11.チーリのこだわりと新しいベッド
チーリの服を買うべくルベレミナの村を歩き回る私たち。閉まっている店も多いとは言え、食料品店や雑貨屋、武器屋に防具屋、それに宿屋などは普通に開いているので、生活をする上ですごく不便というわけではなさそうだ。活気は全くといっていいほど無いけど。
そんな風に思いながら村の中を練り歩いていると、ティセが服飾店の前で足を止めた。まずはここでチーリの服を買うようだ。
まぁ、先に布団なんて大物を買ってしまったら、それを持って村の中を歩き回るのは大変だものね。
「こんにちはー、服見させてくださーい」
「あいよ」
お店の中へ先に入ったティセが店員に声をかけてから、私とチーリは子供用の服の場所へすぐさま連れて行かれる。
「ティセママ、チーリ、こんなにたくさんある中から好きな服を選んでいいのですか?」
たくさん並ぶ服の山に驚きを隠せなかったのだろう。チーリはあたりをキョロキョロと見回し、口をあわあわとさせながらティセに尋ねた。
「いいよー、気に入ったのがあったら見せてね。私がいい! と思ったら何着でも買ってあげるから」
「やったのです。早速探すのです」
チーリは、嬉しそうに服を選び始めた。服に興味があるのを見るに、チーリは意外とおしゃれにも気を遣ったりするタイプだったようだ。
それに対して、服を選ぶチーリを眺めながら、ただボーッとしているだけの私。何せ私は、服はおろか何に対しても興味が無い。だけど、ボーッとすることをティセが良しとするはずもなく……。
「もちろんシィちゃんもだよ! さあ選んで!」
「え、私はいい……昨日買ったばっかだし」
私は遠慮しようとするのだけれど、そんな事で簡単に首を縦に振るティセな訳ない。
「だめですー! 女の子はおしゃれが大事だから何着あってもいいんですー!!
というわけで、シィちゃんは少なくとも2着選ぶまではおうちに帰れません!」
「ティセの鬼」
こう言い出すとティセは意地でもその考えをやめないことは、この数日で身をもって体験したので、私はティセに悪態をつきながらも渋々服を選ぶことにした。
渋々ながらもちゃんと選ぶことにしたのは……昨日みたいにとんでもない服を選ばないようにというだけで、決して選り取り見取りで目移りしてしまうからってわけじゃないことだけは言っておきたい。
……ホントだからね?
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それから、私とチーリが選んだ服の代金を支払ったティセは、次のお店へと向かおうと、店を出た私たちの手を取ってそのまま歩き始めた。そんな私とチーリの手を取りながら歩くティセの表情はどこか複雑そうだ。
ちなみに、私もなるべく表情を変えないようにしていたけれど、おそらく気持ちはティセと同じだ。その原因は只今ゴスロリ服に身を包んで私たちと一緒に歩く蒼白い顔をした少女。
「うーん……、チーリちゃん。どうしてチーリちゃんが選ぼうとする服はどれも露出度が高いのかな……?」
そうである。チーリが選ぶ服はやたらと肌色が目立ちそうな服が多かったのだ。
ティセにその事を指摘されると、チーリは何故それを疑問に思うのか全くわからないという顔で反論を始める。
「ティセママもシィおねぇちゃんも何で困った顔しているのかチーリにはわからないのですよ。
肌色担当のチーリがこの魅惑のぺったんこぼでぃを活かすにはこういう布地の少ない服で誘惑するがベストなのですよ。これがチーリのこだわりなのです」
「えーっと……そんなことする必要、全く無いんだよ、チーリちゃん」
「だから6歳児が体を張る必要ない」
「そんな。ではこのチーリの悩ましきイカ腹ぼでぃを活かす術は無いというですか」
チーリのこの自信は一体何処から来るのだろうか。いい子だと思うけど、チーリのこの考えだけはどうしても理解できない私だった。
その後は食品を買い求めたり、最後に当初の目的だった布団を買ったり。
非常にかさばって持ち運ぶのが大変だったけど、なんとか森の中の廃教会に帰り着いた私たちは、早速ベッドのある部屋へと向かった。
「というわけで、今日からはここで寝ます!その為にお布団の交換と周りのお掃除をしたいと思います!」
そう言いながらティセが指さしたベッドは、幸いにも脚をはじめとした本体自体は問題無さそうだったけれど、、ベッドの上にセットされている布団は、現状のままでは寝るのが無理だとすぐに断言できてしまうほどに、ホコリと穴とカビとシミでいっぱい。
その有様は人間であるティセはもちろんのこと、人間でない私とチーリですらこれは遠慮したいと思うほどのモノであった。
「ティセが今までベッドで寝なかった理由、よくわかった。ただ……」
「ただ?」
「これ、布団を買い換えて掃除をするだけですぐ使えそうだって事を考えると、私たちと一緒に寝る前からそれをやっておけば、壁に寄りかかるように寝なくて済んだのでは?」
何故今日まで延ばしていたのだろうか。
何か特別な理由でも……。
「え? だって面倒だし」
「……」
ただ単にティセがものぐさなだけだった。
それに気づいた私は、無意識のうちに、あきれた眼差しをティセに向けてしまった。
「まぁまぁ、シィちゃんもそんな目を向けないで。ほら、もう陽が傾いてきてるから早く片付けしよ。でないと今日もまた壁に寄りかかって寝ることになっちゃうよ」
「あっと、そうだった」
「早く始めるのですよ」
それから私たちは今日からベッドで眠るために、部屋の掃除や古い布団の片付けをなんとか陽が落ちるまでに終わらせ、ようやく新しい寝床を確保することができたのであった。
そしてその夜、ある小さな事件が起きた。
******
「それじゃシィちゃんとチーリちゃん、そろそろ寝るから二人ともこっちにおいで」
「ん」
「わかったのです」
お風呂や夕飯を食べ終え、暫くのんびりとしていた私とチーリは、ティセに促されるままにベッドに入った。
正直、バンシーである私も、ハーフリッチであるチーリも眠る必要も無いのだけれど、なんだかんだこれでいいかと思うようになっていた。慣れって怖い。
そして、今日からはベッドに寝るわけだったのが、うっかり私は、無意識でベッドの上に入ると昨日までと同じ定位置で眠ろうとしてしまっていた。それはつまり……。
「えっと、シィちゃん。ベッドは充分なスペースがあるから、私の上に跨がるように寝なくても大丈夫だよ?」
「あ」
しまった。つい昨日までの癖でティセの上に跨がってしまったのだ。
慌ててティセの上から降りたけれど後の祭り。私に跨がれていたティセはにんまりとした笑顔をこちらに向けている。
しまったなぁ、これはとう考えてもティセを調子に乗らせてしまう悪手だ。
「シィちゃんがそうしたいというなら、私の上で眠っても別に構わないんだよ?」
「……うるさい」
そんなんじゃないから。私なんとも思ってないから。
その時、それを横で聞いていたチーリが話に割って入ってきた。
「じゃあチーリがティセママの上で寝たいのです」
「え」
「『え』? 今シィちゃんもしかして残念がった?」
しまった。ここで連続して失態を犯してしまった。口から変な声が漏れ出てしまったのに気づいた時には既に遅く、にんまりと笑っていたティセの顔がますますにやけてしまっている。
「うるさいうるさい、ティセのバカ」
私は子供っぽくすねながらティセから降りた私はティセに背を向け、そのまま目を閉じた。
「あはは、ごめんねシィちゃん。……おやすみ」
私の頭を優しくなでるティセの手の感触を、心地よいと思いながら。