、ティセ。それ以上その顔を続けたら私怒るよ」
やがて口を開いたティセは一言……。
「尊い、尊すぎる」
何がだ。
「うるさい、ティセのバカ」
……結局、チーリが私の指から口を離すのは、口の中にあったパン耳揚げを飲み込み終わるまで続いた。
チーリに噛まれる事は幸いにも無かったけど、今度からは別に袋を用意してそれを渡そう。そう思う私なのだった。
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そんなちょっとした騒動が終着してから暫くすると、今度は椅子に座っていたティセが立ち上がり、何かを決意したかのように握りこぶしを作った。
「さあて、流石にこの廃教会のボロボロ具合から目を反らすわけにはいかなくなったわね。私一人だけだったならこれで充分だったけれど、3人で暮らすとなればやっぱり補修が必要だわ」
「一人の時からやるべきだったと私は思う」
「えー、だって面倒だったもん」
ティセはこの廃教会に2年は住んでいると言っていた。いくら面倒だからとは言え、本当によくここまで放置していたものだと逆に感心してしまう。
まぁそのおかげでチーリにも出会えたし、ティセにも出会え……違う、私はそれを喜んでいるわけじゃない。
私がその考えを振り払おうと頭を横に振っていると……。
「チーリはこのボロボロ具合もわりと好きなのですよ」
一方こちらは数か月前からこの廃教会の住民であるハーフリッチのチーリ。チーリがいた小部屋はダメージが少なかったように見えた為に、そう思えたのだろう。
「でも、廊下の床腐っていたり穴開いてたりするから、怪我しちゃうかもしれないわよ」
「問題ないですよ。チーリはそんな簡単に床を踏み抜いたりs」
心配するティセをよそに、そう言いながら一歩踏み出したチーリだったが……チーリは運が悪かった。
チーリが踏み出した先はたまたま床が腐っていたようで、足を着いた途端に床は陥没し、チーリの体下半分がスポッと床下に埋もれてしまった。
「……」
「……」
「……」
部屋中に気まずい空気が漂う沈黙の世界。そうなってしまったきっかけを自ら破るようにチーリは私とティセの方を振り向いた。
「やっぱり修理は必要なのですよ」
たった10秒で考えを改めるチーリであった。
チーリに怪我は無いようで良かったけれど『今日は一日幸せ三昧』と言うきっかけとなったティセの迦陵嚬伽の声。
やっぱりティセ程度のそれでは幸せ三昧とまではいかなかったようだ
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そんなこんなで廃教会の補修をすることにした私たちだけれど、そもそも直すべき箇所が多すぎる。
どこから手をつけるか考える私たちだったけど、真っ先に直したい箇所については3人とも考えが一致していたようだ。
「まぁ順当に屋根よね」
「ん」
「ですよ」
というわけで、最初は屋根から直すことに決めた私たちは教会の中に打ち棄てられていたハシゴを外壁に架けて、屋根へ登ってみると…。
「うわぁ、直接見ると、穴が予想以上にあるわ」
「ここまで放置してきたのがすごい不思議」
「虫食い葉っぱみたいです」
予想以上に屋根が傷んでいることが判明した。すぐに直そうという事になったのだけれど、私たちは全員、建築の知識なんて勿論無い。そんな私たちにできることといえば……。
「まぁでも素人の私たちにできるのは、せいぜい板を打ち付けて応急処置するぐらいよね」
「それでも何もしないよりはまし」
もう本当にそれぐらいしかできないのだ。
というわけで、すぐさま応急処置に取りかかろうとした私たちだったけれど、ここで一つ問題が発生した。
「だけど、どうやって板を屋根まで持ってこようかしら」
「何か使えそうな魔法無いの?」
「うーん、私、光魔法とや聖魔法以外はからっきしで」
地上から屋根に向かって補修用の板を渡す手段が無いのである。
板を抱えながらはしごを登るのは困難。
手渡しという方法も地上から屋根までの高さが相当ある上、私とチーリは勿論のこと、一番の年長者であるティセも背が低い為、屋根に向かって板を渡す事ができない。
一体どうすればと私とティセが悩んでいると、横にいたチーリが自身の胸をドンと叩いた。
「そこはチーリにドーンと任せるのですよ、なんとチーリは物を浮かせる浮遊魔法が使えるのです」
チーリが呼んでいた魔導書にそういえばそんな項目があったけれど、既にチーリはそれを習得していたらしい。魔力が著しく低いと言っても流石リッチだ。
というわけで、地上からチーリが板を魔法で浮かせて屋根まで飛ばし、それを屋根にいる私とティセが受け取って直すという作戦で、私たちは屋根を修理する事となった。
そしてこの作戦が功を奏したのか、比較的早い時間で私たちは屋根の補修が完了し、
その後も壁や床板の補修を次々に行っていくと、あんなにボロボロだった廃教会が一転、なんとか人が住めそうなレベルにまで補修することができたのであった。
……まぁ、壁も屋根もただ板を打ち付けただけだし、床板も見た目関係無しで、私たち3人が乗ってもギリギリ割れない程度に頑丈な板を探してそれに交換しただけ。
その結果色合いを度外視する事となった為に床の色がちぐはぐで、パッと見は相当みすぼらしくなってしまったのだけれど、誰かを招くわけでもないし機能性重視だからこれで問題は無いのだ。
と、ここまで補修を終えて教会に入ると、私はある事に気がついた。
「なんだか建物の中暗くなっちゃった」
「あー、そうだね。穴が採光窓代わりになっていたのにそれを塞いじゃったもんね」
今まで屋根や壁の穴のおかげで入り込んでいた日射しがなくなり、建物内が薄暗くなってしまっていたのである。
「ティセ、あとで灯りになるもの買わないと」
私がティセに話しかけると……。
「あ、私照明魔法使えるの忘れてた。えい」
そう言うなりティセは、詠唱すらせずに照明魔法を放った。すると先程まで暗闇が手を伸ばしていた世界が一瞬にして消え去り、辺りは光の世界に包まれた。
どう、すごいでしょ、とでも言わんばかりに胸を張るティセ。
確かにすごいけど私はそれ以上にティセに言いたいことがある。
「最初から使えるなら私がここに住む前からそれ使って」
「いやぁ魔法を使うのも面倒で」
「どれだけものぐさなのティセは」
取り越し苦労だった。全くもう。