教会員見習いの仕事
今日は教会の前でゲームが始まった。ここで寝たかららしい。そしてマリーさんたち、ゲルヒエンさんやエリアエさんに挨拶をして掃除を始めた。今日も聖堂の掃除をする。
聖堂の掃除も終わった頃、マリーさんが出てきてある提案をしてきた。
「セーレはここでよく働いてくれていますから、これからは教会員見習いとしてやっていきませんか?」
「教会員見習いですか?」
「はい。その通り教会員見習いとして教会での仕事の手伝いをしながらそれを覚えて、教会員になろうというものです。」
前に何か手伝いをしたいと言っていたことに関してマリーさんが考えたなのだろうか。しかし仕事としてするなら給与も欲しい。このゲームを楽しむためにもお金は必要だ。
「それは賃金は出ますか?」
「はい、多くはありませんが。」
それなら教会員見習いになろう。初期所持金はそのまま残っているのだが、丁度何か買い物をするお金が欲しかったのだ。
その後、マリーさんから受けた説明をまとめると以下となる。
教会員見習いとしてすることは大きく分けて、家事と教会員としての業務だ。家事は当然家事で、教会員としての業務は、聖典の暗記、行事の進行方法とそれに付随する歌唱やオルガンの技能などである。ということと、今からオルガンの練習をしましょうとのこと。
「まず聞いておきたいのですが、セーレは以前オルガンかピアノかされていましたか?」
「はい、以前少しだけしていました。」
「それは良かったです。楽譜はこういった王国式でしたか?」
おもむろにオルガンの横の机の紙を取る。それは一般に知られているような五線譜の楽譜だった。
「はい、そうです。」
その後も教えるための確認として、どの程度私が楽譜を読めるかとかいったことを聞かれた。
「これだけ楽譜が読めるなら簡単に進みそうですね。大まかに分けて繰り返し練習しましょう。」
一度ピアノを習ったのはたしか小学生の頃だったろうか。そんな昔でも意外と覚えているものだな。案外楽譜の記号や音符の意味を答えることができた。
そこですぐに実践練習に移ることになった。やり方はマリーさんの言った通り部分で分けて、実演に対して真似をしていく形だ。
マリーさんの綺麗な音色のあとに、続いて私の慣れない音色が響く。時には立ち止まって指使いの訂正をする。
二人に対しては広い教会の丸い天井から白亜の床まで、部屋の中心から天井を支える柱の列の奥の壁まで、音は染み入る。
太陽が眩しく思えるようになった頃、不意に教会の鐘が不意に鳴った。たしかこの音は正午礼拝の予鈴だ。
「あら、礼拝の準備をしなくてはいけませんね。」
マリーさんに言われて練習を切り上げ、礼拝の準備を始めた。
礼拝を終えたのち、昼食の席でゲルヒエンさんやエリアエさんに、これから教会員見習いとして関わるようになることを伝えた。
「じゃあこれからは本当に身内、仲間ってことだな。よろしくね。……ということはゲルヒエンの仕事が増えるのか。」
少し気になることをエリアエさんが言った。ゲルヒエンさんの仕事が増えるとはどういうことだろうか。
「ああ、教会員見習いの教育はゲルヒエンの仕事だから。特に聖典の読み解きはね。」
そういうことか。
「そうなのですか。ゲルヒエンさん、そのときはよろしくお願いします。」
ゲルヒエンさんも私の会釈に対して、ぎこちなくも会釈を返してくれた。
昼食も始まり少したったころ、ふと思いついた疑問を投げかけた。
「そういえばマリーさん。この教会は薪がないのにコンロや湯船があったりしますが、どうやって温めるのですか?」
それに聞かれたマリーさんはこともなさげに答えた。
「実はこの教会にあるものはすべて神の恩寵によって出来ているのです。そして我々の信仰心を糧に動きます。それに、この教会も信仰心によってできています。難しいことは言いませんが、儀式をすることで建つのです。」
ある程度ファンタジーなのは予想してたけど、さすがに建物まで建つとは思わなかった。大工の仕事無くならない?
「教会でない普通の家は建ちませんし、信仰心を換算すれば大工に頼むより高くつきますよ。だからよく考えて建てなければなりません。私たちは考える立場にありませんが。」
それなら大丈夫かな。商人でもする訳でもなし、ゲームの経済を心配したところでどうにもなんないけど。
昼食が終わったあと自分の食器を洗い、昼食中に午後はゲルヒエンさんのところへ行きなさいと言われていたのに従った。と言ってもゲルヒエンさんの方が後で来るので、部屋で待つことになるが。
ゲルヒエンさんの仕事部屋に入る。一番に目に付くのが大きな釜だ。部屋の奥の一部が石造りになっていて、そこの暖炉の上にある。釜の中には何も入っていないが、部屋の中には多くの壺やビンがあって、机の上にはいくつか機材、というか木製の道具が置いてある。何か薬でも作っているのが明白だ。
少し遅れてゲルヒエンさんが戻ってきた。指示の通りに私は机の前の椅子に座り、その横に聖典と椅子を持ってきたゲルヒエンさんが座る。
「こ、こんにちはセーレさん。これからは太陽教に関する、知識を身につけて、もらいます。」
もじもじとしながらこちらにこれからすることを言い、聖典を開く。
「えっと、順を追って説明しましょう。まず13ページの創造神話からです。」
聖典の説明が始まった。私も以前から少しずつ読んでいたので、速く読み進めることができた。少し我流の解釈が間違っているところもあったけど。
はじめはこちらも緊張するほど硬かったゲルヒエンさんも、少しずつ慣れてくると流暢に話しだした。その様子はさすがは先輩教会員といったところで、要所を押さえた説明は内容をよく理解させてくれた。
しかし、少し困ることもある。
「どうですか?ここの表現の仕方は?素晴らしくないですか?ここが一番のお気に入りなんです。ぜひ覚えてください!」
調子が出てくると少しめんどくさくなってくるのだ。本当に本が好きなのだろうけど、説明を続けるうちに最初は遠いぐらいだった椅子の位置が、肩が接触するぐらいの位置にまで接近してきて圧迫されている。
しかしそのまま圧に耐えかねた頃、私のお腹が悲鳴をあげた。トイレに行きたい。助かったぞ!リアリスティック・モード!
「あの、すみません。」
「はい!なんでしょうか?」
鼻息荒くゲルヒエンさんがこちらを向く。
「トイレ行かせてください。」
「あ、そうですね、どうぞ行ってください。」
許可を得て私はそさくさと逃げるようにトイレに行った。
トイレを出た。ちなみにトイレはありえない程綺麗だった。そして部屋に戻っているとエリアエさんに遭遇した。
「あ、セーレじゃないか。丁度よかった。」
「ああ、エリアエさん。どうしたんですか?」
「いやあ、畑仕事手伝ってくれないかなーって思って。」
「すみません。ゲルヒエンさんを待たせていますのでちょっと......。」
「大丈夫、ゲルヒエンには言っとくから。ほれ、行こう。」
そう言ってエリアエさんは私を軽々と持ち上げて連れていこうとする。突然に持ち上げるので驚いて意図せず短い悲鳴が出てしまった。しかもお姫様抱っこされるし。
「ん?どうかしたか?」
エリアエさんがこちらを向く。抱えられてるから顔が近い。
「いや、ちょっと恥ずかしくて。」
「ふーん。そうか......可愛いお姫様、お迎えに上がりました。なんてね。」
まずい、なんだか自分の女の子な部分がきゅーんってなってる。
顔も赤くなってるし、それを隠すようにエリアエさんの胸に顔を埋める。
「そんなの、反則です......好きです......。」
「あらら、惚れっぽいお姫様だこと。それで、仕事手伝ってくれる?」
「はい、でもゲルヒエンさんには言っておいてくださいね。」
「もちろんさ。」
畑と言うからには外にある。そして野菜が植わっている。
「端的に言うと、畑の雑草取りをしてほしい。私はゲルヒエンのところに行ってくるから先始めてて。」
私を下ろしてそう言うと教会内に戻っていった。
話は変わるが、実は私はすべきことに熱中するとずっとし続ける才能があるらしい。これは昔からそうだった。掃除の時間に誰よりも掃除をしていたし、ボランティア活動の時も誰よりも雑草を抜いて、ゴミを拾っていた。そしてそういう癖がここで発露するのは当然の生理だった。
つまり何が言いたいかと言うと、この畑の雑草は無くなり、私たちは過剰な時間を仕事に費やしたということである。ゲルヒエンさんを待たせて。
エリアエさんの手伝いは問題なく終わった。エリアエさんが先に言っていたのだが、遅くなってしまったので急いで仕事部屋に戻ってきた。
しかし肝心のゲルヒエンさんが居なかった。あまりに帰ってこないので少し出かけたのだろうか。そう思っていたら釜の中からすすり泣く声がかすかに聞こえた気がした。
耳を澄ますと確かに聞こえる。その釜の前に行って蓋を取ると中にゲルヒエンさんが居た。
「ひゃっ。」
突然の光に驚いたゲルヒエンさんが目を細めてこちらを見上げる。その目は泣き腫らしていた。
「ど、どうしたんですか?」
まさか待たせすぎて怒らせてしまったのだろうか。しかしゲルヒエンさんの返答は要領を得なかった。
「ぐずっ......ごめんなさい、セーレ、さん.....。嫌いに、ならないで......。」
ただ、先ほど危惧していたことではないことは分かった。しかしなぜ私がゲルヒエンさんを嫌うのだろうか?こんなに可愛いのに。
「なんで私がゲルヒエンさんを嫌いになるのですか?
」
「だって、私、聖典に夢中に、なって独りよがりなことを......。」
さっきの解説に熱中してしまっていたときのことを気にしていたのか。
「そんなこと、気にしていませんよ。むしろゲルヒエンさんの違った面が知れてよかったです。」
そう言ってゲルヒエンさんに手を差し出す。ほんとにゲルヒエンさんは可愛いなあ。そんなことを悩むなんて。むしろなかなか帰ってこない私に対して苛立っていてもおかしいことはないのに。
「ほんとに、ですか......?」
「ほんとです。」
そう言ってゲルヒエンさんの手を取って立ち上がらせる。そして抱きしめて引っ張り出す。
軽く抱きしめたまま、ゲルヒエンさんの背をさすって落ち着かせる。少し経つと嗚咽が聞こえなくなった。
「それに、ごめんなさい。ゲルヒエンさん。私も別の用事で帰ってくるのが遅くなってしまって。」
そう言ったけど、ゲルヒエンさんに聞こえていなかった。安心したのかそのまま寝てしまったのだ。
この部屋には仮眠用のベッドがあったのでそこにゲルヒエンさんを寝かせた。安心したような、あどけない寝顔をしている。
......さて、どういうことなのかエリアエさんに聞かなくてはならないだろう。
「エリアエさん。説明を。」
対面に座るエリアエさんは気まずそうに頬を掻いている。
「ええっと……実は、ゲルヒエンを探しに行く前に用事思い出して、その後すぐ行ったけど部屋に居なくて。トイレでも行ってるのかなと思ってそっちも見に行ったけど、そう、いなくて。」
「それで?」
「出かけてるのかなーっと思って。」
かわいた笑いとともに頬を掻く。
「……まあ私も仕事に熱中しすぎたのもありますから、別に、まあいいです。あとで一緒に謝りに行きましょう。」
「うん。」




