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マリーさんの愛

 日が陰りはじめた頃、聖堂は終わりその他の部屋などを掃除するようになっていた。

 そこにマリーさんが来た。


「今日は1日お疲れ様でした。夕食にしましょう。」


 もはや私に断るような心の突っかかりはないので、喜んで受け入れる。



 相も変わらず食事はスープだった。こうも同じだと飽きが来ちゃうな。何か乏しい調味料でもできる調理法はないかな。

 その後、どこか外で宿を取ろうと思ってお暇しようとすると、マリーさんが私を引き止めた。


「そういえば、最近は人が増えまして、あまり宿の空きがないそうですよ。そこでどうでしょう。教会に泊まっていきませんか?」


 とてもありがたい提案だ。二つ返事で受け入れた。


「はい、ありがとうございます。お邪魔させていただきます。」

「じゃあついてきてください。」


 マリーさんが席を立ったのに続いてリビングを出る。この教会はシスターや事務員、教会騎士の居住空間が併設される形になっていて、リビングを通過すると各員の部屋があるのだ。

 そしてそのひとつの前に私は連れられた。


「この部屋です。覚えておいてくださいね?体を洗うところは以前案内した掃除用具置きの逆側です。私たちは先に行っておきますね。」


 そう言ってマリーさんは先に体を洗いに行った。



 部屋に入って少し待つ。体を洗っているところに鉢合わせになってはまずいからだ。強制ログアウトに垢BAN一週間を食らってしまう。


 暇つぶしにメニューのコンフィグを見る。VRの感じ方は個人差があるのでそれを調整するために細かなコンフィグがあるのだ。

 その中に『生理現象』の欄があった。タッチしてみると『涙』『汗』『排泄』『嘔吐』などなど、様々な設定があった。

 それにしても排泄、嘔吐は誰が設定するのだろうか。しかし少し興味が出て『汗』だけONにした。ちなみに『涙』は元からONに設定されていた。

 ひとつ戻ると『生理現象』と並んで『感覚』もあった。細かく見てみると、『痛覚』がかなり弱めに設定されていて、『温度感覚』も少し鈍く設定されていた。


 また戻って目録を一番下まで行くと、『感覚その他のリアリスティック・モード』というのもあった。試しにタッチしてみたが度々「本当によろしいですか?」などと脅しをかけられたので大人しく引き下がることにした。


 そろそろマリーさんたちも終わったかな?洗い場に行こう。



 以前の記憶を頼りに行き、正しいところに着いた。マリーさんたちももう出ているらしい。

 部屋の扉を開けると、脱衣場があって、その先の部屋にはなんともテルマエ的な石造りの小浴槽があった。それに浴槽にはお湯が張ってある。


「驚いた。こんなに至れり尽せりとは。」


 こんなに質のいいお風呂だとは思ってもみなかった。

 一通り感嘆したところで、脱衣場に戻って服を脱ぐ。そしてちょっと思い立って鏡の前に立った。鏡はただの磨いた金属に何か塗っているようだ。酸化防止用の何かだろうか。そして少し目線が下に向く。


「ついてる、な。」


 小さいからか、あんまりあるような感覚がしなかったので実は少し気にしていたのだが、問題なかった。


 気を取り直してほかのところを見てみる。顔の造形はほとんど女の子で、髪と目は暗緑色だ。肌は真っ白白磁とは言わず、少し焼けている。それに顔以外も何かと女っぽい。年齢が低い設定だからそこまでではないが、ところどころプニプニしている。ただ、当然ながら胸はない。


 ま、まあそんなことはどうでもいい。ちょっとなんか自分でも見てて恥ずかしくなってきたので、足早に浴場に入る。


「ちょっとぬるいなあ。」


 手を差し入れてみると少しぬるかった。外国でもこのゲーム売ってる筈だから、そっちに配慮したのかな。

 桶でお湯を掬い、洗剤は無いが体を洗って浴槽に入る。


「う~ん、ふう。」


 ちょっとぬるいけど悪くはないかな。ゲームだからあんまり疲れてなくて、体の芯から疲れが取れるような感じはしないなあ。


 あ、じゃあ感覚をリアリスティック・モードにすればいいのか。ちょっと変えてみよう。

 うーん、まあ疲れが元からないから変わらないかあ。前々からリアリスティック・モードにして疲れておかないとお風呂は楽しめないな。


 息を吸って耳の上まで水面に浸かる。耳に水が入る感覚を少し楽しんで、息を吐いて目の前に泡をたて、ちょっと水を吸いそうになりながら浮上する。


 ん?もしかしてこれって、マリーさんが入ったままのお湯だから少しぬるいのか?どうしよう、さっき少し飲んじゃったよ。なんか悪いことした気分になっちゃう。

 なんか居心地悪くなっちゃったし、早急に上がろう。


 脱衣場に戻って、元から1着しかなかった服の、上着以外を着直して部屋に戻る。服も買わないとなあ。



 自分に宛てがわれた部屋の前まで戻った。そして扉を開く。

 しかしそこにはマリーさんがいた。


「……なんでマリーさんがいるのですか?」

「ここは、私の部屋ですよ?」


 部屋を間違えてしまったらしい。しかし失礼しました、と言って扉を閉めようとするとマリーさんに待ったをかけられた。


「部屋は元から3人分しかありませんから、私のところで寝ていただくしかないのです。お嫌ですか?」


 なんと、そういう理由らしい。となればこの事実を言っておかなくてはならないだろう。これからの対応が変わると考えると少し辛いけど。


「……すみません、私男ですよ?」


 しかしマリーさんは何もないように頷いた。


「ええ、知っていますよ。洗礼をした時に気づいていました。」

「え?」

「つまり、私はそのような事情を考慮した上であなたにここで寝て良いと言っています。」


 それは、ある意味男として情けなく見られているのではないだろうか。なんだか、まあいいかな。同じ部屋ぐらい。



 私が部屋に入るとマリーさんは壁際のベッドに中に入った。そして片隅に寄り、ベッドの逆側を空ける。


「どうぞ、お入りください。」


「え?」


「こんな寒い夜に布団もなく寝させる訳にはいきませんから。」


 え?ああ、なんかもう嬉しいな。程度がすぎると逆にそういう感覚になってきた。



 遠慮なくマリーさんのベッドに潜り込む。マリーさんの方が身長が高いので、胸の前に顔が来るようになってしまう。


 マリーさんを気にしすぎないように、暖まっていた布団の熱に抱かれつつ、寝ようかとしていた。


 しかし不意にマリーさんが私の頭を撫でた。


「……なんだか、お母さんになったみたいです。シスターは結婚しないことが多いですし、私も婚期を逃してしまいまして、もう一生こんな感覚になることはないと思っていました。」


 そう言ってマリーさんは私の頭を撫で続ける。たしかにマリーさんも現代感覚で言えば若い方だけど、本当のお母さんのように感じる。


 少しにじりよってマリーさんに抱きつくような格好になる。リアリスティック・モードにしているせいか、さっき入っただろうお湯の匂いと、暖まったことにより出た汗の匂いがする。


「少し暑いですね。」


「暑くないです。」


 お風呂から上がったばかりだし既に布団は暖まっていたので暑いが、密着することができるほど近くに居れることなんてあまりないし、だから痩せ我慢をしてでも長くいたい。


 それにしてもマリーさんは胸が大きいからなおさら暑いなあ。


「そんなにお胸が好きですか?」


 おっぱい星人って訳でもないけど、その優しさに包まれるのは好きだ。図星のような、マリーさんに対して性的観点を持っていることを言い当てられたからか、少し決まり悪い顔をするしかなかった。


「いいのですよ。セーレは可愛くても、男の子ですから。」


「お母さん……」


 意図せず口から漏れてしまった。これが世に言う聖母か。


「お母さんでは、ないですね。そういえばあなたのお母さんはどうしていらっしゃるのですか?」


 そんな込み入ったことNPCが聞くか?どうしようか、現実のことを言うか、作り話をするか。


 そんなことを考えていたら、この動揺を別に捉えたのか、マリーさんは申し訳なさそうにした。


「辛いことを聞いてしまったかもしれませんね。」


「えあっ、い、いえ。」


 動揺を取り繕い、さも母がいないようなふうにする。いや、実際母も父も他界しているから嘘ではないけど。嘘があるとすれば、私はもう既に両親を失ったことに対する悲しみを脱却していたということだ。でも、少し思うこともある。


「少し、寂しいですね、母がいないということは。甘えることができないのですから。」


「そうですね。」


 そう言ってマリーさんが私を少し強く抱き締める。


「……それなら、私の養子になりませんか?」


 魅力的な提案だ。だがそんなにすぐ決められない。


「たしかにマリーさんは私にとって母とも思える方です。みんなで揃ってする食事も、マリーさんとのお話もとても楽しかったです。そして限りない暖かさを感じました。」


「それでは、いかがでしょうか?」


「でも、今すぐにと思うと心情がついて行きません。」


「そうですか……」


 断るのは少し申し訳なかった。そして私は贖罪のようにマリーさんをなお強く抱きしめるのだった。


 その私の頭をマリーさんは撫で、私は撫でられながら心地よい眠りについた。


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