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01.雨の日、生まれ変わった私

「雨……降ってる……」


 頬に当たる雨粒を意識したその瞬間、私は見知らぬ森の中に一人佇んでいる事に気がついた。


「ああ……またなの」


 それだけで私は悟ってしまった。また生まれ変わってしまったんだと。


 見た目は6歳ぐらいの少女で、ボロボロの白いワンピースに膝下まで伸びた長い髪で裸足。近くに鏡も何も無いけどおそらく私の瞳は燃えさかる炎のような真っ赤な色をしているだろう。


 これらの情報だけで感づく人は感づくに違いないけれど、私は人間じゃない。私はバンシーという妖精の一種だ。


 バンシーというのは人間から好かれるような存在では決して無い。なにせ死期が近い人がいる家の前で泣く不吉な存在だし、死なそうと決めた対象の目の前で泣き声をあげてしまえば、その対象をいとも簡単にあやめてしまう事ができる力まで持っているのだから。


 そんなバンシーである私は、妖精としてではなく化け物や怪物として見なされる事も多く、見かけ次第退治してしまえばいいという考えを持っている人も大勢いる。現に私は、この森の中で気がつく前、最後の記憶ではどこかの町にいたはずだった。

 その町の中で、私の記憶にある限り最後の場面は……鎖で拘束された私の体と私に投げかけられる罵声、そして憎悪と恐怖が入り交じった数多あまたの視線。



──バンシーは早く殺してしまえ! 俺たちまで死んでしまう!!

──あんたのせいで孤児院長が……!!



 その先のことは覚えていないけれど、それだけでなんとなくわかった。この記憶を最期に私は殺されたんだと。



「……もういや」


 生まれ変わったのは今回が初めてではなく、私の記憶にある限り今回が3回目になる。


 最初の1回目はバンシーとしての本能のままに泣きたい時にただ泣いた。そして私が泣くことによって誰かが死ぬ事に気がついた時にはもう遅く、害悪な存在として討伐された。


 2回目、つまり前回生まれ変わった時は同じ末路を辿るのを避けるために、私は泣かないことを決意した。それはバンシーとしてあるまじき決意だけど、そもそも私は泣いて死なせる行為に対して意義を全く見出みいだせなかったもの。


 そうやって一人、どこかの廃村で過ごしていると、孤児か捨て子かと勘違いした人間によって私は保護され、ある町の孤児院へと連れて行かれた。


──というわけで、この女の子を保護してくれませんかね。

──わかりました。こちらで保護します。……おや、この子は随分赤い目をしている。もしや……、いや大丈夫でしょう。ところであなたの名前は何というのかい?


 孤児院の院長は、私の正体がバンシーであることに薄々感づいていたみたいだったけれど、他の子たちと分け隔てなく大切に私を育ててくれた。

 そして名前のなかった私は、その時に『シーナ』という名前をもらい、それからは今までとは全く異なる新しい日々が始まった。


──一緒に遊ぼう! シーナおねぇちゃん!

──シーナちゃんって本当にお人形さんみたいで綺麗。きっと大きくなったらすごい美人になるよ。いいなぁ。


 シーナと名付けられた私の事を他の孤児院の子たちも慕ってくれ、特に私と見た目の年齢が同じぐらいの女の子とはとても仲良しになれた。


 そんな孤児院での暮らしは、裕福とはほど遠かったけれど、私がそこでの日々で初めて感じるようになったのは、心の奥から湧くような温かさと人として生活することで得られた充足感。

 今回生まれ変わるまでに幾年経っているのかわからないのと、生まれ変わった事による弊害、どちらの理由によるのかは知らないけれど、孤児院のみんなの姿が遠い記憶のように朧気おぼろげにしか思い出せず、院長以外は顔も名前も殆ど覚えていない。


 それでも私は孤児院のみんなが大好きだった。


 ……だけど結局私は、泣かないようにするという決意を貫く事はできなかった。


 孤児院で過ごすようになってから3年ほど過ぎたとある秋の夜。その町では秋になると数日間、収穫祭が開かれるのだけれど、普段は町の人から少し疎まれている孤児院の子供たちも収穫祭に参加することが許されていたのだ。



──私は院長と残ってるから、みんなで楽しんできてね。

──……そっか。シーナちゃんと一緒に回りたかったんだけど体調悪いなら仕方ないね。それじゃ行ってくるね! お土産いっぱいもらってくるからね!


 人間のように振る舞っていても結局私はバンシー。


 体が弱いということにして極力外へ出ないようにしていた私は、何かが起きてからでは遅いからと、この年の収穫祭も具合が良くないということにし、他の孤児たちのお世話を特に仲良しだった女の子に託して院長と一緒に孤児院で過ごすことにした。


──シーナは一緒に行かなくてよかったのかい? 体調も別に悪くなかっただろう。


 院長が私に尋ねる。その頃には、私は自分がバンシーである事を院長に既に打ち明けていた。

それは、後々発覚してしまうよりも自分から申告した方が、嫌われたり、追い出されたりした時のダメージが少ないからという保身によるもの。

 だけど、院長は私を追い出す事もせずに、私の事を他の孤児たちと同様に一人の人間として扱い続けてくれた。

 おかげで人ならざる者だった私も人間らしい生活を送ることができ、院長には感謝の気持ちを禁じ得なかった。



──大丈夫だよ院長さん。私は外に出ないで、ここで過ごすのが一番いいと思うの。

──……そうか。本当なら君にも楽しんでもらいたかったのだけれど。



 あの時の少し寂しそうな院長の顔が生まれ変わった今でも頭を離れない。



 そんな風に私と院長が孤児院で過ごしている時、収穫祭で人々が浮かれている町の影では、ある不穏な動きをする者たちがいた。


 収穫祭を楽しもうとおのおのの町人が家を空けた隙を狙って、窃盗団が町の中に忍び込んでいたのだ。普段ならばこの町の門番や兵士が入ってきた時点で気づくのだろうけど、職務より遊ぶことを優先したのか、この日は全員が仕事を休み、防犯体制が脆弱ぜいじゃくになっていたらしい。

 そんなザル体制に味を占めた窃盗団が、留守になった家々から次々と金目のものを盗み、最後の標的に選んだのが、私たちがいる孤児院。


 孤児院には金目のものなんてあるわけがない。しかし、子供がいる。子供は奴隷として売り払うこともできるし、見目の良い者がいればより高く売れるだけでなく、慰み者として自分たちで使う事だってできる。


 そして、この窃盗団にとって、どうやら私は後者だったようだ。


 人間からしてみると、私の顔は陰鬱な表情をしているもののそれが逆にはかなさをかもし出しているように見えるらしく、その上、顔つきも整って見えるようで、私を見た窃盗団は上物がいたと下卑た笑みを浮かべた。


──孤児院に上物のガキがいるって噂は本当だったようだな!おら、こっちへ来いや!!

──なんですかあなたたちは!? やめてください! この子はあなたたちなんかに渡しません! ……ぁがっ。


──あーあ。このじじいナイフ一本で死んじまいやがった。


 院長は私がさらわれないように必死に抵抗したけれど、当たり所が悪かったのだろう。窃盗団が投げたナイフが運悪く院長の眉間に刺さり……一瞬で殺されてしまった。


 こんな私にも優しくしてくれた院長がもう、動かない。私はその瞬間、頭の中が真っ白になり、こいつらを許さないという怒りと悲しみの感情が溢れ、無意識のうちに思わず大声で泣き声を上げてしまった。


 ……それがいけなかった。


 私の泣き声を聞いた瞬間、窃盗団たちが急に苦しみ始め、次々倒れたかと思うとあっという間に絶命したのだ。


 バンシーとしての力の中でも、この『対象に向けて意図的に泣き声をあげる事で簡単に殺せてしまう力』は自分でも恐ろしく感じてしまう。確かにこんな力を持っている存在が近くにいたら、普通の人間なら恐怖の対象でしかない。


 そして私は、この力を使って窃盗団を殺した事が発端となって、町の人に正体がバンシーだとばれてしまった。さらに、私の泣き声が原因で院長も命を落としたのではないかと冤罪までかけられ……先程の鎖で拘束された記憶へと繋がる。


「やっぱり私はバンシーだから……一人で生きていかなくちゃいけない」


 常に人間を死なせたくて死なせているわけではないのに、その泣き声には常に『死』の存在がつきまとう。これがバンシーという妖精の特徴であり、変えたくても変えられない。


「こんな辛い気持ちになってしまう事がわかっていたなら私は……孤児院で過ごしたくなかった」


 私が知ってしまった心の奥から湧いてくるような温かさ。それは一度味わってしまったが最後、心が飢え、渇いてしまうような感覚に陥り、喉から手が出るほどに欲しくなってしまうモノへと変貌しきっていた。

 でもそれは、バンシーである私が、決して渇望してはいけないモノだ。


 ならば……せめてそれを思い出さないように、誰にも気づかれることなくひっそりと森の中で生きていく方がいいのかもしれない。


 そう心に決めた私は、この森のさらに奥へと移動しようと思ったのだけれど、生まれ直して過去のことを思い出す行為が、思いのほか大きな疲れとなっていたらしく、ちょっと歩いただけでへたりこんでしまった。


「……だめ。ちょっと休んでから行こう」


 私は、近くにある木まで這いつくばりながら辿り着くとそのままもたれかかって、ゆっくりとまぶたを閉じた。




 そんな私の姿を誰かが見ていたなんて思わずに。



2本目連載開始しました。よろしくお願いいたします。

初日のみ3回更新で、明日以降は1日1更新になります。

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