12.ティセ目覚まし大作戦
翌朝、目が覚めた私の視界に映るのはティセの寝顔ではなく天井。昨日からベッドで眠ることになった為、ティセの上ではなく横で眠っていたのだ。
「うー……、なんだか昨日はいっぱい失敗した気がする」
私は昨夜の失態を思い出してしまったが為に、のたうち回りそうになる気分を抑えながらベッドから降りた。
ベッドの上では、ティセが相変わらず気持ちよさそうな顔で眠り続けていたのだけれど、もう一人、一緒に眠っていたはずのチーリの姿がベッドの上に見当たらない。
「あれ、チーリはどこ……ってそこにいたの」
私が部屋の中を見回すとチーリは先に起きていたようで、部屋の片隅で本を読んでいた。
「チーリ、おはよう」
「あ、おはようなのですシィおねぇちゃん」
チーリは私に挨拶を返すと再び本に視線を落とした。すごく夢中になって読んでいるようだけれど、一体何の本を読んでいるんだろう。
「……何読んでいるの?」
「魔導書なのですよ、チーリはハーフリッチなので、たいした魔力は持ってないですけれど、リッチとしての血を受け継いでるわけなのですから、魔法とか魔術とかへの探究心が尽きる事がないのですよ。
ここ数日バタバタしていて全然読めなかったですので、読みたい衝動を抑えられなかったのですよ」
チーリが読んでいる本の中身を私がチラッと覗き見た部分に書かれていたのは、浮遊、飛空、降霊術、死霊術、時間移動、転移、人体錬成などの文字。
それはどう見ても小さな子供が読むような内容ではないのにも関わらず、チーリはその内容を理解した上で読んでいるように見える。
やはりまだ6歳と言っても、そこはリッチとしての性質が強いようだ。
「ふぅ、今日はここまでにするのですよ」
一呼吸つきながら、読んでいた本に栞を挟むとパタンと閉じて、おもむろに私の方を見向くチーリ。
「それじゃ、シィおねぇちゃん。ティセママを起こすのですよ」
「ティセを?」
チーリの言葉で私がティセの方を見てみると、ティセは私たちのおしゃべり程度では起きなかったらしく、まだぐっすりと眠っている。
今まで壁にもたれていて眠っていたのが、昨日からベッドの上に変わったのだから、非常に寝やすくなったのだろう。
「うーん、起きるまで寝かせておけばいいと思うんだけど。だってティセにとってもベッドは久しぶりだと思うし」
「ダメなのですよ。チーリはティセママを起こしたいのです」
チーリはリッチだからか知的探究心の塊だ。ここまで頑なになっているのはきっとどこかで得た知識を試してみたいに違いない。
「起こすといってもどうやって? 普通に揺するんじゃないよね?」
「おっとシィおねぇちゃん、ご明察なのですよ。チーリは試してみたい方法があるのですよ」
チーリが試してみたいと話すティセを起こす方法、それは……。
「ずばり、耳元ささやき作戦なのですよ」
「……は?」
私は思わず『お前は何を言ってるんだ』という顔になってしまった。
……いけないいけない。まだ作戦名しか聞いていない、具体的にはどういう事なのかをちゃんと聞かなければ。
「えーっと、それってどういう……」
「仰向けにティセが眠っている今がチャンスなのです。ティセママの両腕からチーリとシィおねぇちゃんがそれぞれ抱きつくのです。それで耳に向かってまずは息をフッと吹きかけるです。
それで起きなかったら、今度はティセママの耳元で両側から甘い声で囁くのですよ。
『ティセママ起きるのです、起きないとティセママの耳をはむはむしちゃうのですよ』って」
「……」
どうしよう。全く言葉が出ない。というかなにその作戦。
あまりにもしょうもないその作戦内容を聞いた私が思わず白目になりそうになったその瞬間、ティセの体が一瞬ビクッと動いたのが見えた。
それは、先程のチーリの言葉に反応したかのようで……もしかして。
「ティセ、もう起きてるでしょ?」
「ぐ、ぐーぐー、わたしまだ起きてないぐーぐー」
……嘘が下手すぎる。一体誰がそんな手にだまされるというのか。
「ティセママはまだ起きてないらしいです。なのでチーリがさっき言った作戦で起こしちゃうのですよ」
そんな手にだまされる存在がここにいた。……チーリはちょっと純粋すぎるのでは?
知らない人にコロッとだまされそうな気がして、チーリの将来が少し心配になる。
「ティセママ、起きるのですよー」
チーリはそう言いながら、まだティセが眠っているベッドの上へよじ登ると、ティセの耳元でなにかを囁き始めた。しかしティセは一向に起きる気配を見せない。
「むぅー、シィおねぇちゃんも一緒にやるのです。やったらきっとティセママは目を覚ますのですよ」
「そうだよーきっとおきるよーぐーぐー」
正直なところ、チーリ一人でやってもらいたかったけれど、多分これは私も一緒にやらなければティセが目を開けないやつだと直感してしまった。というかティセ、それ絶対起きてるじゃん。
「まったくもう、しょうがない」
本当に面倒くさいことこの上ないけれど、やるとなったらとことんやらせてもらおう。
それこそ、チーリが提案した以上のことを。
「ティセ、起きて。……フッ」
ベッドの上にあがった私は、チーリとは反対側のティセの耳に向かって小声で囁いた上で、耳に向かって息を吹きかけてみてからティセの顔をもう一度覗き見ると……。
……なんだかティセの口角が急にあがったんだけど。
吹きかけられた息がムズかゆくて微動しまくっているのに、それでも目は固く閉じられたままで、目を開けまいと力が込められているのもわかる。
というか起きてるじゃんかこれ。
「ティセ、どう見ても起きてるようにしか見えない」
「ね、眠ってるよグーグー」
……こりゃひどい。
あまりにもあんまりなティセの狸寝入りに思わず呆れてしまいそうになる私だったけど、その気持ちをなんとか抑え、次の作戦に移行することにした。これで起きなかったらもう知らない。ずっと寝てればいいんだティセなんか。
「ほら、起きてティセ…んっ」
私はティセの耳を甘噛みして、口から耳が離れないように固定させてからちょっとだけ耳をペロッとなめてみた。
「ふひょおお!?!?!?」
するとどうだろう。私の行動が予想外だったのかティセが驚いたように思い切り目を見開き、変な声を上げながら瞬く間に飛び起きたのだ。
そのティセの行動の素早さは、基本的に感情が高ぶらずに平坦である私ですらも思わず驚きそうになってしまうほどで……。
「すげーのですシィおねぇちゃん。チーリの作戦以上のことをやってしまうその姿勢、感服してしまうものがあるのです」
何故か感激した様子のチーリ。いや、別に感激するようなことじゃないよねこれ? 大丈夫だろうかこの子は……。
一方、ティセはというと、顔を赤らめつつ私が甘噛みした耳を触りながら、こちらの方を振り向いて尋ねてきた。
「ね、ねえシィちゃん!? さっき、私の耳を…あ、甘噛みした上で、な、なめた?」
「ん」
甘噛み、さらになめるという予想外の行動が夢ではないことを確認したかったらしいティセに対して、私は手短に肯定した。
……なんだか、ティセの肩が震えているんだけど……どういうこと?
なんて疑問に思っていると、ティセが突如声を張り上げた。
「ついにシィちゃんにデレ期が!?!」
「そんな期はこれまでも、これからもない」
「やっぱりシィおねぇちゃんはすげえおねぇちゃんなのです。ティセママの迦陵嚬伽の声を聞かせてもらったので今日は一日幸せ三昧になるのですよ」
「チーリはチーリで落ち着いて。何言ってるんだかさっぱりわからない」
相変わらず訳のわからないことを言うティセと、よくわからない事で感激し、ティセと同様によくわからない事を言い出すチーリに思わずため息が漏れそうになる私なのであった。