3.太郎ちゃんは芸術家?
今日はさらに短いです……
幸羽が目覚めて着替えをしていると廊下から朗の叫び声がした。
「うわっ、何だこれは。さては太郎だな」
今まで側にいた太郎が、あっという間に逃げだした。
「あら、まあ。また悪戯したのね」
苦笑しながら部屋を出ると洗面所の前で朗が顔を洗っていた。
「おはようございます。朝から太郎ちゃんがすみません」
「全くだぜ。マジックで顔に落書きしやがった。あのガキは」
そう言われてみると薄らと鼻の下にくるんとしたひげの後が残っている。
「落ちやしねぇ」ムッとしている朗に幸羽はクレンジングクリームを差し出した。
「少しは効果あるんじゃないかしら……」
「おう、ありがとな」
再び洗い出した朗を残して幸羽は食堂へと下りた。
「困ったさんね。どうしようかしら」
朝食の配膳をしながら幸羽は思いを巡らした。
数日後、
「うわっ、太郎。またやりやがったな」
つい最近聞いたような叫び声が、また響いた。
「うわぁ、スッゲー 」
「アハハ! 大作だねー」
朝食を配膳していた幸羽とミアが顔を見合わせた。
「朝から元気ね、男供は」
珍しく早起きしたミアがあくびを噛み殺しながら呆れている。
普段は夜型のミアだが、定期的に朝日を浴びる必要があるとかで、今朝はその日だったらしい。
また、太郎が悪戯したのだろうと、いつもの事なので幸羽も苦笑しただけで作業を続ける。
暫くしてどたどたと、男たちが下りてきた。
「ああ、ひどい目にあった」
憮然とした顔をして朗が食卓の前に座る。そして幸羽を恨めし気な目で見た。
「幸羽、太郎に色付きマジック買ってやったの、お前だろう」
「ああ、今日のはそれだったのね。 ええ、フェイスペイント用の6色入り。 専用クレンジングもついてたし、お肌に優しいと思って。 洗面所に出して置いたんだけど、気づきませんでした?」
見つけ難かっただろうかと、幸羽は眉を下げる。
「それは見つけたし、助かったぜ。いや、その前にだ、余計なモンを奴に与えるんじゃねぇ。色数が増えた分、ひでぇ事になったろうが」
イヤそうな顔で愚痴るのを、歩と良太が笑いながら揶揄った。
「今日のはカラフルですごかったよね」
「なんでしたっけ? ああ云うの、オレどっかで見たことあったような気がする…… 」
良太が首を傾げる。
「ほら、あれだよ。トーテムポールじゃない? 」
「ああ、それだ」
二人の会話に幸羽が目を見開き、悲痛な声を上げた。
「ええっ、そうなの? そんな、ひどいわ! 」
「だろう? 鏡見て魂消たんだぞ。お前の所為だからな 」
頷いた朗は、向き直った幸羽に思いがけないジト目を向けられてひるんだ。
「朗さんたら、顔洗う前になんで私を呼んでくれなかったの? 太郎ちゃんの新作見たかったのに…… 」
「はぁ? お前なぁ。 まぁ、幸羽だしな 」
「幸羽ちゃんだよねぇ」
「相変わらず三分の一くらいずれてるよ、この人」
呆気に取られてから脱力した朗を、他の皆が笑う。
そんな事はお構いなしの本人は、いつの間にか膝に座っている太郎に言い聞かせていた。
「太郎ちゃん、新作の時は朗さんが洗っちゃう前に教えてね。なんだったら、寝てるうちにこっそりお部屋訪問するから。 私の方が朝早いし…… 」
太郎がコックリと頷いている。
そんな二人の様子を見ていたミアが意味深な笑いを浮かべた。
「あら、楽しそうな計画ね。でも、早朝の男子の部屋は刺激が強すぎるかもよ 」
「うん、やめてあげてね」
「来るんじゃねぇぞ! 」
「うわぁ、オレの部屋も勘弁してよ。幸羽さん」
ワイワイと今日も騒がしい一日が始まるのだった。
その後、ベース塗り用に筆のついたチューブタイプを買い与えたことにより、歌舞伎の隈取モドキや、何とか戦隊風などの迷作が、主に朗の顔面で生まれたのだった。
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