ゲームは終わり
ゲームを終了して、姉さんの様子を見に行った。
まだゲームしてるけど、なんだか姉さんが汗をいつも以上にかいていたようだった。今日はそんなに暑かっただろうか。
さて、明日に備えて寝よう。
次の日、意外にも姉さんに叩き起された。いつもは姉さんは私の後に起きるはずだ。
しかし年甲斐もなくはしゃいで無理に起こそうとする。服も寝間着のままだし、そんなに急ぐほど何かいいことがあったのだろうか。
「弟よ!ゲームクリアした!」
はて、この姉は何を言っているのかと思った。
MMOのグランドクエストってそんなに簡単に終わらないと思うのだけど。
「あー!信じてないでしょ!だって勝ったもん、神とかいうやつに!」
「はあ?それならホームページで確認してみよう。」
スマホをつけてホームページを開く。
そして最初に目に入ってきたのは、『重要なお知らせ』だった。
「あ、ほら、重要なお知らせってあるからきっとそうだよ。」
「いや、そうかな?」
そのお知らせを開く。
「ゲーム管理AIに重大な不具合が発生してしまったために、ゲームが修復不能なレベルで破損してしまいました。......サービス終了!?」
信じられないことだったが、何度見ても本当にそう書いてある。
「え、うそ!?私が神倒したから?」
そんなことを言って驚く姉さんを放って、確認するためにゲームを始めようとする。
しかし、ゲームは始まらなかった。
呆然とする。ゲームを失ったことより、ゲルヒエンさんやレイゼン、マリーさんたちにも会えなくなってしまったことで、何か体の一部が抜け出てしまったような気がする。
二兎を追う者は一兎をも得ず。ということだろうか。レイゼンとゲルヒエンさんを天秤にかけたままにしたから天罰でも下ったのかな。
同じように確認を終えた姉さんが戻ってくる。
姉さん自体はもうクリアしてしまったゲームだったから、そんなに落ち込んではいなかったけど、私の様子を見て明らかに動揺した。
「どうしたの?」
「いや、はは......」
笑ってごまかそうと思った。でも涙が出てしまった。こんなに涙脆かっただろうか、もしかしたらセーレの精神につられているのかもしれない。
「大丈夫?」
姉さんがこちらに近づいてくる。だけれども私の涙は止まるどころか、しゃくりあげるようになった。
見かねた姉さんが私の頭に手を置く。そして胸に抱き寄せた。
「細かいことは聞かないけど、泣くほどなんてよっぽどよね。」
姉さんが私の頭を撫でる。
いつも家では姉さんの代わりに家事をして、お金以外は姉さんの世話にならないようにと過ごしてきたからか、いつからか姉さんにこうやって慰められることも、甘えることもしなくなったなあ。
だから今、こうやって姉さんに抱きしめられて慰められていると、えも言えない幸福感に包まれる。
姉さんの体と香りに包まれて、その時間は永遠みたいに感じられたけど、いつの間にか涙も止んでいた。
そして姉さんが私の背中を叩いて離れる。
「ほら、今日も学校でしょ?さっさと準備なさい!」
立ち上がった姉さんの顔を見上げると、少しその頬は赤らんでいた。柄にもない事をしたからちょっと恥ずかしかったらしい。
叩かれてぼーっとした頭の中が晴れて、すっきりしたので気を取り直して学校へ行く準備を始めた。
学校でもゲームが突然終了したことについて話題になっていた。
みんな浮き足立ったような雰囲気のまま授業は進み、午後には話し尽くされたようで皆疲れたように寝ていた。
ゲームが終わってしまって、すぐに帰る必要がなくなったので学校の中を歩いていると、ある部屋にピアノを発見した。以前誰かが弾いていたものだろうか。
椅子に座り、鍵盤に軽く触れてみる。するとその音はだんだんとあの連弾の曲になっていった。
ここに来たのは失敗だったかもしれない。ゲルヒエンさんやレイゼンのことを思い出してしまう。
ピアノを弾いていると、不意に教室の戸が開いた。そこには以前にぶつかった女子生徒がいた。少し荒い息を肩でしている。走ってきたようだ。
そして開口一番、驚くようなことを言ってきた。
「その曲!もしかして教会の曲ですか?」
「教会の......?」
「私、いや僕です。レイゼンです!」
あまりの驚きに一瞬声を失った。彼女が、彼女があのレイゼンだというのだろうか。性別さえも違う。
「レイゼン?」
「そうです。もしかしてNPCだと思っていましたが、あなたはきっと、セーレさんですよね?」
しかし彼女の口からセーレの名前が出たとき確信した。私の演奏を聞いたことがあり、私の名前を知っているのは教会の人たちを除くとレイゼンだけだ。
そして確信と同時に、ゲームを介して生まれた縁が途切れていなかったことに安心した。
「はい。私がセーレです。」
涙が流れているのがわかる。泣いてばっかりだな、最近の私は。
「すごいです。こんなに近くにいたなんて。そもそもNPCだと思ってたし、女の子みたいだけど、男の子だとは思いもしませんでした。」
「あはは、私もレイゼンさんが女の子だとは思いませんでしたよ。」
レイゼンがこちらへ歩いてくる。
「あ、ハンカチいりますか?」
「いやいいです。自分のがあります。」
ハンカチを取り出して涙を拭う。そして拭い終わって目を開けると目の前にレイゼンの顔があった。
「ひゃあ!」
「実は初めてあなたにキスされた日、私はある意味同性にキスされたようなものだからちょっと驚いたんです。
でもあなたって実は男の子だったから、大手を振って好きだって言えます。
私と付き合ってくれませんか?」
「で、でも......」
「あなたは以前、あの女性と恋仲であるにも関わらず、私のことをキープしましたよね。それぐらいわかります。あなたは強欲な人でどちらかなんて決めない。両方を取る。そうじゃありませんか?」
確かにゲルヒエンさんとレイゼンを天秤にかけたままにして、両方から愛されようと、嫌われないようにとした。でも......
「自分に素直になったらどうですか?」
不意に耳もとにレイゼンの声が囁かれる。甘い息が思考を奪う。
そうだった。私は愛されようとするためにあんなことをしていたのだから、ここでレイゼンを逃す道理はない......の、だろう......か......?
「さあ、言ってください。レイゼンさんのことが、好きですって。」
意思が上滑りをしながら、少しずつ口が動いていく。
「は、い。私は、レイゼンさんのことが、好きです。」
「よく言えました。」
その口がレイゼンの唇に塞がれる。口付けは不道徳、倒錯的な甘さに満ちていた。