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短編・童話集

快速ランナー――超足が速い人――

掲載日:2020/09/27

 帰省の際の出来事だ。

 俺は妻の運転する車の助手席に座っていた。


 妻とは何気ない日常の会話を交わしていた。

 ほとんど何の意識もなく。

 既婚男性なら難なくこなせることを、そのときもやっていた。


 そうしてぼんやりと窓の外を眺めていた。

 不可思議なものが目に入ったのはその瞬間だ。

 最初は目を疑ったさ。

 とても信じられるようなことじゃない。


 男が隣を走っていた。

 車に乗っているわけじゃない。

 文字通り、走っていた。

 二本の足を交互に出して、地面を蹴っていた。


「おい」「何よ」「隣の車線、見てみろよ」「何だっていうの? 運転中に」


 妻は運転には神経を使う、と常日頃口にしていた。

 その割に口が回るものだとは思うが。


「ほら」「……何、あれ」「男だろ」「そりゃそうだけど……」


 向けられる視線に気がついたのか、男はこちらへ顔を向けた。

 ごく普通の男性だ。毎日の電車通勤中、何人もすれ違うような。


 にこやかに笑顔を見せ、軽く手を振ってきた。

 不気味なところは感じない。

 これは怪談の類とも違うらしい。

 高速道路で追っかけてくるおばあさんの話のような。


 俺は窓を開けた。

 妻が、え、と声をあげるのが聞こえた。

 高速走行中だ。

 当然、風の音が凄まじかった。


「やあ」と手をあげて俺が言う。

 無論大声でだ。

「こんにちは」と相手が答えた。

 話も通じる。

 向こうも大声だ。


「だいぶ速いね」「そうなんですよ。自分でも驚いているぐらいで」「どうなってるの、それ」「実は、その……詳しくはいえないんです」


 そこで会話がいったん止まる。

 俺たちの車と男、しばらくの間、併走していた。


 やがて俺たちのいる、追い越し車線を猛烈な勢いで迫る車があった。

 妻がウィンカーを出し、速度を下げる。

 男の後ろにつくような形になった。


 男の足の動きは凄まじい。

 ストライドは普通だ。

 だが、回転が並じゃない。

 というか、異様だ。

 当然だ。百十キロは出ているのだから。


「おい」と俺は妻に言う。

 すでに先ほどの車は男を追い越し、先へといっていた。


「もう一回並んでくれ」「どうしてよ。気味が悪い」「いいや、どうも悪い人じゃなさそうだ」


 再び、追い越し車線へ戻る。

 少し速度をあげ、男の隣へ。


「なあ、あんた」「やあ、何度も」「その秘密、教えてくれないか?」「いやあ……」「俺も足、早くなりたいんだ。夢なんだよ」


 俺の足は遅かった。

 あんな風に走れたら気持ちいいだろうと、何度も想像したことがある。


 男が逡巡する。

 やがて、口を開きかけた。


 だが、「危ない!」。妻のその声が突然響く。


 俺の視界にも入ってくる。

 よそ見をしていた男の目の前に、大型トラックの後部コンテナがあった。

 いつの間にやら追いついていたのだ。


 男はバランスを崩した。

 足をもつれさせるように、路肩の草むらの中へ飛び込んでいく姿が見えた。


「…………」「…………」「あの人、大丈夫かしら」「お前も、よそ見運転には気をつけろよ」


 後で新聞等を確かめた。

 その高速道路で、事故があったというものはなかった。

 男は無事だったらしい。

 転倒の原因を作ったも同然な俺は、それでほっとした。


 しかし、やや残念だ。

 あれほど速く走れる秘密が、もうすこしで聞くことが出来たのに。

 惜しいことをした。

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