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公式企画

にじいろの雪

作者: 森乃白雪

 

 旅人が何日かけて歩いてもたどりつけないほど、はるか遠く。世界のはしっこに「逆さ虹の森」とよばれる場所はありました。


 赤、オレンジ、黄色、緑、水色、青、紫。

 七色の虹が逆さまにかかることから、その名前がつけられたのです。


 逆さ虹の森では、たくさんの動物たちが平和にくらしています。




 アライグマとコマドリは、子守歌で眠っていた小さなころからの友だちでした。歌がとびきり上手なコマドリのお母さんは、一緒に眠ってしまった子どもたちを見て、アライグマのお母さんと顔をよせあって笑ったものです。


 一匹だけでくらせるぐらい大きくなっても、アライグマとコマドリは変わらず仲良しでした。ただ、小さなころからやんちゃだったアライグマは、ちょっぴり暴れんぼうになってしまいました。しっかりもののコマドリがそんなアライグマを叱り、ときどきケンカになることもあります。でも、次の日にはすぐに仲なおりするので、森の動物たちは「やれやれ」と二匹を見守っていたのでした。



 ある日、アライグマとコマドリは森の空き地で日向ぼっこをしていました。何年か前にカミナリで木がたおれてしまったらしく、ここだけぽっかり空いているのです。草むらに寝っころがると青い空がよく見えるため、二匹にとってお気にいりの場所でした。


「ねえねえ、アライグマ。 "ゆき"って聞いたことある?」


 あたたかな陽気でアライグマはすっかり寝そうになっていました。片方だけ目をひらいたのは、コマドリのそんなひと言を聞いたからです。


「……なんだって? ゆき?」


 アライグマが聞きかえすと、コマドリはうれしそうに話しはじめました。


 ここからずっと遠くにある場所では、"ゆき"というものが空から降ってくるらしい、と。


 それは、生まれたての子ウサギのように白くて、タンポポの綿毛みたいにふわふわしていて、ひんやりした川の水よりも冷たいものらしいのです。


 逆さ虹の森では、"ゆき"は降りません。

 そのかわり、"ふゆ"が来ることも食べものがなくなってしまうこともありませんでした。森はいつでもポカポカしていて、動物たちにとって住みごごちのいい場所だったのです。生まれてこのかた、アライグマは逆さ虹の森を出たことがありませんでした。


 "ゆき"が降るのは、森の外だけ。


 "ゆき"とかいうものに夢中になっているコマドリを見ていると、アライグマはなんだか面白くない気持ちになりました。そして、つい意地悪を言ってしまったのです。


「空からふわふわしたものが降ってくる? それも、とんでもなく冷たいだって? そんなものあるわけないさ。コマドリ、おまえが言ってるのは作り話だよ」


 アライグマの言葉を聞いたコマドリは、声をとがらせて叫びました。


「アライグマはわたしが嘘をついてるっていうの!?」

「だって、おかしいだろ」


 口ではそう言いますが、たまに旅にでるコマドリはいろいろなことを知っているとアライグマにはわかっていました。だって、コマドリのきれいな声は、いつもアライグマに森の外のことを教えてくれるのです。でも、素直じゃないアライグマは一度言ったことをなかったことにはできませんでした。「嘘だ」「本当よ!」、そんな言い争いが何度となく続けられたあと……。


「もう、あなたとおしゃべりなんてしたくないわ!」

「あっ……」


 とうとう、コマドリは怒って飛んでいってしまいました。


 置いていかれたアライグマも、最初は「なんだよ、あいつ……」とブツブツつぶやいていました。しかし、日が暮れてもコマドリはもどってきません。ひとりぼっちのアライグマは、トボトボとすみかに帰ります。


 その夜、アライグマは、コマドリとおしゃべりしていたのが根っこ広場だったらよかったのになあ、と思いました。根っこ広場で嘘をつくと、たくさんの木の根っこがたちまち動物たちを捕まえて真っ逆さまにつるしてしまうのです。


 アライグマが逆さまになったところを見れば、コマドリだって「あなたって、ほんと素直じゃないんだから」といつものように笑ってくれたはずでした。


 明日、コマドリにちゃんとあやまろう。そして、仲なおりしようとアライグマは決めました。



「え……、コマドリがいないだって?」


 次の日、アライグマはコマドリのすみかに行きましたが、留守のようでした。次の日も、その次の日もコマドリはいませんでした。五日目はしばらく待ってみましたが、いつまで経ってもコマドリは帰ってきません。そこで、困ったアライグマは近所に住む動物にたずねました。ところが、コマドリがどこに行ってしまったのか誰も知らないと言うのです。


 お人好しのキツネは心配そうに首をかしげました。


「コマドリさん、いつも旅に出る前にはあいさつしてくれるんですよ。いったい、どこに行ってしまったのでしょうねえ……」


 もうコマドリは帰ってこないのかもしれない、とアライグマは考えました。アライグマがあんなことを言ったから、コマドリはこの森がもうイヤになってしまったに違いありません。あるいは、本物の"ゆき"を見るために遠くへ旅に出てしまったのかもしれません。


 よく澄んだ池のほとりでうなだれていると、後ろの草むらがザワザワと揺れました。不思議に思ったアライグマはじっと見つめます。まもなく、ひょこっと小さな頭が飛び出してきました。


「あれっ? 誰かいる気がするぞー?」

「おかしいなー、さっきにーちゃんが今は誰もいないって言ってたのにー!」

「えーい、もうそのままいっちゃえー!」


 にぎやかにしゃべりだしたのは、リスの三つ子です。フサフサとしたしっぽを揺らしながら、「おいっちにっ!」と小さな前足で何かを池に投げこみました。


「もっと背がのびますよーに! フクロウじーさんが言ってたキリン?ぐらい!」

「もっとお腹いっぱいドングリが食べられますよーに! この池にぜんぶ放りこんでも足りないぐらい!」

「もっとツヤツヤの毛なみになれますよーに! 森の毛皮コンテストで一等賞をとれるぐらい!」


 いきなり池に向かって何やら言いはじめたリスたちを見て、アライグマは首をかしげました。


「なにやってんだ、おまえら」


「げっ! 見られてた?」

「えっ! 聞こえてた?」

「こーなったら仕方ない!」


 口々にしゃべりはじめた三つ子の話をまとめると、つまりはこういうことでした。


 この池にドングリを投げこんでお願いごとをすると、願いが叶うらしい。ただ、他の動物たちに知られてはいけないので、こっそりやらなければならない。アライグマには、知られてしまったのでこの秘密を教えてあげるのだ、と。


 アライグマは呆れました。


「この話をおまえらに教えたのは誰だ?」

「「「にーちゃん!」」」


 三つ子の兄であるリスはいたずら好きで有名です。きっと弟たちをからかったのでしょう。アライグマにドングリを分けると、リスたちは遊びに出かけていってしまいました。


 元どおり、池のまわりは静かになりました。太陽の光で水面はキラキラしています。そのなかで、ポチャン、とドングリが投げこまれる音だけがあたりに響きました。


 もちろん、その日もコマドリは帰ってきませんでした。



 コマドリと会えなくなってから、一ヶ月が経ちました。この森で待っていても、きっとコマドリは帰ってこないでしょう。


 アライグマは旅に出ることに決めました。森の外に出たことがないアライグマにとって、旅をしながらコマドリを見つけることはきっととても難しいことです。でも、どうしても、このままコマドリと別れることはできない、とアライグマは思いました。


 少しでも手がかりを手に入れようと、旅に出る前にアライグマは聞きこみをはじめます。動物たちにたずねるのは、コマドリが今までしてきた旅のこと、それから"ゆき"のこと。


「ゆき? へえ〜、ボクの好きなタマゴの実と同じ色なんだねえ〜」

「ふわふわしてるってほんと? それって僕のしっぽよりも?」


 全然"ゆき"の手がかりがないアライグマに、信じられないことを教えてくれたのは、ふだんはあまり話さないクマでした。


「逆さ虹の森に"ゆき"が降ったことがある、だって!?」


 暴れんぼうのアライグマを怖がっているクマは、大きな身体をビクビク縮こまらせました。


「どこだ!?」

「フ、フクロウじーさんが、ずいぶん昔、森の奥で見たことがあるって……」



 アライグマは駆け出しました。


 逆さ虹の森にも"ゆき"が降るとわかれば、コマドリだって戻ってきてくれるかもしれません。何より、本物の"ゆき"を見たあとなら「コマドリの話は嘘じゃなかった」とアライグマも素直になるしかないのです。"ゆき"に憧れるコマドリを見て、つまらない意地悪を言ってしまうのはもうイヤでした。


 森の奥に行く方法はただひとつ、大きな川にかかるオンボロ橋を渡ることです。森に住む動物なら、子どものころから「危ないので近づかないように」と言われている場所でした。


 今にも落ちそうなぐらいボロボロの橋へ踏みだそうとしたとき、アライグマの足に何かがくっつきました。


「えー、その橋わたるのはやめといたほうがいいんじゃない?」

「アライグマくん、危ないよう〜」


 アライグマの後を追いかけてきたのは、"ゆき"の話を聞いて興味をもったリスとヘビです。二匹は全身でアライグマの足にへばりついていました。


「いいから離せっ!」

「ダメだってば!」

「考え直して〜!」


 今すぐ橋を渡りたいアライグマと、何とか引き止めたいリスとヘビはどちらもあきらめません。でも、何としてでも橋を渡りたいというアライグマの思いが強かったのでしょう。リスとヘビを引きはがしたアライグマが今にも橋に足をかけようとしていたときです。


「待って!」


 澄んだ声がアライグマを止めました。しばらく耳にしていなかった、きれいな声です。アライグマが振りかえるまえに、よく知っているオレンジ色のつばさが見えました。


「どうして……」


 アライグマは言葉につまりました。もう、この森には帰ってこないと思っていたコマドリが目の前にいるのです。驚くのもムリはないことでした。そんなアライグマを見て、コマドリはうつむきました。


「あなたに、何も言わずにいなくなってごめんなさい。あの日、前にお世話になったサイのおばあちゃんが病気になったっていう手紙が届いたの。それで、いてもたってもいられなくなって、わたしったらすぐに飛びだしちゃって……。ずいぶん経ってから、誰にも言わずに出てきちゃったってことに気がついたわ」


 ついさっき帰ってきてアライグマを探していたところ、森の奥に向かったようだということをコマドリはクマから聞いたのでした。コマドリは勇気を出すように顔を上げて、アライグマをじっと見つめます。


「あんなことを言ってしまったから、ずっと後悔していたの。あなたが素直じゃないことなんて、知ってたはずなのに。それに、わたしの話ばかりで、きっとあなたは面白くなかったんじゃないかってあとから気づいたわ。わたしの話は嘘じゃないけど、でも、あなたはわたしにとって一番大切な友だちなのに……」


 さらに言葉を続けようとしたコマドリを、アライグマは止めました。アライグマのほうにも言わなければならないことがあります。


「あやまらなければいけないのは、俺のほうだ。おまえの話を嘘だと言ってしまって悪かった。……俺にとっても、コマドリは一番大切な友だちだよ。だから、おまえが"ゆき"に夢中になってるのが面白くなかったんだと思う」


 おたがいに気持ちを伝えた二匹は、久しぶりに顔をあわせて笑いました。これで、無事に仲なおりです。


「よかった、よかった」とリスとヘビもその様子をながめていましたが……。


「ひえっ」


 いきなり、リスが首を縮こませてプルリと震えました。コマドリが不思議そうにたずねます。


「どうしたの、リスさん」

「なんだか、ひんやりしたんだ」


 四匹が顔を見合わせていると、「あっ」とヘビが叫びました。


「見て〜! 空から何かが降ってくるよ〜!」


 なんと、ふわふわでひんやりしたものが空から降ってきたのです。


「これが、"ゆき"……?」


 アライグマはつぶやきました。逆さ虹の森に降る雪は、生まれたての子ウサギのような白でもタマゴの実のような白でもありませんでした。


 赤、オレンジ、黄色、緑、水色、青、紫。

 森にかかる逆さまの虹のように、ほんのり七色に光っていたからです。


 思わず友だちのほうを見ると、コマドリは目を輝かせて笑いました。


「やっぱり、あなたといるこの森が一番素敵ね!」



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