2.怪しいお酒に注意 後編
幸羽は夫が長期出張に出かけたので緑館に来ていた。 セキュリティは完ぺきなマンションなのだが過保護な人達が留守中は、ここか神宮寺家の屋敷に滞在するよう勧めたからだ。
「子供じゃないんだから、一人で留守番位できるのに…… 」
と言ってはみたものの、太郎にも会えるし富貴恵の美味しい御飯も食べられると、喜んでやって来たのだった。
「新婚だって言うのに、気が利かねぇ奴らだな」
寝酒という名目の焼酎の梅干し割を片手に朗が、呆れた様に言う。
「仕事なら仕方ないよね。 国内なんでしょう? 二週間は、ちょっと長いかもね」
「でも、たまに来てくれると助かるよな。 太郎も喜んでるし」
「確かに、館の平和には貢献してるね。最近機嫌悪かったからねー」
幸羽の膝の上にいる太郎を見ながら、男たちが頷き合っている。
「あら、なーに。太郎ちゃんたら、また何かしたの? 」
顔を覗き込まれた太郎は黒めがちな目をパチパチさせる。
「昨日は朝刊が折り紙にされてて、広げてもシワシワで読みにくいったらなかったよ」
歩が苦笑している。
「あれ、龍と蝉だったか? あんなの良く知ってたよな」
「ええ、私そんなの折れないわ。 すごいわね太郎ちゃん」
幸羽に頭を撫でられて得意げな顔になる。
「おい、そこは誉めるとこじゃねーよ。全く…… こっちは靴は隠されるし、寝てる間に顔に落書きされるしで大変なんだぞ」
「幸羽ちゃんは親バカならぬ、家守りバカ?だね」
ワイワイしながら、子供組はお茶で参加の酒盛りをしているとミアが帰ってきた。
「みんな集まってたのね。丁度良かった幸羽、この間の精酒が出来てきたから、あんたも味見してみる? 」
「何々? 珍しいヤツ?」
童顔の為、ほぼ家飲みしかできない不憫な歩が目を輝かせる。
「残念だが、女用だとさ」
「えーっ、なんだ、そうかー」
面白くなさ気に言う朗に残念そうに肩を落とす。
「まぁ、飲めないこともないけど、男どもにはもったいないわね。効能が無駄になるもの」
「ええっと、それってあの時の怪しい、じゃなくて貴重なお酒ですよね」
幸羽はミアの持つ乳白色の酒瓶を見て、一年ほど前の出来事思い出し眉を寄せる。
確か、あのユニコーンの角とか、ヘンな物がいっぱい入ってるはずだよねぇ。 普通の人間が飲んで大丈夫なのかな……。
「その、私なんかが飲んでいいんですか? あんまりお酒は得意じゃないけど…… 」
「平気、平気。すごく美容にも効果があるんだから。 あんたも新妻なんだから、ちょっとは気にしなくちゃね。 旦那に飽きられないように、努力するのは妻の務めでしょ」
「なんだ、ミアにしちゃぁ変に古臭いこと言うな。あいつに限ってそれは無いな」
「うん、どっちかって言うと幸羽さんに捨てられないか心配だよ」
「ははっ、良太も言うね。ありそうなとこがまた…… 」
勝手なことを言い盛り上がる。男たちの中では幸羽の夫はヘタレな男と認識されているらしい。
今頃、くしゃみでもしているんじゃないかと、幸羽は思い浮かべて笑った。
「まぁ、人間には強いかもしれないからちょっぴりね」
いつものごとくタイミング良く富貴恵が差し出すお盆には、カットガラスのぐい呑みが乗っていた。
ミアが瓶を傾けると薄いピンク色の液体が3㎜ほどの高さに注がれる。
「このくらいかな。はい、どうぞ」
「わぁ、キレイな色。何だかいい匂いがしますね。お花? 」
手渡されたぐい呑みを見つめて首を傾げた。
「悠久桃の花びらが入っているのよ。 今年は実がつきそうだから夏も楽しみにしてるのよね。
あの樹ったら気まぐれで、滅多に実がならないのよねー。 まぁ、一口飲んでみなさいよ」
「じゃぁ、ちょっとだけ」
口に含むと意外なほどの甘さが口の中に広がって、香りが鼻に抜けていく。
まるで南国の果物のような味わいに幸羽は思わずゴクリと飲み込んだ。
途端、のどに焼けるような熱さを感じ、視界に花弁だか、星だかが飛び交う。
のどが詰まった様にゲホゲホせき込み始めた幸羽に皆が慌てる。
「ちょっと、大丈夫かよ。 水、水は?」
側にいた良太がいち早く背中をさすりながら叫ぶ。
富貴恵から手渡されたコップの水を、何とか飲みほしたころには意識が朦朧としていた。
「オイオイ、もう酔っ払ったのかよ」
「ああ、弱いからね。幸羽ちゃん」
一口飲んだだけで赤い顔をしている幸羽を、呆れ半分に見ている。
「粕漬で赤くなるのに、こんな酒のませるなよな。よっぽど強い酒なんじゃないの」
珍しくお怒りの良太に、頬を膨らました太郎が頷く。
「あら、そうなのかしら、何かで割ればよかった? 」
ミアはのほほんと自分のグラスを傾けている。
「そういえば、ご神酒が元だからな。ちょっと強いか?」
「富貴恵さん所の? あれ、火が付くよね、確か。 そりゃ幸羽ちゃんじゃ無理か…… 」
歩が眉をしかめる。
遠くで話しているように聞こえる皆の言い合いを聞きながら、水を何杯も飲まされて、幸羽は早々にふとんに入れられてしまった。
もちろん責任取ってお姫様抱っこで運んだのはミアだった。フサフサ尻尾を持つ美女は、見かけによらず力持ちだ。
翌朝、幸羽はいつもより寝坊してしまったが、特に二日酔いになる事もなくスッキリ目覚めた。
先に起き出していた太郎が、幸羽の目覚めに気づいて部屋まで迎えに来たのだが、なんとなくいつもと違いモジモジしている。
内心首を傾げたが、手を差し出すと何時ものように抱っこをせがんできたので、そのまま食堂まで下りて行った。
「おはようございます。今朝は寝坊しちゃいました」
「おうっ、ん……」
「おはっ、よう、幸羽ちゃん…… 」
朝食を食べていた皆が幸羽の顔を見て、一瞬固まった。直ぐに元に戻ったが、やはり様子が変だ。
「あれかな…… 」
「あれだろ」 何やらこそこそ話している。
食事時はいつも賑やかなのだが、今朝は皆、口数が少なく食べるのに集中している。
幸羽は首をひねりながら食事を始めたものの、気になって隣にいる良太に小声で話しかけた。
「ねえ、良太君。みんな、なんか変じゃない? 」
「うわっ何スか?」 良太は大袈裟なほど、驚いて身体を離す。
「ええっ、何、どーしたの?」 過剰な反応に驚く。
「そいつに、あんまりかまうなよ、幸羽。今日はほっとけ」
朗に言われて、はてなマークを顔に浮かべた幸羽に、歩が苦笑しながら口を開く。
「ああ、なんていうか、今日の幸羽ちゃんは女性的な魅力に溢れているというか…… 」
「昨夜の飲んだ精酒の効果が出てるのよ。あんた、今、普段の何倍も色気があるのよ」
「ええー、私がですか? ホントに? 良太君」
自覚のない幸羽は半信半疑で良太に聞いてみる。
「だから、あんま近寄らないでくれよー やばいってば 」
良太が耳まで赤くなりながら払いのける様に手をふる。
「ははっ、年頃の男は大変だ」
「まだまだ、修行がたりないわね」
「なんの修行だよ。まったく、オレもう出かけるから 」
目も合わさず、立ち上がるとそそくさと出て行く。
幸羽は呆気に取られてそれを見送った。
「何、あれ? 大袈裟過ぎないかしら」
「そりゃ目の前に裸の女がいたら、良太くらいのガキなら、ああもなるだろうさ」
「青少年には目の毒だね」 薬屋がボソッとつぶやく。
「は、裸ですか?」 幸羽は顔を赤らめで思わず自分身体を隠す様に抱きしめた。
「ホントに、そう見えるわけじゃないわよ。そんな風に感じられるというか……。
何だっけ、そう、あんたが言ってたフェロモン? が倍増して溢れてるから男どもが欲情しやすいのよね。
こんなに効くとはおもわなかったけど、旦那はあんたの艶姿を見れなくて残念だったわね」
ミアがコロコロ笑って説明してくれたが、幸羽は信じられない。
「ええー、私がですか?」
「笑い事じゃねえぞ、ミア。他所様の女房預かってるのに、何かあったらどうすんだよ。 幸羽、おまえ暫く外に出るなよ」
「間違いなく襲われるね」
「まあ、言う事を聞いて二三日、おとなしくしていてよ、幸羽ちゃん。
俺たちだって正直、クラッと来そうなくらいだからね。太郎だっていつもと違うだろ?」
太郎は無表情ながらも困っているような気がする。
「そうなの、太郎ちゃん? 」 問いかけに太郎は少し赤い顔してコクリと頷いた。
そんなこんなで、男たちは長居は危険とばかり、仕事に出かけて行ったのだった。
そして危険物扱いされた幸羽は、お酒の効果が切れるまで、自分の部屋から出ないように言い渡されたのだった。
運んでもらったご飯を太郎と二人で食べながら、二度と怪しい物は飲まないようにしようと心に誓ったのだった。
その後お酒の効果は徐々に弱まり、四日目の朝には、消えててしまった。丁度その頃に、出張が終わって迎えに来た幸羽の夫は事情を聴いて、内心残念に思ったのだが……。
顧客の女子から恋愛の女神と呼ばれている小悪魔なミアが、「折角だから 」とこっそり彼にお裾分けしたお酒がどうなったかは、また別のお話。
明日、もう一話投稿できると思います。
読んでくださってありがとうございました。