異世界へはドラァグクイーンに連れられて
「にょぉぉお! 変態じゃぁぁぁあ!」
開かれた扉の先を覗いてみると、意味がわからなかった。そこには人の視線なんて気にせず変な咆哮を上げながら、今まさに己の全てを出し切る為にフルパワーで踏ん張る婦人服を着た体格のいい人型哺乳類が居た。
「……」
「この方が私達を異世界に連れて行ってくれるのです!」
「あの言葉の意味は?」
「あんな風に気合いを入れると色々と良くなるんだとか」
とりあえず扉を閉め見なかった事にしようと背中で抑えると『あぁ! 閉めちゃ駄目ですよ!』と腹部をポンポン握り拳でリリアナに叩かれるが開けられなかった。
人間としての本能が未知の生物《踏ん張ってる奴》と関わるなと言っている気がしてならない。まぁ言ってしまえば獣っ子も未知の生物と言えるだろうが、今も『ふんぬぅぅ!』と咆哮を上げる奴は別格すぎる。
お母さん……俺、どうしたらいい?
「つーかお前は何故平気でいられる?」
「初めは恥ずかしかったんですけど……何度か見る内に慣れちゃいましたぁ〜えへへ」
叩くのを止め、尻尾を抱きながら頬を少し赤くして苦笑いしている。あれに慣れちゃいましたで何とも思わなくなるなら人生イージーモードじゃねぇか?すると、リリアナは尻尾を離しドアノブに手を添える。
「とりあえず開けてあげましょう? 悪い人じゃないですから。ね?」
「無理です。そもそも行くって言ってないし」
「ぶー頑固な人ですねぇ」
手を払うと頬を膨らませ不機嫌になるリリアナ。そして、トイレの中から『リリアナちゃーんお・ま・た・せ。終わったわー開けて頂戴な』と、さっきの太い獣の様な声は消え姿を見なければ女性と間違えそうな高い声がした。
「シェリーさんすいません! 今、頑固な方に扉を抑えられてまして……」
『あら、そうなの? 一体どんな方なのかしらん? あたし好みの男だったら……ぐふふ』見なくても気色悪い笑みを浮かべているのが分かる。まぁこうして抑えていればあの人もちょっと変わってはいるが人間だ、恐らく出てこられないだろうと少々胸を撫で下ろす。
「頑固と頑固な扉が協力してるんだ。《《絶対》》開けないからな」
「ほぇー凄い自信ですねぇ。じゃあ本当に開かないのか試してみましょうか」
妙に真面目な表情になり一歩下がるリリアナ、非常に嫌な予感がした。額から流れる脂汗を頬に伝わせながら思わず固唾を飲む。
――まさかな
「シェリィさーん! 今、抑えている方はとても可愛い男性なので好みのタイプだと思いますよ!」
この言葉を聞いた瞬間、まるで猛獣に睨まれているかの様な冷たい感覚が背筋を襲い、恐る恐る振り返りながら距離を取るも既に手遅れだった。
「んんんー! 確かにあたし好みの男だわん・わん・わー!!」
飛来する猛獣の詳細として、髪型は額の部分だけ髪の毛が残っており、上半身体格が良く裸。下半身は赤い褌のみと道を歩いていたら間違いなく捕まるレベル。そして、俺はあまりのインパクトに気を取られ抵抗する間もなく押し倒された。
「くぅ、いって……なにしがる!」
「怒ったお顔も可愛い子犬ちゃんだわ。んーすりすり」
剃り残しの髭を、頬に擦り合わせるスキンシップに寒気を覚えながらも、助けを求めるべく可能な限り周囲を見渡すがリリアナの姿がない。
「あれあれ? リリアナは!? 」
「リリアナちゃんは先に行っちゃったわ。つ・ま・り、今この部屋にはあたしと子犬ちゃん二人きり……ぐふふ」
気色悪い笑みを浮かべ口から流れる唾液を俺の服に垂らしながら息を荒くして、顔を近づけてくる。
「な、何をする気だ!?」
「だいじょーぶよ。直ぐ花園に連れて行ってあげるわ」
いやぁぁぁあ! お巡りさぁぁぁん! と心の中で叫びながら気を失った。
◆◇◆◇◆◇
目を開けると眩しい、反射した禿げのおっさんの頭より眩しい。どうやら仰向けになっているらしく心地よい風が肌を触り、右を見ても芝。左を見ても芝と辺りを確認してから視点を正面に戻すと――タコの如く口を尖らせた男の顔面。
「ぎゃぁぁぁ! 気持ちわりぃぃー!」
ムカデもビックリの速さで上体を起こし後ずさりをして、呼吸を整える。
「もぉ酷いわダーリン……」
「誰がダーリンだ!」
状況を見ていたのか口を抑えクスクスと笑ったリリアナが近寄ってくる。
「ふふふ、お目覚めですか? 九条愁也さん」
「ひっでぇ目覚めだけどな……」
唇は納豆を食べた後みたいベタついており、服には唾液の跡がついている。
「とゆうか俺、名前教えたっけ?」
「私は読み書きは出来ません。と言いませんでしたか?」
「じゃあ……どうして」
「シェリィさんのお陰なんです」
いつの間にか俺と腕を組み、キラキラと眼を輝かせながら近づいてくるシェリィの顔を手で阻止しながら『どうやったのかな?』とリリアナに尋ねると苦笑いしている。
「覚えてないんですか? なら、聞かない方が精神的に良いと思います……けど?」
リリアナが唇を叩いてジェスチャーしてくる。ん? まさか、この唇のベタつきって……恐る恐るシェリィの方へ視線を向けると舌で自らの唇をグルりと舐めていた。続けて目を点にしながら、リリアナの方へ視線を向けてみると『愁也さんが素直に開けないから悪いんですよーだ』とそっぽを向く。
「あたしはね? ちゅーした人間の情報を抜き取る技……小悪魔のキスってのを使えるの、ダーリンの唇とても弾力があって美味しかったわ……ご馳走さ・ま」
あぁなるほど。答えに辿り着き、頷きながら見上げる天は雲一つ無い晴天。なんて綺麗な蒼空なんだ、少し速いけど流星を掛けるのも悪くないかな……と俺は、口から流れる流星を蒼空に掛けた。
◆◇◆◇◆
「で? まずここは何処?」
何とか体調も良くなり、改めて状況を整理する為に三人で輪を作り芝の上に座る。
「ここは私達の住む世界グランディア。つまり愁也さんからしたら異世界って事になります。そして! 今日から私達がお店を開く世界なんですっ!」
勢い良く立ち上がって広げた両手を空高く掲げる。
「本当に来ちまったのか。見た感じ外国に見えなくもないが……」
もう一度周囲を見渡してみると、元いた世界にも存在する丸い塊を後ろ足で転がす昆虫を巨大化した様な生物が遠方に見えた。
「異世界だわ。やっぱり」
「実感わきましたか?」
「あぁ、目が覚めた時と同じくらい最悪な実感の仕方だけどな」
「それじゃあ、まずはお店を建てる準備を始めましょう! さぁ早く立ってください!億万長者になる為の第一歩を踏み出すのです!」
戻る方法も検討つかないし来ちまったのなら仕方ないと渋々立ち上がって、異世界での第一歩を踏み出した。