第1話
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出された珈琲には、白いシュガーポットとミルクピッチャーが添えられていた。
白い青年から二席空けてカウンター席に座った彼女は、珈琲を見て困惑する。
「注文してないって思ってるだろうけど、それはサービスだ。この店はちょっと特殊だからな。最初の一杯は無料にしてんだよ。別に砂糖とミルクは邪道だとか言わねぇから好きに飲め」
ぶっきらぼうな口調で黒い青年が言う。
彼女は自分の好みのカフェオレにして……暖かくて甘いそれを飲んだ。
ほっ……と漏れる吐息は、やっと落ち着いたかのようで。
少しだけ時間が経ってから、黒い青年が話し始めた。
「まず、俺の名前は萩原有人。ここの店長をやってる。で、隣にいる胡散臭いのが……」
「胡散臭いって酷いなぁ。僕は皇。好きに呼んでね?」
「あんたの名前は?」
有人にそう言われて彼女はハッとする。
そして……恐る恐る、答えた。
「私、は……田村美琴と、言います」
「田村さんね。で?大体の予想はついてるけど……依頼内容は?」
「……………」
彼女はずっと被ったままだったパーカーを脱ぐ。
美琴の頭にあったのは、艶やかな黒い耳。
まさに猫耳と呼ばれるものが存在した。
「あの、これは……」
「猫憑きか」
「………猫、憑き?」
「その単語の意味だ。猫がお前に取り憑いてるんだよ」
有人の言葉に美琴は言葉を失う。
その姿を見て、有人は彼女に聞いた。
「心当たりがありそうだな?」
「………あ…」
「話してもらわないと俺はお前がどうして欲しいのか分からない。全て話せ」
カチャン……。
有人はぶっきらぼうに言いながらも、小さなお皿に乗ったクッキーを差し出してくれる。
美琴が彼を見上げると……「食えばいい。それもサービスだ」と言ってくれたので、大人しく食べることにした。
サクサクとして、優しい味がする。
美味しくて、この件を話すことに緊張していた美琴の心が落ち着いていった。
「実は……私が猫憑き、というものになったのは数日前なんです」
*****
田村美琴という少女は、どこにでもいる高校二年生だった。
特に目立った特徴もなく、成績も運動神経も平凡。
家族も父と母、妹がいるだけの普通なもので。
少しだけ違うとしたら、学校帰りの公園に住み着いた野良猫を可愛がっていたことくらいだろう。
野良猫の癖にとても綺麗な黒猫は、とても気まぐれで。
撫でさせてくれる日があれば、ことごとく逃げる日もある。
凹んでいる時はそっと寄り添ってくれたり、甘えてくるように頭を擦り付けてきたり。
本当に可愛かった。
そんな彼女に、この猫耳が出現したのは数日前。
猫耳だけじゃなく、尻尾まで生えていた。
どうやら他の人には見えていないようだけど……美琴は慌てた。
猫耳を触ることもできたし、感覚もある。
聴覚や嗅覚も良くなった。
まるで自分が猫になったようで。
どうしたらいいか、分からなくなった。
それと同時にあの噂を思い出す。
人には解決できない悩みを解決してくれるという〝タソガレ探偵喫茶〟。
美琴はこの現状をどうにかできるという望みをかけて、訪れたのだ……。
*****
「ふぅん。急に、か?」
「……はい」
有人は何かを考えるように顎に手を添える。
そして、美琴に質問した。
「心当たりというのはその野良猫のことか?」
「……私が接してた猫はその子ぐらいなので……」
「何か他に気になることは?」
「気になること、ですか?」
「あー……」
「美琴ちゃんに聞くより猫ちゃんに聞いた方が早いんじゃない?猫ちゃんに心残りがあるから美琴ちゃんに取り憑いたんだろーし」
有人が口を開くよりも先に皇がニヤリと笑って言ってくる。
人畜無害そうでありながら、なんだか警戒心を抱かせる笑顔に美琴はなんとなく強張った。
「おい、腹黒狐。客が警戒してんじゃねぇーか」
「えーっ?こんなに人畜無害そうなのに?」
「普通は自分で言わないだろ。テメェが腹黒だってコイツに憑いてる猫が判断したんだから、黙れ」
有人が皇を追い払おうとするが、彼は一向に移動しようとしない。
「まぁ……皇の言う通り、お前に取り憑いてる猫に聞いた方が早いんだが……俺、そういうの苦手なんだよ。皇、やってくれるか?」
「え?嫌だよ」
「じゃあ初めから提案するんじゃねぇよ‼︎」
「あははっ〜。キレる有人面白〜い」
ケラケラ笑いながら皇はその場を去る。
どうやらバックヤードに行ったらしい。
元々、人がいなかった店内ゆえに美琴と有人、二人だけになってしまう。
余り異性と二人きりになったことがない美琴は緊張してしまうが……有人はそれを見越してか、呆れたような顔をした。
「取って食う訳じゃないんだから、そんなに緊張するなよ。なんか俺が悪いことしてるみたいじゃねぇーか」
「え、あ……ごめんなさい……」
「………お前が謝る必要はないだろ」
沈黙すること数秒。
有人は頭を思いっきり搔きむしり、大きく息を吐いた。
「落ち着いてから話せ。いくらでも待つから」
そう言った有人は自分にもコーヒーを入れて、カウンター内の椅子に座る。
そんな彼の姿に、美琴は少しずつ落ち着いてきた。
ぶっきらぼうな喋り方をしているが、緊張している美琴のためにコーヒーやクッキーをくれたり。
こんな状況で困惑しているからこそ、少しでも話せるように落ち着くまで待ってくれたり。
本当はとても優しい人なのだと、理解させるには充分で。
美琴はカフェオレを飲み微笑む。
「ありがとう、ございます」
「何がだ?」
「待って、くれて」
「………どうせ客もいない。気にしなくていい」
そのまま黙って飲むこと数分。
やっと落ち着いてきた美琴は、静かに聞いた。
「あの……私の状態は猫憑き、と言うんですよね」
「あぁ」
「それって……死んだ猫さんが、取り憑いてるんですよね」
「そうだな」
それはつまり……ほぼ間違いないだろうが、美琴に取り憑いている猫が公園の野良猫と仮定して。
今まで彼女が可愛がっていた野良猫は死んでしまったということで。
その事実に美琴は泣きそうになる。
懐いてくれているようで懐いてくれていなかった、あの猫。
平凡な日常で、特に何かある訳じゃないけど……野良猫との触れ合いは美琴にとって癒しだった。
「私に取り憑いたってことは、何か心残りがあるんですよね?」
「……そうだな。未練があってあんたに取り憑いた可能性が高い。それを解決してやれば、成仏すると思う。さっき話してたようにその猫に直接、俺が聞いてやれればいいんだけど……そういうのは苦手なんだ。だから、俺にできることは、地道にその猫の未練を調べて解決してやるぐらいだ」
「………あの、お願いです」
美琴は真剣な眼差しで有人を見つめる。
その姿は先ほどまで緊張していた姿とはすっかり違っていて。
真っ直ぐに、彼を見ていた。
「野良猫さんの未練を解決してあげたいんです。私もできることはなんでもします。どうか、協力して下さいませんか?」
美琴に取り憑いている理由が、未練ならば。
どうか成仏して欲しい。
何も悩むことなく、天国で幸せになって欲しい。
そんな思いで美琴は有人に頭を下げる。
そんな彼女を見た有人は……コーヒーを飲みながら、再び呆れたような顔をした。
「いや、そもそもの話……ここに来た時点で俺が手伝うのは確定してるんだから、頼まなくても……」
「えっ」
「忘れたのかよ。ここは人が敵わぬ悩みを解決する場所だぞ。まぁ、はっきりと言って探偵って訳じゃないんだけど」
「えぇっ⁉︎」
最初に探偵と皇が紹介したのでそれを信じていた美琴は、大袈裟気味に驚いてしまう。
有人も複雑そうな顔をしながら溜息を吐いた。
「いや、まぁ……やってることは探偵に近いから問題ないのか?〝探偵喫茶〟って名前は皇が面白がって付けた名前だけど」
美琴は思わず固まってしまう。
探偵という訳ではないけど、探偵に近いことをしていて。
店名は皇が面白がって付けた名前で。
なんだかとんでもなく不安になってきた美琴の思考は停止してしまったのだ。
思考が停止しがちなのが彼女の悪い癖なのだが……その時の美琴の顔はなんだか幼くて、面白い。
鳩が豆鉄砲を食ったよう顔、とも言えるだろう。
そんな顔を見た有人は、ぷっと噴き出して……困ったような笑顔を浮かべる。
「なんだよ、その顔」
「う、ぁ……」
ぶっきらぼうな態度だった有人の笑顔は、困り顔でもとんでもない威力を持っていて。
その笑顔に、美琴は頬が熱くなる気がした。
「まぁ、とにかく。タソガレ探偵喫茶店長、萩原有人がその依頼、承った」
これが、田村美琴と萩原有人……その二人を取り巻く日々の、始まりだった。




