牢
港に乗り込んできた海賊達は暴れ回り、街のあちこちに火を放つ。人々は逃げ回り、男達は勇敢にも戦った。勿論、唄守達も共に戦った。そして、シリウスの幽閉されている船にも海賊達は金品をせしめようと乗り込んできた。
「戦利品なんてねーじゃねーかよ」
シリウスは壁に凭れていたが、その声が突然聞こえた声に驚き、慌てた。が、時すでに遅し。海賊達はシリウスのたてた物音に気付き、シリウスのいる牢に近付いて来た。
「ほぅ···これはこれは···白銀の髪を持った嬢ちゃんだぜ···」
意地の悪い笑みをたたえていた海賊達だが、次の瞬間、とても優しい笑みへと変えた。
「可哀想に···まだほんの青二才じゃねーかよ
嬢ちゃん、親はどうした」
答えるべきか少し迷ったがシリウスは答えた。
「両親は···いないわ···私は一人で生きてきた。暗闇に囚われて。」
シリウスは知らず知らずの内に海賊達に近付いていて、ついに手を伸ばせば容易に届く距離にまで近付いていた。
俯くシリウスの頭に、海賊は手をのせた。
「!!」
「唄守達の歴史の裏には、常に犠牲者がいる。古の一族はいくつもの種族に分かれ、今まで生き残り、繁栄してきた···。いつの時代もそれに変わりはない···か···」
その時、他の海賊達が男を呼びに来た。
「嬢ちゃんを捕虜として持って帰るのはどうだ?かなりの上玉だぜ?」
(なんて無放備に錠を外すのかしら)
錠は外され、海賊はシリウスを引きずり出そうと中に入ったが、シリウスのほうが一枚上手だった。
「はぁっ!!!」
「グハッ!!!」
シリウスの回し蹴りは海賊の腹にクリティカルヒットし、海賊は膝をつき、倒れた。
(油断してるからよ)
シリウスは素早く牢から飛び出した。勿論、一緒にいた海賊達も倒して。
甲板に出たシリウスは外の景色に目を疑った。
(街が···)
「!! お師匠さま!」
シリウスは誰よりも自分にしてくれた、そして唄を教えてくれた、赤眼のレプリアの異名で知られる師匠の心配をした。彼女にとって、兄以外に失いたくない唯一の人だった。
街に戻ると、倒れた怪我人の山だった。海賊達はこれでもかという位に様々なものをかっさらっていった。
金も物も人も。全てを奪い、壊した。
「嬢ちゃんが何してんだ?」
後ろを取られるも、なんのそので倒したがその手には自分の血が着いていた。
「ひっ!!!」
(呼吸が荒くなる···)
「ハァッ···ハァッ···ハァッ···落ち着くの···」
(やっと落ち着いて来た···)
シリウスは再び走り出した。自分を弟子と呼んでくれた人のもとへと。
しかし、
「嬢ちゃん、見つけたぜ。」
シリウスの腕をつかんだのはあの優しい笑みを浮かべた海賊だった。彼女はその手を振りほどこうとしたが、それは彼の言葉によって防がれた。
「嬢ちゃん、お前は自分の師匠さんのとこへ行くつもりだろう?」
「当たり前だ!その手を離せ!」
「嬢ちゃん、お前さんには辛いことだろうが堪えてくれ。うちの船長はお前さんの国には手を出さねぇ。これは絶対だ。船長はお前さんと資金が目当てだ。お前さんの師匠さんには指一本触れねぇ。」
「街が襲われたのは···私のせい···えっ···待って···私が目当てってどういうこと···?」
「それは船長が話してくれるさ。とにかく、嬢ちゃんがうちの船に来てくれれば、これ以上の犠牲は出さん!約束する!」
人々の逃げ惑う街の中でたった一人、シリウスの存在に気付いていたのは、なんと彼女の師であるレプリアだった。
「ルプス···」
「ごめんね···私のせいで···こんなに傷だらけにされて···私がこの国にいたから···本当にごめんね···」
シリウスは傷だらけになった犬を撫でた。まるで生命を再び与えるかの様に。
「嬢ちゃん、時間だ。」
「ルプス!」
「先生···無事で良かった···」
「ルプス···お前は···」
「先生、私に名前をくれてありがとう。おかげで私は私が辿れる航路を進める」
炎に照らされた横顔にレプリアは幼い頃のまだ弟子になったばかりのシリウスと重なったその姿を見た彼女に、あどけなさは残るものの、大人びた笑顔の裏に昔と変わらぬ笑顔を向ける少女がいた。
「先生、私はまた貴女のところへ戻ります。犬って戻って来るものでしょ。」
シリウスはバンダナを外し、その場で手を離した。パサリと落ちたバンダナがシリウスの心を写した鏡の様だった。
例の海賊はシリウスに手枷を付けて、小舟に乗せ他の海賊達とともに船に戻っていた。船に着くと、シリウスは船にあげられ、男たちは小舟の船を片付けていた。その間にシリウスは船縁に手を付き、まだ火の燻る街を見つめた。物思いに更ける間も無くシリウスは後ろから髪を引っ張られた。
「んあぁっっっ!!!!痛い!!!何すんだ!!」
「本当に美しい髪だ。」
背筋にゾワッとする感覚を覚えたシリウスは喚くのをやめた。
「私はラメラ。歓迎しよう、ようこそタウロス・リバー号へ。愛しの星王なる娘よ。」
「どうして星王を知ってるの」
「ふはははははっ···だてに海賊を何十年もやっているんだ。伝説の1つや2つくらい知っているのが普通だ。唄守の宝の伝説等は特にな。
まぁとりあえず、今宵はもう休め。」
シリウスは自分のキャビンへ戻ろうとするラメラを止めた。
「待って!!私をどうする気だ!!」
「はぁ···サム!牢にでも入れておけ。」
返事をしたのは例の海賊だった。シリウスは腕を掴まれ、下に連れて行かれ、手枷と足枷で動きを封じられた。
「わりぃな、嬢ちゃん。せめても、行動範囲を広くするために長い鎖で繋いどくよ。」
「···どうやって私を···唄守の国を見つけた。」
「俺に聞くな。」
ガチャンと不躾な金属音をたてて牢の扉が閉められた。