リョクビジンジャー・メテオ
神への祈りが必ず届くのかなんて分からない。
だけど時にはそれは異なる場所へ形を変えて届くことがあるらしい。
縁美神社は住宅街から数キロ離れた場所にある。まばらな民家のなかで山を背にして長い階段登った先にひっそりと佇む古い神社だ。
神社周辺はかつては賑やかな場所だったが高度経済成長時にできた駅の煽りを直撃し、次第に人は流れていった。それでも、普段の参拝客はそこそで、年始や祭事にはそれなりに人が集まることを考えると一応の氏神としての地域信仰はあるらしい。
さて、一見してどこにでもある普通の神社だが、歴史だけは古いらしく、まあそう言った所には大抵何らかの伝承のようなものが存在する。
それは、ここ緑美神社も例外ではない。
数百年に一度、人ならざるものが現れてこの里を救うという逸話だ。神が救うわけでも、その使者でもない。
しかし、里が危機に瀕したときは何かが現れて救い、去っていくのだ。
例えば、多くの悪鬼が里を襲った時には、違う姿の鬼が現れて退治した話し。
羽が生えた小人が風を操り巨大な竜巻から守った話し。
周囲に海は愚か、湖や大きな川もない陸地のど真ん中に人魚が雨を降らし、大干ばつから救う話しなど。
どれも眉唾物で信じがたい話だが、これらが一つの伝承として括られている理由は、共通項としてそれはこの緑美神社から現れ、ここで姿を消すことにあるらしい。
この話は子供の頃から、爺ちゃんに何度も聞かされたものだ。
緑美神社への参拝は俺にとって最早日課で、今日は既に終わっているのだが、先ほど届いた大学の合格通知持って二度目の参拝へ。
日は既に沈み掛けて、ひと気もない。用事を手早く済ませようと手早く二礼二拍手一礼で深々と下げた。そして目の前からドスンと音がしたのは、俺が頭を上げる直前だった。
絹と刺繍があしらわれた緑のショートドレスに白いマントを羽織ってた金髪の美女が突然現れた。賽銭箱に尻餅をした形で。
「痛たた〜。降りるところ間違えた〜。」
ショートスカートの捲れ方が絶妙で見えそうで見えない男子心を鷲掴みにする彼女の格好は、マントを除けば服装は何処ぞの社交パーティーにもいそうな雰囲気だ。
それじゃあ彼女がどこかの御令嬢に見えるかと言えば答えはノーだ。
多分、ファンタジーファン百人に聞きました、彼らは満場一致で答えるだろう。
ーーエルフと。
彼女の耳は上にかけて伸びて尖っている。何これ、俺の大学合格祝いに神様がくれたの?
いや、どちらかといえばアニメ好きな外国人がコスプレをしている方が腑に落ちる。
しかし名古屋の世界コスプレイベントはもうとっくに終わったと思うんだが、あの耳作り物にしてはよく出来ているな。
俺は目の前の外人さんのコスプレ美女に言葉を失っていると、彼女は、目が合うなり不思議そうな表情で尋ねてきた。
「あら貴方、私が見えるの?」
「ええ……と、はい、何ならスカートの中も見えそうです。」
「ちょっと! こっちは危機を救いに来ているのに、何みているのよ!」
怒って頬膨らませた顔もまた可愛い。
彼女はスカートの裾を戻し、足を閉じて座る姿勢を整えた。
しかし賽銭箱からは降りないらしい。この罰当たりの金髪レイヤーさんは何のアニメか知らんが、なかなか役に入り込んでいる。
そして、ジロジロこちらを見ている。
「あら貴方、もしかしてこの土地に所縁があるのかしら?」
「ええと、生まれも育ちもここですね。確かもう何代も前からここにいるそうです。。」
「そうなんだ。どうりでそのマナ量なのね。これは幸運だったかしら。」
「マナ? あの、あなたはいったい……?」
「私? 救世主様でもいいんだけど、そうねフィアよ。 よろしくね。それで君は?」
やべーな。こいつ。日本語は堪能だが、思考が通じない。
これならいっそのこと会話が通じない方が良かった。愛でるだけ愛でて適当にソーリーソーリーって言いながら帰れたのに。
「えーと、駿河です。それじゃ、そういうことで。」
じゃ、と手を上げた瞬間、掴まれた。早くて見えないスピードで。
「駿河か、よろしくね。ところで、ひとつお願いがあるのだが。」
凄いな、笑顔で腕をがっちり掴んで離す気ないぞ。微動だにできない。
「ああ、フィアさん、ごめんなさい。実は向こうにお家を待たせていて、早く帰ってあげなきゃ寂しくて死ぬんで。」
「ちょっと、嘘が雑だよっ! 待たせてるならせめて生き物にしてよ!」
「いや、どうせ帰す気ないでしょ。それで何のお手伝いですか? 撮影ですか? 言っときますが、時間外の本殿への入場はできませんよ?」
「サツエイ? いや、用があるのは……、まあいいや駿河、左手を貸してくれない?」
「既に奪われています。フィアさんの右手に。」
あっそっか。と彼女は呟きながら、どこからか取り出したのか指輪を手にしており、それを薬指につける。
「え? これは??」
「ほら、お揃いだ。」
「ッ!? どういう意味ですかっ??」
指輪には彼女の碧眼とよく似た色の宝石が埋め込まれており、僅かに光を放っている。
「マナの供給、魔法の共有。」
「え?」
微笑む彼女のその表情はいたって真面目だ。
「駿河のマナをその指輪を通して私が供給できる、その代わり私自身にかけた魔法が貴方にも付与されるの。正直、今回は五分五分だったけど、これなら行けそうだわ。」
掴んだ手をそのまま握る。
「フィアさん?」
「ごめんね、実は時間があまりなくて、続きは空で話すね。」
「へ?」
笑顔で言うとすぐに続けて唱え出した。
「風のマナよ、我が身に羽を宿し彼の空へ連れて行け」
ーーウィンドウフェザー
彼女が唱えた瞬間、足が大地から離れる。
そのまますごい勢いで空へ飛ぶ。と言うか、打ち上げられるが、正しい。あっという間に雲の上だ。
「なっ!?」
「ああ、飛んでいる時は手を離さないでくれよ。」
雲を超えて、西の空が僅かに明かりを残し、星が見え始めている。
「ちょっとまて、フィアさんあんたはただのレイヤーじゃなかったのか?」
「レイヤー? それはどこの種族? 私はエルフ、しかも古代種だぞ。これでも君よりもずっとお姉さんなんだよ。」
「それじゃ、救世主というのは本当に……。」
「なんだ信じてなかったの? 簡単に言うとね、私の世界はここよりもマナが必要なんだ。でも自分たちの世界だけじゃ供給量が足りない。だから他の世界からも供給していてその一つがここ。しかも他の供給ポイントよりもここは量も質も特別なんだ。」
「この場所にマナというものが存在するのか?」
「マナは、基本的にどこの世界にも存在するんだ、そして我々が魔法を使用する時や精霊を使役する為にも必要なものだ。ただ、それだけじゃない。それぞれの世界を繋がりを保つための世界樹や、死の安定的な循環、君達の世界でいう輪廻の役割を担う精霊樹もマナを必要としているんだ。」
「それと、今のこれが何の関係が?」
「マナ不要論。マナは不要で、悪だと過激なことを唱える連中もいてね、マナがなければ世界のバランスが大きく崩れて大勢の命を失うのに…。それでその勢力がときどきそのマナスポットを狙うのよ。」
「その敵は過去にもここを襲った事が?」
「ある。過去にはゴブリンロードと大量のゴブリンに送り込んだことがあったな。こちらはオーガ一とオーク一族が共闘して蹴散らしたな。巨大なサイクロン魔法を召喚した時は風の精霊シルフが直接風を操ったこともあった。……大干ばつで悲観した人達を見かねたウンディーネが雨を降らした何て例外もあったけどね。」
全部、伝承とつながっている。
「……それで今回は何が?」
「メテオストライク。」
「メテオストライク。え、メテオ?」
ファンタジー系ロールプレイングゲームで使われるお馴染みの上級魔法。だいたい全体攻撃や範囲攻撃でまとめて敵を屠る魔法職が終盤に覚える強力なアレだ。
「あいつら、隕石を召喚したの。しかもマナのスポットであるあの場所を狙ってね。」
「あの場所?」
「ほら、私が現れた場所だよ。」
「おい、それってまさか……」
「そう、リョクビジンジャー」
惜しい、それは生姜だ。
なんなら農協緑美で売っている特産品、一袋640円だ。
「正確な場所を狙うために隕石はそんなに大きくないんだけど、それでも直撃したら中心から半径一キロは何も残らないだろうな。」
半径一キロだと、少ないとはいえ民家もあるじゃないか。
「何で、あの神社が……。」
「この世界のマナはね、祈りによって届けられるんだ、君達一人一人の祈りの一部がマナとなり、私たちの世界に届くの。だから私たちは守るんだ、優しい祈りが送られるてくるこの地を。」
彼女の説明を裏付けるように、東の空の遠くに小さな赤い光がこちらへ向かって飛んでくるのが見えた。
「……それで俺に手伝って欲しいって何したらいいんだ。」
「ふふ、やっとやる気出してくれた? 簡単だよ、祈りを捧げてほしい。駿河が持っているマナはなかなかだ。その祈りを指輪を通して変換し私が魔法を放つ。」
「祈れば……いいんだな。」
俺は、ありったけの願いを込めて祈った。
世界の平和はピンとこないけど、この場所が明日も何事もなく迎えられることなら心の底から願える。
「温かないな、君の祈りは……。」
フィアが手を握り返してゆっくりと唱えだす。
「我、古代種エルフであるフィアの名の下に命ずる。彼の者からの祈りに応えよ! 彼の地を守る為、仇なす全てをなぎ払え!!」
ーーホーリーノヴァ!!
轟音とともに、凄まじい光が辺りを包む。
どうやら俺はそこで気を失ったらしい。気が付いたときは神社に居た。
「気が付いたか? もう少し横になっていた方がいいよ。駿河のマナを根こそぎ貰ったからね。」
言われてみると、頭がぼうっとして力が出ない。
「そうか、それで終わったのか?」
横になりながら呟く。
「終わったよ。今回も無事阻止できたよ。次に奴らが狙えるタイミングがあったとしても数百年後かな。」
「良かった。それで、フィアは帰るのか?」
私の役目は終わったからねと呟き、俯く彼女に俺はそうかと返事した。
視線は外れたまま沈黙が続く。
「ねえ駿河、貴方さえ良ければ私の世界にこない? 貴方のマナは温かいんだ、だから多分もみんなも歓迎する。……その、できれば私は来てほしい。」
「俺さ、大学に合格したんだ。」
「ダイガク? それは何?」
「勉強するところだ。そこで多くのことを学んで、そしていつか、この神社を継ぐんだ。」
「そっか駿河はこの神殿の一族だったのね。……だから私の姿が見えて、そのマナの量だったのか。」
「どこにでもある普通の神社の跡取りさ。でも、俺、祈るよ。世界樹や精霊樹のことはよくわからないけど、フィアが笑って暮らせるように祈ることはできそうだ。」
「……そうか。駿河、ありがとう。君の祈り私も応えるよう頑張ろう。」
彼女はそのまま、笑って帰っていった。
左手の薬指がほのかに光を放っていることに気づいたのはその後だった。
「忘れ物だ、ドジっ子エルフ。」
神への祈りは必ず届くのか、正直分からない。
だけど時にはそれは異なる場所へ形を変えて届くことがあるらしい。
俺は、今日も祈り続ける。時々光る指輪にわずかな想いを忍ばせて。
お読みいただきありがとうございます。
短編物の初チャレンジですが、機会があればまた挑戦してみたいです。